ヴェ学プチオンリー記念、学園祭のお話です。





「どこに行ったんだ、全く……!!」

学園祭で賑わう校内を駆けずり回ってユーリの姿を捜し、結局会えずに戻って来た生徒会室で、フレンは壁を殴りつけていた。

ネクタイが苦しい。
外してしまいたかったが、父兄や他校の生徒も来ている手前、示しがつかない。喉元を少し緩めて溜め息を吐けば、一気に疲労感に襲われてフレンは傍らの椅子に座り込んだ。
パイプ椅子が軋む音が耳障りで、ますますフレンの表情が厳しくなる。


「…本当に…どうして大人しく待ってられないんだ」

ユーリとは、昼になれば一段落するから一緒に何か食べよう、という話をしていた。ユーリは微妙な反応を示したが、本当は二人で色々と回ってみたいぐらいだった。それが無理だからせめて、と言ったのに、いざ教室に戻ってみればユーリの姿はどこにもない。クラスメイトに聞けば、ろくに顔を出していないという。

一体どこに行ったのかと思いながら、フレンは誰もいない生徒会室でぐったりと椅子に身を投げ出していた。



今年の学園祭で、自分達のクラスではカフェをやっている。ある意味定番で人気の模擬店は他のクラスからも出店希望があり、それ以外のクラスが五名ずつ代表者を決め、その生徒による投票という形で最終的にフレンとユーリのいるクラスに決まったという経緯があった。

決め手はたった一つ、二人のギャルソン姿が見たい、という理由だったかららしいというのは後から聞いた。男子生徒にとってはどうでもよい事のように思えるが、何故かそこそこ票が入っていたらしいので不思議だった。だが、もし自分が投票するならやはりユーリのクラスにしただろうと思う。

だがフレンは生徒会長として学園内の見回りやトラブルの対応という役目があるため、模擬店には参加していない。その事を知った女子生徒の落胆ぶりは凄まじいものだったが、こればかりはどうしようもなかった。


「なんだ、おまえはやらねえのかよ」

「君までそんな…残念だけど、仕方ないよ」

「おまえのコスプレも見たかったけどな」

「コスプレじゃないだろ…そんな話も確かに出てたけど」

クラス会議で企画を募った際、メイドだの執事だのと言ったいわゆるコスプレカフェをやりたい、という案も出ていた。
意外にも生徒の大半はコスプレに好意的でフレンも驚いたものだったが、やはり男女で意見が分かれるのと、やりたくない者に無理強いさせるのはよろしくない、という事で無難に普通のカフェに決定したのだった。


「何にしろ、面倒臭えったらねえよ。なんでオレ、接客する側?まだ作る側のがマシだぜ…」

うんざりした様子で文句を言っているユーリを見てフレンが苦笑する。

「君が接客してくれるカフェがあったら、毎日通うかもね」

「へっ、よく言うよ」

「本当だよ。見回りついでに寄れたらいいんだけど」

「…ま、おまえはおまえの仕事するんだな。運が良けりゃ来れるだろ」

「運、ね…。ねえユーリ、その時は昼ぐらい一緒に食べないか?それぐらいの時間は作れると思うし」

「一緒にって、どうすんだよ。当日は屋上も立入禁止なんだろ?」

部外者が来校するため、校内はあちこちに立入禁止になる箇所がある。普段解放されていて、多くの生徒が利用する屋上もその対象だ。

「別に屋上じゃなくても、自分のクラスでいいだろ?可愛いギャルソンもいるんだし」

フレンの言葉にユーリが鼻を鳴らす。

「へー…、誰の事だそりゃ。つうか何でおまえにオレがなんかしてやるみたいな流れになってんだ」

「だって、せっかくの機会だし」

「……当日に覚えてりゃな」



そんな話をユーリとしたのが、学園祭のクラス出店が決まった今から二ヶ月前のことだ。夏休み明けから本格的な準備に入って今日を迎えた訳だが、ユーリはとにかく気乗りしないようだった。

