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オトコノコとオンナノコの違い









下町の広場に歓声が響く。

水道魔導器が使えなくなって以来止まったままだった噴水から、再び水が溢れ出したからだった。

ただ、既に『噴水』ではない。魔核があった場所に井戸を掘ったのだ。ユーリが先頭に立って指揮を執り、下町の住民が一丸となって、ろくな道具もない中での作業が漸く実を結んだ。
みな泥だらけになりながら、それでも広場は笑顔で溢れていた。



「やったなユーリ!」

「ああ…ったく、結構な手間だったぜ。あーあ、泥まみれだよ」

顔に付いた泥を手の甲で乱雑に拭いながら悪態をつく。泥は拭われるどころか、余計に面積を広げてユーリの顔を一層汚してしまった。

「はは、おまえ、女になっても変わらないなあ」

「ほんとほんと、全く、美人が台無しだぞ?」

「美人とか言ってんじゃねえよ…」


身体が女性になったからと言って、これまで生きてきて染み付いた振る舞いが変わるものでもない。
相変わらず口は悪いし、素っ気ない態度もそのままだ。
変わったとすれば、周囲の…特にごく一部の人物、のほうだった。



「ユーリっっ!?」


聞き慣れた声に振り返ると、そこには市民街へと続く坂の途中、呆然とこちらを見たまま突っ立っている幼馴染みの姿。


「ようフレン、どうし…」

ユーリが言い終わるより早く、猛然とダッシュして来たフレンがマントを引きちぎるようにして外し、ユーリの身体に巻き付ける。
ユーリは広場の地面に後ろ手をついて座り込んでいたのだが、その上半身はあっという間にマントでぐるぐる巻きにされてしまった。
ユーリ本人のみならず、周囲で共に談笑していた若者達も、呆気に取られた様子でフレンの所業をただただ見守っていた。


「…何やってんだおまえ…」

突拍子もない行動に、不覚にもされるがままだったユーリが口を開く。
訳が分からない、といった様子で見上げてくるユーリに、フレンは片膝をついて屈み込むと、両手を伸ばしてその細い身体を抱き上げた。

「うぉわ!?っちょ、何しやがる!!」

俗に言う『お姫様抱っこ』というやつだ。
足をじたばたさせて暴れまくるユーリの様子など全く構うことなく、フレンはそのまますたすたと歩き出した。
周囲の視線が集中し、ユーリの顔が耳まで赤くなる。

「おいフレン、降ろせって!!どこ連れてく気だ!?」

「どこって、君の部屋だけど」

「へ?いやオレまだ片付けとか……ちょっと、聞けよ!!」

「そんなの彼らに任せておけばいいよ。ユーリは先にこっち」

「そんなの、って……こっちってどっちだよ!?だから降ろせってば……!!」


フレンに抱えられたまま喚き散らすユーリの姿を見送って、若者達は溜め息を吐き、またある者は肩を竦めた。

「…気持ちは分からないでもないけどなあ…」

「気にしすぎだよな、あれはさ」

「気にしすぎ、ってか気になって仕方ないんだろ」

「わかりやすいよなあ…」

やれやれ、といった様子で後片付けを始める若者達が、ユーリとフレンをどう見ているのかなど、当の本人達は知る由もなかった。









結局、箒星までの短い道すがらもさんざん視線を浴びまくり、部屋に着いて漸く解放されたユーリがまず行った事、それはフレンに対する鉄拳制裁だった。
一発では到底足りない。
二発、三発と殴り掛かるその拳から逃げ回るフレンを、ユーリが怒鳴り付ける。

「てめぇこの、避けんじゃねえ!!」

「普通避けるだろ!?何でそんなに怒ってるんだ!」

「何でだと!?姫抱きで運ぶとか恥かかせやがって、そっちこそ何でこんな真似したんだよ!!」

「なん……う、うわあああ!!」

突如、叫び声を上げながら後ずさるフレンの姿に、振り上げた拳もそのまま、ユーリは動きを止めた。
顔を赤くして必死で顔を背ける様子に、ふと自分の姿を確認する。フレンの反応から想像できる原因など、一つしかない。

巻き付けられたマントは中途半端に緩み、辛うじて腕に引っ掛かったまま今にも滑り落ちそうだ。
噴き上がった水をかぶって濡れた髪や上着が肌に張り付き、あちこち泥で汚れている。
その上着は以前のように大きく前が開かれ、今しがた暴れたために胸はほぼまる見え状態だった。
作業するのに苦しいので前を開けていたのではあるが。

