02/14 22:34拍手コメントよりリクエスト
本編ED後、しばらく会っていない二人の抑えが効かなくなる話の前編で、ユーリが一人でしてます。裏ですので閲覧にはご注意ください。








疲れているはずなのに、睡眠よりも先に身体が求めるものがある。そうなってしまった自分を嘲笑い、そうさせた相手に少しだけ恨みがましい視線を投げつつも肌を擦り寄せる。そうすれば相手――フレンは、絶対に自分を拒みはしなかった。

『僕も疲れてるんだけどな』

まるでユーリだけがその行為を必要としているかのような物言いで、仕方なさそうにゆっくりと腰を抱き寄せる。だが帯を解く手つきに全く戸惑いはなく、いざ事を進めればそれこそユーリのほうの体力が尽きて疲れ果てるまで責めの手を休めない。そうしてまた恨みがましく睨めつけるユーリの頬を優しく撫でて、こう言うのだ。

『そんなに我慢ができないなら、もっと早く会いに来ればいいのに』

我慢ができていないのはお互い様だと思いながら、だいたいの場合においてユーリに反論する気力は残っていない。フレンに背を向けて瞳を閉じると睡魔に身を委ね、髪を撫で梳く指先を感じながらいつしか眠りに落ちてゆく――

そんな夜を幾度か過ごし、今夜もまたあの熱い肌と囁きを身体が欲するがままに、ユーリはフレンの部屋へと向かう。つくづくどうしようもないことだ、と口元を歪めて笑うその表情は闇に隠されて、誰に見られる心配もないと思うと堪える気も起きなかった。



「…ん…?」

鍵の掛かっていない窓から部屋の中に降り立ち、淡い光が照らす机に手を置いてちらりと視線を巡らせた後、ユーリはつまらなそうに鼻を鳴らした。特に約束をした上での訪問ではないから、フレンが留守の場合も少なくはない。だがそんな時はさすがに鍵が掛かっているし、部屋の灯りも点いてはいなかった。
つまり、今しがたまでフレンはここにいたのだ。
なぜ部屋を出たのかまではわからないが、おそらくそれほど待たずとも戻って来るのだろう。とは言え鍵を掛けずに不用心な…と思うのも一瞬で、それを本人に言ってやるつもりは毛頭なかった。返って来る言葉は容易に想像できて、それに反論する術をユーリは持たない。今、こうしてこの場所に来てしまったことが全ての言い訳を無駄にし、フレンを喜ばせるだけだとわかっていた。

「まあ…いいけどなあ、今さら…」

独りごちて息を吐けば、フレンの声が聴こえるような気さえする。

『鍵を掛けないのは君のためだよ、ユーリ』

いつか言われた言葉だ。
正式な手順を踏むのを面倒がるユーリのためにわざわざそうしているのだと、意地悪く笑うフレン。

『窓を壊されでもしたらかなわないからね』

さすがにそこまでは…とその時は返したが、今もし鍵が掛かっていたらどうしただろうと考えると乾いた笑いしか出なかった。灯りがついていたぶん、期待が大きかったのかもしれない。
窓を開ければフレンがそこにいて、他愛も無い会話を適当に楽しんで、そして――

(…どうするか、な…)

フレンが仕事をしていたのであろう机に目をやり、ユーリはぼんやりと考える。
鍵は開いていた。灯りはつけっぱなし、机の上も片付いていない。だからすぐに戻ってくるだろうと思っていたが、よく考えればそうとばかりも限らなかった。何か問題が発生して呼び出され、急いで出かけたのだとしたら?もしそうだったら、部屋のことなど気にかける余裕もないほど焦っていたということではないのか。

――戻ってこないかもしれない。
そう思うと、全身がなんとも言えない疲労感に包まれるのを感じた。今から下町に戻る気も起きず、ユーリの足は自然と隣の寝室へと向いていた。




「…ん…っ」

自分の部屋にあるものより遥かに広く、柔らかなベッドに横たわってユーリは苦しげに呻いた。
――いや、呻いたというのは正しくない。浅く繰り返される呼吸に時折混じる声、艶を含んだそれはなんとも言えない色香をそこら中に漂わせ、声が上がる度に室内の空気がざわりと震えるようだった。

「あ、っは…ぁ、はっ…」

真っ白なシーツの上に横たわり、長い黒髪を好き放題に乱れさせてユーリは忙しなく身体を揺らしていた。
上着はすっかりはだけられ、薄く朱の挿す胸元が薄暗い部屋の中でそれでもなお白く輪郭を浮かび上がらせている。時折引き攣ったようにその身体が跳ね、快楽を押しとどめようとして噛み締められた口元が歪んだ。脱ぎ散らかされた帯や下履きが余裕の無さを感じさせるが、ここにいるのがユーリだけだという事以外はいつも通りと言えばいつも通りの光景でもあった。情事の際にいちいち脱いだ服をどうこう言うような野暮はさすがにフレンもしないし、脱がしかけて腕に絡まった上着をうっとおしそうに引き抜いてぞんざいに投げ捨てるようなことさえある。あの几帳面な男がこうも変わるのか、と思うと可笑しくてつい笑ってしまい、それを見たフレンがむっとしたように眉を寄せた後、息もできないほどに深く唇を合わせられる――

