想いの行き先・3

続きです。ユーリ視点。






「大丈夫なんかね、あいつ…」


フレンの部屋を後にしたユーリは、市民街をぶらぶらしながら零していた。


世界から魔導器が失われてからというもの、ユーリはギルドの仕事であちこちを駆けずり回る日々を送っていた。
責任は自分達にある。だが、一部の関係者を除き、魔導器が使えない世界になったことにユーリ達が深く関わっている事を知る者は少ない。
確実に不便になるのだ。必ず不満を口にする者が出て来るに決まっている。
ユーリ達だけがその非難の矢面に立たされることのないよう、国民への説明に際して最大限の配慮がなされたからである。


ユーリ自身は別段、発表されたところで構わない、と思っていたが、仲間達が辛い思いをするのは嫌だったから、黙って状況を受け入れた。

そのかわり、という訳ではないが、街の復興の手伝いや魔物退治など、出来る限りの事をする。

それが、かつて星蝕みを打倒した仲間全員の思いだった。

純粋な剣技以外の技は使えないし、怪我をすれば命を落とす危険性といったら以前の比ではない。
だが仲間がいるからなんとかやっていける。
そうして世界中を巡り、久しぶりに帝都に戻って、ユーリは真っ先にフレンの顔を見に行った。

心配だったのだ。

一人で頑張りすぎて、煮詰まっているのではないか。
そんなふうに思った。
新皇帝陛下からの信も篤く、部下からも尊敬され、頼りにされる。

だがフレン自身は、疲れた時、誰に頼ればいいのだろう。

それが自分であってくれればいい、とユーリは思う。
帝国騎士団長としてではなく、幼なじみで親友のフレン・シーフォとして、気兼ねなく話をして、少しでも悩みを軽くしてもらいたかった。どうせ、常に何か悩んでいるに決まっているのだ。

果たして久しぶりに会ってみれば、案の定というか、厄介事を抱えている最中であった。

(もうちょいオレ達を頼れってんだよ…。難しく考えすぎなんだっつの)

余程悩んでいるのか、会話の最中も終始固い口調だった。もっとくだけてくれていいものを。
帰り際には少し調子を取り戻したのか、「一緒に寝よう」なんて冗談を言ってはいたが。

「…とりあえず明日は、街を襲う魔物の情報でも集めるとするか」

ユーリは下町に向かって歩いていった。




「ユーリ、戻っておったんなら挨拶ぐらいしに来んか!」

翌朝、噴水広場に行くなりハンクスに見つかって怒鳴られ、ユーリは少々むっとしながら答えていた。

「いきなりそれかよ。相変わらず元気そうで何よりだな、じーさん」

「やかましいわ。全く、少しはフレンを見習え」

「いい加減それ、やめてくんねえかな…」

毎度の挨拶のようなものではあるが、いつまで言われ続けるのかと思うと少々哀しいものがある。

「そんな事よりじーさん、最近この辺りに魔物が出て来て困ったりしてねーか?」

「なんじゃ、フレンに聞いたか」

「まーな。で、どうなんだよ」

「ワシらの住むあたりはまだ被害に遭っとらんが、どうも南のほうの高台にある森のあたりで魔物が増えとるらしくての。隊商なんかが度々襲われとる」

「マジかよ…」

「うむ。そろそろ物流にも支障が出るかもしれんの。」

「護衛はどうなってんだよ?ギルドか?それとも騎士か」

「どっちも頑張ってくれとるが、魔物にやられても回復がままならん。尻込みするのも仕方ないかもしれんのう…。ま、そんな事では困るんじゃが…」

「…下町の警備は?」

「ん?ここらの騎士はちゃんとやってくれとるよ。どこやらでは役に立っとらん奴らもいるようじゃがの」


一口に「下町」と言っても広い。陳情書を出したのは別の地区の住民ではないか。ハンクスはそう言った。

「なるほど。ありがとな、じーさん。なんかあったらすぐフレンに言えよ。あと、オレらにもな」

「…ユーリ、無茶したら承知せんぞ」

「へいへい。大丈夫だよ、ったく」



ハンクスを見送って、ユーリは一人、考えていた。
南の高台か。確かエアルクレーネがあった気がするが、あの辺りは歩きで行くのは少々キツい。それに、途中で魔物に襲われないとも限らない。

