SWEET&BITTER LIFE・7(拍手文)





ひとしきり笑った後、ユーリはズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、トレーを避けてテーブルに少し乗り出した。

まだ余韻が残ってるのか、口元をニヤけさせながら携帯を持つ手をふらふらさせている。
笑いすぎて薄く涙の張った瞳で僕を見上げるようにしているユーリを見て、可愛い、と思ってしまう。

普段はどちらかと言えば『美人』と言ったほうがいいような気がするぐらい、ユーリは整った顔立ちをしている。本人は嫌がるけど、そう思ってるのは絶対に僕だけじゃない。
カフェでユーリの噂をしていた女の子達も、そんな事を言っていた。

でも、今日ここへ僕を誘った時と言い今と言い、ユーリはたまにとても子供っぽい表情をする。それがとても可愛くて、同時に胸を締め付けられるような…そんな感覚に陥る。
…あの女の子達は、ユーリがこんな表情もするという事を知ってるんだろうか。
できれば知って欲しくない。
親しい人にだけ向けられる筈の表情。
きっと、そうに違いない。僕が勝手に思っただけだけど、どこか確信めいたものを感じている。

もっと親しくなりたい。
そうすれば、僕は…

「おーいフレン、どうしたあ?」


ユーリが僕の顔の前で掌をひらひらとさせている。
どうせまた、僕があさってのほうに行ってると思ってるんだろうな。

「どうもしないよ」

「嘘つけよ、またボケっとしやがって。おまえ、そのトリップ癖どうにかしたほうがいいんじゃねえの?」

ほら、やっぱり。
でも違うんだ。君といる時だけなんだよ、こんなにも思考がまとまらなくなってしまうのは。

「癖なんかじゃないよ」

「そうかあ?」

「…君は分からなくていい」

何なんだ、と言って怪訝そうにユーリが僕を見ている。変に思われたかもしれないけど、理由なんか言えない。言ったらもう…変、じゃ済まないだろう。

…君に惹かれてるから、なんて…言えない。今は、まだ。
僕だって、気付いたばかりなんだ。
本当の理由を…いつか言えたらいいと、思う。

「…またトリップ…」

「違うってば。ちゃんと君を見てるよ」

「は…はあ?」

ユーリがますます怪訝な顔で僕を見る。まずい、そろそろ話を戻さないと。

「ええと…番号、教えてくれるんだ?」

「だからさっきからケータイ出してんだろ。…全然見てねえじゃん。さっさとおまえのも出せよ」

「う、うん」

僕も鞄から携帯電話を取り出した。

「じゃあユーリ、番号教えてくれ。入力するから」

「通信したほうが早いんじゃねえの?」

「え?通信?」

「…おまえホントに雑誌記者か?」

ちょっと貸せ、と言って僕の携帯を奪い取ったユーリが、勝手に何か操作をしている。

「ち…ちょっと!何してるんだ!!」

「履歴見たりしてる訳じゃねえから心配すんな」

「別に見られて困る事は…って、そういう問題じゃ……!」

「ほら、準備出来たぜ」

ユーリから返された携帯を見ると、何だか見慣れない画面になっていた。

「…受信待ち?いや、まだアドレス知らな」

「おまえな…」

思い切り呆れた様子で、ユーリが携帯を持つ僕の手首を掴んでテーブルの上に下ろし、自分の携帯を持つ手をその前に置く。

「じゃ、送信開始、っと」

暫くすると僕の携帯の画面にユーリの携帯からデータが送信されて来る。画面から顔を上げると、すぐ近くにはユーリの前髪が揺れている。テーブルの真ん中に身体を乗り出して自分の携帯を見ているユーリは、またあの子供っぽい笑顔を浮かべていた。
掴まれたままの手首が熱い。

「ん?」

ユーリはテーブルに肘を突いたまま、上目遣いで僕を窺って…だから、そんな表情されたら落ち着かないんだって…!