「…おまえ、どこ見てんだよ」

「どど、どこ、って、仕方ないだろ見えてしまったものは!!またそんな、前を開けたりしてるから…!!」

「苦しいんだからしょうがねえだろ」

「…とにかくそのままじゃ風邪を引く。早くシャワーを浴びて来てくれ!!」

そのために連れて来たんだから、と言われ、ユーリはこの幼馴染みの行動に心底呆れ果てていた。

びしょ濡れになって汚れたのは、何も自分だけではない。それにこの陽気ならばすぐに乾くだろう。以前の…男の時分であれば、その場で注意こそすれど、あのような手段で無理矢理連れ帰るような事まではしなかった筈だ。
服装がはしたないとか言われても、同じ程度かそれ以上に露出の激しい格好の女性だっているではないか。カウフマンとか、ジュディスとか。
自分を心配してくれているのは分かる。原因は自分にあるという事も。


二十年以上の月日を男性として生きて来た自分が女性になるなど、想像した事もなかった。だがその変化はあまりにも唐突に訪れ、ユーリはパニックに陥った。
心配そうな様子の仲間達の前では、何とか耐えた。
しかし自分の部屋に戻って気が抜けた途端、言い知れぬ不安に襲われたユーリは激しく取り乱し、自分を部屋まで連れて来てくれたフレンに当たり散らしたのだった。
泣き叫ぶユーリを優しく抱き締め、落ち着くまでずっと背中をさすってくれた掌の温もりは、今も忘れていない。あの場にいたのがフレンで良かったと、心から思っていた。

落ち着いてから冷静に考えてみると、相当に恥ずかしい状況であった。ほんの数日前まで男だった相手を、フレンは何故あのように抱き締める事が出来たのか。同じ事をフレンにしてやれるかと聞かれたら、即答する自信はユーリにはなかった。勿論、放っておいたりなどしない。ずっと傍にいてやるとは思うのだが。


あの日から、ユーリに対するフレンの態度は変わったように思う。いや、確実に変わった。
だが、その心配の度が過ぎているような気がするから、ありがたいとか申し訳ないとかの前に呆れてしまうのだ。風邪を引くのを心配したからといって、その相手を抱いて自宅まで送るなどという行為は、果たして一般的と言えるのかどうか。

あれから既にひと月が経とうとしている。身体が元に戻る気配もなく、ユーリは半ば諦めていた。特に不調があるという訳でもないから、あまり過剰に心配されると逆に疲れてしまう。

顔を背けたまま固まっているフレンに向けて小さく息を吐くと、ユーリはタオルを手にバスルームへと足を向けた。




シャワーの音を聞きながら、フレンはのろのろとその場に蹲る。
膝を抱え、頭を埋めて小さくなる姿からは、とても彼が騎士団のトップである事など想像できないだろう。


だって、ユーリがあまりにも変わらな過ぎて困るのだ。

あの日、ユーリはユーリだ、と言って慰めたのは自分だ。その想いは勿論、変わらない。
だけど今のユーリは美しい女性で、それなのに中身は男性であった時のままで、見ていて非常に危うい。
自分達の事を良く知る人達ばかりの下町ならば、まだいいのかもしれない。今日、部屋に着いた時もまた、扉に鍵は掛かっていなかった。それは信頼の証かもしれないし、単にその辺りに頓着しないだけなのかもしれない。

でも、もし、何かあったら。

そう考えたら不安で仕方がない。
無防備な姿を晒すなと、いくら言ってもすぐにこの始末だ。ユーリが気をつけてくれないのなら、自分が気をつけるしかないじゃないか。
どうしたら分かってもらえるんだろう、と考えていたら、ふとある方法が頭に浮かんだ。
しかし次の瞬間、その考えを打ち消すようにフレンは勢い良く立ち上がると、ぶんぶんと頭を振った。

有り得ない。

ユーリが女性になったからといって、そんな事を考えるなんて。
…現金だな、と言われたあの夜、確かに自分はそれを否定しなかった。

だからと言って、発想が飛躍しすぎだ。
大体、ユーリは今でも男性に戻りたいと思っている筈で、自分もそれを望んでいるのではなかったか。

もし、戻れなかったら。
その時は、自分が―――

(そうすれば、ずっと守ってあげられる…?)

