02/14 23:02拍手コメントの方よりリクエスト 「自信過剰で行こう!」の続き






君が傍にいてくれさえすれば、他に何もいらない。

本当だよ。心からそう思ってるんだ。だけど、君がたった一人の存在だからこそもっと、――もっと求めたいし、求めてほしい。

そう思うのは、わがままなのかな……


ユーリとは長い付き合いだ。それはもう、文字通り。生まれた時から今まで、ほぼ同じ時を過ごした、と言ってもおかしくないほど僕らはずっと一緒だった。
いつの頃からか、僕はユーリを一人の女の子として意識するようになって、その気持ちは成長する毎に確かなものになっていった。
他の女性の事をそんなふうに意識したことは一度だってない。今はもう、好きだという言葉じゃ足りないぐらい彼女は僕にとって大切な存在になっている。

「…ユーリ」

腕の中で寝息を立てるユーリの顔を見つめていると、なんだか落ち着かなくなってくる。少し不機嫌そうにも見える様子に、昨晩のことを夢にでも見ているのだろうか、と考えればますます心がざわついた。

ユーリは…いわゆる異性との経験がない。…あったら困る。困るというか、もしその相手を前にしたら僕はきっと平静ではいられない。殴りはしない……と、思うが自信はないし、何よりもまずユーリが僕以外の誰か他の男に、なんて考えたくもない。誰にも触れさせたくない。
だけど、こんなことを言っておきながら僕自身はユーリ以外の女性と…夜を共にしたことが、ある。今さら過去のことはどうしようもないけど、それを知った時のユーリの反応に僕は心の底から己の行動を後悔した。

まさか、自分も他の男と経験して自信をつける、と言い出すだなんて……!

…ユーリは、僕に抱かれるのが嫌だというわけじゃなさそうだった。ただ、怖いのだ、と。だったら尚更、僕以外となんて無理に決まってる。僕に対してさえこれほど奥手なのに、見知らぬ相手に大人しく抱かれるとは思えなかった。
自惚れだと言いたければ好きにすればいい。でも、間違いない。
昨日の出来事を思い出して少し複雑な気分ではあったけど、おかげでやっとユーリも僕のことを、改めて男性として見てくれるようになったと思うと嬉しかった。

「う…ん…?」

「目が覚めたかい?おはよう、ユー……」

「なっ…!?!?なんでおま、え!?なんでこんな…っ!!」

「………リ」

目覚めたユーリが寝ぼけて可愛らしい姿を見せてくれたのも束の間、状況を理解するや物凄い勢いで僕の腕から逃げ出して壁に張り付いた。
顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせている様子に思わず吹き出すと、ユーリは悔しそうに唇を噛んで僕から顔を逸らしてしまった。

――昨日、過去の僕の行動に対する腹いせに他の男と寝る、と言って宿を出ようとするユーリとの攻防をかなりの時間に渡って繰り広げた末、ユーリは疲れて眠ってしまった。
僕は僕で暴れる彼女を後ろから抱き締めて…というより捕まえて、部屋から出すまいと必死だったからそれなりに疲れていたし、床にへたり込んだまま寝るのはつらいものがあった。
だからユーリをベッドに寝かせて、自分もその隣で眠らせてもらったんだ。
…目覚めた時、ユーリがどんな反応をするのか少し怖かった。でもそれ以上に腕の中のぬくもりを手放したくなくて、ずっと彼女を抱いたままこうして朝を迎えたという訳だ。
抱いたと言っても勿論、身体の関係を持ったという意味じゃない。だいたい、寝ている相手に何かするなんてあるわけないだろう?…相当の忍耐を強いられたのは確かだけど。