「あ、あの…ユーリ、今のは」

「赤外線通信しただけだろ。知らなかったのか?」

「…ああ…なるほど」

機能としては知っていたけど、使ったことはなかった。仕事で話をする相手といきなりこうやって携帯同士を付き合わせる事もないし、交換した名刺を見ながら後で直接入力する場合が多かった。
だからもう、こんな機能があった事なんかすっかり忘れてた。

「なんだおまえ、もしかして機械とかダメな人?」

ニヤニヤしながらユーリが手と身体を離して座り直す。僕もテーブルから離れて、溜め息を吐いた。

「そんな事ないよ。普段使わないから、完全に忘れてただけだ」

「ふうん?ま、そういう事にしといてやるよ」

「あのね…」

勝ち誇ったように笑うユーリにむっとしつつ、番号を登録しながら僕は逆にユーリに聞いてみた。

「そういうユーリはどうなんだ。機械とか、得意なのか?」

「いや、別に」

「………」

あっさり言われて閉口する。

「どっちかって言うと、そんな得意じゃないかもな。まあ、こんなもんは必要最低限の機能さえ使えりゃいいんだよ」

「まあそうなんだろうけど。じゃあなんで僕にはそんな事を言うんだ」

「ん〜?何となく。おまえ、からかい甲斐があるっていうかさ」

「…『面白い奴』って?」

「そうそう。ま、最初に会った時は『変な奴』だったからな。それに比べりゃマシだろ?」

「普通、そういうのってあまり本人には言わないんじゃないかな…」

「何だよ、怒ったのか?」

「…別に」

マシになった。
僕自身、そう思ってるから怒ったりはしてないけど、面と向かって言われると何だか切ないのは何故だろう…。

「んだよ…ほんと冗談の通じねえ奴だな」

「ち、違う!怒った訳じゃないよ!」

「…ま、オレもこないだ教えてもらったばっかなんだけどな」

「は?な、何が?」

「さっきの通信。オレも使った事なくてさ。つか、そういう機能そのものを知らなかった」

そういう意味じゃおまえ以下だな、なんて言いながら笑うユーリには、少しも悪びれたところがない。結構、酷いこと言ってないか?
…別にいいけど。

「じゃあ、教えてもらってからは僕が初めての通信相手なんだ?何だか嬉しいな」

「…やっぱ変な奴だよ、おまえは」

テーブルの端に寄せていたトレーを戻し、ユーリはまたケーキを食べ始めた。いつの間にかケーキは既に残り1/3程になっている。

…甘党の域、越えてないか?ユーリも変わってるんじゃ、なんて言ったら何を言われるか分からないから言わない。
確実に機嫌も損ねるだろうし、ケーキを食べるユーリの姿をこうやって見ているのは楽しいから、いいけど。

これが他の誰かだったら、見てるだけで胸やけして食欲なんか失くなってるところだ。

僕の視線に気付いたのか、ふとユーリが手を止めた。

「何だよ、ジロジロ見んな」

「いや、嬉しそうに食べるなあ、と思って」

「………」

「見てる僕まで何だか幸せな気分になってくるよ」

「どいつもこいつも…」

「ん、何?」

照れたんだろうか、僅かに頬を膨らませるとユーリは残りのケーキを凄い勢いで平らげていく。

「…エステルにも毎回言われる」

唐突に言われて、一瞬思考が止まる。

「ユーリは甘いものを食べてる時が一番幸せそうです〜ってさ、いっつも言われんだよ。自分じゃどんな顔してんだか分かんねえし、なんかヤなんだよなあ」

「…そう」

「なあ、そんなにオレ、ニヤけてんの?」

「いや、ニヤけてるとかそういうんじゃないんだけど」

「じゃあどんなんだよ」

「何て言うか…全身から幸せオーラが出てるとでも言えばいいのかな。満ち足りた感じというか」

「げ…」

何とも言えない表情でフォークを置いて、ユーリは僕から顔を逸らした。何やらぶつぶつ言ってるけど、よく聞こえない。
どうしたんだろう?

