続きです。




フレンの身に、危険が迫っているらしい。

…って言うと大ごとに聞こえるが、なんだか実際はそこまでのものじゃないんじゃないか、という気がして仕方なかった。

もし本当にそうなら、いくらなんでもヨーデルが何もしない訳がない。目立たないようにでも何でも、護衛を付けるとか、城内の警備を強化するとかの動きがある筈だ。
オレも一応、仕事で城の中をちょろちょろしてるがそんな様子は感じなかったし、大体それならそれでこっちにも言ってもらいたい。連携が取れるならそのほうが楽だからだ。


今回オレが城に呼ばれた本当の理由は、フレンの護衛というか襲撃者への牽制というか、そんなところだったらしい。昨日のヨーデルの話からの推察だが。

…どういう訳だかオレは、普通に呼び出したんじゃここに来ないと思われてるらしい。いやまあ…実際そうだったんだが。
フレンとどうこう以前に、何度も言ってるがオレは城にあまり来たくないんだよ。元々苦手な上、昔よりも顔が知れちまったからな。

が、わざわざ半強制的に依頼を請けさせられてこんな格好するぐらいなら、これからは普通に…頼むから普通に話を持って来い、と言いたい。むしろ今ならそのほうがいい。…自分の身の安全を確保する意味でも…。
その上でまだ女装だなんだ抜かすならその時はマジでぶん殴るだけだが。

いちいち尤もらしい理由をつけちゃいるが、結局あいつらオレで遊んでるんだろ!?そうとしか思えねぇよ。…特に今回は。

どうにも緊張感に欠けるまま、オレはフレンの身の回りの世話に加えて護衛までする事になっちまった。
それ自体に不満はないが、ギルドの仕事として、っていうならこれは当初の契約には入ってない。絶対、後で追加の報酬請求してやる。

まあそれも、明後日の議会とやらを無事に乗り切れれば、の話だ。とりあえずそれまでは身の回りの世話ってやつをしなきゃならないんだが……

あー……面倒くさ……






「…すっかり使用人ぶりが板につきましたね」

「……そりゃどーも……」


替えのシーツやカーテンの布を抱えているオレに、開口一番ソディアが言った。

…一応、ちゃんと『メイド』としての仕事はしてる。とは言え、逆に何でオレがこんなことまで、って思う事のほうが多い。
普通、こういうところはそれぞれ無駄に仕事が分担されてるもんじゃないのか。
ベッドメイク専門とか、部屋の掃除専門とか。よく知らないが。それをオレの場合、一人でやらされてる。
フレンの部屋はなかなか広いから結構骨が折れるんだが、なんと言ってもフレンがうるさい。
あいつ、自分でもマメに部屋の掃除してるんだよな。だから、はっきり言って掃除の必要ないんじゃないか、ってぐらいに部屋は綺麗な状態だ。それなのに、やれどこを拭いてないだの位置が違うだの細かいことを……


「何を一人でぶつぶつ言っているんですか」

「ん?あ、ああ、ワリ」

…ソディアを放ったらかしだった。
初日以降、毎朝こうして使用人部屋でオレはソディアからその日のフレンのスケジュールを確認して、ついでに新しいシーツなんかを持ってフレンの部屋に戻るのが日課になっている。

「なあ、今さらなんだが一ついいか」

「なんですか」

「あんたがフレンの部屋にスケジュール伝えに来ればいいんじゃねえの?今までとかそうだったんだろ」

「…本当に今さらですね…」

「最初はフレンに聞かせたくない話もあったかもしれねえけど、それももうないんだし」

「確かにそうですが。こちらももう、これで動く流れが出来ていますので」

「…そういうもん?」

「ええ。それと、あなたは一応特別扱いになっていますので、こうして私と共にいるところを見せれば何かと牽制になるでしょうから」

「牽制、ねえ……大体、特別扱い?あいつらにオレは何て説明されてんだ?今まで誰ひとり話し掛けて来ねえし、オレが来るまでフレンの部屋の担当だった奴らとか、どうしたんだよ」

