11/18 00:06 拍手コメントよりリクエスト。フレユリで本編ED後、クリスマスネタ。裏ですので閲覧にはご注意下さい!










寒いから、暖めて欲しいと思った。


こんな事を考えるようになった自分自身にやや呆れながらも、ユーリは素直にその欲求に従ってフレンの部屋を訪れた。

もはや通い慣れた裏道を抜け、人目につくことなくフレンの部屋の窓辺へとやって来たが、そこでユーリははたと動きを止めた。

(……灯りが……)

目の前の窓の向こう、部屋の中は真っ暗だった。
まだ寝るには早い刻限だ。そうでなくともフレンは夜遅くまで、執務を終えて部屋に戻ってまでも何やら雑事をこなしていることが多い。もう床に就いているとしたら、余程疲れる何かがあったか、もしくは明日の朝が早いか。

しかし、ユーリはその考えを自ら否定した。
フレンの朝が早いのはいつものことだ。それに、もしも疲れているのなら―――一人で眠るより、自分に会いに来るだろう。

「どうしようもねえなあ、オレも…」

いつから、こんな自分になってしまったのか。溜め息混じりに一人呟き、そっと窓に手を伸ばす。軽く押しただけで簡単に開いた窓から部屋の中に降り立ち、ユーリは辺りを見渡した。
灯りのない部屋はしんと静まり返り、人の気配すらない。暖かみのない空間で徐々に暗闇に慣れた視線の先に見付けたものに、今度こそユーリはがっくりと肩を落とした。

フレンがいつも座っている机の上に、綺麗に折り畳まれた一通の手紙。
読まずとも内容などわかりきっていた。フレンに見られる事が絶対にないと思ったからこそ、隠すことなく落胆する様を見せたのだから。
それでもその手紙を手に取り、僅かな月明かりを頼りに文面を読み進める。几帳面な性格を窺わせる整った文字と、簡潔な文章。しかし書いてある内容は全くユーリの予想通りであり、面白いことなど一つもない。

「…帰るか」

二、三日留守にする。戻ったら会いに行く。

要約するとそんなことの書かれた手紙を乱暴に懐へと突っ込み、ユーリはフレンの部屋を後にした。手紙に記された日付けは三日前だったが、寝るには早いとは言えこの時間にいないのであれば、どのみち今夜は無理だろう。そう判断した。

下町へと戻る道を歩きながらふと夜空を見上げれば、吐き出された息が白く視界を覆って静かに流れていく。星蝕みは消え去り、満天の星空が美しい。だが同時に、失った恩恵も大きかった。辺りを照らしていた魔導器はもう無い。下町は元々その恩恵に与ってはいなかったが、いつもは気にならない暗闇がやけに冷たく感じ、ユーリは早足で仮住まいの宿へと戻って行った。


灯りのない、しんと静まり返った部屋。
住み慣れた部屋は殺風景だがそれなりに居心地が良く、これと言って不満もない。強いて挙げるとすれば壁の厚さが頼りない事ぐらいだったが、好意で住まわせてもらっている身でそのような事を言うつもりはさらさらなかった。

「……寒っ」

冷たいベッドに潜り込み、一つ身体を震わせて呟くとそのままユーリは瞳を閉じた。さっさと眠って、起きた時にはこの人恋しさを忘れていればいい。
ただそれだけを願いながら、ユーリは頭からシーツを被ってただ身を縮こませるのだった。




「…ユーリ」

ここにいる筈のない誰かの声に、ユーリは薄く目を開けた。目の前には、眠る前と変わらない闇が広がるばかりだ。

(……夢…?)

ぼやけた思考のまま、再び瞼を閉じるともう一度声が降って来た。

「ユーリ…起きて」

同時に身体を包む温もりと控え目な重さに、ユーリは今度こそはっきりと目を覚ました。しかし、すぐに顔を上げることが出来ない。ベッドに顔を押し付けるようにしながら寝返りをうつフリをしたが、追いかけてきた気配に耳元を擽られて飛び起きた。

起きてるんだろ、と静かに囁かれ、息を吹きかけられて慌てて耳を押さえながらベッドの上で壁を背にしたユーリの目の前には、会いたくて会えなかった恋人の姿があった。暗くてよく見えないが、きっとしてやったりといった顔で笑っているのだろう。

寝返りをうつフリをしたのは、いくら相手がフレンとは言え、こんなに傍に来るまで気付かなかった自分が情けなかったからだ。
そしてそれ以上に、緩む口元を見られたくなかったから。
今だって、部屋が暗くて本当に良かったと思っている。顔が、耳が熱くて仕方なかった。


「…何しに来たんだよ、こんな時間に…!」

「君に会いたかったから来たに決まってるだろう?つれないな…もっと喜んでくれてもいいと思うんだけど」

「帰って来たばっかで直行しなくていいっての…」

「うん…?よくわかったね。もしかしてユーリ、会いに来てくれた?」

「……寝る前にな。まだそんな経ってねえだろこれ…いなかったから帰って寝てたんだが」

「へえ……」

今日のようにフレンが不在時に部屋を訪ね、置き手紙を見た事は何度もあった。それをいつも持ち帰るわけではなかったが、それでもフレンは気付いていただろう。ユーリとしては特に隠すような事でもないから話しただけだったが、何故かフレンは口元を綻ばせた。
その笑顔の意味がわからずにぼんやりとフレンを見つめるユーリの前で、フレンは傍らの袋から何やら取り出し、テーブルに置いた。