思わずその“光景”まで想像、いや妄想した自分自身に耐えられなくなり、一旦頭を冷やそう、とフレンは部屋の外へ出た。




数分後、部屋に戻ったフレンは、上半身裸で髪を拭くユーリを目の当たりにして、またしても情けない叫び声を上げる事となり、ユーリもまた、堪らなくいたたまれない気分になるのだった。



「気にしなさ過ぎてこっちが恥ずかしいよ……!!」

「気にされ過ぎて恥ずかしくなるだろ……!?」



互いに同じくらい顔を赤くして、しかし会話はどこまでも平行線を辿るだけだった。





ーーーーー
続く
▼追記

オトコノコは頑張ります

フレ♀ユリ、「オンナノコは大変です」の続編です。
フレン視点。







僕の親友が、女の子になってしまった。


幼い頃を共に過ごした幼馴染みでもあるユーリは、間違いなく男性だった。
それが、何故かはわからないけど女性になってしまったんだ。

理由、というか仮説はリタに聞かされたけど、元に戻れるかどうかは分からないらしい。
皆の前では平静を装っていたユーリだけど、本当はかなり動揺していた。
状況確認のために集まったかつての仲間には城で休んでもらうことにして、僕はユーリを下町の彼の部屋に送ることにした。
箒星までの道中、彼はずっと俯いたままで、ひと言も喋らなかった。



「ユーリ、着いたよ。鍵、開けて貰えるかい?」

「…鍵なんかかかってねえよ」

「ええ!?無用心だな」


取っ手を握って軽く押せば、確かに鍵はかかっていなかった。

「ほら、中に入って」

「…おう」

部屋に入って扉を閉め、灯りを点けようとしていると、背後からずるずるという物音がした。
振り返ったそこには、扉にもたれて力無く手足を投げ出し、座り込むユーリの姿があった。
慌てて駆け寄って自分もしゃがみ込み、声を掛ける。

「大丈夫?どこか身体の具合がおかしいのか?ユーリ!」

「具合ってか…身体はもう、おかしいだろ」

「ユーリ…」

暗い部屋に浮かび上がるユーリの顔はとても白くて、まるで人形のように生気がない。
少し柔らかくなった輪郭も、長さを増した気がする睫毛の下の瞳も綺麗だと感じたし、女性としての身体つき、というか、プロポーションはとても素晴らしい…と思う。
でも今はその現実の全てが、ユーリを苦しめていた。

「なあ…オレ、戻れんのかな」

「それは…。リタがいろいろと考えてくれてるようだけど…」

「二十年以上、男だったのに、今更女とか、無理だっての」

「ユーリ、大丈夫だから、そんな…」

「何が大丈夫なんだよ!?」

突然大きな声を出して僕を睨んだその瞳からは、涙が溢れていた。
こんなふうに泣くユーリを見るのは初めてだ。

「嫌なんだ、気持ち悪いんだよ!!自分の身体じゃない気がする、なんかおかしいんだ!!」

「ユーリ、落ち着け」

泣き叫ぶユーリの肩を掴んで言うと、余計にユーリは逆上してしまった。

「落ち着けるわけねえだろ!?自分でもわかんねえけど、不安でしょうがねえんだよ!気持ち悪い…、女になると気持ちまで弱くなんのか?なあ、どうなんだよ!?」

気持ち悪い、と連呼する姿が痛々しくて、見ていられなかった。
急激な身体の変化に、精神が追いついていない。僕にはそう見えた。


「なん、で、オレばっかり……。もう、嫌、だ…」

「……!!」

普段のユーリなら絶対にこんな言葉は口にしない。相当追い詰められている。
そう思った次の瞬間、僕はユーリの肩を引き寄せ、その細い身体を強く抱き締めていた。
なんでそんな事をしたのかわからない。
でも、そうしないとユーリが壊れてしまうような…、そんな恐怖を感じていた。

「…っく、フレ、ン…っ」

「大丈夫、大丈夫だから。ユーリはユーリのままだ、だから、大丈夫だ…!」


しゃくり上げるユーリの背中を優しくさすって落ち着かせる。
徐々に呼吸が穏やかになってきても、僕はユーリを抱いたまま動かなかった。





どれくらいそうしていただろう。
ふいにユーリがもぞもぞと動いたので、僕もユーリの髪に埋めていた顔を上げてユーリを覗きこんだ。


「ユーリ?」

「…わり。みっともないとこ、見せちまった」

「落ち着いた?」

「ん。…てかこの体勢、どうなんだよ」

僕とユーリは向かい合う形で床に座って抱き合っている。
僕の脚の間にユーリが収まっていて、ユーリの脚は大きく前に…、僕の後ろに投げ出されている。
つまりまあ、対面座位というか、そんな感じだ。
…多少の知識はあるんだ、僕だって。