そんな余裕のなさが、愛しいと思っていた。

ユーリはたまに、冗談めかして『オレって愛されてるよな』などとフレンに言ったりするが、その言葉は本心に違いなかった。フレンが自分にだけ見せる執着には時にひやりとさせられるが、最近ではそんな姿を見せられてどうあしらおうかと考えるのが楽しいとすら思う。
調子に乗って痛い目を見ることもあったが、そのやりとりも含め全てが何ものにも代え難く、愛しい。そんなふうに思えるようになるまでには随分かかった気もするが、今の関係にとりあえず不満はなかった。
あるとすれば、世間一般の恋人のように人目を気にせず会うことが出来ない、というところぐらいか。会うだけならまだしも、まさかこんな関係だと知られては色々と面倒だ。正面から行けばどうしても誰かに姿を見られるし、『こんな関係』だと邪推されないまでも朝までいられたはずの時間を邪魔はされるかもしれない。ユーリを良く思わない者が何かしらの理由をつけて、フレンのもとから追い出そうとしないとは限らなかった。

だから、ユーリはこうして窓から忍んで行くのだ。せっかくのひとときを邪魔されないために。それを知っていてわざわざ正面から来いとフレンが言うのはどうしてかと考えたこともあったが、頭に浮かんだいくつかの仮説はどれもユーリにとってはあまり面白くないものだった。目立ちたいとは思わない。こうして会えればそれでいいのだ。
――もっとも、今はその相手がいない。目を閉じて姿を思い浮かべ、フレンが自分にするように自身の肌に指を這わせると、切なげな吐息が濡れた唇から溢れ出す。シーツに皺を刻み込みながらいつかの夜を思い、自身を慰める指先が震えながら動きを早めていった。

ユーリは目を閉じたまま、右手で胸の上の小さな突起を捏ね回しながら左手で絶え間なく性器を刺激し続ける。擦り上げる度に指先に絡む透明な液体は一度溢れたら止まらず、ぬるぬると手の内を滑り落ちながら濁りを帯びた水音を響かせた。

『随分と良さそうだね?』

瞼の内で笑うフレンはそう言って手の動きを加速させ、それに合わせて器用に先端を弄ぶ。先走りが滲むその場所に軽く爪を立て、擽るように円を描けばユーリの腰が強張ったように引き攣り、肌が粟立つ。快楽に混じる僅かな痛みに耐えるかのように歪められた目元に優しく口付けて、背中に腕を回してきつく抱きながら更に攻めの手は激しくなり、重ねた身体の下で翻弄されるユーリをフレンはどこか嬉しそうな様子で見下ろす――
その瞳を、声を思い出すだけでますます己の昂ぶりは熱を増し、自分はフレンに抱かれることをどれだけ悦んでいるのかと思い、ユーリは口端を少しだけ上げた。他の相手を知っているわけではないが、体の相性はいいのだろう。おそらく、誰よりもフレンが一番のはずだ。今となっては比べることもできないが。

「は…っ、あ、んんっ…!!…っく、う…!」

快感を堪える気などさらさらないので、次第に嬌声は遠慮の無いものへと変わっていく。
『普段の』ユーリの姿しか知らない者が今のこの場面に出くわしたら、驚く間もなくまずはその魅惑的な肢体と蕩けた表情に目を奪われ、息を呑んで動きを止めてしまうのではないか。そして、例えその気がなかったとしても吸い寄せられて触れてみたいと思うのでは――そんな妖しげな魅力が確かにある。だから用心しろと困ったように眉を下げる恋人に、ユーリは幾度もそのようなことを言われていた。
だがそれはユーリ自身には気付きようもないことだ。そんなことを自覚できるほど自惚れてはいないつもりだし、恋人に対する欲目以外の何物でもないとしか思えない。だから、自分以外にそんな姿を見せるなと釘を刺される度、ユーリは鼻で嗤ってその言葉を流してきたのだが…最近では、フレンの言うこともあながち間違いではないのかもしれないと思うことも少なくなかった。

例えば、酒場で一人、酒を呑んでいる時。
他に空いているテーブルがあるのに相席を求められたような場合、その相手のうち幾人かは確実にユーリを『そういう対象』として見ていた。行動範囲が下町とその周辺ぐらいだった時には考えもしなかったが、様々な街に出入りするようになった今ではなるほど物好きな人間も多いものだ、と思うことが増えた。
そういった輩にしてみれば欲望を満たしてくれるなら誰でもいいのだろうし、周りには他にいくらでも誘いを受けてくれそうな人間がいそうなものなのに、とも思う。だが好色そうな笑みを浮かべて声を掛けてくる男たちにもそれなりに相手に求めるものがあるのだとして、それこそがフレンの言う『用心』が必要な部分――誘っているわけでもないのに引き寄せてしまう『魅力』ということなのだろうか、と。