「ジュディに頼んで様子、見て来てもらうか…」

とりあえずギルドの誰かに連絡を取る為、ユーリは市民街へと足を向けた。



「あらユーリ、久しぶりね」

「…あれ、ジュディ!?何してんだ、こんなとこで」


今まさに連絡を取ろうとしていた人物とばったり出会い、ユーリは驚いたがすぐに笑顔を浮かべる。
ラッキー、手間が省けた。

「なあに、そんなに私に会いたかったの?」

妖艶な笑みを浮かべて近づいてきたジュディスに向かい、ユーリはああ、と頷く。

「ちっと頼みたい事があってさ、連絡取ろうとしてたんだよ。会えて良かったぜ。帝都には何しに?」

「お仕事よ。最近、このあたりの陸路が危険ということらしくて、直接私に商品の運送を頼んでくる商人さんが少なくないの」

「こっちの頼みってのも、まさにそれに関係してるんだよ。な、今ちょっといいか?」

かい摘まんで事情を説明すると、ジュディスは二つ返事で頷いてくれた。

「分かったわ。とりあえず、森の様子を見て来ればいいのね?」

「ああ。どのみちオレらだけじゃ危険だし、何かするにしても他の連中と協力したほうがいい。ある程度、現状把握しといたほうがフレンも動きやすいだろうしな」

「ふふ、相変わらずお友達思いなのね。妬けちゃうわ」

「やめろって。…じゃあ、頼んだ。気をつけてな」

「ええ。まかせておいて」


去って行くジュディスを見送り、ユーリはフレンの元へ向かった。




「お邪魔しますよ、っと…。あれ、いないか」


いつも通り窓からフレンの部屋に侵入するが、そこには誰の姿もなかった。
まだ昼を少し過ぎたあたりだ。執務を終えて戻るのは、もう少し先だろう。

(ま、何の約束もしてないしな…)

今日訪ねるという話もしなかった。思いがけず早く情報が集まったために、勢いでそのまま来てしまったが、よく考えたら早計だったかもしれない。ジュディスの報告を待って、明日あたり出直すか。それとももう少し待って、とりあえず現状だけでも話しておくか。

「どーすっかな……」


昨日訪れた際に「二人で寝る広さはある」と言われたベッドに無遠慮に寝転んで、ユーリはこれからどうするか、考えていた。







ーーーーー
続きます
▼追記

想いの行き先・2

続きです。



陳情書に目を通したユーリは軽く息を吐き、書類をフレンに返すとベッドに腰掛けた。そのままブーツも脱がずに胡座をかいてフレンのほうを向く。

「まあこんなこったろうと思ったがな」

「時々は自分で街の様子を見に行くことにしている。心配はしてたんだが、直接こんなものをもらうとは思わなかったよ」

「連中、なんでわざわざおまえが来るまで待ってたんだ?別に直接じゃなくても、駐留してる騎士にでも言やいいじゃねえか」

「…ユーリは意地が悪いな。その陳情書を読んだ上で、僕に説明させる気かい?」


陳情書には様々な訴えが書かれていた。それこそ、フレンがどうにかする必要のないものも少なくはなかったが、ユーリはどうしてもひとこと言ってやらないと気が済まなかったのだ。

「市民を護る騎士が、魔物に怖じけづいて任務放棄とはね。はっ、たいしたもんだ」


結界がなくなってから、各都市は城壁や砦を新たに築いたり警備の兵士を増やしたりといった対策を取っている。

エアルの乱れが収まり、魔物も幾分大人しくなったらしい。だがそれはあくまで戦闘能力がある者から見たらの話で、剣を持たない市民を護るために騎士団はより力をつける必要があった。

戦うのはまだいい。だが、傷を負った時、以前のように治癒術ですぐ治すというわけにはいかない。その為、怪我を負った騎士が魔物との戦闘に怖れをなし、街の近くに魔物が出て来ても退治のために動いてくれない、というのだ。

「ったく、ガキかっての…。そりゃオレだって痛いのは嫌だけどな、そんなら騎士なんか辞めちまえってんだ」

「…返す言葉もない」

勿論、全ての騎士がそんなわけではない。むしろ少数派だろう。だがたまたま、そのような者が警備にあたることになった地域の住民はたまったものではない。
駐留している本人にいくら言ったところで埒が開かず、時折視察に来るフレンに縋るしかなかったのだ。

