7/10 拍手コメントよりリクエスト

ナチュラルバカップルなフレユリです。





「カロル、後ろだ!!」

巨大な蜂の魔物が少年に襲い掛かる。
ユーリは叫ぶと同時に地を蹴った。


「う、うわわわ!!く、来るなあぁぁ!!」

振り返ったカロルが眼前に迫った魔物に武器を振り回すも、目をつぶったままではまともに当たる筈もない。あわや魔物の鋭い針先が直撃かと思われた、その瞬間。

漆黒の影がカロルの視界を覆い隠していた。

「ぐ……!!」

「ユーリっっ!?」

魔物を薙ぎ払ったユーリが振り返る。

「っつ…、無事か、カロル?」

「う、うん!でもユーリ、腕から血が…!!」

「掠り傷だ、次行くぞ……っ、あ……?」

ユーリの身体がぐらりと揺れる。額に脂汗を浮かべ、地面に突き立てた刀でやっとその身を支える姿に、カロルは先程の魔物の攻撃を思い出す。

(ど、毒…!!)

「ま、待っててユーリ、すぐエステルを…ああっ、それよりポイズンボトル出す……」


「ユーリ!!!」


慌てふためくカロルの視界を、再び影が覆う。しかしそれは先刻のユーリとは違って白銀の輝きを放ち、紫紺の後に翻った純白のマントがふわりと舞った。

「…フレ、ン」

「何をしてるんだ!!」

「ははっ、…ワリ」

フレンはすぐさまユーリの右腕を自らの首に回すと、毒のせいで力の入らないユーリの左腕と刀をひと纏めにし、その身体をしっかりと胸元に抱き寄せた。

「…僕から離れるなよ」

「離れたくても動けねぇよ…」

ユーリを抱いたまま、剣を振るって襲い来る魔物を次々と切り伏せてゆく。

「これで、終わりだ!!」

最後の一匹を片付け、ふう、と息を吐くと、それを見てユーリが軽く笑った。

「大丈夫かい、ユーリ?」

「ああ、おかげ様でな。ほら、もう離せって」

「全く…」

剣を鞘に納めながら、無茶するなって言ってるだろ、と零すフレンと、悪かったよ、と笑ってフレンの肩に手を置くユーリ。その手に自らの手を重ねて、フレンも柔らかく微笑んでいた。


そんな二人の様子を、完全に置いてきぼりを食らったカロルがぼんやりと眺めていた。
ポイズンボトルを取り出そうと、鞄に手を突っ込んだポーズのままで。
そこへ、こちらも片を付けたらしいリタが乱暴な足取りでずかずかと歩いて来た。

「あのバカ、詠唱中のあたしを放っぽり出してどこ行くかと思えば…」

「あ、リタ。…ええっと?」

「Sスペルエリアよ!!あいつがいないと詠唱短縮にならないじゃない!!」

「ど、毒の治療のほうが優先じゃないかな…あと、スキルじゃなくて名前呼んであげようよ」

「うっさいわね、毒なんてボトルで充分でしょ!?アンタ、何固まってんのよ!」

「だってー…」

「…わたしも、リカバー唱える気になれませんでした…」

「そうだよね、あんな様子、見せられちゃうと…」

「ああああっっ!!もう、ムカつくうう!!」

「…何だったのじゃ、さっきのは」

「アレでしょ、フレンちゃんの近くにいると毒とか色々治っちゃうやつ」

「リタ姐の言う通り、道具のほうが早いのと違うか」

「うふふ、本当に仲がいいわね、あの二人。羨ましいわ」

「………………」

ジュディス以外の全員が、寄り添うユーリとフレンの背中に向けて生温い視線を送った。




その晩。
一行は久々に宿で食事をしていた。


「最近野宿続きだったからなあ、やっぱ落ち着いてメシが食えるってのはいいよな」

「うん、そうだな…」

「どうしたんだよ、疲れてんのか?」

フレンの表情は今ひとつ冴えない。

「いや、そうじゃないんだ。ただ、野宿だとユーリの手料理が食べられるからね。…ああ、こんな事を言ったら、宿の人に失礼かな」

そう言ってフレンは隣に座るユーリに笑い掛けた。
ユーリは少々呆れた様子ながらも微かに顔を赤くし、照れ隠しのためか皿に乗った付け合わせの人参に乱暴にフォークを突き立てて口に運ぶ。
…が、その人参はユーリの口に入る前にフォークからぽろりと落ちてしまった。それが床に落ちる前にフレンが手を伸ばす。

