続きです










騎士団にも、不正に手を貸した人物がいる可能性が高い。
それは、フレンを大いに不安にさせた。

団長に就任したとは言え、まだ全体を把握したとは言い難い。
今のうちにカタをつけてしまわなければ、いずれ手遅れになる。また以前のように腐敗した奴らが増える。

フレンは先手を打つために、まずは二つの策を実行に移すことにしたらしい。


例の彼女の実力では、正式にどこかの隊の配属になるのは難しいだろう。だがもしも、指導にあたった騎士にそいつの親絡みで圧力がかかって正当な評価を下すことができなかったらどうだ。そもそも手引きした奴が騎士団内部にいるなら、もっと簡単に接触できるかもしれない。

「だからそいつらがこれ以上関われないように、僕が最も信頼できる人物に彼女達を任せる必要があった。これが一つ」

「…二つ目は?」

「そうまでして娘を僕に近付けたいと思うような奴らだ。邪魔者が現れれば、必ず何か仕掛けて来るだろう。かと言ってあまり人を使えばこちらの情報が漏れる可能性も高くなる。二つの話の根っこは同じだ。なら彼女達を任せると同時に僕の相手もできる人物はいないか、と考えた」


そこまで聞いて、オレは盛大にため息を吐いていた。

「つまり、オレがおまえの恋人だって勘違いした奴らがオレを襲うなりしてくれりゃ、その時こそきっちり証拠集めてとっ捕まえるつもりだった、と。新人共の教育は安心して任せられる上に囮としても優秀、縁談もなくなっておまえにとっちゃ良いことづくめだな、いや恐れ入るわ」

皮肉たっぷりに言ってやると、フレンは俯いてしまった。

「…だからまだ言いたくなかったんだ」

「なんだよ、まだ何かあんのか」

「君を危険な目に遭わせるつもりはない。奴らの動きを掴んだ時点で説明して、改めて協力してもらおうと思ってたんだ。でも予想外の出来事が起きた」

「あん?」

「…彼女と君が、思ったよりも早く接点を持ってしまったこと。そして彼女が、君を慕って真面目に訓練をしていることだ」

「…それが何なんだよ」

「彼女の親としては、今すぐ君を消すための動きが取れなくなってしまった。彼女は、僕じゃなくて君を慕ってるんだから」

彼女は元々、それほど縁談には乗り気でなかった。だがフレンの近くにいるうちに、気持ちも変わるだろう。
なんと言っても、絶大な人気を誇る騎士団長様だからな。

そう思って騎士団に入れたのに、あろうことか「恋敵」になる筈のオレに懐いてしまった。
奴らにとってオレが邪魔な事に変わりはないが、焦ってオレに危害を加えたところで彼女の気持ちがフレンに向くわけじゃない。むしろ逆効果だ。
だから奴らも動けず、フレンとしても状況を見守るしかない。

「君に何かあったら、彼女は騎士団を辞めるか全てをバラすと言い出すだろう。奴らもそれは避けたいんだろうな、とりあえずは」

そう、とりあえず、だ。
フレンの素晴らしい『演技』のおかげで、どうやらオレとフレンが恋人同士らしい、と周囲に勘違いさせることには成功している。
そうなれば、やはり奴らにとってオレは邪魔なのだ。
いずれ、何かしらの手を打って来るに違いない。

「もう少しすれば、何か動くかもしれねえだろ。囮にはなってやるから、しばらく様子見とけよ。オレもそれとなくあいつに探り入れてみるから」

フレンの眉がぴくりと動いた。

「…探り?彼女に?」

「ああ。オレに懐いてるってんなら、何か話が聞き出せるかも知れないしな」

オレは当然の事だと思ったんだが、フレンの表情は厳しい。
すると、一歩オレに近付いてはっきりと言った。

「僕は、彼女が嫌いだ」

「は?そりゃまあ、厄介事の種じゃあるが…」

「人間的には悪い奴じゃない、って言うんだろう」

「…まあ、な」

「本当にそうか?」

またか。何でこんなに突っ掛かるんだ。

「彼女は多分、親の企みには気付いてる。なのにそれを黙ったまま誰かに伝えるでもない」

「……」

「しかも、騎士団に残りたいと思い始めている。自分の実力で入団したんじゃないのにも関わらず、だ。厳しい試験に合格した周りの者や、真面目に相手をしてくれる君に対して、それは不誠実なんじゃないか?ちゃんと訓練をしていればそれでいいのか!?」

「…フレン」

「だから、これ以上関わるなって言ったんだ!今まで通りに接する必要も、話を聞き出す必要もない。むしろ君に冷たくされて逆恨みでもしてくれたほうが好都合なんだ!!」

オレは驚きのあまりフレンを見つめたまま黙り込んだ。
言ってることは間違いじゃないが、あまりにもフレンらしくない。

確かに彼女も甘ったれてるのかもしれないが、話を聞き出せるならそれに越したことはないし、オレに好意的だというなら協力させる手だってある。
いつものフレンならむしろこっちを選びそうなもんだ。
オレが黙っていると、フレンが更に一歩近付いて言った。

「ユーリ、さっき僕に何されたか忘れたのか?」

さっき。
…キスのことか?