「ユーリ?」

「おまえにまで言われるんなら、そうなんだろうなあ…」

「…どういうこと?」

「さっきおまえが言った事も、やっぱりエステルに言われた」

「…………」

「しかもさあ、毎回だぜ。来る度に言われるから、もうスルーしてたんだけどな。あいつ、ちょっと天然だし」

「…へえ」

「だけど初めてのおまえにもそう見えるんだろ?…やっぱこれからは一人で来るかな…」

いやでもさすがにそれは、とか何とか言っているユーリをよそに、それこそ僕は全く違う事を考えていた。

毎回、いつも。
そんなに頻繁に、あの子とこういう所に来てるんだろうか。今日はたまたま彼女に用事があったみたいだけど、休日の度に彼女を誘ってたのか?
そういえば、いつもはユーリとエステルさんで半分ずつケーキを取って来る、って言ってたな。冷静に考えて、結構恥ずかしいって言うか…余程仲が良くないと出来ない行動じゃないか?
現に僕は、それに付き合う勇気がなかった。

唐突に、昨日の女の子達の会話が思い出される。
どうしてその事が気になるのか、もう何となく分かっていた。
だから、聞かずにいられなかったんだ。
関係ない、と言われるよりも、知らないでいるほうが嫌だった。


「ユーリ、あの子と付き合ってるのか?」


顔をこちらに向け、驚いたように目を見開くユーリを見つめて、更に聞く。

「エステルさんが、君の彼女?」

「は…はあ!?何でそうなるんだよ」

「だって、しょっちゅう二人でこういう所に来てるんだろう?デート以外の何ものでもないじゃないか。店でも随分親しげだし、ただの従業員に対する態度には見えなかったな」

「…何言ってんだ、馬鹿じゃねえの。大体おまえ、店に来たのなんてほんの何回かじゃねえか。そんなとこ見てたのか?意外だな」

「意外?」

僕の言葉には答えずにユーリが続ける。

「確かにあいつにはこういう場所に来るのに『付き合って』もらってたけどな、別に彼女とか、そういう意味で付き合ってる訳じゃねえよ」

「本当に?」

「おまえに嘘つく理由なんかねえだろ。なんでそんな事気にすんだ」

「…昨日…そういう話を聞いたからかな。何となく、だよ」

ユーリは何事か考えていたけど、次に言われた言葉に、今度こそ僕は固まってしまった。


「…おまえ、まさかエステルに気があるのか」


「…………」

「フレン?」

「な…」

「おい、ちょっと」

「何でそうなるんだ!!!」


テーブルに両手を叩き付けて思わず立ち上がってしまった僕は、ユーリだけじゃなく周り中からこれでもかという程凝視されて、大慌てで椅子に座り直して縮こまるばかりだった。


「…何やってんだ、おまえ…」

ユーリは呆れ顔だ。

「ご、ごめん。あまりに予想外の事だったから」

「で、どうなんだ」

「…何が」

「エステルの事、気になんのか?」

「違うって言ってるだろ!?大体、聞いてたのは僕のほうじゃないか!!」

気になるのは確かなんだけど、意味が違う。僕が彼女に対して、何か思うところがあるわけじゃないんだ。

「気になるんなら紹介してやらないでもないぜ」

「いい加減にしてくれないかな…」

「わかったわかった!ま、紹介するにしても一足遅かったな。あいつ、最近彼氏が出来たんだよ」

「知ってて僕をからかってたのか!?」


ああそうだよ、なんて言ってユーリは笑ってるけど、とんでもない勘違いをされるところだ。
でも、あの子に彼氏がいると言うなら、別にユーリとは何でもない、ってことなのかな。…気にする方向が何だか違うような気もするけど、それはもういい。

「彼女が今日、休みなのって…」

「ん〜…ま、色々あんだよ、あいつにも。何にしても、これからはここに付き合わすわけにもいかなくなっちまったよな。誰かさんみたく『デート』だなんて勘違いする奴がいるかもしれねえしなあ?」

