「不正の証拠だ?」

「そ。フレンちゃんに頼まれてたんだけどね」




目の前の男――橙色の鎧に身を包んだ騎士に、オレは思いきり胡乱げな視線を向けてやった。

今回の仕事に関して、こいつ…シュヴァーンにフレンが何か頼んでいたという話をオレは聞いた事がなかった。
まあレイヴン(もう呼ぶのが面倒だ)は騎士団にもギルドにも顔が利く上、どちらにも縛られていないので非常に身軽だ。
何かを探らせるなら適任と言えなくもない。

「んで?その証拠とやらを掴んで報告に来たってのか?」

「そゆこと。フレンちゃんとこ行く前に、一目青年の姿を見たいと思ったんだけどね〜」

…よくわからない。
フレンから何か頼み事をされてるんだったら、直接あっちに行けって話だ。

しかもこんな時間じゃなく昼に来ればいい。
オレが女騎士の格好してるところが見たけりゃ、報告ついでにでも訓練を覗けば済む話だ。積極的に見られたいわけはないが、『仕事中』である以上はどうしようもない。

「…オレの事、フレンから聞いたのか」

「いんや。俺はもともと、今回お前さんがやってんのとは全く別件で動いてたのよ。評議会から内部告発があったりとか、色々とな。賄賂やら何やら、まあよくある話よ」

「頼まれてたってのはそっちの事か?」

「そーよ。んで、その件を調べてる最中になんだかこっちで面白い事になってるって聞いて、ちょっと調べてみたらフレンちゃんに恋人が出来たらしいって言うじゃない?そりゃもう、確認しに行かなきゃならんでしょーよ!」

「………何の確認だよ」

「相手が誰か、の確認に決まってるっしょ?美しい黒髪、細身で長身、剣の腕も確かな美人さんとくれば、是非ともお目にかかりたいと思ってさあ」

「それでわざわざ覗きに来たってのか?残念だったな、その美人とやらに会えなくて」

「なんでよ?俺様の目の前にいるじゃない」

「………………」

さっきの話しぶりからして、レイヴンは『フレンの恋人』を演じているのがオレだという事を知っていたはずだ。でなきゃ、オレが女騎士の格好してるのを見に来た、とは言わないだろう。

どいつもこいつも、オレの事をからかって面白がりやがって。

オレはにやにやしながらこちらを見るレイヴンに一瞥をくれて、吐き捨てるように言った。

「言われなくてもわかると思うが、頼まれて仕方なくやってるだけだ。そうじゃなきゃ、誰が好き好んで女の格好なんかするかよ」

「ふーん?」

「だいたい、そっちこそ何だってそんな格好してんだよ。あんたはもう、『レイヴン』なんだろ」

「女子の宿舎でウロウロしてて、もし見つかっちゃったら大変でしょ?こっちの格好のほうが色々ごまかし利くじゃない。現にさっき案内してくれた騎士の人、俺様を見て恐縮しまくりだったわよ〜?」


…最低すぎる。
もうツっ込む気力もない。

へらへらと笑うレイヴンを睨みつつ、オレは話題を変えることにした。
格好の話はもう充分だ。


「…おっさん、オレがやってる『仕事』についてはどれくらい知ってんだ」

「まあだいたいはね。なんかズルして入団した娘さんがいるんでしょ?しかも縁談の相手?フレンちゃん、困ってるみたいじゃない。青年も大変よねー」

「……全くだよ」

オレは壁にもたれてため息を吐いた。
まるで人事のように話すレイヴンに、少し苛立っていた。



その件に関わっている騎士の男が今日、やっと動いた。オレとフレンはそれぞれ今後の動き方を確認したばかりだったが、まさか同じ日に再び動くとは思ってなかった。

オレは初め、宿舎の様子を窺うレイヴンをその男ではないかと思った。
だからこそ慎重に近付いて見れば正体はよく見知ったおっさんで、しかもやってる事が非常にくだらない。

もしオレの事を知らなかったとしても、ここは女子の宿舎だ。そんなところにわざわざ、しかもシュヴァーンの姿で覗きに来るとかいうのが信じられない。

緊張の糸がぷっつり切れたオレは、昼間の事もあって疲労がピークに達していた。

「そんで?おっさん。話はそんだけか」

「ん?そんだけって?」

「あとはフレンに報告するだけだってんなら、さっさと行ってくんねえかな。疲れてんだよ、オレは」

「えー、今から行けっての?」

「知るかよ。フレンならまだ起きてるだろうけど、急ぎじゃねえんなら明日にすりゃいいだろ。ここに泊めてやるわけにいかねえんだから、さっさと出てけよ」

くどいようだがここは女子の宿舎だからな。
例えオレが男で、レイヴンが騎士としてどれだけの地位にあろうが、泊めるのは無理だ。
だいたい、普通は異性を連れ込む事自体が不可能だってのに、今こうしてこいつがここにいるのもかなり特別扱いに違いない。

