フレユリ、2月22日は…ということで。








僕の恋人は、いつから猫になったんだろう。


「…あんまりジロジロ見るな」

不機嫌さ丸出しの声に、逆に笑ってしまう。
ますますユーリの表情は険しくなり、それこそ猫のように瞳を細めて僕を睨みつける。

…すまない。迫力に欠けることこの上なくて、笑いが止まらないよ。
ああ、馬鹿になんてしていない。
とても可愛らしいから、そんな君の姿を見ることができて楽しいだけなんだ。

いつもの格好、見慣れた横顔。綺麗な黒髪。
その黒髪をかき分けて、ちょこんと顔を出した耳。
それはユーリ自身の耳などではなく、猫の耳だった。
あまりに馴染んでいるものだから一瞬驚いたもののよく見ると当然それは作り物で、控えめな大きさの黒い猫の耳がついたカチューシャをユーリはつけていた。

「あいつら…!いくらなんでも、なんだってオレがこんなこと…!!」

憤懣やるかたないといった様子のユーリだけど、それは君にも責任があるだろう、としか言い様がない。
以前、これと同じようものを見たことがある。ウサギルド、だったかな。ウサギの可愛さを世に知らしめるとかなんとか…。
そのギルドの活動に協力して、報酬としてもらったものがいわゆる「うさみみ」というやつで、ユーリは随分とつけるのを嫌がっていたな。
そういえば僕のぶんもあったけど、どこにやったか。
それの猫版とでも言えばいいのか、とにかく同じように猫の可愛さを世に…という依頼を受けて、結果こんな姿を晒しているらしい。
ウサギルドと違う点は、最初からこのねこみみをつけなければならないというところだ。
よもやこんなことになると思わなかったユーリは断固拒否したが、受けた依頼を遂行しない訳にはいかないから渋々言うことを聞いた、ということのようだけど。
妙なところで義理堅いのは変わらないね。とてもいいことだ。

「宣伝する人数が多いほどいいからってなんの説明もなしに勝手に話を進められてたんだよ。冗談じゃねえっての…」

説明したら断るか逃げるかのどちらかだからじゃないか?
僕の言葉にユーリは渋い顔をした。同じことをもう言われているんだろう。誰にだってすぐわかることだよ、きっと僕でもそうする。

「…とにかく、日が落ちるまで邪魔するぜ。こんな格好で表を歩けるかってんだ」

それじゃ宣伝にならないだろう?きちんと依頼をこなしたとは言えないんじゃないか。
しかし僕はそれをユーリに伝えはしなかった。

窓枠に腰掛けてふてくされるユーリの前に立ち、その耳―本物のユーリの耳へと手を伸ばす。
柔らかい感触を楽しみながら耳朶を擽るように指を滑らせると、ユーリが煩そうに頭を振った。
本当に猫であるかのような仕草は、無意識なのか…?
髪の間に指を入れ、手櫛で少しいじってやると耳が隠れて見えなくなった。不思議そうな顔で僕を見上げるユーリに笑いかけると、薄紫の瞳がまた少しだけ細くなって見返してくる。

「何やってんだ…。外してくれんのか?これ」

まさか。
半歩下がった僕を、視線だけでユーリが追う。不機嫌そうな『黒猫』の頭についている耳が窓からの風に毛を揺らし、僕に錯覚を起こさせた。

鳴いてみて?

この可愛い黒猫は、どんな声で鳴いてくれるんだろう。
僕だけが知る、少し高い声で鳴くんだろうか。それとも……
じっと見つめる瞳が瞬き、次に伏せられて睫毛が薄紫の中に影を落とす。口元は笑っている。もしかして、応えてくれる…?
そうして唇が開き、零れたのは――

「…やなこった」

思わせぶりな沈黙の後の、完全な拒絶。まあ、想像はできていたことだ。
何故か楽しげな様子のユーリを、じゃあ鳴かせてやろうとその身体に腕を伸ばした。
けれど彼は僕の腕の中に閉じ込められる前にするりと身を躱し、立ち上がって僕を見下ろしていた。

「やめやめ。やっぱ他のとこ行くわ。妙な遊びは趣味じゃない」

外はまだ明るい。恥ずかしいんじゃないのかい?

「ここにいても恥ずかしい真似させられそうだしなあ。足腰立たなくされても困るんだよ、今日の夜には戻らなきゃなんでな」

本物の猫のように抱いて連れて行ってあげようか。

返事の代わりに鼻を鳴らし、僕に背を向けてひらひらと手を振るとユーリは窓の外へと消えた。


僕の気まぐれな黒猫は、簡単には懐いてくれないようだ。
今度は甘い餌を用意して待っていよう。

次は逃がさないようにしないとね…。