「えっと、次の休みは……ああ、駄目か…この人との付き合いは外せないな…」

「おい、フレン」

「うーん、そうするとかなり先に…あ、でもこの日なら午前中だけで後は空いてるか」

「おいってば!勝手に決めんな!!」


手帳をぱらぱらとめくりながら休みの予定を確認していた僕は、ユーリが拳をテーブルに叩きつける音に顔を上げた。

「どうしたんだ?勝手になんか決めないよ。先に僕のスケジュールを教えておこうと思って」

「おまえの?何でだよ」

「君のところは不定休だろう?」

ユーリがどういった都合で店休を決めてるのか分からないけど、僕のほうから都合を合わせるのは難しい。
かなり先まで予定は入ってるし、相手先の都合があるからこちらからキャンセルする訳にいかない事のほうが多いんだ。

だからとりあえず先に僕の休みをユーリに教えて、もしユーリの店がその日を店休にする事に問題がなければそうしてくれたほうがいいんじゃないか。

「どうしても都合が合わなければ仕方ないけど、これが一番確実なんじゃないかな」

「そうかあ?そんなの、おまえのほうに予定が入ったらパアじゃんか」

「まあそうだけど…もしユーリが僕に休みを合わせてくれたら、そこには予定を入れないようにするよ。余程の事じゃない限り、先約がある、って断ればいいんだし」

「うーん…そこまでして、ってのも……って、違う!!」

再びユーリがテーブルを叩く。さっきより少し強い調子に、僕の前…ユーリの後ろに座る女の子がちらちらとこちらを気にしている。

…思い反してみると、かなり騒がしいよな、僕達…いい年して。

「ユーリ、ちょっと静かにしようよ」

「…あのな、オレはまだおまえと今後もどっか出掛けるなんて一言も言ってねえぞ」

「でも、こういう所に来るのが楽しみなんだろう?一人じゃ来にくい、って言ってたじゃないか」

う、と小さく唸ってユーリが拳を引く。よっぽど好きなんだな、甘いもの。

「…そうだけどさ、おまえはどうなんだ」

「僕?」

「もともと今日だって、無理矢理付き合わしたようなもんだろ」

「そうでもないけど」

「嘘つけよ。甘いもんが大して好きでもない上に、女ばっかの店だ。入る時だって嫌そうだったじゃねえか」

「……一応、気付いてたんだね」

この手の店に、男同士でしかもプライベートでとか、なかなか来るものじゃない。確かに入る時はかなり抵抗があった。

「まあ…最初は恥ずかしかったけど、もう慣れたよ。でもさすがに、僕も一人じゃ入れないな。だから君に付き合ってあげるよ。そうすれば君だって気にしなくて済むんだろう?」

「…なんで上から目線なんだよ」

ユーリが憮然とする。上から…とか、そういうつもりは別にないけど…。
…そうか、自分から僕を誘って付き合わすのはいいけど、逆は何となく嫌なんだな、きっと。

「ユーリって、たまに子供みたいなところがあるよね」

「あ!?何の事…何笑ってんだおまえ!」

「…そうだな、僕もこういう機会がないとこんな所には来ないし、これも勉強の一環だと思えば連れて来てもらえて良かったかも」

「勉強ぉ?」

嘘はついてない。
ちょっと大袈裟だけど、まあ今後のためになることだってあると思う。仕事でこういった所に来たとしても、ゆっくり飲食することはあまりないし。
評判になってるだけあって、確かにケーキはなかなか美味しい。

未だふて腐れたような顔で僕を見るユーリを見ていると、やっぱり笑いが込み上げて来る。別に馬鹿にしてるとか、そんなんじゃないんだけど。
…ここは下手に出ておいたほうが良さそうだ。