ギャルソンの制服に着替えたユーリは普段より少し大人びて、すらりと長身なスタイルが強調されていた。
普段ハーフアップ気味に纏めている髪の毛も後ろで一つに結び、全体的にすっきりとした印象だ。真っ白なシャツと黒のベスト、同じく黒のスラックスのコントラストはまるでユーリの肌と髪を思わせて、ぼうっと見つめていたら視線に気付かれ、鋭く睨まれてフレンは仕方なく顔を逸らすしかない。

似合っている、と褒めたのにユーリは終始仏頂面で、あっという間にタイを外して衿元を緩め、袖を捲って『いつも通り』のスタイルにしてしまった。

ユーリらしいな、と思いながらも一応型通りの注意だけはして、その時に昼食の話を改めてきっちりしておいたのに、何故。


ただでさえ、学園祭の準備期間中は生徒会の仕事が忙しくてあまり会えなかった。
いや、同じクラスだから毎日会ってはいるが、要するに『共に過ごす』時間がない。こういう時、ユーリからは何のアクションもない事に慣れつつあるのがフレンは面白くないのだが。


「……もう一度、探しに行くか……」


鞄はまだ教室に置きっぱなしだった。屋上にも行ってみたが、鍵はしっかりと掛かっていた。それでも念のために確認してしまったが、やはりそこにユーリの姿はなかった。

そんなに接客が嫌だったんだろうかと思いつつ、立ち上がって一つ息を吐く。
とにかく、このままここにいてもユーリが来てくれる可能性は低い。心当たりをもう一度捜そう、と気合いを入れたい気持ちと、どうしていつも自分ばかりがと思うほんの少しの苛立ちを抱え、フレンは生徒会室を出た。

扉を閉める手に力が篭って、廊下に響いた音に驚いて振り返った生徒の姿は全く見えていなかった。







「なー、そろそろ教室戻んなくていいのか?」

背後から掛けられた間延びした声に、ユーリは足を止めて振り返る。

「なんだよ…おまえだってたりー、って言ってたじゃねえか。オレ、おまえに付き合ってやってんだろ?」

「ええー!?俺はただ、ちょっと抜けよう、って言っただけじゃんか!」

「行くとこ行くとこ、女に声掛けまくっといて何言ってんだ。ナンパに付き合わされんだったら教室で大人しくしときゃよかったぜ…」

廊下の壁に寄り掛かると、ユーリは『はああぁぁ』と盛大な溜め息を零して腕を組む。
追い付いたアシェットもその隣に並んで壁にもたれ、こちらもやはり溜め息を吐いた。

尤も、前者はどうでもいい事に付き合わされて自分の行きたかった模擬店に未だ辿り着けないことへの呆れと空腹による肉体的な疲労、後者は悉くナンパに失敗した事による精神的なダメージの蓄積による疲労だったので、意味合いは全く異なる。

「もー…、おまえ連れて来んじゃなかったぜ。失敗した!」

「あのな……」

「だってさ、みんなおまえしか見てねえじゃん!声掛けてんの俺だぜ?おまえ後ろでつまんなそうにしてるだけなのにさ」

「知るかよ!オレはさっさと屋台回りたいんだっつってんのに、いちいち立ち止まって手当たり次第に声掛けやがって…」

「何言ってんだよ!学園祭っていやナンパだろ?女の子と知り合うチャンスじゃねーか!!」

「……おまえ、毎年同じこと言ってるよな」

「仕方ないだろー彼女欲しいんだからさー!!」

「…………………」

いつの間にかユーリの正面に立ってぎゃあぎゃあと騒ぐアシェットの後ろを、くすくすと笑いながら他校の生徒と思われる女子グループが通り過ぎて行く。そのうちの一人と目が合ったが、すぐにユーリは視線を逸らした。

フレン同様、入学時からずっと同じクラスであるアシェットとは時折こうしてつるむことがあった。最近では専らフレンといる事のほうが多いので、フレン以外の誰かと二人で行動するのは久しぶりだ。

(それもどうなんだ、って話だよなあ……)

