続きです






フレンの出ていった部屋の中で、オレはヨーデルに促されるままソファーに座った。
ちなみにここは謁見の間の隣にある控え室みたいなもんだがそこらの高級宿なんかよりよっぽど広く、設えも上等だ。
城の中だし主に貴族の連中が使うんだから当然なんだろうが、どうにも慣れないな、こういうのは。
…ま、今さらだけどさ。

ヨーデルは立ったまま、窓辺から外を眺めている。
…あ、溜め息なんか吐きやがって…ったく、わざとらしいんだよ。


「話があんならさっさとしてくれよ、あまり長くなるとフレンに感づかれるぜ」

ヨーデルがゆっくりとこちらを振り返った。

「そうですね……」

そうしてヨーデルが話し始めた内容に、正直オレは驚きを通り越してうんざりすることとなった。




世の中から魔導器が消え、ヨーデルが皇帝になり、フレンが騎士団長になった。

当時の状況だとか事情を知ってる奴は数少ないが、いずれも組織のトップを張る奴ばかりだ。星蝕み問題解決後の混乱が最小限に抑えられたのも、こいつらのおかげだと思ってる。

オレ?何もしてねえよ。オレの言う事なんか誰も信じねえって。
ギルドとして、出来る事を地道にやるしかない。なんだか最近、なんでも屋みたいになってる気もするが…まだ仕事を選べる状況でもないしな。

だからってわけじゃないが、オレは以前にもこの城で住み込みの仕事をした。

最終的にちょっとした騒動になって、それがほぼ片付いたところまではオレ自身も関わってる。だがその後の事は何も知らない。特に何か問題があったようにも聞かないが…あったとしても言わないかもな、フレンなら。

で、その後何だかんだあってフレンと会わなかったせいでオレは今こんな事をさせられてるんだが、その間のフレンの様子を聞いて不安になった事が幾つもある。

そしてどうやら、そのうちの一つが今、現実に面倒を引き起こしているらしい。



「……つまり、フレンの作ったテキトーな書類に手間掛けさせられた連中が、新法案成立の反対派になってる、と」

「その通りです」

「自業自得じゃねえの?」

「半分はあなたのせいなのでは?」

「何でだよ!?言っとくけどな、こ…恋人、なのに放ったらかしたのが悪いとか、いい加減理由にすんのやめてくれ!!」

世の中には、逢いたくたって逢えない状況の奴らだっている。それに、それほど深刻な状況じゃなくても頻繁に逢うことの出来ない場合だってあるだろう。
そういう奴らが皆、腑抜けて全く仕事が出来ないとか、そんな訳あるかってんだ。
…多少の支障は出るかも知れないが。

でもそんなのは本人の問題だ。フレンもそれなりにヨーデルからは何か言われたんだろうが、これ以上オレがフレンのミスの尻拭いをしてやる必要なんかないだろ?

充分有り得ねえ事を引き受けてやってんだ、それこそ政治の話なんか知ったこっちゃない。それをどうにかするのがフレンの仕事だし、さすがにそんな事はあいつだって分かってる筈だ。
オレだって、ギルドのゴタゴタをフレンに解決させようなんて思わない。

…荷は重いかもしれないが、それがフレンの選んだ道なんだからな。


オレの話にヨーデルはいちいち頷いていたが、少しだけ表情を引き締めて話を再開した。


「何も、フレンの仕事を直接手伝って頂く必要はありませんよ。あなたがフレンの傍にいてくれるだけでいいんです」

「…どういう事だ」

「私もまだまだ若輩者です。全ての反対派を押さえられるわけではありません」

「あんたは全面的にフレンの味方なのか?…それもどうなんだ、って感じだけどな」

「個人的な感情だけで動いている訳ではありませんよ。ただ、フレンのやっている事は間違っていない、と思うだけです」

「…ふうん?」


フレンが騎士団に残ったのは、法を正して世の中の理不尽を無くす為だ。フレンが何か間違ってるとはオレも思ってないが…

「反対派の連中の動きと、オレがここにいる事とどれだけの関わりがあるんだ?」

前回はまだ、オレは一応騎士として仕事をしていた。だからある程度自由に動くこともできたし、そもそもフレンの知り合いという触れ込みだったからオレがフレンと一緒にいても不自然ではない。

が、今回は違う。
部屋の外に出る事もあるし、特に人目につくなと言われている訳でもないが、基本的にはフレンの部屋での仕事しかない。唯一制限があるとすれば、勤務時間外にフレンの部屋への出入りを見付かるな、という事だった。…さすがに部屋に泊まり込んでるのを知られたらマズい、って事か?