「現金だなーおまえ。オレが女になった途端これかよ」

「これって何だよ!?君こそさっきまであんなにしおらしかったのに…」

すっかり普段の調子に戻ってしまったかのようなユーリの様子に安堵すると同時に、なんだか少し残念になる。
…なんで残念なんだろう、僕。

「もう大丈夫だから、離せよ」

言って僕の肩に手をかけ、立ち上がろうとしたユーリの腰を引き寄せて再び抱き締める。
ほとんど無意識だった。

「っちょ…、離せって!」

「いやだ」

「やだっておまえ…あ!痛いっての!!」

腰に回した腕に力を込める。
もともと細身ではあったけど、さらに細くなった身体は、このまま強く抱いたら折れてしまうんじゃないかと思うほど頼りない。


(女の子、か…)


共に育ち、戦ってきた大切な親友の性別が変わってしまったのに、僕はそれほど驚いていなかった。
いや、驚いたけど、不思議なほどすんなりと受け入れていた。
僕にとって、ユーリはユーリだ。
でも、今までとは別の…、何か、大切にしなければ、という思いが生まれていた。

「ちょっと、おい!苦し…っ、胸、胸が潰れる!!」

そろそろユーリの我慢も限界かな。仕方ない、怒りだす前に解放してあげよう。

「まったく…。こないだまで男だった相手に何してやがんだ、てめえは」

立ち上がって服の汚れを落としているユーリは少しふて腐れた様子で頬を膨らませている。
なんか、可愛いな。

「…今夜はずっと、一緒にいてあげるよ。だから安心して、ゆっくり休んで」

「は?何言ってんだよ、おまえ明日も仕事だろ?…てかむしろ安心して休めないっつーか」

「どうして?この前まで男だった相手に、何かするとでも思ったのか?」

わざとそんなことを言ってみると、月明かりに照らされたユーリの頬がさっと朱に染まるのが見えた。

「……っ、勝手にしろ」


背中を向けてしまったユーリを見つめながら、僕は何故かとても穏やかな気持ちだった。


「…ほんと、現金だな、僕は」


小さく呟いた僕の言葉は、君に聞こえてしまっただろうか。

風もないのに、微かにユーリの髪が揺れるのが見えた。






ーーーーー
終わり
▼追記

オンナノコは大変です・2

続きです。







「ユーリ、いるんだろう?大丈夫かい?……ユーリ!?」

聞き覚えがありすぎる声と、扉をノックする音でユーリは目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったらしい。

できればこのまま眠らせてほしかったが、いつまでも無視を決め込んだところで余計に「彼」を心配させるだけだろう。


「…開いてるぜ。入って来いよ」

お邪魔します、と律儀に言いながらフレンが部屋に入って来る。

「また君は…。ちゃんと鍵をかけろって言っただろう?」

「盗られて困るようなモノもないし、別にいーんだって」

「そういうことじゃないよ、全く…」

警戒心が薄すぎる、とかぶつぶつ言いながら、フレンは手にしていた紙袋の中身をテーブルに置いていく。

「なんだ、それ?」

「みんなからのお見舞いだよ。きっと動くのも億劫になってるだろうから、って」

「見舞いって…、別に病気じゃねえんだけど」

ユーリは苦笑しながらテーブルの上に置かれた品を眺めた。パンや果物、菓子等のようだ。と、その中に見慣れない固まりを見とめ、フレンに尋ねてみる。

「なあ、あのタオルみたいな…そう、その黒いやつ。なんだ?、それ」

ああ、と言いながらその固まりを手にして、フレンがベッドに近づいてきた。
起き上がったユーリの隣にそのまま腰掛けると「それ」を広げて見せる。

「腹巻き」

「……………………」

「レイヴンさんから。冷やすのは良くないから、って」

「……あのおっさんは……」

言ってることは間違ってないが、微妙に腹が立つ。

「着ける?」

「…気が向いたらな」

そう、と言って傍らに腹巻きを置いたフレンがユーリに向き直る。心配そうな顔でじっと見つめられて、ユーリは何故か堪らなく恥ずかしい気持ちになった。


「…どんな感じ、なんだい?」

「は?」

「いや、だから…その、痛み、とか、体調とか…」

「…ああ」


ユーリもそうだったが、女性とこのような話をする機会などなかった。あったとして、こちらから詳しく聞くことも気恥ずかしい話題だ。
ジュディスあたりなら気にしないかもしれないが。

