続きです。裏表現があるので閲覧にはご注意ください。






「――――――!!!?」


状況が、理解できない。
正確に言えば、理解したくなかった。


フレンに腕を掴まれ、寄り掛かっていた固いコンクリートの壁に身体を押し付けられてキスされている。
そんな状況を、理解できる筈もなかった。



昼間、他校の生徒に絡まれていた下級生を助けた。

面識などないが、たまたま通りがかったところでカツアゲの現場を目撃してしまったのだから仕方ない。
相手は二人だったが、誰かを呼ぼうなどと思わない辺りがユーリらしかったと言える。

本当に、大した事はなかったのだ。
少し強めに脅してやったらすぐに逃げ出した。どちらが悪者か分かったものではないが、喧嘩にすらなっていなかった。

ところが、二人のうち一人が逃げ出すと見せ掛けて殴り掛かって来たのだ。しかも、ユーリではなく隣で怯え竦む下級生に。
咄嗟に彼を突き飛ばし、顔を逸らしたが避けきれなかった。直撃はしなかったが拳が顎を掠め、それでもすぐさま反撃の構えを取ったユーリを見て今度こそ相手は逃げ出していた。

自分の事は誰にも言うな、とあれ程口止めしたというのに、よりによってフレンに言うとは何て余計な真似をしてくれたんだ、と思う。

初め、ユーリはフレンがその事で自分を探してやって来たのだとは思っていなかった。結局あの後のクラス出店や片付けをサボってこの場所で時間を潰していたので、てっきりそれを咎められるのだと思っていた。


それが、今の状況は一体何だ。

喧嘩未遂がバレてフレンが腹を立てているとして、何故自分はフレンにキスをされているのか。


「んんンッッ、んぅ――――っ!!!」

離せ、離れろと頭の中で繰り返しても意味がないのは分かっている。しかしフレンはまるでユーリの思考を読んで、その上でわざとその反対の行動を取るかのような動きしかしない。
そういえば、さっきからそうだった。

「ッう、ふぅ……んむ――――ッッ!!?」

精一杯の抵抗を試みて両腕を押し返そうとしても、フレンがユーリを壁に押し付ける力のほうが強い。
…いつの間に両腕を掴まれていたのか。一瞬考えたが、容赦なくコンクリに擦り付けられる背中と後頭部の痛みに思考が拡散する。


「ン…っふ、ふァ……ッア…」


執拗に唇を嬲られるうちに、意識が朦朧としてくる。鼻に掛かった甘ったるいこの声が自分から出ているなんて、信じたくない。信じられないことの連続で、混乱を極めていた。
フレンもどこか苦しげな呼吸だったが、それでも視線はユーリをしっかりと捉えて揺るがない。フレンを押し返そうとする力も徐々に失われ、ユーリの腕が下がったぶんだけフレンの全身が伸し掛かった。

避けようと身体を横向ければずるずると壁をずり落ちるばかりで、両手首と唇をフレンに捕らえられたまま、ユーリは今や完全にフレンの身体の下で身じろぎすら出来ない状況になっている。

このままでは、まずい。
今はっきり分かるのはそれだけだった。


「ふッ……ぇ、フレ……ッんッッ!!」


ほんの一瞬唇が離れた隙に名前を呼べば、漸く顔を少しだけ上げたフレンの吐息が鼻先を擽ってユーリは思わず目を閉じていた。




(僕は………何をしてるんだ………?)


唇を重ねて、ユーリの苦しげな様子を見ながら頭の片隅でぼんやりと考えていた。



熱い。

どこが?

…全てが。



こんな事をするつもりなどなかった。その筈だったが、痛みに歪むユーリの表情、僅かに開いた口から覗いた赤い色に誘われるままにその場所へ顔を寄せて奪っていた。


男同士なのに。

…ユーリなのに。


だが重ねた唇はとても柔らかく温かで、ぴったりと合わせた感触が堪らなく気持ちが良かった。


(ユーリだから、か…?)