「んで、どうすんだよ?オレ達の出番か?」

「君達にも依頼するかもしれないが…結局、一時凌ぎにしかならない。人員の再配置と、訓練の強化。後方支援のための精霊魔術の研究と習得。住民も、それを護る立場の者も、自らの役目が全うできるようにしていくしかない。」

「まあ…そうだろうな。でもな、フレン。もっとオレ達を頼れよ。ギルドの連中うまいこと使って、みんなで出来る事やろうぜ。何でもかんでも溜め込むなって」

「ユーリ……」

「…それとも、」

フレンの目を真っ直ぐに見つめる瞳が、ほんの少しだけ揺らいだ気がした。

「オレら、頼りないか?」

「……っ!そんな事はない!!」

思わず大きな声を上げたフレンを、ユーリは静かに見つめて言った。

「……。ちょっと、おまえの気持ちを確認したかったんだよ。試すような事言って、悪かったな」

騎士団とギルドの仲は以前ほど険悪ではない。むしろかなり良好といえるだろう。それでもまだ、どちらかだけが活躍すれば、いい顔をしない者が必ず出る。

ユーリからしてみれば、いちいち気にしていてはキリがないと思うのだが、生真面目なフレンはどうにかして双方のバランスを取ろうと必死になってしまう。

「ギルドの連中なんざ、んな細けえ事気にしてないって。つか逆にあんまり気ィ使ってっと、舐められてるとか言って、勝手に魔物退治しに行っちまうかも知れねーぞ?」

「それは君のところだけだろ?」

「ははっ、そうかもな。…とにかくさ、あんま難しく考えすぎんなって。まだまだこれからだろ?この世界は、さ」

「ユーリ………」

胸が苦しくて、フレンは何も言えなかった。皮肉混じりで口は悪いが、ユーリは一生懸命に自分を慰め、励ましてくれる。

彼と話をするだけで、心が軽くなる自分がいる。

自分とユーリは選んだ生き方が違っても、目指す先は同じなのだ。なのに、自分は事あるごとに躓いて、その度にユーリという存在に助けられている。

自分にとってユーリがどれだけ大切なのかということを改めて思い知らされて、フレンは苦笑した。

そうだ、きっとこの感情に名前を付けるとしたらひとつしかない。今さら自覚するなんて。

「何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪ぃな。ちっとは前向きになったか?」

フレンの気持ちを知る筈もないユーリがいつの間にか傍らに立って笑っていた。
このまま抱き締めたら彼はどんな反応をするんだろうか。
そんな考えを必死で振り払い、フレンは無理矢理に笑顔を作って言った。

「ありがとう、ユーリ。…大丈夫だ」

ユーリは一瞬眉をひそめたが、すぐに元の様子に戻って、そっか、とだけ言うと、部屋にやって来た時と同じように窓に向かって歩き出した。

「もう帰るのかい?」

「オレ、ずっとあっちこっち行ってて、久しぶりに帝都に帰ってきたんだよ。だから疲れてんの。今日はもう帰って休むから、おまえもさっさと寝ちまえ」

それが自分を休ませようとする為のユーリなりの気遣いだということは、フレンには痛いほどわかっていた。
それでもたまらなく寂しくなる。

もう少しでいい。あと少し、自分と一緒にいて欲しい。
そんな気持ちを抑えられず、思い切ってユーリに問い掛けた。

「…そんなに疲れてるなら、泊まっていくかい?」

しかし案の定というか、あっさり断られてしまった。しかもどうやら、というか確実にこちらの意図は伝わっていない。期待はしていなかったが。

「は?バカ言ってんなよ。城の中でなんてゆっくり寝られるわけねえだろ。余計疲れるっての」

「ここで寝たらいいじゃないか」

「ここで、って…」

ユーリは部屋を一瞥し、わけわかんねぇな、と呟く。

「ベッドひとつしかねえじゃん。おまえ、客を床に寝かす気かよ。それとも何、わざわざオレのために豪華な寝床を用意してくれんの?」

ふざけて言うユーリに、フレンは内心で溜め息を吐いた。
ユーリはフレンが自分の事をからかっていると思っているのだろう。だから同じように軽口で返しているだけなのだが、今のフレンはその反応が切なくて仕方ない。

