続きです。







実技指導の初日。

オレはフレン、ソディアと共に練兵場に来ていた。

新人の女騎士達は既に揃っている。
人数的にはだいたい一個小隊ぐらいか。

…これ、オレ一人で面倒見るのかよ。一人二人ならなんてことないが、これだけいたらオレが男だって気付く奴もいそうなもんだ。

正直不安でたまらない。男のオレが女騎士の格好してるのがバレたら、オレはもちろん死ぬ程恥ずかしいが、フレンにも別の意味で恥をかかすことになる。
それは全力で避けたいところだが、かと言って張り切ってやる気になるかと言えばそれはまた別問題だ。


「それでは、彼女に自己紹介をしてもらう。…さあ、ユー…リア」

訓練の概要だとか趣旨だとかを説明していたフレンがオレを振り返る。
そこで噛むな。おまえが付けたんだろうが、その名前。
ユリアってのが当面のオレの名前だ。捻りもなんもねえな。

フレンに促され、仕方なしに一歩前に出る。
とはいえ話すことなんてない。とりあえず挨拶ぐらいしとくか。

「あー…。そういうことなんで、宜しく」

その途端、フレンとソディアがぎょっとした顔でオレに詰め寄って来た。
新人共もなんだか少しざわついている。
…何だ?

「ちょっ…、ユーリ!もう少し考えて喋ってくれ!」

小声でフレンがオレを責める。

「はあ?何を」

「声!さすがにいつも通りすぎるだろう、今のは!!」

そういう事か。

「気をつけてくれって言ったじゃないか!」

「そりゃそうだが、どうしようもねえだろ。声色変えて女言葉で話せとか言われたら死ねるわ、オレ」

「だけど…!」

「こーゆーの、なんとかしてくれんじゃないの?その為のフォローだろ」

オレの視線を受けたソディアが、呆れ顔で一つため息を吐く。

「…わかりました。なんとかしてみます」

前に進み出たソディアが、未だ騒がしい新人共を一喝する。

「静かにしないか!彼女は騎士団長の信頼も篤い、歴戦の剣士だ。その実力はそこらの男にも一歩も引けを取らない!」

…あれ、なんかまともに褒められてんな?

「それ故に幾つもの苛酷な戦いに身をおかれ、仲間に檄を飛ばし続け、喉を潰してしまわれたのだ!」

「ちょっと待て!!」

それじゃオレが凄いダミ声みてえじゃねえか。何か許容できない。
しかしソディアは構わず話し続ける。

「諸君らは彼女にご指導頂けることを誇りに思いこそすれ、つまらん事を気にする余裕などない!今後一切、このような事で心を乱すことのないように!」

それだけ言ってソディアは下がった。
新人達はさっきまでの様子とは打って変わって真剣な様子でオレを見つめている。

「…とりあえず、納得してくれたみたいだな」

「オレはイマイチ納得行かねえんだが…」

「仕方ないだろ。くれぐれも、言葉使いには気をつけてくれよ」

「へいへい……」

こうして、とりあえず顔見せだけってことで初日は終了した。


その日の晩、オレは騎士団の食堂で食事をしていた。
ここでメシを食うのも久しぶりだが、如何せん、落ち着かない。

周囲の視線を避けるようにオレは一番隅の席に座ってるんだが、聞こえてくる会話が非常に気色悪いのだ。


「おい、あの娘誰だ?」

「団長のお知り合いらしいぞ。例の女性騎士の指導を担当するためにわざわざ来られたとか」

「マジで?すごい美人だよな…。俺達の指導もしてくれないかなあ」

「団長も隅に置けないよなあ、あんな綺麗な知り合いがいるなんてさ」

「なんて名前なのかな。お前、聞いてこいよ」

「やだよ、団長の知り合いだぞ?軽々しく声なんか掛けられねーよ」


いろいろとツッコミ所満載だが、あえて聞こえないフリをして黙々と食事をする。
フレンの知り合いということが効いてるせいか、直接ちょっかいかけてくる奴はいないがやはりいい気はしない。

(…メシ、どっか別んとこで食うかな…)

そんなことを考えていたら、急に食堂が騒がしくなった。
こちらへ近付く足音に顔を上げて見れば、見慣れた金髪の…

「フレン…何の用だ、こんなとこまで来て」

「部屋に戻ってないようだから、探してたんだよ」

「オレを?なんで」

向かいの席に腰掛け、フレンは微妙な顔をした。

「…困ってないかと思って」

「今更何を…。困ることだらけだっての。落ち着いてメシも食えねえよ」

「そうみたいだね」

フレンが来てから周りの奴らも落ち着かない様子ではあるが、尚も下世話な会話が漏れ聞こえて来る。

やれ、「美男美女すぎてヘコむな〜」だの「あの二人、どんな知り合い?」とかあまつさえ「お似合いだなあ、団長の本命、あの人なのか?」
…とか。

「おまえ、気になんねえのかよ」

「何が?」

「何って…なんかオレ達、誤解されてんぞ」

「別にいいんじゃないか」

何故かにこにこと嬉しそうなフレンを前に、オレはどうリアクションしていいか分からない。

「別に、ってなあ…。妙な勘繰りされても困るだろ、おまえだって」

オレが女に見られてるのはもういいとして、フレンと…なんだ、恋人なんじゃないかみたいな話、こいつにとっても迷惑なんじゃないか。
オレはそう思うんだが、フレンは違うのか?

