フレユリ・皇族パロです。
少年期からスタート。











その少年は、胸元に小さな包みを大事そうに抱えて、一生懸命に駆けていた。

バザールの喧騒を抜け、人々の行き交う市民街の石畳をひた走る。息が上がって来た頃、下町に通ずる坂道が見えて、少年はその速度を緩めた。人の多い所はあまり得意ではない。ましてや自分のような下町の住人に、世間はそれほど優しくなかった。

下町の大人達は優しいけれど、そろそろその優しさに甘えているだけではいけない年齢になった、と思う。最近になって税はまた重くなり、ますます生活は苦しい。だからせめて自分の食べるぶんぐらいはどうにかしようと、少年はバザールの商店で仕事をするようになった。

仕事といってもそれほど大した事が出来るわけではない。店番に商品の陳列、荷運びや呼び込み。旅人相手の食堂での簡単な接客と給仕。その日毎にあちこちで仕事をし、僅かばかりの給金を貰って日々の糧を得る。そんな生活だった。
どんな仕事でも真面目にこなす少年は、その容姿も相俟ってバザールの人間やそこを訪れる客達の間でもなかなかの人気者となっていた。

今日はそういった、彼を気に入ってくれる客の一人から菓子を貰った。
菓子など滅多に食べられない。例え目の前に山積みになっていたとしてもそれは『商品』で、自分が手を付けていい筈もない。買って行くのは身なりの良い者か、またはそのような者の元で働く下男といった人間ばかりだった。
やり取りをしていれば、当然その値段を知ることになる。今の自分ではとても買う事のできないそれを、今日は好意によって得る事ができた。
菓子をくれた客は、誰かに取られてしまわないように気をつけて帰るんだよ、と優しく頭を撫でながら言った。だから少年はその包みを大事に抱え、安心できる場所まで走って帰って来たのだった。




下町へ戻って来ても、多少速度を緩めただけで少年は早足で坂道を下って行く。
そんなに急いでどうしたの、あまり走ると転ぶよ、と道々声をかけられ、またそれに律儀に挨拶を返しながらも少年は目的の場所へと急ぐ。
約束をしているわけではない。でもきっと待っている。だって、初めて出会ったあの日から、彼はずっと同じ場所で自分を待っていてくれるのだから。

あの場所まで、もう少し。
いつの間にか、少年は再び全力で駆け出していた。









街外れの空き地に、一本の楡の木が生えている。その根本に寝転ぶ『彼』の姿を見付けて、少年は顔を綻ばせた。
足を止め、呼吸を整える。胸いっぱいに息を吸い込んで、彼の名を呼んだ。



「ユーリ!!」



ユーリと呼ばれた少年がゆっくりと起き上がり、伸びをする。近付いて来る少年に、やはり笑顔で応えて片手を上げた。


「よーフレン!今日は早かったな」


昨日頑張ったから早く上がらせてもらえたんだ、と言いながらユーリの隣に腰を下ろし、フレンは手にした包みをユーリに差し出した。

「ん?何これ」

「お客さんから貰ったんだ。いつも頑張ってるご褒美だって」

「へえー、すごいな」

開けていいよ、というフレンに、ユーリは少しだけ不思議そうな顔をした。
薄紫の瞳をぱちぱちと瞬き、小首を傾げると艶やかな黒髪が頬に流れた。

「どうしたの?」

「だってこれ、おまえが貰ったんだろ?おまえが先に開けろよ」

「僕は中身を知ってるからいいんだ」

でも、と渋るユーリの手元に包みを無理矢理押し付け、フレンは柔らかな微笑みのままでユーリを見つめている。
じっと見られて気恥ずかしくなったユーリが渋々といった感じで包みを開くと、途端にその顔をぱっと輝かせた。

花が綻ぶような、という表現がぴったりだ、とフレンは思った。
そんな事を言ったらまた機嫌を損ねてしまいそうだから黙っていることにしたが、フレンはユーリの笑顔が大好きだった。だから、菓子の包みをユーリに開けてもらいたかった。
そうすれば、甘いものが大好きなユーリはきっと、笑顔を見せてくれる。お菓子よりももっと甘い、見ているこちらが溶けてしまうような、魅力的な笑顔。


それは初めて出会ったあの日から、フレンの心を捕らえて離さなかった。







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続く
▼追記