「…ふ…」

薄笑いが漏れる。
少なくとも、男に誘われるような自分ではなかったはずだ、とユーリは思う。男に――フレンに抱かれるようになるまでは。それが今ではどうだ。何がそうさせるのかあまり考えたくないが、客引きの女よりも店内で客の男に声を掛けられるほうが多いのだからたまらない。だが、用心が必要だというならそんな男たちよりよほどフレンに対してではないかと思い、ユーリはつい笑っていた。
誰が声を掛けて来ようとも、相手をしてやる気は全くない。しつこくされても完全に拒絶できる。
だが、フレン相手だとそうはいかないから困るのだ。

拒めない。
会えばどうしても求めてしまう。今日だってそのためにわざわざこうやって来てしまったぐらいだ。今の関係に慣れた一方で、胸の奥には常に『このままでいいはずがない』という思いも抱えている。だからこれ以上深みにはまって溺れないよう、用心しなければならない――そう、思う。

(……いまさら、だな)

ベッドの上で荒い息を継ぎながら、ユーリは仰向けだった身体を反転させた。シーツに顔を埋め、性器を扱く左手はそのまま、膝をついて腰を高く上げる。フレンを受け入れている場所へと空いている手を伸ばし、そっと触れた。

「んっ…く」

恐る恐る、といった感じでゆっくりと押し拡げるように指先を撫で付けながら、ほんの少しだけ中へと指を進める。それ以上奥へ入れるには自分では届かなくて、少々辛い。それでもなんとか中指を半分ほど埋めて、ユーリは息を吐いた。
傍から見たらなんて格好だろうと思い、誰がいるわけでもないのに僅かに頬が熱くなるのがわかる。他の誰かが自分の性的欲求を慰めるのにどういったことをしているのか、などということに全く興味はないし、知りたいとも思わない。が、男であればだいたいすることは同じだろう。だが、今自分がしているような行為をするのはおよそ少数派のような気はするし、『そこ』を使うことで快感を得ることになるなんて…と思うと、そのことに対してはどうにも羞恥を捨てきれないでいる。
しかし身体が覚えてしまったあの感覚――フレンの熱い昂ぶりで奥まで穿たれ、内側を散々に掻き回されて良いところを突かれ、まともな思考能力が全て吹き飛んでしまうような、あの気持ちの良さはもう手放すことができない。フレンがいつもするように、その動きを真似て自分で中を拡げようとしてもどうにももどかしく、シーツを皺だらけにして身体をくねらせている自分の浅ましさを思うと更に顔に熱が集まるのを感じた。

(足りない…届か、ない。もっと、奥…)

吐息が更に荒くなる。
フレンの声を、手つきを…体温を、全てを思いながらユーリは必死で慰めの手を早めた。固く張り詰めた性器を扱きながら腰を高く掲げ、尻を突き出すような姿勢で後ろに埋めた指を動かす。膝立ちになればもっと奥まで楽に弄ることができるとわかっていて、あえてその姿勢をとらないのは少しでも『フレンにされている』と思っていたいから。内側で最も敏感な場所を外しているのも、フレンがわざとそうするから――

「フレン……」

声に出して名前を呼んで、すぐにユーリは唇を噛み締めた。乱れた髪が邪魔をして表情は隠され、口元だけが見えている。きつく閉じられていた唇が震え、切なげな吐息とともに開かれた隙間から覗く朱がぬるりと光ったように見えた。

「…っく…!ふ、ぅ……!!」

寸の間、ユーリの身体が強張り、高く掠れた声がその口から漏れる。汗ばんだ背中がびくん、と一度大きく揺らぎ、吐き出された熱が指にまとわりつきながら流れ落ちてシーツを汚した。そのままごろりと身体を横たえ、肌触りのよい布地で適当に手を拭う。どうせこの後、シーツは使い物にならなくなる。何も気にはしなかった。
激しく肩を上下させながらぼんやりと見つめる先にはこの部屋の扉があるだけで、誰の姿もない。だがユーリは視線を外すことなく、重厚な扉を見ながらふと、こんなことを考えた。

――もしその向こう側で、自分の痴態に誰かが聞き耳を立てていたとしたら――?

そう思うとひどく興奮した。今、物音は聞こえない。誰かの気配を感じ取れるほど、神経を研ぎ澄ます余裕もない。ただの妄想だ。そして、『そこにいてほしい』という願望でもあった。もしも『誰か』がフレンであったら、さぞこれからの逢瀬が楽しくなるに違いないと思う。フレン以外の可能性もなくはなかったが、時間が時間なだけにあまり現実的ではない。使用人が部屋の掃除に来るには遅すぎる時間だ。フレン以外が来ることがないと思うからこそ、こうしてユーリは好き放題にベッドを荒らしているのだ。

(…早く戻ってこいっての)

身体の火照りは治まるどころか、中途半端に刺激したせいで奥側の疼きは耐え難いものになっている。この熱が引いてしまう前に、もっと熱いフレンの体温が欲しい――そう思い、ユーリは自らの肩を強く抱いて固く瞳を閉じた。


―――――
続く