…冷静に考えてみると、結構マズいことをしたような気がする。

腕組みをして考えるオレをレイヴンが椅子に腰掛けたまま覗き込んだ。

「どったの、青年?」

「…いや、別に」

「そう?…実際のとこ、フレンちゃんとはどうなのよ」

「どう、って、何が」

質問の意味がわからず聞き返すオレに、レイヴンが微妙な表情をする。

「いや何がって、付き合ってんでしょ、おたくら」

「…………なんだと?」

「違うの?」


どう答えればいいのか迷った。
付き合ってるという表現が正しいかどうかはともかく、一般的な友人としての関係でないのはわかってる。
だがそれはおおっぴらに言うような事じゃないし、フレンにしたって別に恋人の『正体』を公表するつもりはないはずだ。

何よりオレは、親しい仲間にこそあまり知られたくなかった。

「…仕事で『フリ』してるだけだ」

「そうなの?」

「だいたい、おかしいだろ、男同士だってのに」

「んーまー、そういう場合もあるし。おっさん、理解はあるほうよ?」

「そんな理解いらねえよ……おら、くだらねえ事言ってねえで、そろそろ帰れ」

これ以上突っ込まれたら面倒だ。

そう思い、追い出すように手をひらひらと振った。
すると下がった袖口から覗いた腕に、レイヴンの視線が注がれる。

「どったの青年、その腕」

「ああ…昼間、ちょっとな」

かい摘まんで説明すると、レイヴンは立ち上がって軽くオレの腕に触れた。

「いって!」

「あーごめん!でもそんな強く触ってないわよ?…あー、結構腫れてきてんな、こりゃ…」

気遣わしげに触れてくる様子は、本当に心配してくれているようだ。

「骨に異常はなさそうだけど、明日になったらちゃんと診てもらったほうがいいんでない?」

「…そうするよ」

「全く、大事な恋人にこんな怪我させて、フレンちゃんったら仕方ないねえ」

「だから違うっつってんだろ!?もういい、離せ!!」

腕を振り払うと思い切り睨みつける。

「またまた照れちゃって〜」

「うるせえ!それ以上余計なこと言ってみろ、ぶん殴るぞ」

「ムキになるところが余計に怪しいんだけど?」

「この…」

一瞬でも心配させて申し訳ないと思った自分が馬鹿だった。
完全に面白がってるだけだ、このおっさんは。


「フリしてるだけだって言っただろうが。いつまでもくだらねえ事言ってねえで帰れよ!」

「えー、ホントに付き合ってないの?」

いい加減、我慢の限界だった。



「くどい!!付き合ってるわけねえだろ!!!」



今までで一番大きな声に、レイヴンがさすがに一歩引く。
しかしその視線はオレを通り過ぎ、さらに後ろを凝視して固まっている。

「…?どうした、おっさん」

「…青年、うしろ」


指さされるままに振り向くと、いつの間にか開けられたドアの向こうには、嫌になるぐらいよく知っている、空色の瞳。






「…フレ、ン」

「何を騒いでいるんだ?…ずいぶんと楽しそうだね」

「………………」


全身の血が音を立てて引いていく気がした。
何故かはわからないが、非常によろしくない状況のように感じる。

フレンの顔には、例の笑顔が張りついている。

眼が全く笑っていない、見る者が凍りつくような笑顔が。



「…シュヴァーン隊長」


オレの横を通り過ぎ、フレンがオレとレイヴンの間に入る。
怖くて振り向けないでいると、何やら小さく悲鳴のような、よくわからない声が背後から聞こえた。


「『彼女』に何かご用ですか?」

「……いや、その」

「こんな時間に『女性』の部屋を訪ねるなんて、全く誉められた事ではありませんよ」

「も、申し訳、ない…」

やけに『女』を強調するな、と思って顔を上げると、開いたままのドアの陰に一人の騎士の姿があった。
レイヴンを案内してきた奴だ。
はらはらしながらこちらを窺っている。


「お話は僕の部屋で伺います。………ユーリ」

ドアの陰に隠れている騎士に聞こえないぐらいの声で名を呼ばれて、オレは恐る恐るフレンに顔を向けた。

「……なんだよ」

「明日。ちゃんと説明してもらうよ」

「………………」


それだけ言うと、フレンはレイヴンを連れて部屋を出て行った。



もう何を考えるのも億劫で、オレはベッドに身を投げた。





ーーーーーー
続く