「担当者が固定だった訳ではありませんが…そのあたりはあなたが知る必要のない事です」

「………………」

そう言ってソディアが視線をやった先には、何人かの使用人がちらちらとオレ達を窺っている。…どう考えても好意的には見えない感じだ。

まあ、何かしら圧力みたいなもんがあったんだろうが…フレンよりオレの身の心配してもらいたいぜ、全く。
…目の前に『前例』がいるしなあ…。


「…何か思いましたか」

「いいや、別に」

「……………」

「で?今日の予定はどうなってんだよ?そろそろ腕もダルいし腹減って来たから戻りてえんだけど」

「…使用人の分際で…!!」

「おまえらのせいだろ!?」

「全く、こんな事なら…」

何が『こんな事』なのか、ぎりぎりと歯噛みするソディアだったが、とりあえず確認だけはしとかねえと…。
聞いてるかもしれないが、と前置きして昨日のヨーデルとの話を簡単に説明すると、やはり知らなかったのかソディアの表情が厳しくなる。

「…分かりました。こちらも気を付けておきます」

「ああ、頼む」

ついでにスケジュールの確認も済ます。…ふうん、今日は午後の予定はナシ、か。そんな事もあるんだな。

「どうしてこう、いつも事が面倒になるのか…」

ぶつぶつ言っているソディアを置いて、オレはさっさと部屋を後にした。居心地悪いったらねえよ、全く…。






「…遅かったね。何かあったのかい?」

部屋に戻ったオレに、フレンが声を掛けた。朝メシはもう運ばれて来てるな…別に待ってなくていいんだけど。
…よく考えたら、オレの分の食事もあるってすげえ不自然だよな。この辺もどうなってんだか…

「ユーリ?」

「いや…何でもない。落ち着いたら色々と気になっただけだ。悪かったな、待たせたみたいで。先食ってて構わねえぜ」

「君は食べないのか?」

「食うに決まってんだろ。とりあえず、コレ置いて来るから」

手にしている真新しいシーツを見せてやると、フレンが妙にニヤニヤしながらオレを見る。…何だ、一体。

「何だかんだ言って、すっかりメイドさんらしくなったね」

「………ぶん殴られたいか」

「どうして?褒めてるんだけど」

「あのな…とにかく、すぐ戻るから先に食ってろって。オレのぶんまで食うんじゃねえぞ」

「そんな事…すぐ戻るなら尚更、待ってるから一緒に食べよう」

「…わかったよ」


朝からご機嫌な奴だな…まあ、いい。こっちも今さらだ。
寝室の扉を開けて、そのままシーツをベッドに放り投げた。振り返って見ればフレンが顰めっ面をしている。…なんだよ、ちゃんと後で直しとくって。




「へえ、ソディアがそんな事を」

「裏で何やってんだか知らねえが、その手間を他に回せってんだよ」

「まあ…彼女が、と言うより陛下が気を遣って下さってるんだと思うけどね」

「だったら尚更だろ…」

パンを齧りながら溜め息混じりに言うオレを、フレンはさっきからずっとふわふわした笑顔で見ていた。

「…何だよ、気持ち悪ぃな…」

「いや、ちょっと思った事があったんだけど」

「どうした?」

「こうやって二人だけで食事するの、久しぶりだね」

「…そうか?」


少し思い返してみた。

旅をしていた頃、確かにフレンと二人だけで、ってのはなかったような気がする。大体の場合、誰か他にいたからな。特に朝は宿にしろ野営にしろ、殆ど全員集合だったし。
今回ここに来てからは、フレンに何か都合がある日以外はこうやってフレンの部屋で朝メシを食ってる訳だが…二人だけで、か…。
フレンの奴は妙に感慨深げだ。

「何だか、こうしてると…」

ガキの頃を思い出すな、と続けようと思って口を開きかけたオレだったが、フレンの台詞にそのまま固まった。


「新婚さんみたいだな」


……………………。
また、寝ボケたこと抜かしやがって………!!