「……っと」

「お、ナイスキャッチ」

「何をやってるんだか…ほら」

「ん」

フレンが人参をつまんでユーリに向ける。
ユーリはなんの躊躇いもなくフレンの指先に顔を寄せ、そのまま人参にぱくりと食いついた。
そして何事もなかったかのように咀嚼しながら椅子に座り直して食事を再開したのを見るとフレンもテーブルに向き直り、人参をつまんでいた指先を軽く舐めてから同じく食事を再開した。

流れる水の如く自然に行われた一連の行為に、他の仲間達は完全に手を止めて見入ってしまっていた。

最初に口を開いたのはレイヴンだ。

「……ちょっと、何なのよ今の」

「何って…フレンが、ユーリに、人参…」

もごもごと口を動かすカロルの顔は真っ赤で、隣のリタも同様に顔を赤くして俯いている。

「…ほんと、仲が良いのね」

「だからってさあ…。青年、指ごと食べてたわよ。フレンちゃんもしれっとその指舐めるとか…」

「わたし、お城の本で読みました。ええと、『間接キ…」

「嬢ちゃん、言わなくていいから」

「…今更だと思うけれど?」

一同の視線の先には楽しそうに食事をするユーリとフレンの姿。
今度はユーリが、フレンの口元に付いたソースを親指で拭ってそれを舐め取っていた。

「……見てるだけで胸焼けしそうだわ」

ぼそっと呟いたレイヴンの言葉に、皆は無言で頷いた。




そして就寝前の男部屋。


フレンはシャワーを浴びて戻って来たユーリの姿を見るなりその腕を引いてベッドに座らせ、自らもその隣に座ると傍らのタオルをユーリの肩に掛けた。
そんなフレンにユーリは胡乱げな眼差しを向ける。

「何だよ、いきなり…」

「何だ、じゃない。またちゃんと髪を拭かずに…廊下が濡れて、他の人に迷惑がかかるだろ」

「うるせぇなあ、そこまで濡れてねえって」

「それに、何だその格好は!上着も着ないで歩き回るなんて…」

「誰にも会ってねえし、構わねえだろ!」

徐々にヒートアップする二人の様子に、同室のカロルとレイヴンは落ち着かない。

「ね、ねえ、そろそろヤバいんじゃない?止めてよレイヴン…!」

「ええ!?やーよそんなの!とばっちり食うの俺様じゃないの」

「だってボクじゃ無理だもん、ほら早く…」

二人が面倒事を互いに押し付けようとしていたその時。


「っわ!何すんだよいきなり!!」

ユーリの声に、二人が揃って振り向く。

「いいから、大人しく後ろ向いて!」

「自分で出来るって…」

「出来てないから言ってるんだろ?全く…いつまで経っても子供だな、ユーリは」

「うっせえ!」

ユーリが手にしていたタオルを奪い取ったフレンが、そのタオルでユーリの顔を覆ってそのままわしゃわしゃと乱暴に髪を拭くと、渋々といった感じでユーリがフレンに背を向けた。

するとフレンはタオルを持ち直し、それまでの乱暴な手つきが一転、頭頂部から毛先までを丁寧に挟み込むようにしながら髪の水分をタオルに吸わせつつ、時折手櫛で撫で梳いている。

