続きです。




本当に知りたかった事の確認はできたのかもしれないが、とりあえず今は目先の危険をどうするか。

オレがここに呼ばれた本当の理由は、フレンの護衛のためだ。だったら普通に頼めってのはもう、さんざん言ったんでこの際置いておくが…。

大体、オレが来ればフレンも立ち直るだろうと踏んでヨーデルはオレにこんな事をさせたんだ。立ち直ったなら護衛の必要もなさそうなもんだが、まあフレンだって何事にも完璧というわけじゃない。

ヨーデルの話から察するに、フレンの邪魔をしたがってる奴が雇ったのはどうも素人臭い。…一般人、てことはないだろうが、例えば海凶の爪の赤眼とか、あんな奴らじゃない筈だ。もしあの手の奴なんだとしたら、いくらなんでも無用心すぎる。
だが、相手がプロじゃないほうが厄介かもな。行動の予測がつきにくいんだよ、素人ってのは。そのあたりは前回の仕事で嫌というほど思い知った。
行動そのものも、その動機も、知ってもなお理解不能だ。気持ちはわかる…というのともまた別だ。普通、実行しないだろうと思う事を実行したりするからな…。

護衛をしてやるのは構わない。が、実際のところはどうなのか。どうしてもフレンの邪魔をしたいという人間が、何故そんな不確実な手段を取ろうとするのか謎だ。

オレは常にフレンに張り付いてるわけじゃないからな。どっちかって言えば一緒にいない事のほうが多い。今回は城の中をうろつく事も出来ないし、不審者を見付けるにはなかなか難しい状況だと言える。

…むしろメイドなんかじゃなくて普通の格好のほうが堂々と出来るのかもしれないが、それはそれで余計な面倒が増えるだけだ。城の中で、フレンの側にオレがいても何も言わない奴もいるだろうが、そうじゃない奴のほうが多いと思ってるからな、オレは。
そうなるとフレンの立場が悪くなるだけだ。

フレンは『そんなことはない』って言うんだろうが、そうじゃないからオレは城に来るのが嫌なんだ。
だからって女装も御免なんだが…。隠れてあれこれ探るにしては動きにくすぎるし、場所によっては不自然極まりない。
着替えた後、夜のうちに行動するのもあまり意味がなさそうだ。部屋にフレンを一人にするぐらいなら、いっそ大人しくここで襲撃を待ったほうがいいだろう。そのほうが何かと都合もいい。わざわざ『戦力』を分散させる必要、ないだろ。

「で、ちょっとぐらい心当たりは探ってみたのか?」

想像でばかりものを言ってても仕方ない。こっちは反対派の奴らが全員怪しく思えるぐらいなんだ。片っ端から吊るし上げる訳にもいかないし、絞り込みぐらいしてくれなきゃ困る。

未だ不機嫌そうな様子のままのフレンが、じっとりとした眼差しをオレに向けて言った。

「昨日の今日で、なかなか無理を言ってくれるね」

「何でだよ?元々ヨーデルには心当たりあるみたいだったし、さくっと聞いちまえばいいだろ」

オレはヨーデルから、フレンの邪魔をしようとする奴がいるという話を既に聞いている。それに関してヨーデルに確認したい事がある、とはフレンも言っていた。
明後日はもう議会当日なんだし、さっさと聞いてもらわなきゃ困る。

フレンが小さく息を吐いた。


「…反対派の誰か、というのは分かってる。その誰かが、不穏な動きをしてるらしいという事も。だが、実際にその中の誰が行動を起こすかなんて特定はできない。そういう事だよ」

「それにしたって、何人ぐらいいるんだ、それ」

「…はっきりとした人数は把握してない」

「してない、って…」


返答に呆れ返るオレを見て、フレンが説明を付け足した。

一言で反対派と言っても様々だ、とフレンは言う。
あからさまにフレンやヨーデルを気に入ってないようなのは言わずもがな、そうじゃないのも中にはいる。法案そのものに反対なだけ、って奴も少なくはない。それだってとにかく否定的な意見もあれば、好意的に見てはいるが不安があるとか、そんな感じの奴もいるらしい。

確かに、政治の話に明るくないオレにだってその程度は理解できる。ギルドにも色んな奴がいるからな。複数のギルドで一つの依頼を請けたりする場合に、そんな感じで意見がぶつかる事だってある。
特に最近、騎士団と一緒に何かする機会も増えたしな…。

「言ってる事はわかるが、この辺が怪しいとかねえのかよ?おまえの邪魔を誰かに依頼した奴がいるんだろ、確実に」

「それ自体、どういう経緯で陛下の耳に入ったのかという事は教えて頂けなかった。もしかしたら、ほんとはそんな奴らはいなくて単に相手の立場を悪くしたいがためにそういう噂を流してるのかもしれない。ただ、不穏な動きがあるので用心するようにと…まあ…注意すべき人物というのは確かにいるけど」

「足の引っ張り合いは相変わらず、か……じゃあ何か、噂の段階で具体的に動く訳にいかねえからってんで、警備の強化したりしてないのかよ」

「こちらが動揺する様子を見せる訳にもいかないからね」

だから君に声がかかったんだろう、と言われて閉口する。
…こんな差し迫った状況で、体面を気にしなきゃならないってのはほんと面倒だよなあ…。ビビってる、と思われるわけにゃいかないんだろうが、いい加減そういう部分も変えていったほうがいいんじゃないかと思わずにはいられない。

ま、それはフレンに任せるとして、だ。

さっきのフレンの言葉には、一つ間違いがある。
もう、噂の段階じゃないだろ?


