続きです。







物音に目が覚めて、ゆっくりと起き上がる。真っ先に注意を向けたのは窓だ。

抱いていた刀を持ち直して柄を握ると、隣で布の擦れる音と小さな金属音が聞こえた。…フレンも起きたみたいだな。あいつも剣を手に取ったんだろう。
普段はそれぞれすぐ手の届く位置に武器を置いてるが、今日は昼間の事もあって用心の為にオレもフレンも自分の相棒と添い寝してた、ってわけだ。


真っ暗な部屋の中、恐らくあいつも同じ場所を注視してるに違いない。隣の部屋へと続く扉に全く注意を払ってない訳じゃないが、侵入するなら窓のほうがまだ楽だ。いつだったかみたいに、内部に手引きしてるやつでもいるなら話は別だが…。

「……ユーリ」

息を殺してまんじりともしないまま、暗闇に目も慣れた頃にフレンがオレの名を呼んだ。
と同時にオレも緊張を解いて小さく息を吐いた。気のせいか、それとも向こうが気付いて逃げたか。どっちにしろ、何かしらの気配も感じなければそれ以上の物音もしなかった。

オレとフレンで窓を挟み、身を隠すようにしながら近付いて外を窺ってみる。が、今夜は月も出てないせいでとにかく見通しが利かない。

…開けるしかないな、これは。このままじゃ何もわからないし、それに多分…。

目で合図をするとフレンも頷いた。
慎重に窓を開けて、暗闇の中へ視線を走らせる。
が、思った通り何も…誰もいない。僅かな風に揺れる木の枝が見えるだけだ。オレがフレンの部屋にやって来る時に、足場にすることもある。結構な高さもある上に不安定だ。

「…素人がここから入るのは結構骨が折れると思うんだが」

開かれた窓に手をかけて地面を見下ろすオレに、フレンはあっさりと返した。

「完全な素人と決まった訳じゃないだろう」

まあそうなんだけどさ。
物音を聴いて目が覚めたのは確かだ。侵入者じゃないとすれば、風で窓枠が揺れたか、目の前の枝が窓を叩いたか…そんな音で起きるほど、オレは神経質になってるとでも言うんだろうか。

「フレン、おまえも何か聴いて起きたのか?」

「…いや、僕は君の気配で目が覚めた。その前に何か聴いたりはしてない」

「そうか。…んー、やっぱ気のせい、か…」

フレンが気付かなかったという事は自分の気のせいなのか…なんてことを考えるのは癪だったが、こいつがそういった気配に全く無反応ってのもまあ、ないだろう。

開けっ放しの窓から外の様子を見ていると、フレンがその窓を静かに閉めた。鍵を掛けて二、三度確認し、カーテンも引くと薄暗かった部屋が更に暗くなる。目が慣れてるから様子はわかるが、フレンは明かりを点けようとはしなかった。

「どうした、暗いまんまでいいのか?明かり点けたほうがいいんじゃねえの、一応」

「確かに、明るかったらいきなり飛び込んでは来ないかもしれないけど、もしそうなった場合相手からも僕らの姿がまる見えだろう?」

「まあそうだけど…」

どのみち、用心しといたほうがいいに越したことはない。勝手がわかってるぶん、確かに暗闇も有利かもな、こっちにとっては。

…にしても、今何時ぐらいだ?さっき見た外の様子からだと、夜明けまでまだありそうだ。
寝ずの番には慣れてるし、もうこのまま起きとくか?問題はその必要があるかどうか、ってだけなんだが…

「ユーリ、もう休まないか」

「ん…?あ、そうだな…」

「どうしたんだい?まさか、目が冴えて眠れそうにないとか」

「まさかってどういう意味だ…。冴えてっていうか、完全に目が覚めちまったからなあ。このまま起きててもいいんだが」

どうするかなと思いながらソファーに足を向けたところで、ふと視線を感じたて振り向いた。勿論、視線の主はフレンだ。窓辺に突っ立ったままじっとオレのことを見て、何か言いたそうにしている。

……なんだかなあ、なんとなく想像つくけどな、何が言いたいのか………

「…どうしたよ」

それでも一応聞いてやると、案の定フレンはオレにこう言った。

「眠れないんだったら、一緒に寝ないか?」

やっぱりな…。
眠れないなら、ってどういう理屈だよ。余計寝られないに決まってんじゃねえか!別にその、何かするしないに関わらず!