「勘違いって言うか、そう見えるだろ、ってだけだよ」

「同じだよ。マジで次からどうすっかなあ…」


すっかり食べ尽くされたトレーの上で、ユーリはくるくると器用にフォークを玩んでいる。その細く長い指を眺めつつ、僕はごく自然に、ある提案を口にしていた。


「これからは、僕が付き合ってあげるよ」

「…は?」

「さすがに一人じゃ来たくないんだろう?」

「いや、でも」



休みが合わないとか野郎同士でとか、今更な事をユーリが言うけど、もう決めた。
手帳を取り出してスケジュールの確認を始めた僕を、ユーリは黙って見ていた。



ーーーーー
続く

SWEET&BITTER LIFE・6(拍手文)

SWEET&BITTER
LIFE
第六話







「…早く、来すぎたかな…」

待ち合わせ場所の駅の改札口で、僕は少しだけ捲った袖口から覗く腕時計を見ながら呟いていた。

今日、僕は仕事が休みだ。たまたまユーリの店も休みで、ユーリから『行きたい場所があるから付き合ってくれ』と言われ、僕はそれを承諾した。

昨日ユーリの店に行った時にそういう話になって、待ち合わせ場所や時間を決めたのはいいんだけど、思った以上に早く着いてしまって僕は少しだけ困っていた。

普段あまり利用しない路線だから念のために早めに家を出たせいではあるんだけど、待ち合わせの時間まではまだ三十分以上ある。さすがに一人で突っ立っているにはちょっとつらい。
かと言ってどこか店に入って時間を潰そうにも、そうしにくい理由があった。

僕は、ユーリの携帯番号を知らない。

昨日教えてもらえばよかったんだろうけど……とにかくユーリも僕の番号を知らないし、もしユーリが来た時に僕の姿がなかったら探させてしまうかもしれない。
そう思うとあまりうろうろできなくて、近くの自販機で缶コーヒーを買ってまた改札口に戻り、大人しくそこで彼を待つ事にした。


メールチェックでもしようかと思って開いた携帯電話の受信覧には、仕事関係の件名しかない。

…なんか、空しい。
友達いない人みたいだな、僕…。

実際、今の仕事に就いてからは取引先の店に付き合いで行くばかりで、個人的な友人とどこかへ出掛ける事なんてなくなって久しい。
たまに友人からお誘いがあっても、僕は休日の曜日が固定じゃないから都合が合わなくて断ったりしていたものだから、最近ではあまり誘ってもらえなくなってしまった。

そういうこともあって、休日に仕事絡みではなく誰かとどこかへ出掛ける、というのは本当に久しぶりの事なんだ。

しかも、相手はユーリ。

個人的な用事に誘ってくれたという事は、友人だと思ってもらえてる、って考えてもいいんだろうか。
…知り合い程度なんだとしても、ユーリの僕に対する第一印象は最悪だっただろうから、それを考えたら進歩したほうだよな。
できれば、もっと親しくなりたい。

…親しく、か。

この間から、僕はやたらとユーリの事が気になって仕方なかった。
昨日は殆ど衝動的とも言える勢いでユーリに会いに行ってしまったし、帰宅してからも考えるのは何故ユーリは僕を誘ったのかとか、そんな事ばかりだった。


その時、気付いたんだ。

僕は、ユーリに惹かれてる。

多分、初めて会った時からずっと、だ。

そう思ったら不思議と気持ちが落ち着いた。
ただ、ユーリのどの部分に対して、どのように、というのははっきりとは言えなかった。それも、これから分かってくるんだろうか。

…そんな事を考えていたら、手にしたままぼんやりと見つめていた携帯電話の画面に影が落とされた。

顔を上げた先には、同じ高さから僕を見る薄紫の瞳。


「……ユーリ」

「よ、待たせたか?」


でも遅刻じゃねえよな、と言って僕の携帯電話に表示された時計を覗き込む彼の顔が、近い。

後頭部の真ん中辺りで結われた、ポニーテールには少し低い位置の長い髪が、視界の端に揺れている。
伏し目がちの瞳には長い睫毛が、頬には耳元から垂れた髪が一房かかって、携帯電話を持つ僕の手に触れた。

…やっぱり、綺麗だ。

僕はそれをうっかり口に出したせいで彼を怒らせたし、そう言われたりするのは本意じゃないんだろうけど。
それとも、こんなふうに思うのは僕だけなのか……?