「…おまえ、実際に見たじゃねえか。不審者の姿をさ」


オレの言葉にフレンが表情を曇らせる。
…何となく、言いたいことの察しはついていた。

「……はっきりと、顔を見た訳じゃない」

思った通りの答えに、オレは小さく溜め息を吐いた。

「まあ、そうだろうとは思ったけどな。あの時点で誰かわかってたら、今ここにおまえがいるとも思えねえし」

「もう、こんな時間だ。そうとも限らない。でも、対応に追われてはいただろうね」

「だけど、不審者を見たって報告はしたんだろ?ヨーデルは何も言わなかったのか?」

手合わせの後、フレンはヨーデルの元へ行くと行って先に城の中へと戻って行った。オレは一旦城を出て、いつもの手順でフレンの部屋に戻って来た。オレは普段の…メイド服じゃない格好してるし、手合わせを誰かが見ていても不思議じゃない。どうやら手合わせの為にオレを呼んだ、って事にしたらしいな。だから普通に帰るフリをして正門から出て、わざわざまたここに帰って来てフレンを待っていた。
いつの間にそんな根回しをしたのか、呆れるやら申し訳ないやら複雑な気分だ。

「噂で動く訳にいかないってのはわからないでもないが、顔を見なかったにしてもおまえは怪しい奴を見たんだろ。だから攻撃を仕掛けたんじゃねえのか」

「ああ、その通りだ」

フレンが頷く。

「だったらさすがにヨーデルも何か考えたんじゃねえのかよ。つまんない事気にして、おまえの身に何かあったらどうするつもりなんだあの天然陛下は」

「……ユーリ…、本当に申し訳ないと思ってる」

「…は?何が」

いきなり頭を下げられて驚いた。別に、謝られるような事をされた覚えは………あー、色々とあるが、とりあえず今に限って言えば、ない。
意味がわからずに首を傾げると、フレンがやや疲れたように少しだけ肩を落としてこう言った。

「今回の事は、元はと言えば僕のせいだ」

「…はあ」

「僕が不甲斐ないばかりに、大勢の人に迷惑を掛けた。勿論、君にも」

何を今更。
そう思ったが、とりあえず黙ってフレンの話を聞く事にした。

「明後日の議会で成立させたい法案は、どれも急を要するものばかりだ。この国を、世界を変える為に」

「…そうでなきゃ困る」

「でも、一つだけ。それとはあまり関係ないものがある」

「そうなのか?」

「……覚えてないかな。君もその草案を見ている筈なんだけど」

………思い出した。が、なんで今その話なんだ。
フレンには悪いが、完全に忘れてた。と言うより、覚えていたくなかった。

「あったな。なんか、よくわからねえのが」

…同性婚を可能にするとかどうとか。そんな法案をフレンに見せられた。全くもって、緊急度も重要性も感じない。今すぐ同性と結婚出来なきゃ困るなんて人間が、一体どれ程いるってんだ。

「随分な言い方だなあ」

「どうでもいいんだよ。なんか関係あんのか、今」

「…陛下は、今回は見送ったほうがいいと仰しゃられたんだ」

「まあ…そうだろうな、普通は」

ヨーデルは、『議会は日々紛糾している』と言っていた。きっとそれは本当だろう。
ただでさえまとまらない議会に、無関係…というか、どう考えても今変える必要のなさそうな法案を持ち込んで、無用な混乱を招くような真似はしてもらいたくはない筈だ。

「陛下個人としては、法案の主旨そのものには賛成して下さっている。でも、立場上は…」

「反対せざるを得ないだろうな。議会でおまえを援護するのも難しそうだ」

「そう。だから、今回この案を議会に提出するつもりなら、それに伴う一切の面倒を自分で処理するように、と言われてしまったよ」

何だ、そりゃ。
フレンは苦笑していたが、オレは笑えなかった。
そんな…つまらない事の為に敵を作って、そうまでしてその法案を通すなんて馬鹿げてる。
そう思うと、無性に腹が立った。

だけど…

「………仕方ないな、それじゃ」

今度はフレンが驚いてオレを見た。

「何だ?オレ、そのためにここにいるんだろ。さっきおまえも自分でそう言ったじゃねえか」

「そう、だけど。…ユーリは、陛下の味方をするかと思った」

「言ってる事は間違ってないと思うぜ。ヨーデルの言う通りにしたほうがいいんじゃないかとも思ってる」

オレを見るフレンの表情が悲しげに歪んで、そのまま視線が床に落ちた。
フレンがこの法案に拘る理由なんか、言われなくてもわかりきっている。勿論、自分達の事だけを考えてる訳じゃない、というのも理解は出来るが、一番の理由は…まあ、オレが思ってる通りなんだろう。実際、フレンも『割と本気だ』なんて言ってたし。