暗闇にもすっかり慣れたユーリの目に映ったものは、美しく装飾されたキャンドルだった。
こんなものを普段使いするような趣味はユーリにはない。下町の住民なら、皆そうだと言っても過言ではないだろう。
怪訝に思いながら黙って見ていると、フレンはそのキャンドルに火を点けた。いつもの頼りない灯りよりも二回りほど大きな炎が揺らめき、部屋を仄かな橙色に染める。

柔らかな光に照らされて、フレンがユーリに微笑んだ。

「なかなか、雰囲気ある感じになったと思わないか?」

「雰囲気ねえ…ま、あったかそうでいいんじゃねえの?」

「それだけ?」

「だけ、ってどういう意味だよ」

「…ユーリ、今夜はどうして僕に会いに行こうと思ったの」

「は……?」

フレンの顔からは笑みが消え、何故か拗ねたように唇を尖らせていた。
機嫌を損ねた理由がわからずに首を捻るユーリの様子に、フレンはわざとらしく溜め息を吐くとゆっくりとベッドへと歩み寄り、そのまま腰掛けると壁にもたれているユーリを振り返った。

「何か理由があったんじゃないのかい」

「…何が聞きたいのか知らねえけど、深い意味なんかない。ただ会いたいと思ったから行っただけだよ……寒いし」

「寒い…?」

「……あー…ったく…!ちょっと、こっち来いよ」

手招きに応じてベッドに乗り上げたフレンの首に腕を回し、ユーリはその身体を強く抱き締めた。

「ユーリ?」

訝しみながらも抱き返すフレンの肩に顔を押し付けると、嗅ぎ慣れた汗の匂いに安堵する。
羞恥心より、早く触れたい、触れて欲しいという欲求を抑えられなくて、ユーリは自分でも驚くほど素直にその欲求をフレンに告げていた。


「寒いから、暖めてもらおうと思ったんだよ……こんなふうに、さ」


既に身体の芯が熱くなり始めている。
耳元で、フレンが喉を鳴らした。

「ユー、リ」

「おまえは…?オレに会いたかったって、そういう事じゃねえの…?」

そう言って耳朶を甘噛みしてやると、不意にフレンの腕が離れた。
すぐに両肩に手が添えられ、ユーリがその動きに従って少しだけ身体をずらすと次の瞬間にはフレンの顔が間近に迫り、瞳を閉じると同時に唇が重ねられた。

「ん……ぅ」

差し込まれた舌に腔内をなぞられて、思わずユーリは背筋を震わせていた。口づけだけで更に身体は熱くなり、この『先』への期待で呼吸が一層荒くなる。
ゆっくりとベッドへ倒れ込みながら、激しさを増すフレンの舌の動きにユーリも応えて自らのそれを絡ませた。

角度を変え、深さを変えて繰り返される口づけは静かな部屋に水音を響かせ、じわじわとユーリの耳を侵してゆく。息苦しささえ快楽に変換されるようで、まずいな、と思う。
でも、まだ足りない。
もどかしさに揺れた腰に気付いたのか、フレンの手がユーリの脇腹をなぞりながら降りて内股を撫で上げた。

やっと唇を離したフレンが、物言いたげにユーリを見下ろしている。そういえば、さっきも何か聞きたそうにしていた。フレンに会いに行った理由がどうとか言っていたが、改めて考えると今日に限って何故、そんな事を確認してきたのだろうか。

「…なあ、今日って何かあるのか」

「やっぱり、何も知らなかったんだね」

そう言ってフレンは残念そうに笑った。拗ねたような様子はもう見られないが、ユーリは今ひとつ納得が行かない。

「フレ…」

「いいんだ。…だって」

「ッあ…!」

中途半端に熱を集めたままの下腹部の中心を撫で上げられ、思わず声を上げた。反らした喉元にフレンが顔を寄せ、直後に感じた小さな痛みにまたユーリが声を上げる。
跡を付けられたと気付いて睨みつけるも、フレンはただ笑っていた。
もう一度名前を呼ぼうとしたが遮られてしまい、軽く触れただけの唇を離して耳元で『可愛い』と囁かれ、さすがに顔が熱くなる。ちょうど大きく揺らいだ炎に照らされて、気恥ずかしさに目を逸らすユーリを抱いてフレンがまた、小さく笑った。