「フレン?何ボケっとしてんだよ。またトリップか?」

「…違うよ」

「そうか?おまえ時々、そうやって一人で固まってるからさ。…まあいいや、それじゃ行こうぜ」

「あの、ユーリ?僕はまだ、どこに何しに行くとか全く聞いてないんだけど」

「行きゃ分かるって。ここからそんな遠くないし、すぐだからさ」

手にしていた携帯電話を折り畳んで肩からかけている鞄にしまい、さっさと歩き出したユーリの後を追う。

…後で番号、聞かないとな。

隣に並んで歩きながら、僕はそんな事を考えていた。





暫くしてユーリの目的の場所に着いた僕は、その入り口の前で足が完全に止まっていた。
膝から下が、固まってしまったと言ってもいい。それぐらい、僕はその店に入るのを躊躇していた。


「……あの……ユーリ、ほんとに入るのか…?」

「ん?当たり前だろ。ほら早く入ろうぜ!」

「……えー……」


ユーリが行きたかった場所。
それは最近話題の、スイーツが食べ放題の店だった。

僕のところの雑誌で紹介した事もあるし、よく知ってる。知ってはいるけど、まさか自分が来る事になるなんて。

別に、甘いものがそれ程好きではないから、というわけじゃない。
何といってもこの店のメインターゲットは、女性。それはもう、お客さんの九割が女性だ。残る一割も、まあ殆どがデートで連れて来られた……もとい、来ている、カップルのうちの男性、と言っても過言ではない。

…何が言いたいかっていうと、男二人で来るような客はあまりいない、ってこと。
別に駄目なわけじゃないけど、さすがにちょっと…嫌だなあ…。


「フレン、何やってんだよ!」

入り口でユーリが呼んでいる。僕は仕方なく、その後ろについて店に入って行った。



従業員の女の子に案内された席は、広い店内の割と端のほうだった。…もしかしたら気を使ってくれたのかもしれない。ユーリは全く気にしていないみたいだけど、席に着くまでの間、他の女性客の視線が痛すぎる程に突き刺さっていて、僕は何だかいたたまれない気持ちでいっぱいだった。

恥ずかしすぎる。
僕らは結構背が高いし、何よりユーリの容姿は人目を引く。
だからケーキやドリンクを選んでいる間も無駄に目立ちまくりでとにかく落ち着かなくて、僕は逃げるようにして席に戻り、まだケーキを選んでいるユーリの背中を眺めていた。

一人では行きづらい、みたいな事を言ってたけど、とてもそんなふうには見えない。目を輝かせながらケーキを取り分ける様子は、周りの女子高生達と大差ないように思うんだけど…。

そうしてやっと戻って来たユーリが持つトレーを見て、僕はもう、どうリアクションしていいのか分からなかった。

トレーの下が見えないぐらい、きっちり隙間なく詰められた何種類ものケーキ。

「……ユーリ、何、それ…」

「何って、ケーキだろ」

「見たら分かるよ!それより、それ全部食べるつもりか?」

「何言ってんだよ、まだ半分だぜ。いっぺんに全種類、乗らねえんだよ」

「…………」

「いつもはエステルと半分ずつ乗っけてくるんだけどな。さすがにおまえにそれを頼むのは可哀相だからさ、おまえは自分の好きなように食えよな」

「…はは…ありがとう」

「無理してケーキ食うことないぞ。普通にパスタとかあったろ…って、取って来てるし」

「うん。ユーリこそ、僕の事は気にしなくていいよ」

「気にしてたら連れて来ねえよ。じゃ、いただきます、っと」

「……いただきます……」

…何だか泣きたくなってきた。
そりゃあ確かに、今日ここに付き合ってるのは今までユーリにかけた迷惑に対する『お詫び』なんだけど。

それにしても、目の前でケーキを食べるユーリは、本当に幸せそうだ。
自分自身もパティシエをしていて毎日ケーキを作ってるのに、それでもこうしてわざわざ休日に他の店でまで食べたいものなんだろうか。
もしかして、他に理由があるとか?