「んーと、まず下腹がなんか痛い。あと腰。」

「なんか、って…。それじゃわからないよ」

「一言で説明しづらいんだよ。こう…鈍痛っての?内側が、っていうか…」

「はあ」

説明しても想像のしようがないだろう。ユーリ自身もそうだったのだ。

「で、熱があるってわけじゃないけど…なんか身体が火照るっていうか、そんな感じ。微妙に汗もかくし…とにかく最悪な気分だな」

「そ、そうか…。大変なんだな。…女性はみんな、そんな大変な思いをしてるんだね」

「いや、かなり個人差あるらしいぜ?何ともない奴はとことん平気らしいし。オレも自分がどの程度かよくわかんねーけど、ちょっと辛いな」

ユーリは大きく溜め息を吐くと、そのまま再びベッドに横になった。

「ご、ごめん、辛いのに無理させて…。お見舞いに来たのに、何してるんだろうな、僕は」

慌てて謝るフレンがなんだか面白くて、ユーリは吹き出してしまう。

「…なんで笑ってるのかな」

「いや別に」

フレンは黙ったまま暫くユーリを見下ろしていたが、やおらユーリの下腹部に左手を伸ばして撫ではじめた。

「っ…!?なっ…何」

「痛いのはこの辺り?」

ユーリは慌ててフレンの腕を掴み、自分の身体から引き剥がそうとした。だがフレンは空いている手でユーリの肩を押し、そのままシーツに身体を押し付ける。

「何すんだよ!?」

「いいからおとなしくしてなよ。力入れたら辛いだろ?」

傍から聞いたら誤解されること間違いなしのセリフをさらっと吐いて、フレンは再びユーリの腹を優しくさすり始めた。

「………………」

恥ずかしい。情けない。でも暖かい。感情が複雑になりすぎて思考が追い付かない。
何か言ってやりたかったが、結局言葉が出て来なくて、ユーリは大人しくされるままになっていた。


「…少しは楽になったかい?」

「…ぅえっ!?あ、ああ」

「何て声出してるんだ」

「おまえのせいだろ!?いきなり妙なことしやがって……!!」

「妙なことって…ひどいな。少しでも君の辛さが和らぐなら、って思ってやったのに」

笑いながら言うフレンの前で、ユーリの顔がみるみるうちに赤くなっていく。先程から、なぜこんなに恥ずかしくなるのかわからなかった。

「…っ、どうせこれから毎月なんだ、気休めだろ。そのうち慣れる」

気休めね、と笑うフレンの表情からふと笑みが消えた。

「フレン?どうした?」

「気休めかもしれないけど…」

肩に添えるだけになっていた右手がすい、と上がって優しくユーリの頬に触れる。

「僕は君の辛そうな姿を、見たくないから」

「な………」


ユーリの思考はもはや完全に正常な判断ができなくなっていた。
自分とフレンは友人だ。一時は対立もしたが、かけがえのない親友だと思っている。
だがここ最近のフレンの、自分に対する態度は一体何なのか。単に友人を気遣かっての態度にしては何かが違いはしないか。
だって自分はほんの一ヶ月前まで男性だったのだ。それが女性になったからといって、急に……。急に、なんだ?自分は今、何を考えた。


「ユーリ?」

黙り込んでしまったユーリの顔を、フレンが心配そうな様子で覗き込んできたが、ユーリはまともに顔を合わすことができなかった。

「…何でもねえよ。ちょっと…やっぱしんどいからさ、寝かしてくんない?」

暗に帰ってくれ、と言ったつもりだったのだが、どうやら伝わらなかったらしい。

「ああごめん、寝てていいよ。…ココア作って来てあげるから」

「いや、あの」

「あのさ、ユーリ」

「…なに」

「僕は君が、男でも女でも構わないんだ。どちらでも、僕の大切な人である事に変わりはないんだから」

「…………っっ、恥ずかしいヤツだな!もう帰れよ!!」

とうとう大きな声を上げてしまったが、フレンは再び軽く笑うだけだった。
ココア作ったら帰るよ、と言いながらやっと立ち上がったフレンの背中をユーリはしばらく睨みつけていたが、やがて大きく息を吐いてベッドに潜り込んだ。