「嫌だって言われるの、わかってるだろ?なのになんでそんなこと言うんだよ」

「嫌なのか?どうして」

「ど……嫌に決まってんだろ!」

「だから、どうして?」

何故かフレンは妙に楽しそうで、にこにこしながらオレに質問を繰り返す。

どうしてって、そりゃ…

「僕と寝るのがそんなに落ち着かない?」

「わかってんなら聞くな!!」

ああそうだ、落ち着かない。今までだって何度も言ってる。なんだってんだ、わざとらしい。思わず声が大きくなっちまったじゃねえか…!
なのにフレンは随分と落ち着いてて、ますますニヤつきながらオレを見つめている。
にこにこなんて可愛らしい笑い方じゃねえぞ、ニヤニヤとしか言いようのない顔だ。

「ユーリ、どうして落ち着かないんだ?」

…改まって聞かれると、めちゃくちゃ答えにくいんだが…

「当ててあげようか」

「は?…ちょ、寄るな!!」

大股で近付いて来たフレンについ後ずさったが、何かに当たって反動でつんのめったところで腕を掴まれた。『何か』はソファーだ。ほんとはこの寝室じゃなく、隣の部屋にあったやつなんだけどな。今はオレのベッド代わりになってる。

で、そのソファーが邪魔をして逃げられなかったせいでオレはフレンに両腕を掴まれて、身動き取れなくなってんだけどな…この体勢がもう既にツラい、色々と。

「おい、離せよ!」

「今離したらそのまま後ろに倒れてしまうよ」

「…別に構わねえし」

やたらでかくて上等なソファーだ、何の支障もない。ぶっちゃけ下町のオレの部屋にあるベッドより柔らかいし、一応毎晩これで寝てるが身体が痛くなるだとか、そんなこともない。フレンがこっちに潜り込みさえしなければ、の話だけどな。
そう思ったから『構わない』と言ったんだが、フレンは意外そうな顔をした。…なんでこんな顔されるのか、さっぱりだ。

「おい?」

「いや…一緒に寝るのを恥ずかしがる割に、大胆な誘い方をするな、と思って」

「………はあ?何言って…って、構わないってのはそういう意味じゃねえっての!」

「そう?残念だな。…ユーリ、僕と一緒に寝るのがそんなに恥ずかしい?」

「は」

…ずかしい、と言おうとしてオレは口をつぐんだ。恥ずかしいっていうのとは少し違う気がしてたからだ。全く恥ずかしくないかと言われるとそれもまた違うんだが…。
そんなことを考えていたらフレンがぐっと顔を近付けて来たから、反射的に思い切り仰け反っちまった。

いや、だってこれ絶対キスしようとしただろこいつ!?

もうこれ以上後ろに下がれず、上半身を殆ど仰向けに近い状態にして見上げたフレンはそりゃあもう不満げにオレを睨みつけていたが、次の瞬間には掴んでいた腕に更に力を込めてオレの身体を引き寄せた。
…今度は避けられなかった。

「ん、っふ……!!」

「……ん…」

目を閉じると互いの僅かな息遣いだけが漏れ聴こえて、それこそ堪らなく恥ずかしくなる。…直接頭の中に響いてくる音に落ち着かない。

落ち着かなく、なる。

唇を離したフレンがオレを抱き締めて、いつもするように髪を撫でる。…ほんと好きだな、髪に触るのが。オレもこうされるのが好きで、落ち着く…筈だった、こないだまでは。

それがここ最近、逆に落ち着かなくなるから困るんだ。最近って言っても、今回ここに来てまだ一週間経ってない。いつからこうなったのか、自分じゃはっきりわからない。
でも、今こんなに落ち着かなくて困ってるのは確実にフレンと夕方にした話のせいだと思っていた。