「そう。だから、これからもユーリが行きたい所に付き合わせてくれないか?なるべく君の都合を優先できるようにするから」

「……仕方ねえなあ……」

椅子に深く座り直してユーリが大きな溜め息を吐いた。
…口元が笑っている。


「そこまで言うんならまあ、付き合ってもらうか。でもあんま、無理すんなよ」

「無理なんかじゃないよ。それじゃ、これからもよろしく」

おう、と言って笑うユーリはとても嬉しそうで、そんなユーリを見ているとこっちまで何だか嬉しくなってくる。
…実際、ユーリとの繋がりが出来たことがとても嬉しかった。


ふいにユーリが立ち上がる。
トレーを持って…片付けにでも行くのかな。

「ユーリ、もう帰るのか?」

そう聞くと、ユーリは呆れ顔で僕を見下ろした。

「何言ってんだ、もう一回取りに行って来るんだよ」

「……え?」

「まだ半分だって何回も言ってんだろ?おまえもちょっと手伝えよ、なんか時間空けたら腹が太ってさ」

「いや…そんな無理しなくても、食べられるぶんだけ取って来ればいいんじゃないかな…」

「せっかくなんだから全種類食ったほうが得じゃねーか。おまえも少しずつなら大丈夫だろ、ほら付き合えよ!!」

「え、ちょ、ちょっとユーリ!!」

付き合うって言っただろ、と笑うユーリに腕を取られ、無理矢理席から引っ張り出された僕は、結局ユーリと一緒にまた大量のケーキをトレーに乗せて戻る羽目になってしまった。
半分ずつにしたとは言え、それでもかなりの量だ。ケーキを取る間も戻るまでの間もやっぱり周囲の視線が痛かったが、ユーリはとても楽しそうだった。


「ユーリ、本当に一人で来るの、嫌なのか?」

どうにも信じられなくて聞いてみたらこんな答えが帰って来て、僕はまた笑ってしまった。

「だって、すごい大食いの奴みたいじゃねえか」

「…気にするところ、そこなんだ」

「他にも、……………」

「ん?どうしたの?」

言いかけたまま、ユーリは顔を赤くして俯いてしまった。他にも?一人で来たくない理由、他にもあるんだろうか。

「ユーリ、今何か言いかけ」

「っ、うるせえな、いいだろ別に!それよりとっとと食うぞ、時間もないんだからな!」

時計を見ると、確かに食べ放題の残り時間は少なかった。とても食べ切れそうにないと思える量のケーキを、ユーリはぱくぱくと平らげていく。

手助けなんか必要ないんじゃないかと思いながらもユーリと同じトレーのケーキをつついていると、隣を通った店員の女の子に笑われた気がした。

…本当に、男二人でこうやってケーキを食べてる姿っていうのはどうなんだろうか…。


これからも付き合う約束をしてしまった事を、ほんの少しだけ後悔した。






「あー食った食った。なんとか間に合ったなー…って、大丈夫か、フレン」

「あ、ああ…」


結局、ユーリは本当に店のケーキを全種類制覇した。

僕はユーリが食べるケーキを少しずつ分けてもらっただけだったけど、そうだな…量で言ったら普通のケーキの三、四個ぶんぐらいなんだろうか。普段、一度にこんなに食べる事がないからちょっと、胃が…


「そんなんで本当にオレに付き合えるのか?…ってか、よくうちでケーキ買う気になるよな。ちゃんと食ってんのか?」

店の入り口脇にあるベンチに座ってぐったりする僕を見下ろしながらユーリが言う。

「勿論、ちゃんと食べてるよ。一度に二つも三つも食べる事はあまりないけど」

「ふうん?二つ三つぐらいいっぺんに食うだろ」

「…女子高生じゃあるまいし…」

「何だと!?」

「そんな事より、この後はどうするつもりなんだ?」

今日、ユーリがどういった予定を立てているのか僕は何も知らない。今はまだ、お昼を少し回ったぐらいだ。
混むのを避けて少し早めに待ち合わせを指定したんだろうというのは何となく分かったけど、ちょっと中途半端な時間だな。