今までフレンの、っていうか部屋の世話を担当していた使用人連中がどういう説明を受けてるんだか知らないが、そいつらが部屋に来る事もない。
よくよく考えると、ほんとこいつ、オレに何させたいんだ?

ああもう…マジで面倒臭い。

「いい加減、要点言えよ。ぐだぐだ余計な話ししてっと、肝心なところ聞き逃すかもしれねえぞ」

「…つまりですね、あなたがいれば、フレンは本来以上の力を発揮してくれるのです」

「……………は?」

「あなたがいない間、それはもう酷い状態で」

「しつっけえな!!それに何だよオレがいない間って!!オレは別にここに住んでる訳じゃねえぞ!?」

「いっそ住んでみませんか」

「断る!!さっさと続きを話せ!!」

「今回、どうしても通したい法案がいくつかあります。議決の為の審議と投票が行われるのが、あなたへの依頼の最終日です。それまであなたにはフレンの傍にいて欲しいのです」

「…具体的な理由は」

「フレンに頑張ってもらう為…怖い顔をしないで下さい、本当の事なんですから。」

思い切り睨みつけてやっても、ヨーデルは笑顔を崩さない。こいつなら、反対派の貴族とも充分やり合う事ができそうなもんだ。
まあ、こいつ一人で何でもかんでも勝手にやったらそれは独裁になっちまうが。

「反対派は、フレンが『何故』かミスばかりするようになった隙を突くつもりのようです。この機に乗じて法案を否決に持ち込み、代わりに自分達の希望を通したいのですよ」

「だからってなあ、今回はともかく毎回こんなんじゃあんただって困るだろ?しっかりしろって言ってやってくれよ」

そりゃ、契約期間中はちゃんとここにいてやるが、そもそも部屋で寝泊まりする必要ないだろ、って事をオレは言いたいんだ。

「それは勿論ですが。…フレンが『何故か』立ち直ったので、反対派の方々は随分と焦っているようです」

「…………へえ」

「どこやらのならず者を雇ったとか、雇わないとか。そういった話を耳にしましたので」

「あのなあ……」

「ご理解頂けましたか?」


にっこりと爽やかな笑みの裏で何を考えているのかわからないヨーデルに、とりあえず一言だけ言ってやった。


「護衛が欲しけりゃ普通に依頼しろ!!」



…全く。
フレンといいヨーデルといい、どうしてこう、ついでにあれこれ解決しようとするんだ。しかもオレを使って。
出入りを見られるなってのはフレンが使用人を部屋に連れ込んでるとか噂が立たないようにってのもあるだろうが、こういう事か。

どう、って、オレがいるのがバレたら警戒するだろ、『ならず者』とやらが。
普通は警戒させて襲撃を未然に防ぐもんだが、こいつらの場合『わざと襲撃させて捕まえて一網打尽』を狙ってるからタチが悪い。

最初から言わないのは、実際どうなるかわからない時点で先に計画立てるからだな。相手が動いて初めて事情を知らされるほうの身にもなれっての。

読みが外れて何もなけりゃなかったで……どうする気なんだろう。まさかまた、何か理由付けて呼ばれるのか?