僕はもう、ユーリの気持ちを知っている。まだはっきりそれを伝えられてはいないけど、今だって僕を意識しているからこんな反応をするんだとわかっている。
僕が相手でこんな状態なんだ。見知らぬ男と床を共にしようとして、冷静でいられる筈がない。もしかしたら殴って逃げ出してるかな、相手には全く同情しないが。
…ああ、ダメだな…想像するのも苦痛だ。
今、ユーリの前にいるのは僕だ。僕だけが、ユーリに触れることができるんだ。ユーリが他の誰かと…なんてことを考えるのは、もうやめた。

「ユーリ、こっちを向いて」

そう言って僕は右手を伸ばし、俯き気味のユーリの表情を隠す髪を掬い上げて耳に掛けた。少しだけ身体を強張らせたユーリの頬と同じ紅色に染まった耳先が露わになり、なんだか妙に嬉しい。

(…まずい、な…)

初々しい反応に、こちらも落ち着かなくなってきた。目覚めたばかり、それにあんなことがあって昨日の今日ではさすがに性急すぎる気もする。
でも、この状況はなかなか悪くないんじゃないか、なんて思う自分もいる。ユーリと男女の付き合いをするようになって、こんなに――何と言うか、甘い雰囲気になったのは初めてだ。
ユーリは相変わらず顔を上げてはくれないが、かといって僕の手から逃れようとするでもない。髪を撫でながら見つめる僕の前で、壁に背を預けて大人しく座っていた。シーツを握り締める指先に緊張の様子が伺えるが、それすら可愛くて仕方ない。
空いている左手の掌でユーリの右手を包むと、僕はユーリとの距離を少しだけ縮めて顔を覗き込みながらもう一度、声を掛けた。

「ユーリ、おはよう」

「…お…おはよ…う」

「顔を上げて、僕を見て?どうしていつまでも下を向いてるの」

「…いや…昨日はその、みっともないとこ見せたと思ってさ…」

「…そんなことないよ。原因は僕にあるんだし、みっともないなんて思わない」

妬いてくれて嬉しかった、なんて言ったらさすがに怒られそうで言えなかったけど、そう思ったらまた口元が緩んでしまう。顔を上げないままちらりと僕を見たユーリが、何やらぶつぶつと呟いた。

「何?聞こえないよ」

「…締まりのない顔しやがって、って言ったんだよ」

「それはまあ…仕方ないかな」

「なんでだよ」

「だって、こんなに近くで君に触れていられるなんて」

ユーリの耳の後ろで指に絡む髪のさらさらとした感触が心地好い。くすぐったいのか、時折ぴくりと眉を寄せるその度に、指先に微かに感じるユーリの体温が上がっているように思えた。
…髪だけじゃなく、もっと色んな場所に触れてみたい。その時、ユーリはどんな表情で僕を見るんだろうか。

もっと、触れたい…

「ユーリ」

「え…あ!?」

ぐっと力を込めて引き寄せたユーリの顔を間近にして、自分の身体も熱くなる。ユーリの耳先にそっと口づけ、強張る身体を抱き寄せると今さらユーリが僕から逃れようと身を捩った。

「ちょっ…やめっ…!」

「ユーリ…」

ユーリの抗議を無視して何度も耳先や瞼にキスをする。ユーリは抵抗しながらもキスの度に小さく声を上げ、それがまた愛しくて仕方がない。

もっと、声が聞きたい。
この状況でこのまま何もしないなんて無理だ。…急ぎすぎ?でも、僕達はもう一年以上も『恋人』で、そうでなくとも僕はそれ以前からユーリのことが好きだった。身体の関係がなくてもそれが変わる事はないけど、男として好きな女性を抱きたいと思うのは当たり前で――

やっと、その機会がやって来た、と思った。

「やめろって…!!」

ユーリが僕の身体を押し返そうとする。その腕ごと更に強く抱き込んで壁に押し付け、そのままベッドに倒れ込もうと…

「いっ……!!」

…倒れ込もうとした僕だったが、ユーリに襟足を思い切り引っ張られた痛みで腕の力が緩み、その隙にユーリは僕と壁の間から抜け出してしまった。まだベッドから降りてはいないものの、少し距離を取って僕を睨みつけている。