「何だよ、いきなり」

できれば忘れたかったんだが。オレはフレンから目を逸らした。

「君が彼女を気にするのが我慢できなかったんだ」

「…さっきも聞いたな」

「予想外だったって言っただろ?だから…余裕がなくなったんだ」

「何の余裕だか知らねぇが…。とりあえず、あれは男同士でする事じゃねえよな」

「君ならそう言うと思ってたよ。僕だって、こんな気持ちになると思わなかった。…フリでもいいと思ってたんだ。でも…君が」

フレンがまた一歩近付く。

「君が、彼女に優しいから…」

更に近付くと、フレンの指がオレの頬に触れた。

「僕は、彼女に嫉妬してるんだ」

そのまま抱き締められてもオレは動かなかった。

「フリじゃなくて…本当の恋人になりたい」

次の言葉が想像できてしまう自分が不思議だった。




「僕は、君のことが好きなんだ」



頭の中の、どこか遠い部分で、その言葉を受け止めた気がした。







「……いつから」

フレンに抱き締められたまま、ようやく声を絞り出す。

「いつから、そうなったんだ」

「……何が?」

「おまえの中で、オレはいつから『親友』じゃなくなったんだ?」

フレンの腕が微かに強張った。

「わからない…。でもずっと前に君と演劇をした時に、君とならキスしてもいい、と思う自分に気付いたから…その時、なのかな」

「………そっか」

「でも…当然だけど君は嫌そうだったし、あの後はそれどころじゃなかったから、その気持ちは忘れたんだと思ってた」

「思ってたが、違ってたわけだ」

オレの肩に乗せていた顔を上げたフレンが、驚いたようにオレを見た。

「ユーリ…?」

「だってそうだろ。おまえ、自分の恋人役にオレしか思い付かなかったんだよな?好きな奴がいないにしたって、普通は女で考えるもんじゃないのか」

「…そうだね。実際、君の恋人みたいに振る舞うのは楽しかったし、本当に恋人だったらいい、と何度も思った。君の反応も可愛かったしね」

「あのな…」

「だから、言うつもりはなかった。言ったらきっと、そんな君を見られなくなる。だったらせめて君がここにいる間だけは、『恋人』でいたかった…!」

もう一度オレの肩に顔を押し付けて、フレンは黙ってしまった。

この『依頼』が終わったら、今まで通りの関係に戻るつもりだったんだろう。
それでいいと思ってたから、こいつはどこか平然としてたのか。
だが、自分を悩ませる元凶になった奴が、むしろ悪意のないままオレと親しくなるのがどうにも我慢できなくなった。
「よりによって」何故彼女なのか、とこいつは言った。つまり、そういうことなんだろう。

冷静にそんな事を考える自分がよく分からなかったが、ひとつだけはっきりしてる事がある。

「フレン」

「…なに」

フレンは顔を上げようとしない。オレもそのまま続ける。

「オレはおまえのことを親友だと思ってる」

「…!」

フレンが小さく息を呑む。

「だけど、なんでかあんなことされて、嫌だとは思わなかったんだよな」

「あんな、こと…?」

「演劇の時とか…さっきとか」

さすがにはっきり言うのは恥ずかしくて言葉を濁す。
それでもフレンには伝わったみたいだった。
弾かれたように顔を上げて、青い瞳が見つめてくる。

「だから…もう少し、おまえの恋人役、やってやるよ」

「……役、なのか…」

あからさまにがっかりした様子が可笑しくて仕方ない。
こいつにはやられっぱなしだったからな、せめてものお返しだ。

「心配すんな。…この『依頼』が終わっても、続けてやるから」

「え、それって…!」

「だからとりあえず、この厄介事を片付けちまおうぜ。『役』じゃなくなるかどうかは、結果次第だな」

「ユーリ…!!」


力一杯抱き締められてあちこち痛かったが、オレは何だか妙にすっきりした気分だった。

ずっと前から感じてた違和感というか、落ち着かない感じといったものが、今はなかった。




なんだ、オレもこいつの事、好きなんだ。

…当分、言ってやるつもりはないけどな。






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続く