「ユーリ、ひょっとしてこういうのも自分の店の為のリサーチとか?」

「は?リサーチ?…何が?」

「…何でもない」

どうやら違ったみたいだ。
純粋に甘いものが好きらしい。

「それにしたって、すごい量だよな…」

「だからまだ半分だって」

「…いつも全種類制覇するのか?エステルさんも?」

「あいつはそこまで食わねえよ。普段からうちのケーキ、食ってるしな」

「ユーリだって、自分で作ってるんじゃないか。試食だってするんだろう?」

「自分とこのをオレが大量に食ってどうすんだよ。ここは種類も多いし安上がりだし、何よりなかなか美味いしな」

「へえ。なかなか、か」

「そ。今まであったこのテの店の中じゃ、かなりいいと思うぜ」

「…やっぱり、同業者としては気になる?」

するとユーリは僕の質問に少し考える素振りを見せた後、再びケーキを口に運びながら話を続けた。

「気になる、ってのとは少し違うな。業態が全く違うから、そういう意味ではまあ、別に。ただ、色々と参考になる部分はある」

「例えば?」

「んー…。こういう仕事って、『旬』が大事だろ」

目の前のトレーから、レモンの乗ったケーキをフォークで指す。

「食材のこと?」

「それもあるし、単に流行り、って意味もある。食材の旬は把握してても、じゃあ実際に今、人気があるのかってのはずっと自分の店だけでやってると分からなくなったりするからな」

「…それでこういう所に来るのか?」

「自分のスタイルに自信があって、作ってる奴の名前で客が来るようなとこならいいんだけどな。オレ、まだそこまでじゃねえし」

「肩書きみたいなもの?…確か、色々と大会とかあるんだよね」

「ああ。まあオレはあんま興味ないけどな、そういうの。でもそれがある意味じゃ店の信頼に繋がって、客が呼べたりはする」

「…でもユーリはそうじゃないから、色んな事を知っておきたい、ってとこ?勉強熱心なんだね」

無意識なんだろうけど、結局それはリサーチ以外の何物でもない。
素直に褒めたら、ユーリは照れたのか少しだけ顔を赤くしてさっきのケーキを口に放り込んだ。

「……単に趣味と実益を兼ねてるだけだ。考え方なんてそれぞれだしな」

「ふうん?」

拗ねたように目を逸らす姿がなんだか可愛くて笑ってしまうと、ユーリはますます不機嫌さを増して椅子に踏ん反り返り、腕組みをしながら僕を睨みつけてきた。

「な、なに?」

「オレ、もうおまえと仕事の話はしない、って言ったよな」

「……そうだね」

「じゃあ今までのこれは?何かの取材か?」

「そんなつもりはないよ。職業柄、気にならないと言ったら嘘になるけど…」

「ほんとかあ?なんか、まんま取材みたいな聞き方だったぞ」

「違うってば。でも…そうだな、強いて言うなら…」

「何だよ」

「…僕は個人的に、ユーリの取材をしたい」

「……………は?」

「だって僕、君の事をまだ何も知らない。甘いものが好きで、意外に勉強熱心なんだ、っていうのは分かったけど」

「意外って…。おまえ、オレをどんなふうに思ってんだよ」

「だから、知らないんだ。その為の個人取材。受けてくれないかな?」

「なっ……はあ!?何だ、そりゃ」

「僕は、もっと君と親しくなりたい。君の事が、知りたいんだ」


そうすれば、どうしてユーリに惹かれるのか分かる。そう思って聞いたんだけど、ユーリは何故か顔を真っ赤にして俯いた。肩が小刻みに震えてる。
……え、なんで?