「やめろって言ってんだろ!?」

「…ご、ごめん」

無理矢理だったのは確かたがら謝りはしたものの、なんだかすっきりしない。髪を掴まれたところはひりひりするし、後ろにのけ反った拍子に首筋から妙な音はしたし…。
何よりも、ユーリの『本気』具合がたまらなく切なかった。

「そこまで必死で逃げるほど、嫌なのか…?」

ユーリは答えない。ついため息が零れ、僕はユーリから視線を外した。しわくちゃになったシーツを固く握り締めるユーリの指先が視界の端に映り、更にやるせなさが募る。
気持ちが通じた、と思ったけれど、やっぱりまだ無理なんだろうか。だとしたら、僕は一体あとどれぐらい待てばいいんだろう。
ユーリがいいと言うまで待てると思っていた。でも、ユーリの思いを知ってしまったせいで逆に我慢するのが辛い。気持ちが同じなら、応えて欲しい。今を逃したらまた当分会えない気がして、少し不安になった。

「あの、さ」

「…何?」

「……」

お互いに黙り込んだままでいると、小さく呟きながらユーリが顔を上げた。僕の返事が少し素っ気ないものだったせいか、また黙ってしまう。何か言ったほうがいいかと思っても、いい言葉が思いつかないままただユーリを見つめるしかない僕を、ユーリもじっと見ていた。

「はあ……」

少しの間そうして見つめ合って、やがてユーリがため息をつきながら大袈裟にうなだれた。

「…そのリアクション、僕がしたいぐらいなんだけど」

「わかってるよ…!」

「わかってる…?本当に?悪いけど、僕にも我慢の限界というものがあるんだ。あまり拒絶されてばかりだと、もう…」

「違う」

「違うって、何が」

自分でもちょっとどうかと思うぐらい、機嫌の悪さがありありとわかる声しか出せないのが情けなくなる。そんな僕を見るユーリも少し頬を膨らませ、何やらむっとした様子だった。
…まあ…無理に手を出そうとしたのは悪かったと思うけど…。

「おまえのやりたいことはわかった」

「…や…やりたい…って…」

「その通りだろ!」

そうだ、とも言えず下を向く僕にユーリが続ける。

「…だけどもう朝だし、オレはこっちで用もある。おまえだってのんびりしてるヒマ、ないだろ」

「そんなの、少しぐら」

「だから!!」

僕の言葉を遮り、ユーリはベッドから降りるとこちらに向き直った。一瞬だけ何かを考えるように目を伏せたが、すぐに顔を上げて――

「…オレが行くまでもう少し待ってろ」

それだけ言うと自分の上着と帯を掴み、止める間もなくユーリは足早に部屋を出て行ってしまった。

「もう少し、か…」

やや乱暴に閉められたドアを見つめながら考える。
少しというのがどれくらいかわからないけど、不思議とそう先のことではないような気がしていた。自分が行くまで…というのは、この街に僕が滞在しているうちに会いに来てくれるということなんだと思う。

(…まさか、今までみたいに気まぐれで城に来るのを待て、ってことじゃないよな…)

そうじゃない、はずだ。一瞬浮かんだ考えを打ち消し、最後に顔を上げた時のユーリのことを思い出した。
その顔は怒っているようにも見えたけれど、真っ赤で…思い出したらなんだかこちらまで恥ずかしくなってしまう。僕がその表情の意味を取り違えていないのなら、ユーリも決心してくれたんじゃないか…と。それでも『今』はだめだということなら、ユーリから行動を起こしてくれるまであと『もう少し』だけ待ってみるしかない。

焦っても仕方がないという思いと、もう充分すぎるほど待ったという思いに揺れながら、僕もひとまずは片付けなければならない自分の仕事のほうへと意識を切り替えて部屋を後にしたのだった。


―――――
続く