「好きに言わせておけばいいさ。いい牽制になって、僕としては助かるぐらいだ」

「牽制?何のことだ」

「…縁談とか、かな」

「はあ!?」

大きな声を出しちまったせいで周囲の視線がオレ達に集中する。
話を続けられる雰囲気じゃなくなったな、こりゃ。

「あー…、ワリ。」

「いや…」

落ち着いて食事もできないし、もう部屋に帰るかな。
そう思って席を立ったオレを、フレンが不思議そうに見上げる。

「どうしたんだ?」

「いや、もう戻るわ」

「まだ食事の途中なんじゃないか?」

「こんなんで落ち着いて食えるかよ。…明日からどうすっか、考えるわ」

「じゃあ、僕の部屋で食べるか?」

「何言ってんだよ。これ以上妙な噂が広まるのは勘弁だ」

しかしフレンは引かなかった。

「さっきの話の続きもしたいし、そのトレー、持ってあげるよ。ほら、行こう」

「え、ちょっ!?」

立ち上がったフレンは食べかけの皿を持ち、無理矢理オレの腕を引いて歩き出した。
食堂のそこ此処から何やら悲鳴じみた声が上がるが、フレンは一向に気にせず、オレは半ば引きずられながら食堂を後にした。

…なんにしても、もう二度と来れねーな、こりゃ。

それにしても、フレンはもっと、こういった事を気にする奴だと思ってたが。
噂のことじゃなくて、周りに対する配慮とか、そういう意味だ。

フレンに腕を引かれながら、オレはそんなことを考えていた。







「で、どういうつもりだ」

文字通りフレンの部屋に引っ張り込まれたオレは、明日からのことを考えてとんでもなく憂鬱になった。

だって考えてもみろ、さっきの食堂でのやり取り、傍から見たら絶対普通じゃない。
騎士団長が、突然現れた「知り合いの女性騎士」のところにわざわざやって来て楽しげに会話して、しかも手を取って一緒に出ていった、なんて。

「今頃、食堂は大騒ぎだろうね」

「わかっててやってんのかよ!?何考えてんだ、おまえは!!」

信じられない。初っ端から悪目立ちして、明日からの『仕事』にだって影響が出そうだ。

「牽制だ、って言っただろう」

そういや何か言ってたな。
縁談がどうとか。

「何のために、誰を牽制してんのか、教えて貰おうじゃねえか」

「最近、縁談がいくつか持ち込まれるようになったんだ。まだそんなつもりはない、と断ってるけど、しつこい人達もいてね」

「……で?」

「決まった相手がいないなら会うだけでも、って煩いから」

なんとなく先の予想はついたが、オレは黙っていた。

「だったら相手がいる、って思わせて、諦めてもらおうかな、と」

何故か笑顔で語るフレンを前に、オレは怒りを通り越して呆れるあまり頭痛がしてきた。

「…つまり、オレをその『相手』にして、そいつらを騙そうとしてる、と」

フレンは返事をしなかったが、その笑顔が全てを語っている。

「アホかおまえは!!!」

昨日の執務室同様、オレはフレンの座る机を両手で力一杯叩きつけた。

「あんな目立ち方したら、明日から動きにくくて仕方ねえじゃねぇか!!牽制だか何か知らねぇが、この上おまえの恋人のフリまでしろってのか!?冗談じゃねえぞ!!」

「君は何もしなくて大丈夫だよ。指導のほうに集中してくれればいい。何か聞かれたりしたら、適当にごまかしてくれ」

「適当に、って、どうしろってんだよ!!」

「否定も肯定もせず、曖昧に話を濁せばいい。そのほうが真実味も増すし」

「オレとおまえがデキてるって真実味か?ふざけんな!!なんでオレだよ!?それこそ誰かに頼んでやってもらえ!!」

オレは本気で頭に来て、フレンを怒鳴りつけた。
するとフレンは少し真面目な顔をして、こう言った。


「言っただろ、『君にしかできない』」



咄嗟に言葉が出ないオレに、フレンは続けて言った。

「君に引き受けて欲しい、って言っただろう?」

それは新人の指導の話じゃないのか。

…まさか。

「おまえ、最初からこっちの話のほうもオレにやらすつもりだったな!?」




オレがいくら怒鳴りつけても、フレンはただ笑顔でオレを見るだけだった。




ーーーーー
続く