「…ユーリ、もしかして笑ってる?僕、何かおかしなこと…」

「ぶふっっ…!!」

「ユーリ!?」

「おま……っ、それ、ナンパ……!!ナンパする時に言う、セリフ……っっ!」

「…はあ!?ち、違うよ!!そんなつもりじゃ…あ、あれ?でもユーリ、じゃあ何で怒らないんだ?」

「だ…って、おまえ、真面目…っ、すぎ……!!」


…何だか誤解されたみたいだ。
周りの迷惑も顧みず、テーブルをバンバン叩きながらそれでも声は抑えて笑い続けるユーリを見ていたら、少しだけ腹が立ってきた。

「……とりあえず、携帯の番号教えてよ。あとアドレス」


投げ遣り気味に言った僕に、ユーリは『やっぱナンパじゃねーか!』と言って笑い続けていた。



「もう笑うな!周りのお客さんに迷惑だろ!!」

「は、腹いてぇ…!おまえ、ほんっと面白いなあ」

「腹が痛いのはケーキの食べ過ぎじゃないのか」

「まだ半分だっての!!」



…ああもう。
少し親しくなれた気はするんだけど、僕はとにかく早いとこ他の場所に行きたい気分だった。


ーーーーー
続く

SWEET&BITTER LIFE・5(拍手文)

SWEET&BITTER LIFE
第五話









ユーリに会いたい。

会って、話がしたかった。





会社に戻った僕は、とりあえずの事務的な作業を片付け、早々に退社していた。

営業で外に出ている事のほうが多く、仕事が終わったら直帰するのも少なくないけど、デスクワークだってないわけじゃない。
それでも普段あまり定時で退社することなんかない僕に、同僚は驚いてるみたいだった。

そんなに急いで、何か大切な用事でもあるのか、と声を掛ける人もいた。

大切な用事、か。
そんなの、特にない…筈だ。
ただ無性に、ユーリの顔が見たかった。
それは昼食のために入ったカフェで、彼と、彼の店の噂話を耳にしたからだ。

女の子達が話すのはユーリのことばかりで、彼女達が言うようなユーリの姿を僕はまだ、見た事がなかった。

でもそんなの当たり前だ。
まだ二回しか会ってない。
しかもちゃんと話をしてもらえるようになったばっかりだ。
それなのに、彼女達がどれくらいあの店に行った事があって、何回ユーリを見掛けて、どんなふうに会話したのか、そればかり気にしてる。

ユーリに彼女がいるのか、という、実に女の子らしいなんてことのない話題にさえ、過剰に反応してる自分がいる。
しかもそれがあの、レジにいた女の子かもなんて、分かり易い想像じゃないか。
でも僕は、そんなたわいない会話にすら、胸がざわつくのを感じていた。


だから、ユーリに会いたいと思ったんだ。

会ったらきっと、何でこんなに彼女達の会話に心乱す思いになるのかが分かる気がした。


……そう、思っていた。







大急ぎでユーリの店のある住宅街までやって来た時、既に時刻は閉店の五分前だった。この住宅街の入り口から、ユーリの店まで十分ほどかかる。
お客さんがいれば、多少閉店時間を過ぎても開いてる筈だけど…。

長い坂道を早足で抜けて店が見えて来たのと、入り口に置かれた小さな看板の明かりが消えたのはほとんど同時だった。

店内から誰か出て来るのが見えて、僕は駆け出していた。




「…ゆ、ユーリ…!」

「あれ、おまえ…」


息を切らして膝に手をついている僕を、ユーリは何事かと言った様子で見ている。
シャッターを降ろしに出て来たのか、その為の引っ掻け棒を手にしたまま、まじまじと僕を見つめて……そして、信じられない事を言った。