自分は初めてだ。
ユーリはどうなんだろうか。
もっと味わいたくて執拗に何度も何度も繰り返すうちにどんどん身体は熱くなり、ユーリを押さえ付ける力も比例して増していく。
痛いだろうと思うが、がちがちに固まった指は自分の思う通りになってくれない。徐々に力を失って壁から床へとずり落ちるユーリの身体を支えながらも、フレン自身も下肢に力が入らなくなって来ていた。


興奮している。
どくどくと激しく胸を打つ鼓動は、同時に下半身の一点にも血液を集めているのだ。


「は……っ、あ」


唇を離して息をつく。
見下ろした先にはユーリがいる。自分によって両手首を床に縫い付けられ、ぐったりと身体を投げ出し、忙しなく呼吸を繰り返しているユーリが。

その部分の熱をユーリに悟られないように懸命になって膝に力を入れ、『それ』が触れてしまわないように必死だった。


「てめ……ッ、なに、しやがる……!!」


鋭い視線だけを投げつけて悪態をつくユーリを見ると、白い首筋と薄い顎の境界に走る朱の線がやけに目についた。

自分以外の誰かに付けられた傷が、今日ほど疎ましく思った事もない。
やはり、今日の自分は何かおかしいのだ。

昔のことばかり思い出し、今の自分達の関係と比較している。
悪化などしていない。
だが疎遠になったのかもしれない。
ユーリは気にしていないようだったが、フレンはずっとそれが嫌だった。

「おい……!?」

上半身を支えるのが辛い。
ユーリの手首を掴む力はそのまま、肘を折り胸を合わせてじわじわと伝わる体温を感じていると、それだけで再び呼吸が苦しくなってくる。

「お、重……ッ、ちょ、どけって……!!」

「…ユーリ」


自分ばかりが心を浮き立たせていたあの日、まだ未熟だった想いの正体に気付くこともなかった。
同じ高校に進学すれば楽しい、と言ったのはユーリだったのに、奔放な彼には次々と新たな友人が増え、いつしかフレンは言いようのない寂しさを覚えるようになっていた。

ユーリは楽しいのだろう。
でも自分はそうではなかったのだ。元々希望していた高校だから、その事自体は後悔していない。
ユーリに友人が出来る事を素直に喜んでやれない自分が情けないばかりだったが、今ならその理由もはっきりと分かる。

何の事はない、嫉妬だ。
あの女性教諭に抱いたものと、何ら変わらない。
ただ、嫉妬そのものの中身が違っていた。『友人』を案じて、または『友人』を奪われまいとして、その度に感じていたのは『友情』だと思っていた。


「違う………」

「は!?何が違うってんだよ!どけっつってんだろこの野郎!!」

「…嫌だ」

「何だと!?」

「ユーリ」

「何だよ!!!」

「…ユーリ」

「……………ッッ!!?」

ぴったりと上半身を密着させたままで顔だけを上げているのはそろそろ限界だった。
さっきから視界に入る朱が鬱陶しくて仕方ない。
引力に逆らわず顔を落とし、フレンは目の前にある薄い傷痕を自らの唇で覆った。


「っひ………!!」

「……………ん」

「うあ!?っちょ、やめ…ッ、舐め……っな、あ!!!」

唇を付けたまま、舌で傷のあたりを舐めて吸う。
鼻先に感じるユーリの汗の匂いと口の中に広がる味が、段々と甘く感じられるから不思議だ。

舌を動かす度にユーリが上げる声がフレンの耳を擽る。ユーリがこんなに高い声を上げるとは知らなかった。
知ってしまえばもっと聞きたくなる。なら、どうするか。


「ひっ…ィ!!あ、うぁ!!」

ユーリの手首を掴んでいた右手を離してシャツの上から脇腹のラインを撫で上げ、そのまま裾を引き抜いて内側に手を滑り込ませてみた。
思った通り、ユーリが身を捩って声を上げる。