結婚云々の話なんか出されて、本当はかなり動揺した。別に今日の話じゃない、最初からだ。…改めて意識したのは今日だけどさ。
今はそんなこと考えてない、ってのは本当だ。
だけど下手に意識させられたせいで、何でもない瞬間にふと思い出したりする。別に、結婚に夢を見てる女が思うような可愛らしいことなんか考えちゃいない。
…考えるのは、もっと別のことだった。


「ユーリ」

「な、んだよ」

フレンがオレの髪に顔を埋めるようにしながら話すから、時々息がかかって擽ったい。わざとなのか、そうじゃないのか…身長が変わらないせいで、大体いつもこの位置だ。
これがまた、落ち着かない。

「…なんだか、そわそわしてるね」

「だから、落ち着かねえんだって言ってるだろ!?」

「それがどうしてなのか当ててあげる、って言ったよね、さっき」

そういやそうだったな。
今度は何を言われるか想像もつかないから、黙ってフレンの言葉を待っていた。

「…あのさ、ユーリ。僕ら、恋人同士だろ?」

「まあ……そう、だな……」

「身体を重ねたこともあるよね?」

「う………」

「でも、全然足りないんだ。もっと、ユーリが欲しい」

「おまえ何言ってんだよ!!?」

…あまりの恥ずかしさに声が裏返りまくった。
いや、言いたいことはわかる……わかるが、オレは、その……


「ユーリも、そうなんだろ…?」


フレンに抱き締められたまま、オレは何も言うことができずに固まっていた。

オレも、ってのはつまり、フレンと同じようにオレもフレンと

もっと


「そ………んなわけ、ないだろ!!!」

油断してたんだかなんだか知らねえが、フレンの腕の力が少し緩んでたのが幸いだった。
脇から手を入れてフレンの胸を力一杯突き飛ばす。そのまま一発殴ってやろうかと思ったが手が出なかった。
目の前のフレンは相変わらずニヤけてるし、オレは死ぬほど恥ずかしくて口元を覆うのでいっぱいいっぱいだ。…明かり、点けなくて正解だったな。酒呑んだ時より赤くなってんじゃねえの、オレの顔…。


フレンの言ってることは、当たらずも遠からずだ。
…ソレばっか求めてるわけじゃねえけど、確かにもっと、こう…その『先』に行ってもいいか、と思うことは…ある。
だから、一緒に寝たら落ち着かない。
勿論、翌日の仕事のことやら、今はそんな場合じゃないってことやら考えれば、はっきり言って手を出されたら困るのは事実だ。

手を出されたら、って言う時点で自分が受け身の側だっつうのを完璧に認めてるってのにも、まだ抵抗がある。…今さらとか言われてもこればっかりは如何ともし難い。オレは別に、元々『そっちの』趣味の持ち主じゃねえんだから。

でも、どこかで期待してるんだ…認めたく、ないが。


落ち着く筈の場所が落ち着かなくなって、触れて欲しいけど今は駄目だと自分に言い聞かせて、しかもそれをフレンに気付かれてるってのがもう、いろいろ終わってる気しかしねえよな。

…こんなんで一緒になったりしたらとか、さすがに考えたくないぜ…今はそのつもりがない、っていうのは別にこんな理由じゃねえけどさ。


「……それで、一緒に寝る?」

「ニヤニヤしやがって……寝ないっつってんだろ」

「護衛なんだし、少しでも側にいたほうがいいんじゃないか?」

「同時に襲われる危険性が高まるだけじゃねえか。何言ってんだ」

「とりあえず、今夜は君を襲うつもりはないけど」

「おまえの話じゃねえよ!!」


護衛なんかいらないんじゃないか。
割と真剣にそう思ってるぞ…。
あと一日、ほんとに何事もなきゃいいんだが。こんなに緊張感のない護衛は、相手がフレンだからなのか、なんなのか。

……どうにも、嫌な予感がするなあ……。


フレンに背を向けてソファーに横になり、頭から毛布を被って暫くすると、フレンの気配も少し遠くなった。どうやらあいつも大人しくベッドに戻ったみたいだな。

目を閉じてもなかなか眠る事が出来ず、とにかく無事にこの仕事を終えて早く自分の生活に戻りたいと、そんなことが頭の中でぐるぐると繰り返すばかりだった。




ーーーーー
続く