続きです。
「ユーリ、いるんだろう?大丈夫かい?……ユーリ!?」
聞き覚えがありすぎる声と、扉をノックする音でユーリは目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったらしい。
できればこのまま眠らせてほしかったが、いつまでも無視を決め込んだところで余計に「彼」を心配させるだけだろう。
「…開いてるぜ。入って来いよ」
お邪魔します、と律儀に言いながらフレンが部屋に入って来る。
「また君は…。ちゃんと鍵をかけろって言っただろう?」
「盗られて困るようなモノもないし、別にいーんだって」
「そういうことじゃないよ、全く…」
警戒心が薄すぎる、とかぶつぶつ言いながら、フレンは手にしていた紙袋の中身をテーブルに置いていく。
「なんだ、それ?」
「みんなからのお見舞いだよ。きっと動くのも億劫になってるだろうから、って」
「見舞いって…、別に病気じゃねえんだけど」
ユーリは苦笑しながらテーブルの上に置かれた品を眺めた。パンや果物、菓子等のようだ。と、その中に見慣れない固まりを見とめ、フレンに尋ねてみる。
「なあ、あのタオルみたいな…そう、その黒いやつ。なんだ?、それ」
ああ、と言いながらその固まりを手にして、フレンがベッドに近づいてきた。
起き上がったユーリの隣にそのまま腰掛けると「それ」を広げて見せる。
「腹巻き」
「……………………」
「レイヴンさんから。冷やすのは良くないから、って」
「……あのおっさんは……」
言ってることは間違ってないが、微妙に腹が立つ。
「着ける?」
「…気が向いたらな」
そう、と言って傍らに腹巻きを置いたフレンがユーリに向き直る。心配そうな顔でじっと見つめられて、ユーリは何故か堪らなく恥ずかしい気持ちになった。
「…どんな感じ、なんだい?」
「は?」
「いや、だから…その、痛み、とか、体調とか…」
「…ああ」
ユーリもそうだったが、女性とこのような話をする機会などなかった。あったとして、こちらから詳しく聞くことも気恥ずかしい話題だ。
ジュディスあたりなら気にしないかもしれないが。
「んーと、まず下腹がなんか痛い。あと腰。」
「なんか、って…。それじゃわからないよ」
「一言で説明しづらいんだよ。こう…鈍痛っての?内側が、っていうか…」
「はあ」
説明しても想像のしようがないだろう。ユーリ自身もそうだったのだ。
「で、熱があるってわけじゃないけど…なんか身体が火照るっていうか、そんな感じ。微妙に汗もかくし…とにかく最悪な気分だな」
「そ、そうか…。大変なんだな。…女性はみんな、そんな大変な思いをしてるんだね」
「いや、かなり個人差あるらしいぜ?何ともない奴はとことん平気らしいし。オレも自分がどの程度かよくわかんねーけど、ちょっと辛いな」
ユーリは大きく溜め息を吐くと、そのまま再びベッドに横になった。
「ご、ごめん、辛いのに無理させて…。お見舞いに来たのに、何してるんだろうな、僕は」
慌てて謝るフレンがなんだか面白くて、ユーリは吹き出してしまう。
「…なんで笑ってるのかな」
「いや別に」
フレンは黙ったまま暫くユーリを見下ろしていたが、やおらユーリの下腹部に左手を伸ばして撫ではじめた。
「っ…!?なっ…何」
「痛いのはこの辺り?」
ユーリは慌ててフレンの腕を掴み、自分の身体から引き剥がそうとした。だがフレンは空いている手でユーリの肩を押し、そのままシーツに身体を押し付ける。
「何すんだよ!?」
「いいからおとなしくしてなよ。力入れたら辛いだろ?」
傍から聞いたら誤解されること間違いなしのセリフをさらっと吐いて、フレンは再びユーリの腹を優しくさすり始めた。
「………………」
恥ずかしい。情けない。でも暖かい。感情が複雑になりすぎて思考が追い付かない。
何か言ってやりたかったが、結局言葉が出て来なくて、ユーリは大人しくされるままになっていた。
「…少しは楽になったかい?」
「…ぅえっ!?あ、ああ」
「何て声出してるんだ」
「おまえのせいだろ!?いきなり妙なことしやがって……!!」
「妙なことって…ひどいな。少しでも君の辛さが和らぐなら、って思ってやったのに」
笑いながら言うフレンの前で、ユーリの顔がみるみるうちに赤くなっていく。先程から、なぜこんなに恥ずかしくなるのかわからなかった。
「…っ、どうせこれから毎月なんだ、気休めだろ。そのうち慣れる」
気休めね、と笑うフレンの表情からふと笑みが消えた。
「フレン?どうした?」
「気休めかもしれないけど…」
肩に添えるだけになっていた右手がすい、と上がって優しくユーリの頬に触れる。
「僕は君の辛そうな姿を、見たくないから」
「な………」
ユーリの思考はもはや完全に正常な判断ができなくなっていた。
自分とフレンは友人だ。一時は対立もしたが、かけがえのない親友だと思っている。
だがここ最近のフレンの、自分に対する態度は一体何なのか。単に友人を気遣かっての態度にしては何かが違いはしないか。
だって自分はほんの一ヶ月前まで男性だったのだ。それが女性になったからといって、急に……。急に、なんだ?自分は今、何を考えた。
「ユーリ?」
黙り込んでしまったユーリの顔を、フレンが心配そうな様子で覗き込んできたが、ユーリはまともに顔を合わすことができなかった。
「…何でもねえよ。ちょっと…やっぱしんどいからさ、寝かしてくんない?」
暗に帰ってくれ、と言ったつもりだったのだが、どうやら伝わらなかったらしい。
「ああごめん、寝てていいよ。…ココア作って来てあげるから」
「いや、あの」
「あのさ、ユーリ」
「…なに」
「僕は君が、男でも女でも構わないんだ。どちらでも、僕の大切な人である事に変わりはないんだから」
「…………っっ、恥ずかしいヤツだな!もう帰れよ!!」
とうとう大きな声を上げてしまったが、フレンは再び軽く笑うだけだった。
ココア作ったら帰るよ、と言いながらやっと立ち上がったフレンの背中をユーリはしばらく睨みつけていたが、やがて大きく息を吐いてベッドに潜り込んだ。
そんなユーリの様子を肩越しにちらりと見て、フレンは手にしたミルクと鍋に視線を落とす。そして一言、呟くように言った。
「…やっぱり女の子のほうがいいかな。ちゃんと結婚、できるしね」
一瞬、ユーリの身体が跳ね上がった気がした。
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続く