その指の動きがあまりに愛おしげで、カロルとレイヴンは暫し呆然とその光景を見つめていた。

ふと、視線に気付いたユーリが顔だけを二人に向ける。

「…何ボケっとしてんだ、二人とも」

「えっ!?べべ別にっっ!!何でもないよね、ね、レイヴン!!」

「……少年、落ち着きなさすぎ」

「………?」

「…こんなものかな。終わったよ、ユーリ」

「ん?ああ……っくし!!」

くしゃみをしたユーリが鼻を啜る。
タオルが肩に掛けられてはいるが、ユーリは上半身裸のままだ。

「ほら見ろ、上着を着ないでいるからだ」

「あのな…。そう思うんなら先に着替えさせろよ」

「髪があんなに濡れていたら、服まで濡れてしまうよ」

「へーへー。オレの事より服のが大事かよ」

「そんな訳ないだろ。髪も服も、濡れたままで寝たらほんとに風邪を引く。…でもちょっと、時間掛け過ぎたかな…ごめん」

冷えた身体を暖めるように、フレンの掌がゆっくりと優しくユーリの肩から腕を撫で下ろすと、くすぐったかったのか僅かにユーリが身を捩った。

「…別に大丈夫だって。ほら、もう着替えるから」

立ち上がったユーリの髪がさらりと揺れ、フレンの掌が何もない空間を名残惜しそうに握り締めた。


カロルもレイヴンも、最早何も言えなかった。



翌朝目を覚ました二人が真っ先に見たものといったら、一つのベッドで向かい合わせで気持ち良さそうに眠るユーリとフレンの姿で、あまりに幸せそうな寝顔に起こすのが躊躇われるほどだった。

しかしいつまでも見ていたい光景でもないので仕方なしに起こそうとすれば、寝ぼけたユーリが普段の彼からは想像できないような可愛らしい声で『うぅん…』などと言いつつフレンの胸に顔を埋め、フレンがまた『ユーリ…』なんて呼びながらユーリの髪に鼻を擦り寄せたりするものだから堪らない。

起きた早々に完全に二人に当てられて、カロルとレイヴンはやり場のない怒りと共に二人から無理矢理シーツを引き剥がして叩き起こしたのだった。





「…な・ん・で!わざわざ一緒に寝てんのよ!?」

朝食前の宿のロビーに、レイヴンの怒鳴り声が響く。
女性陣は何があったか知らないので、何事かといった様子で遠巻きにそれを見ていた。


「せっかく四人部屋取ってる意味ないでしょーが!!」

「何だよ…別におっさんに迷惑かけてねえだろ」

「かけてるわよ!何が嬉しくて朝っぱらから野郎同士がひっついてる姿を見せられなきゃなんねーの!?」

あーやだやだ、とわざとらしく自分の腕を抱く素振りをするレイヴンに、ユーリは隣で顔を赤くしているフレンを軽く小突いた。

「だから言ったじゃねーか、オレは大丈夫だって」

「でも、ユーリ寒そうだったし…」

カロルがおずおずと尋ねる。

「あのさ、なんで一緒に寝てたの…?」

「カロルの寝言が煩くて、夜中に目ぇ覚めちまったんだよ」

「そうしたらユーリが寒いと言い出してね」

「オレは別に一緒に寝るつもりは」

「風邪でも引いたら大変だし、二人で寝たほうが暖かいだろう?」

爽やかに微笑まれて、カロルは口をつぐむしかない。

「全く…おまえがさっさと起きねえから、ヘンなとこ見られたじゃねえか!」

「僕だけのせいじゃないだろ、ユーリだって気持ち良さそうにしてたくせに」

「ばっ…!何言ってんだおまえ!!」

「目が覚めたの、僕が先だからね。ユーリの寝顔、久しぶりに見たな」

「もう黙れって!」

「ほんと、寝顔は昔から可愛いのに…」

「いい加減にしろよ!!」



『それはこっちのセリフだ!!!』



仲間達からの全力のツッコミに、ユーリとフレンが全く同じタイミングで声のほうを向いた。
二度、目を瞬くと顔を見合わせ、再び仲間に顔を向ける。何から何まで、同じ動きだ。


「な、何?」
「何だ?」



「鏡コントしてんじゃないわよこのバカップル!!!」


ロビーにはリタの叫びが響き渡り、仲間は皆、これから先ずっとこの二人と共に旅をする事に、少しばかりの不安を感じずにはいられないのであった。




ーーーーー
終わり