「今日は、どうしてもユーリに会いたかった」

上着を脱がしながら鎖骨の窪みに舌を這わす。
ユーリの唇から吐息が零れた。

「は……ぁ」

「理由はあったけど、もういいんだ」

「ん、ア…っ…それ、さっきも…ッ!」

胸の突起を親指の腹で軽く擦られて肩が跳ねた。

「ユーリも僕に会いたいと思ってくれたなら、それでいい…偶然のほうが嬉しいよ」

「…意味が…」

「今はそれよりも」

するすると素肌を滑り降りた指先が再び触れたその場所は、もう既に先程とは比べものにならないぐらい昂ぶっている。

「あ…………!!」

ベッドが軋み、ユーリの身体が戦慄いた。


「暖めてあげるよ。…僕のことも、暖めてくれるんだろう?」


言葉を返す余裕がない。
ユーリはやや乱暴にフレンの頭を引き寄せると、フレンが自分に付けたのと同じ証をその首筋に残してやった。

――寒さなど、とうに感じてはいなかった。




熱い。
解放出来ない熱が、身体の中に溜まってどうしようもなくなっていた。

両手を重ねてベッドに縫い留められたせいで、ユーリは声を堪えるのに必死だった。
本当は、あまり声を上げたくないのだ。まるで自分のものとは思えない高く甘い響きの嬌声は、いつまでたっても聞き慣れる事などない。
それでも触れられれば結局我慢出来ないから、いつもは口元を覆って誤魔化しているのに今はそれが出来ない。
突き上げられる度に叫び出しそうになるのを奥歯を噛み締めて耐え、幾度も快楽の波をやり過ごし、薄く涙の溜まった瞳で見上げたフレンも切なげに眉を寄せていた。


「声が、聞きたい」

「う、ァ…っ!や…」

「聞かせて…」


声音はあくまでも優しい。
だがフレンは片時もユーリから視線を外すことなく、愛撫の手を止めることもない。常よりも丁寧で的確な責めに追い詰められ、ユーリもいつも以上の快楽に酔っていた。


熱い。
声を、身体に蟠る熱を、全て解放したい。
重なる肌が、互いの吐息が、ひとつになったその場所が、フレンの視線が、何もかも熱い。

薄明かりの中、蒼い筈の瞳が紅く輝いた気がしてユーリは息を呑んだ。
視界の端で揺れた炎を映したのだと気付いて意識をそちらへ向け、フレンから僅かに視線を外した。

次の瞬間、再び揺れた炎が大きく燃え上がって全ての影が歪み、意識を引き戻されてとうとうユーリは堪らず声を上げていた。

一度溢れてしまえば止められない。
抱き竦められて密着した肌が汗で濡れ、断続的に粘り気を帯びた音が耳に入って興奮を煽った。

限界だ、と目で訴える。

振り乱されて頬に張り付いた黒髪ごと掌に包んでフレンがユーリの唇を塞いだ。最奥を穿たれてユーリの背が弓なりに仰け反り、びくりと震えてベッドへと沈み込む。ぐったりと四肢を投げ出し、激しく上下するユーリの胸に額を押し付けフレンも身体を震わせた。



「……聖なる夜、ね…」


ベッドから身を起こし、半分程の長さになったキャンドルをぼんやりと見つめながらユーリが呟いた。

フレンが語った『理由』に、ユーリは複雑な思いだった。
真実か作り話かわからないが、何処かの世界で聖人と呼ばれる人物の誕生を祝う習慣があるらしい。
話の出所は容易に想像できた。本の虫の、あのお姫様だろう。それ自体には別に思うところはない。寧ろ、変わらない彼女を微笑ましくさえ感じていた。

わからないのは一つだけ、昨夜のフレンの態度だ。
会いに行った理由を話す前に見せた、嬉しそうな様子とその直後の拗ねたような顔。その変化の理由がユーリには理解出来ないままだった。
抱かれている最中にそんな事はこれっぽっちも考えなかったが、こうして落ち着くとやはり気になる。


「…なあ、そのなんとか言うやつの誕生日だからって、どうして会いたいとかそういう話になるんだ?」

「お祝いのプレゼントを贈りあって、大切な人と過ごすんだそうだよ。家族とか、…恋人とか」

「ふうん…悪かったな、何もなくて。そんな話は初耳なもんで」

するとフレンはユーリの隣に腰を下ろし、黙ってユーリを抱き寄せた。冷えかけた身体にゆっくりとフレンの体温が伝わり、心地好い。少し強くなった汗の匂いも不快に感じることはなく、ユーリも目を閉じてフレンの言葉を待っていた。


「いいんだ、って言ったろ?確かに初めは少しがっかりしたけど、そんな事を理由にする必要、なかったんだ」

「………」

「ユーリが、ただ僕に会いたいと思ってくれた事のほうが…その偶然がよっぽど嬉しい」

「おまえだってオレに会いたくて来たんだろ?」

「…でも、きっかけがなかったら今夜こうして来る事はなかったかもしれないよ」

「いいんだよ」


フレンが繰り返した言葉をユーリも呟き、フレンを抱き返した。


「だって、おまえはここにいるだろ?」



理由がなくても、逢いたいと思ってくれた気持ちが嬉しい。
逢いたいと思った時に傍にいてくれるのが嬉しい。

それはお互いに言える事で、それだけで充分なのだと思った。

「一応、感謝はしといてやるか…その聖人とやらにさ」


おかげで暖かくなったし、と囁くと、背に回されたフレンの掌がユーリの髪を優しく撫でた後に力強く抱き締めた。