…それは嫌だ。

今回も目星は付いてるみたいだし、だったら依頼期間中は仕方ない、護衛って事でフレンの部屋にいるしかないのか……。
襲ってこない、というのは少し考えにくい。目的の日がはっきりしてるからな。それまでに何か動きがある可能性は高い。

それにしても……

「なあ、これってフレンには黙っておくのか?」

自分で言うのも何だが、あいつはオレに危害が及ぶのを嫌う。
…の割に無茶な依頼しやがるが…

今回の事も、ちゃんと話したほうがいいんじゃないか。そうすればあいつも普段から警戒できる。一人の時に襲われる可能性なら、部屋よりむしろ外のほうが高い。
オレは保険みたいなもんだ。

「…話したほうがいいと思いますか?」

「別に問題ないと思うけど?」

「自分のふがいなさが問題を引き起こして、今またあなたを巻き込んでいる、と説明するんですか?」

「勝手に巻き込んだのはそっちだろ!?遊んでんのかてめえ!!」

「そんな、まさか。うまく説明出来そうでしたら、その辺りはお任せしますよ」

ヨーデルは、話を合わせるぐらいはする、と言う。
…何だ、この緊張感のなさは。まだ何か裏があんのか。
だがヨーデルは『話は以上だ』と言って、フレンを一旦部屋に呼び戻した。


「ああフレン、すみませんでした」

「いえ…」

フレンはちらりとオレを見た後、ヨーデルに向き直ると姿勢を正して次の言葉を待っている。


「ユーリさんですが、これまで通りフレンの部屋で寝食を共にして頂けるそうですよ」

「何だその言い方!?…だいたい、はっきり返事した覚えもないんだけど?」

「よろしいんでしょう?」

「…ユーリ」

フレンの視線には、何故オレの気が変わったのかを訝しむものが含まれている。…適当な理由でごまかせる感じじゃないんだが。

「……まあとりあえずは。あと三日間だけだからな」

「そういう事ですので。良かったですね、フレン」

「は…はあ。ありがとうございます」

「では、お話はこれで。二人共、仕事に戻って頂けますか?」

「わかりました」

「……はいよ」

立ち上がったオレがフレンの後に付いて部屋を出ようとした時、背後からヨーデルに声を掛けられオレ達は揃って振り返った。

「ユーリさん」

「何だよ?」

「よろしくお願い致します」

「…分かってるよ」

フレンが黙ってこちらを見ている。そのフレンにもヨーデルは笑顔を向けた。

「フレン」

「何でしょうか、陛下」

フレンの返しにすぐには答えずにこにこしているヨーデルに、フレンがもう一度おずおずと尋ねる。

「あの…陛下?何か私に」

「フレン」

「は、はい?」


「自重しなさい」


笑顔のままでそれだけ言うと、ヨーデルはお付きの騎士を従えてオレ達よりも先にさっさと戻って行ってしまった。その後ろ姿を見送るオレの隣で、フレンはまた固まっていた。





「ユーリ、陛下とどんな話をしたんだ」

フレンの部屋に戻るなり、オレは質問責めにあっていた。当然といえば当然だ。


「何故いきなり気が変わったんだ?何か交換条件でも」

「あのなあ、それを話したらおまえをわざわざ閉め出した意味、全くないだろ」

「…本当に、何か僕に言いたくない事があるのか」


「言いたくないっつーか…」

言いづらい、と言ったほうが合ってる気がする。
それに、オレ自身今ひとつ納得行かない部分もあって上手く説明できる自信がない。

フレンがまた、怒ってるんだか泣きそうなんだか分からない表情でじっとオレを見つめている。こいつはこんなにメンタルが弱かったか?

…オレのせいとか言われたら堪んねえんだけど。


「ユーリ」

「あ?何だよ」

「頼むから、事情を説明してくれ。君がいてくれるのは嬉しいけど、これじゃなんだか落ち着かない」

「オレは毎晩落ち着かない思いをしてるんだが」

「し…仕方ないだろ!すぐ傍に君がいるのに…!」

顔を赤くして視線を逸らす姿に、なんとも言えない気分になる。『いるのに』の続きを考えるとそれだけでまた溜め息が出そうだ。



「…分かったよ、話す。その代わり、おまえの精神的ダメージなんかは考慮しねえからな」

「は?精神的…?な、何の事?」

「聞けば分かる。聞きたいって言ったの、おまえだからな」



後から突っ込まれるのも面倒だし、絶対話したほうがお互い楽に決まってる。


……こいつも一回ぐらい、後から好き勝手言われる気分を味わえばいいんだよな。


ーーーーー
続く