「エステルさんと来た時なんか、どうしてるんだ?」

「ん?そうだなあ、昼メシ食いに行って…」

「え、な、なに?今からまたどこかに食べに行くのか!?」

「甘いもんは別腹だろ」

「それは食事の後で言う事だろ!?ほんとに女子高生か君は!!」

「…じゃあどうすんだよ」

「…映画でも観に行く?」

「うげ…」

見上げたユーリは心底嫌そうだった。
何となく言いたい事は分かるけど、咄嗟に気の利いた提案が出て来ない。

「何だってそんな、野郎同士でデートまがいの事をしなきゃならねえんだ」

「デ、デートって……映画とデートは別に、イコールじゃないだろう」

男同士でスイーツバイキングの店に入るよりは、余程普通な気がする。

どうするか、と考えていたら、不意にどこからか携帯電話のバイブ音が聴こえた。

「あ、オレだわ。…悪い、ちょっと出ていいか?」

「うん?別に構わないよ」

着信を確認したユーリはわざわざ僕に断ってから電話を取った。
少し離れたところに移動して背を向けて話しているユーリだったが、僅かに見える横顔の、その表情が曇る。暫くして電話を終えたユーリは、溜め息混じりに僕に言った。


「あー…ちょっと仕事の話が入った」

「仕事?」

「ああ。うちでよく買ってくれる人でさ。どうしても、って。娘の誕生日が今日なんだと」

「ええ?随分急だね」

「バースデー用のホールケーキも普段から少しは置いてるからな。この時間から売り切れてることもあんまりねえし」

「あ、じゃあお店に行って…」

「そ。タイミング悪いよな」

買いに行ったら、たまたまお店が休みだったわけか。
それにしても、普通なら他の店に買いに行くところだと思うけど…よっぽどユーリのケーキが好きなんだな。わざわざ電話して……ん?
今、お客さんから直接かかって来てたような。

「ユーリ、お客さんに自分の携帯電話の番号、教えてるのか?」

「お得意さんだけ、何人かにはな。今日みたいな事もあるし」

「…あんまり、個人の番号は教えないほうがいいんじゃないか?お店にだって電話、あるんだろう」

「留守電聴いてからじゃ間に合わない事もあるからな。まあそんなしょっちゅうじゃねえし。…つうかさ」

携帯をジーンズのポケットにねじ込んだユーリが僕を見てニヤニヤしている。

「な、何?」

「おまえの口からそんな事言われてもなあ。個人の番号がどうとか」

「…そう、かな?」

「おまえよりよっぽど何回も店に来てる人達ばっかだぜ、教えてるのは」

「関係ないだろ、回数なんか」

「…何でそう思うんだ?」

「何度お店を利用していようが、それで本当にその人が誠実で、信頼に値するかどうかなんて分からないじゃないか」

表面上、良い客を装ってるだけかもしれない。たかが携帯電話の番号と侮れないご時世だ。
そう言うと、ユーリはますます面白そうな様子だ。

「…僕、何か変な事を言ってるかな」

「ああ、最高に面白いな」

「意味が分からないんだけど」

「おまえの言った事、そのままおまえにも当て嵌まるじゃねえか」

「……………え」

「個人情報がどうとかってんなら、普通はおまえの事も警戒すんじゃねえの?三回しか会った事なくてさ。でも、回数は関係ないんだろ?少ししか会った事なくても、誠実で、信頼に値するならいいと、おまえはそう考えてるわけだ」

「え…と」

「おまえは、オレにそう思われてる自信があるんだな」

「えっ!?」

「だってオレ、おまえに番号教えたし。ってことは、そうなんだろ」

「いや、それは僕がどう思うかじゃなくて、君が相手をどう思うかで」

「信用はしてるぜ?じゃなきゃ教えてねえよ。良かったな、おまえの思った通りに自分が思われてて」

声をあげて笑い出したユーリを、僕はただ訳も分からず見つめているだけだった。

僕はユーリを信頼に足る人物だと思ってるし、別に番号を教える事に何の抵抗もない。ただ、そう思う相手には教えてもいいんじゃないか、って思ってるだけだ。
別にユーリがどういう考えで、なんて事までは…

「いつまで笑ってるんだ、訳が分からないよ」

「…オレも、おまえと同じ考えだよ」

だから良かったな、って言ったんだ、と言うユーリの笑顔には、さっきまでのどこか人を食ったようなものは感じられない。

「本当に?…まだ、大して知りもしない相手なのに?」

「回数が関係ないって言ったのはおまえだろ。これから知っていけばいいんだから」

驚いて目を見張る僕に、ユーリが言う。


「オレも、おまえの事が知りたくなった」


…差し出された掌は、とても暖かかかった。