勢い良く更衣室から飛び出したオレに、その場にいた全員の視線が一気に集中する。
皆一瞬目を見開いて固まり、それぞれが
「うわ、似合いすぎ…」
だの
「自信なくしちゃうわ」
だの(嘘つけ!)好き勝手な感想を言っていたが、そんなのは無視だ。

「うあーユーリ、べっぴんさんなのじゃー!もっと近くで見せるのじゃー」

パティが抱きついてきてオレの頬やら腕やらを撫で回す。
…どうでもいいがなんかオヤジくさいぞ。

「離れろって!それよりも『ショータイム』のやつ、誰かいないか」

「あ、えと、皆さん準備に忙しいみたいですけど…」

くそ、冗談じゃない。
百歩譲って姫役をやってやるにしても、こんなのは…。

「…青年、台本読んだ?」

オレはにやにやと笑うレイヴンを睨みつけた。

「ああ、読んだよ。てかなんで黙ってた、おっさん」

「だって、先にわかっちゃったら絶対に降りちゃってたでしょ?そしたらここの人達、困るよな〜、って」

「あのな…」

オレ達のやり取りを見ていたリタが怪訝そうな表情をしている。
こいつの格好もカロルやパティと同じか。

「あんた、今更何そんなに嫌がってんのよ?」

「…おまえ、台本読んでないのか」

「今から皆で読み合わせするとこだったのよ。あんた達がなかなか出て来ないから待ってたんだけど。なんか問題でもあるわけ?」

大ありだ。だがいざ口に出して説明しようとすると、なかなか言い辛いものがある。
するとジュディがにこにこしながらオレの前にやってきて、オレとフレンを交互に見ながら言った。

「ユーリは、フレンとキスするのが恥ずかしいのよね?」

「な…」

ちょっと待て。微妙に違うぞ、ニュアンスが。
恥ずかしいんじゃなくて、嫌なんだよ、オレは!

「…ジュディも知ってたのか」

「私はこれの元のお話を知っていたの。王子様のキスでお姫様が目覚めるなんて、素敵よね」

オレはもう何も言えなくなっていた。完全に遊ばれてる。
話の内容をよく知らなかったらしい他のやつらは、大騒ぎしながら台本を読んでいる。
…エステルがなんか嬉しそうに見えるのは気のせいだと思いたい。

「あの、ユーリ」

今まで黙っていたフレンが口を開いた。

「なんだよ」

「その…、別に、本当にやらなくてもいいんじゃないか?」

「寸止めとかフリってことか?そんなの当然だろ。…おまえ、まさかマジでするつもりだったのかよ」

「え、いや…。ん?ユーリ、最初からフリでするつもりで?」

「当たり前だろ!!それでも嫌なんだよ、気持ち悪いだろうが、んな近くに顔くっつけるとか」

しかしフレンの口から出たのは意外な言葉で、オレは耳を疑った。


「僕は別に、嫌じゃない」

「…なに?」

「人前でキス、するのは…ちょっとどうかと思ったけど、フリで顔が近付くぐらい、構わない」

呆気に取られて何も言えないオレに、これで問題ないとばかりにジュディが言う。

「うふふ、王子様はやる気みたいよ?あなたも頑張ってね」



結局、練習もそこそこに舞台は本番を迎えることになってしまった。


オレはエステルの吹き替えに合わせて適当に口を動かして演技しながら、心中かなり穏やかじゃなかった。
舞台と客席はそんなに離れてないから、客が喋ってる声が割と聞こえる。
そしてそれによると、どうやらオレが男だと思ってるやつは皆無らしい。
まあオレが喋ったらさすがにバレるからってんでエステルが台詞を吹き替えてるんだが、それにしたって屈辱だった。
胸だって何も詰めてないのに。


そうこうしてたら例のシーンになっちまった。
フレンが登場した時の歓声といったら凄まじく、今さらながらこいつは女にモテるよな、とオレは思っていた。死んだフリしながら。
もういっそほんとに死んじまいたい。同じ男だってのに、何やってんだオレは。

「姫…」

「っ!!」

ボケっとしてたらいつの間にか、フレンの顔が間近にあった。
客席から見て奥のほうから、オレに覆い被さるような格好だ。
なるほど、これなら客に背中を見せることもないが、オレとフレンの顔もはっきりとは見えない。

…しかし、近いな。まだ「キス」のシーンじゃないんだが、身体は密着してて、正直なところ、落ち着かない。
オレは小声でフレンに話し掛けてみた。


「…いつまでこの体勢?」

「もう少し。音楽が途切れるまでだ」

「重い。ちょっと身体上げろ」

「僕だってきついんだ。我慢してくれ」

「早くしてくれよ…」

小さくため息を吐いて視線を逸らしたら、何故か耳元でフレンが息を呑む様子が伝わってきた。

「ん?」

視線を戻すと、ちょうど音楽が止んだ。あー、いよいよか。てか、もうこれ以上近づく必要も……


「…姫、わたしの口付けで、あなたを必ず生き返らせてみせる…」


熱っぽく語るフレンの表情は真剣そのもので、オレはますます落ち着かなくなる。だいたい、客から表情は見えないのに、何をそんな真面目にやってんだ、こいつ。

「…ユーリ。目、閉じてくれないか」

「へ?」

驚いて逆に目を見開くと、フレンは諦めたようにひとつ、息を吐き……


オレの頬に、唇を押し当てた。


「……………!!」


その瞬間に再びBGMが流れ出し、館内は大歓声に包まれた。





その後、オレは自分がどうやって演技を終えたのかろくに覚えてない。
キスを受けて恥じらう様子が、まるで演技とは思えないほど素晴らしかったとかなんとか褒めちぎられたが、それは違う。

照れてるんじゃない。
混乱してたんだ。

フリだって言っておいて、頬とはいえマジでキスしやがったフレンに。

あんなに嫌だったのに、何故か怒れない自分に。


仲間にはさんざんからかわれたが、フレンは別に気にしてないみたいだった。
むしろ、オレの狼狽っぷりを心配された。
そんなに嫌だったか、と。

キスシーンのことを知った時は耳まで真っ赤になってたくせに、どういうことだ。



…気にしてるの、オレだけなのか?

島を出て旅を再開しても、オレの心はしばらく落ち着かなかった。





ーーーーーー
終わり