ぼんやりと考えながら窓の外へと視線を移すと、カップルと思しき男女が楽しそうにはしゃいでいる姿が目に映った。


別に羨ましいと思う訳でもなければ、彼女が欲しいと思う訳でもない。

が、それとは別に思うところはある。

今の自分とフレンの関係だと、どう考えても自分が『女役』、つまり彼女の立場ということで。

「彼女……」

思わず口に出してしまって、更に『うげ』と小さく呻く。
そもそも男同士なのだから、その辺りの括りにこだわる必要もないのかもしれないが、一応『男役』『女役』を表す言い方があることぐらいは知っていた。そして、自分は間違いなく後者だ。
嫌な訳ではない。そっちのほうが合ってんのかな、と思わないでもなかったが、やはり男としては受け身ではないほうをやってみたい、という気持ちもあった。だがフレンはそれを嫌がるし、自分も無理をしてまで、とは思わない。

だが、自分が攻め手に回った時の事を考える場合の相手もフレンであり、女性が対象になっていない事に気が付いて自分自身に呆れてしまった。別に、男が好きな訳ではないのに。


「…まあ、今さらなんだよなあ…」

また、ぽつりと呟く。

「何が今さらなんだ?…そういやユーリは好きな子とかいないのかよ」

「…どうだっていいだろ」

「良くねーよ!おまえとフレンがフリーなせいで俺らは迷惑してんだからな!」

「意味分かんねえんだけど。んな事より、いい加減オレのほうに付き合えよ」

「んーまあそろそろ何か食いたいかもなあ。じゃ屋台見に行くか、外にも女の子はいるしな!」

「…もう別行動でいいか」

一人であちこち行く気にならなかったのでアシェットの誘いを受けたが、結局無駄に時間ばかり食って一向に校舎から出られない。飲食物の屋台の殆どは校庭にある。

「あ、待てよ!俺も行くって!」

既に歩き出したユーリの後を、アシェットが慌てて追いかける。ナンパの邪魔だと言うならどうして自分について来るのか、と思うユーリだったが、アシェットのような『普通の』クラスメイトとつるむのはフレンと共に居るのとはまた違い、はっきり言って気が楽だ。特に、不特定多数の人間が集まるような場所ではそうだった。

これが普通の男女だったら、むしろここぞとばかりにいちゃついたりもするところなのかもしれない。だが、いくら自分とフレンの関係が既にただの幼馴染みではないとは言え、それを第三者に知られたいとは思っていないユーリとしては、逆にこのような賑やかな場では普通の友人として振る舞いたい、というのが本音だ。でないと、素直にイベントを楽しめない。

フレンにはあまりそういったところが見受けられなかった。
自分達の関係がバレてもいい…とまでは思っていないようだが、それにしてはギリギリの行動を取ったりするように思えた。

いつ誰が来るか知れない教室、何処から見られているかわかったものではない屋外の公園。
すぐ目の前には知り合いがいるかもしれない祭り会場の裏薮や、あろうことか満員電車の中、なんてこともあった。

冷静になって思い返すと冷や汗が出る。よくもまあ、今まで気付かれずに済んだものだ。

(ヤロー同士、ってのを抜きにしたって、普通じゃねえよなあ…)

深刻に悩んでいるわけではないが、たまに思い出して頭を抱えたくなる時がある。今またこんな事を考えているのは、今日もフレンから昼食を共にしようと言われたからなのかもしれない。
フレンは自分の姿を見て、妙に落ち着きのない様子だった。浮かれて誤解を招くような事を口走りはしないか、不安で仕方ない。本当なら教室で待っていてやるべきなのだろうが、はっきりと時間を決めた訳でもないし、何より客としてやって来る女性達への対応が煩わしい。じっとしていたくなかった。


「フレンがもうちょっと、節操を持ってくれりゃいいんだけどなあ…」

「…何言ってんのおまえ、フレンなんてガチガチの堅物だろ?何、それともあいつ、裏の顔かなんかあんの!?」


裏の顔ならあるかもしれない。


そう思いつつ、無意識に呟いた言葉に食いつかれてユーリは黙り込んだ。

「なあどうなんだよ、気になるじゃんか」

「気にすんな」

「何だよ〜…つかおまえ、最近独り言増えたんじゃね?」

「…………」




どうやら、発言に気をつける必要があるのはユーリも同じ事のようだった。



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続く