馬鹿だよほんと。

形に拘る必要なんかないって、何度か言った覚えもあるんだがな。別に、結婚云々に限らないが。

「ま、おまえがそうしたけりゃ好きにしろよ。オレには関係ない」

「ユー…」

「…依頼じゃなくても」

「え?」

顔を上げたフレンに笑いかけながら、言ってやった。

「依頼じゃなくても、おまえの力になれる事があるならそうしてやりたいと思ってるよ、一応な」

必要があるかどうかは知らねえけど、と付け足したらフレンが凄い勢いで首を横に振ったので、思わず吹き出した。
表向きに援護出来なくても、ヨーデルだってフレンの事を心配してるんだ。やり方はどうかって気もするが、任されたと思って何とかするしかないだろう、ここまで来たら。

「だからおまえは、やりたい事をきっちりやればいいさ。ああ、最低限の自衛はしろよ。オレの目の届かないところでどうにかされたらただじゃおかねぇからな」

「あ、ああ。…わかった」

「それと」

「…何だい」

「法案が通ったところで、『オレ達には』関係ない。通るように願うぐらいはしてやる。……なんだよ、その顔は」

フレンは納得行かないといった様子でオレを見ていた。
ほんとはわざわざ言いたくないが、仕方ない。
でも、いい加減こっちの気持ちも理解しろと言いたかった。
オレは、そういう性分なんだ。


「何度も言っただろ、オレはそういうのに興味ない。…一緒にいたけりゃそうするし、そうじゃないほうがいいと思えばそうする。それだけだ。で、今はそうじゃないほうがいい、と思ってる。だからその法案が通っても関係ない。…おまえがオレに何を言っても、受ける気はないからそのつもりでいろよ」

「………酷いな。まだ何も言ってないのに、先に断られなきゃならないのか」

「言って断られるよりマシだろ」

「そういう問題じゃ…!!」

「だから、その気になったらオレから言ってやるよ」


今にもオレに掴み掛かりそうな勢いだったフレンがぴたりと動きを止めた。
目を見開いて、何か言いかけた口は半開きのままで、なんとも間抜けで…そんなに驚かなくてもいいだろ、と言ったらフレンは我に返ったようだったが、それでもどこか信じられない、といったふうにまじまじとオレを見返した。

結婚なんて、考えたこともない。
ましてや、相手がフレンだなんて。
でも、他のやつが相手の場合なんてもっと考えられない。そう思えるぐらいには、オレもフレンを好きなんだ。
だけど、この先どうなるかなんてわからない。今の関係になる前も、なってからだっていろいろあったんだ。ずっと今の気持ちのままでいられるかなんて、全く自信がなかった。それは、フレンだってそうなんじゃないか。
そう思うと不安になった。
こんな事を気にしてるなんて、出来れば知られたくない。フレンはきっと、同じ事しか言わないんだろう。嘘じゃないとわかっていても、それでも素直に全部受け入れられるような人間じゃないんだ、オレは。

だから今、そんな話をされて、それをオレが断って、そのせいでこの関係が終わるのは嫌だ。今はまだ、そんなことを考えたくない。もう少し、今のままでいたい。

だって、やっと今の関係が心地好いと思えるようになったばかりなんだからさ…。


「…もしもこの先、おまえと『そうなりたい』と思えるようになったら、その時はオレから言う」

「…逆プロポーズ?」

「プ……口に出すな!わざわざ言わないようにしてたのに…!それに逆って何だ、どっちからでも構わねえだろ別に!!」

「いつかユーリが言ってくれるのか?僕に?…いつまで待てばいい?」

「いつまで、って」

「君からの行動を待ってたら、三ヶ月どころか三年ぐらい先になりそうな気がする」

「…とにかく、そんな話もまずは議会を無事に終わらせてからだろ。フォローが期待出来ないとはっきりわかった以上、ちっと気合い入れ直さねえと…」

「…………そうだね」

フレンはどこか適当というか曖昧な様子の相槌を打ったが、気にしなきゃならない事の優先順位を間違ってもらっちゃ困る。
諸々の法案が通る通らないより先に、オレの仕事はフレンの護衛だ。議会当日、何事もなくフレンを見送ってやる事ができなければ何の意味もない。

「とりあえず、今の話は忘れろ。それよりもお互いきっちりとやることやって、胸張ってヨーデルんとこに報告に行ってやろうぜ」


そう言うと、やっとフレンも笑って頷いた。

しかし…相手側の具体的な情報、マジでなんもなし、か…。
自分達だけで何とかする自信がないわけじゃない。だが向こうの出方を待つしかない状況に、オレは内心で密かに溜め息を零した。



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続く