「それでもいいけど、そのベッドも君と二人で寝るには充分な広さだと思うよ?」

「いい歳した大の男が二人一緒にぃ?ぞっとしないな」

「子供の頃はよく一緒に寝たじゃないか」

笑顔で話すフレンを横目に、ユーリは思いっきり溜め息をつきながらとうとう窓枠に足を掛けた。

「はいはいガキの頃はな。おまえやっぱ疲れてんだよ。そんな台詞はオレじゃなくて女誘う時に言ってやれ。…しばらく箒星にいる。下町の様子はオレも気にしといてやるよ。じゃあな!」



「…まったく…」

ユーリが消えた後の窓辺で揺れるカーテンを見つめ、フレンは胸の奥に生まれた熱をただじっと感じ続けていた。







ーーーーー
続きます
▼追記

想いの行き先

フレユリ、ED後 かなりフレ→→→ユリです。






星蝕みが消えて世界の脅威が去ると同時に、人類に様々な恩恵を与えていた魔導器もまた役目を終えた。

その選択を選んだ自分や仲間達に、後悔はない。この世界に暮らす人々も現実を受け入れてくれた。
だが、問題が全くないわけではない。今まで魔導器ひとつで簡単に出来ていたことの大半は、少なからず人間の労力を必要とするものになった。

リタ達魔導士が頑張ってくれているおかげで、少しずつではあるが代替エネルギーの研究も進み、そのうちのいくつかは既に実用化されている。それでも魔導器の利便性とはまだまだ比べるべくもないのが現状だ。


星蝕みの混乱から半年。徐々に世界情勢が落ち着くとともに、再び民衆の間から不満と不安の声が度々聞かれるようになってきた。


「ふう…」


若き帝国騎士団長、フレン・シーフォは今日、幾度目か知れない溜め息を零すと、今しがたまで目を通していた書類から視線を窓辺へと移した。


「よっ、相変わらず辛気臭い面してんな、騎士団長サマ?」

「君は相変わらず気楽そうな顔してるね、ユーリ」


言ってくれんじゃねーか、と悪態をつきながら窓から部屋に侵入してきたのはフレンの親友であるユーリだ。

腰まで届く艶やかな黒髪は相変わらず美しく、少しの傷みも見られない。ギルドの仕事で世界中を飛び廻っているにも関わらず、日焼けを知らないかのような男性にしては白い肌。
身長はフレンと変わらないがその体躯は若干細身で、しなやかに窓枠から飛び下りるとフレンの元へと歩み寄って来た。

「またなんか悩んでんのか?」

腰に手をあててフレンの様子を伺う瞳は真っ直ぐで、まるで星を散らした夜空のように静かな輝きを放っている。


彼のことを美しい、と思うようになったのは、いつの頃からだったのだろうか。最近、ユーリに会う度に自分でも理解し難い感情が沸き上がるのを抑えられず、フレンはユーリをじっと見つめていた。


そんなフレンの様子を怪訝に思ったのか、ユーリの表情が先程までの、どこか人をからかって楽しんでいるようなものから、少しだけ不安そうなものになる。

「フレン?…どうした」

「…ごめん。何でもない」

「何でもないって様子じゃねえなぁ。…マジでなんかあったのか」

「そういうわけじゃない。まあ…細かい問題は色々とあるけどね」

これ以上黙っていると何か余計なことを口にしてしまいそうな気がして、フレンは話題を逸らそうと思い、机の上の書類に顔を向けた。


ここはザーフィアス城内のフレンの私室だ。普段の書類仕事は公務室で行い、こちらへ持ち込むことはあまりない。

「何おまえ、自分の部屋に帰ってまで仕事してんのかよ。ちゃんと切り替え、したほうがいいんじゃねえの?」

「仕事、というほどではないよ。…いや、まだ正式に処理されていない、というだけだから、そのうち仕事になるんだけど」

「はあ?」

「そこにあるのは僕が直接、下町や他の街の人達からもらった陳情書なんだ」

「陳情書?」


ユーリは机の書類を手に取って、黙って読み始めた。







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すみません、変なとこですが切ります
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