「ふ……」

「て…め、何、笑ってやがる!?」

「…笑ってた?」

「なっ!?いい加減にし」

「ごめんユーリ、ちょっともう…無理」

「え、う、うわああぁ!!?」


一気にシャツを捲り上げると、ユーリが慌ててそれを戻そうと自由になった左手を振り下ろす。ところがフレンがまたしてもその手を掴んで乱暴にユーリの頭上に固定した。

露になった胸板の白さに目眩がするようだ。そういえば、水泳の授業等ではよくクラスメイトに揶揄われていた。本人は不服そうに膨れっ面をしていて、そういうところだけは昔から変わらないと思ったものだったが。


「ちょ……マジやめろっ…!!無理って…おま、どうしたんだよ!?これ以上何する気だ!!?」

「…それは…これ、以上…?」

「ああ!?」

こちらを睨みつけるユーリの瞳は相変わらず涙で潤んでいるようだった。視線は鋭さを欠き、むしろ可愛らしいとすら感じられるからもうどうしようもないのだろう。
自分のしている事も大概だが、ユーリも本気で抵抗しているのかどうかわからなかった。
突然の出来事に身体が上手く動かないのかもしれないが、それなら好都合だとすら思う。

何せこれから自分がしようとしている事と言ったら、およそ一般的な感覚からはズレていると言わざるを得ないのだ。
ユーリに『そっちの』趣味がある、とは聞いた事がない。自分もその筈だったと思うものの、今それを聞かれたら答えに詰まりそうだった。

ただ一つだけはっきりしているのは、ユーリでなければこのように触れたいとは思わない、と言う事だ。
そして、キスをして触れてしまったら『それ以上』に進みたい。
いきなり、とユーリは言うが、きっと自分はずっとこうなる事を望んでいたんだろうとフレンは思っていた。

何の躊躇いもなくユーリの胸元に顔を寄せ、薄紅色の乳首を唇で挟むと強く吸った。


「イ…ッッつ、ひァ、っあ!!」

頭上から上がった悲鳴じみた声に、刺激が強すぎたか、と今度は口に含んで優しく舌で突起の周辺をぐるりと舐め、時折中心を押し潰すようにしてみる。


「んんあアッ、や、やめ……!!っあ、も、マジで……ッッ!!」

「…気持ち良く、ない?」

「あ、っっひゃ、くすぐっ……喋んな、ア!!」

「…分からない反応だな…」

もう一度乳首を口に含んで執拗に吸う。わざと音を立ててみたり、軽く歯を立ててみたりと様々な方法で愛撫を続けると、次第にユーリの声に甘い響きが混じるようになった気がしてフレンは顔を上げ再びユーリに問い掛けた。


「…どう?気持ちいい?」

「く……わ、かんね…っ、よ……!」

「こっちも固くなってる」

「ッあ、ぃああアッッ!!」

左手でもう片方の乳首を摘み、指で押し潰すようにしながらくにくにと捏ねる。両方からの刺激にユーリの背中が浮き、フレンの両肩を掴んで爪を立てた。痛みに一瞬フレンの表情が歪むが、縋り付くようなその仕種で全て許せてしまう。

フレンの指先と舌の動きに合わせて断続的に上がり続ける声が、一層フレンの下腹部を刺激する。
とうとう腰を上げていられなくなってその部分をユーリに押し当てたら、ユーリが息を呑んで腰を跳ね上げた。


「うァ……!!」
「ん……っ、く…!」


ぐり、と擦れた互いへの刺激で同時に声を上げるが、ユーリは慌てて腕で口元を覆った。


感じてくれている。


反応を示しているユーリ自身を自分の同じ場所に押し当てて腰を揺らせば、ユーリが固く瞳を閉じて懸命に声を抑える様子がまた堪らなくフレンを刺激した。


そろそろ、解放されたかった。


「…ユーリ、辛くない…?」

「…っの、聞くな、よ…!!」


悔しさを滲ませた声で言うユーリは両腕で顔を覆ってしまい、表情が見えない。

少し残念に思ったが、フレンが笑みを浮かべたのもまた、ユーリに見られる事はなかった。