「ユーリ?」

「………………」

「割と本気なんだけど」

「聞いてねえよ」

「…なんだか最近、リアクションがつまらなくなって来たなあ」

「いい加減慣れた」

「ふうん……耳まで真っ赤だけど」

「うるせえな!!さっさと食ってスケジュール確認して出てけ!!」


くっそ……!!
本調子(?)になってから、毎回こんな感じだ。多少慣れたのは本当だが、このくそ恥ずかしい台詞をいきなり素で言ってくるんだから心臓に悪い。
…ぽろっと他の奴の前で言ったりしないか、本気で不安になるんだが…。


「出てけって…ここは僕の部屋なんだけど。…あれ、今日は午後から何もないのか?」

「そう書いてあるんならそうなんだろ。ソディアも特に何も言ってなかったぜ?いいんじゃねえか、たまには」

「休みを申請した覚えもないし、こんな状況でのんびりする訳にも…」

「こんな状況だからこそ、何か有効に使えって事じゃねえの?」

ここに来てまだ一週間経ってないってのはあるが、フレンはまだ一度も休みを取っていない。
定期的に休むのは難しいだろうから、取れそうなところで都合をつけるしかないんだろう。今回のは何だか、意図的なものを感じないでもないが…。


「うーん、いきなり言われてもな…」

「どっかで息抜きでもして来たらどうだ」

「…君がここにいるのに、わざわざ一人で?嫌だよ」

「……あっそ」

「大体、君は僕の護衛も兼ねてるんだろう?僕を一人にしていいのかい?」

「そこらの奴におまえがどうこうされるとも思ってねえからな。それに、城の中でだって四六時中、おまえに張り付いてる訳じゃないだろ」

「ここには他にも騎士がいるし、相手も警戒するだろう。外に出たら誰かを巻き込むかもしれないし、やっぱり軽々しく出歩くわけにはいかないよ」

「そんじゃ、城の中で出来る息抜きを探すんだな」

「結局、息抜きからは離れないんだね…」

「おまえは放っとくと根詰めすぎっから、休める時に休んどけ、って言ってるだけだ」

「…ユーリ…ありがとう」

…なんだよ、オレは思った事を言っただけだ。それに、最近はちゃんと寝てるみたいだが仕事が溜まってると徹夜続きも当たり前みたいだし。いくら慣れてるとは言え、体にいいわけないしな。


「別に、いちいち礼を言われるような事、言ってねえよ」

「はは、そうだね。でも…息抜き、か…」


視線を伏せて何か考えていたフレンだったが、ぱっと顔を上げると何故か満面の笑顔を浮かべていた。

こいつがこういう顔をすると、最近は何だか嫌な予感しかしない。…またなんか、妙なことにオレを付き合わせようとか思ってるんだろうか。


「ユーリ、君も今日は午後から休みでいいよ」

「…言うと思ったぜ…んで?何企んでんだよ」

「人聞きが悪いな、一緒に息抜きしよう、って言ってるだけだろう」

「おまえの『息抜き』が、オレにとってもそうだとは限らねえんだよ」

そう言ってやると、フレンは少しテーブルに身を乗り出してオレを見上げるようにしながら、口の端を上げて笑った。

…珍しいな、こいつがこんな表情、するなんて…

「大丈夫、君にとっても最高の息抜きになる」

「へえ?何すんのか教えてもらおうじゃねえか」

「…せっかくの休みだ。たまには『恋人らしいこと』、してみないか」


…どっかで聞いた台詞だな…。
はん、そういう事か。


「…いいぜ、付き合ってやる」

「そう言ってくれると思ったよ」

「当然、着替えていいんだよな?」

「その格好のままでもい」

「着替えて集合な。裏庭でいいか」

「…なら聞かないでくれ。いいよ、待ってるから」



そう言って立ち上がり、手甲を付けているフレンにオレはひとつ、気になっていた事を聞いてみた。


「……さっきのアレ、もしかしてオレの真似か?」

「あれ、気付いた?自覚があるとは思わなかったな」

「おまえらしくねえ、って感じただけだ!くだらねぇことしてんじゃねえよ」


似てるかどうかなんてどうでもいいが、大して気分のいいもんじゃない。


「嫌だったかい?まあ、僕も自分でやっても仕方ないし、君の表情を見てるほうがいいな」

「…午後を楽しみにしとけよ」


フレンを見送って、自然と顔に笑みが浮かぶのがわかった。

…マジで、楽しみだ


ーーーーー
続く