そんなユーリの様子を肩越しにちらりと見て、フレンは手にしたミルクと鍋に視線を落とす。そして一言、呟くように言った。

「…やっぱり女の子のほうがいいかな。ちゃんと結婚、できるしね」


一瞬、ユーリの身体が跳ね上がった気がした。





ーーーーー
続く
▼追記

オンナノコは大変です

フレユリ・ED後 ユーリ女体化 女性特有の悩みの話。






「……あー…しんどい……」


下町の自室のベッドに突っ伏して、ユーリは呻いていた。

仲間達と共に星蝕みを倒してから早やひと月。ようやく己の身に起きた劇的な変化に慣れてきたというのに。

「女のほうが楽かも、とも思ったが……。甘かった、な」


ユーリを悩ませているもの、それは「生理痛」であった。


あの戦いの数日後、ユーリの身体は女性へと変化していた。
リゾマータの公式がどうとか精霊の影響がどうとかもっともらしいことを何やらリタが喚いていたが、どうせ理解できるはずもない。原因の究明はリタに任せたが、今では実質、諦めたようなものだった。

当初はあまりの衝撃にらしくなく取り乱したりもしたが、しばらくして落ち着きを取り戻してみると、もう「なってしまったものは仕方ない」と思うしかなかった。

男であった時に比べて若干身長が縮み、腕力も落ちた。
だがもともとそこらの奴らが束になっても敵わない強さだったし、女性になったからといって剣の技量が失われたわけではない。
日々の鍛練は欠かせないが、それほど困ることはなかった。大体、エステルやジュディスは生まれついての女性である。女性だからといって、戦闘において特に問題はなかった。


女性になって良かったこと、といえば、やたら周囲の男どもが優しくなったことだ。
初めのうちは鬱陶しい上に気持ち悪いことこの上なかった。
特に幼なじみで親友の、フレンの自分に対する態度の変化には戸惑いを通り越して呆れる程だ。何かと特別扱いされるのは嫌だったが、ちょっとした面倒……例えば荷物持ちとか、もともと好き好んでやりたいわけではないことに関しては非常に便利、もとい助かっている。ただ、そう思えるようになったのはごく最近の事だ。当初はそれが情けなくて仕方なかったのだ。

魔性ね、とジュディスは言うが、断ったところでどうせ聞かないのだからいいだろう。
フレンに限らず、ユーリに構いたがる男は多かった。

もっとも、そうさせてしまう「何か」が魔性である、ということにユーリは気づいていないのだが。


逆に面倒なのはやはり異性の自分に対する視線だった。
もともと胸元が大きく開いた服だったので、刺さる視線はジュディスに向けられるものの比ではない。そこそこ立派な胸だが圧迫されるのが嫌で、下着やサラシといったものは着けたくなかった。
しかし「頼むから隠してくれ」とフレンが泣きついたため、渋々鎖骨あたりまで上着の合わせを上げている。

面倒はもうひとつあった。視線だけではなく、直接的なナンパやらセクハラやらが日常茶飯事なのだ。
ダングレストの酒場に行こうものなら毎回酔っ払いどもの死体の山が築かれることになる。
もちろん、酔ってしつこくちょっかいを出した男どもがユーリに叩きのめされることによって、である。おかげでしばらく出入り禁止を食らってしまった。
フレンはユーリが一人で酒場に行く事を良しとしない為、当分の間、出入り禁止は解かれそうにない。どうやらフレンはユニオンに根回しをしているらしかった。

あそこの蜜蜜ザッハトルテは好きだったのだが、代わりにエステルやリタとスイーツの食べ放題に行ったりできるしまあいいか、と思うことにした。やはり男一人でその手の店には行きづらい。


そうしてようやく面倒事にも慣れてきたところへ、これである。それこそ未知の体験だ。これから毎月ではあるのだが。

初めてだからなのか、体質によるものか、ユーリの生理痛の症状はキツめのもののようだった。なんとかギルドの依頼と報告を終え、ようやく帰って来たのだった。

対処の仕方はエステルから聞いた。だが体調に関してはどうにもならない。

やっぱ男のほうが良かったかも、などと思いながら、重い身体をただただ恨めしく思うしかなかった。





ーーーーー
続く
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