「……誰だっけ?」

「……………!!」


…そんな。
やっぱり、たった二回来ただけの僕の事なんて、覚えてないのか。

「あ、ちょっと?…おーい?」

そうだよ…あの女の子達も言ってたじゃないか、『どうせ覚えてない』って。
よっぽど常連でもなければ、いちいちそんな…

「おいってば!…またかよ…おい、フレン!」

…うるさいな、誰だよ、僕の事を呼んだりするのは。
ユーリなんて、すっかり僕を忘れて

「フレン!!返事しろって!!」

「何だようるさいな!!」

「な……っ!?」

「…え、あれ……?」


思わず怒鳴ってしまった先には、真っ白いコックコート姿のユーリがいる。
というか、ユーリしかいない。
呆然と僕を見るその瞳が、徐々に細くなる。

…ええと、まさか…。

全身にじんわりと嫌な汗が滲むのを感じながら恐る恐るユーリの顔を窺ってみる…と、僕に背を向けて恐ろしい早さでシャッターを降ろし、さっさと店の中へ戻って行こうとして…


「あああ!!ち、ちょっと待ってくれ!!」


慌ててユーリの腕を掴んだものの、物凄い勢いで振りほどかれた。
細身なのに、結構力はあるんだな…。
と、悠長にそんなこと考えてる場合じゃないんだってば!


「ユーリ!!」

「…何だよ」

振り返ったユーリは、それはもう不機嫌そうに腕を組んで僕を睨みつけている。

「あ…の、ごめん、ちょっと考え事してて!」

「考え事ね…。おまえ、冗談も通じねえのな」

「え、じょ、冗談…?」

「そうだよ!ったく、いちいちマジに取ってんじゃねえよ…」

「そんな…!タチが悪過ぎるよ…」

この前ここに来てからまだ一週間経ってないっていうのに、もうユーリに忘れられてしまったのかと思って、僕は本気でショックを受けたのに…

「だから…何そんな、マジになってんだよ。悪かったって。忘れてねえから」

どうやらいきなり怒鳴られた怒りは収まったらしいユーリだけど、その代わりに何だか呆れて…というか、若干引き気味だ。

どうも僕は、ユーリの事になると冷静さを失うみたいで…どうしたんだ、僕は…。
とにかく、間に合って良かった。…いや、もうシャッターを閉めてしまったし、間に合ってはない、か。

「こちらこそ、いきなり怒鳴ったりしてごめん。それで…あの、やっぱりもう閉店してしまったよね」

「ん?ああまあ、そうだけど。何だ、なんか買いに来たんだったら別にいいぞ」

そう言うとユーリは僕を店内に案内してくれた。



レジではあの女の子…エステルさんが清算をしていたんだけど、僕が来たので作業を中断して待ってくれている。

「すいません、こんな時間に来てしまって…」

「そんなの気にしないで下さい!こちらこそ、あまり種類が残ってなくて……あ、それと」

「?」

エステルさんは手を胸の前で組んで、僕のことをじっと見ている。…何だろう?

「わたしにも、ユーリと同じようにお話しして下さい!」

「…はい?」

「だって、ユーリのお友達なら、わたしもお友達になりたいです。ね、いいですよね?」

「え、いや、そういうわけには…ああその、友達が嫌とかではなくて」

何…というか、大人しそうに見えるんだけど、妙に強引な子だな。
それにいきなり友達、って…大体、ユーリとも友達と言えるほどじゃないと思うけど。

どう答えたらいいか悩んでいる僕に、隣にいるユーリが助け船を出してくれた。

「エステル、その辺にしとけ。困ってんだろ、こいつ」

「ユーリ…でも」

「いいから。ほらフレン、おまえも早くしろよ」

しゅんとしてしまったエステルさんの頭をぽんと叩いて、ユーリが僕を振り返る。
やっぱり、仲は良さそうだよなあ…。

とはいえ、確かにあまり種類は残ってない。

「えっと…」

「…あー、おまえが好きそうなやつ、ないかもだな」

「え?」

ショーケースを覗いたユーリが僕を見る。
…僕の好きそうなもの?

「おまえ、あんま甘いの食わないんだろ?今日はチーズ系も売り切れちまったし…」


その時、僕はこの前ユーリが選んでくれたケーキの事を思い出した。
入っていたのは三種類。
ふわふわのココアシフォンケーキと、スティックタイプのチーズケーキ、それにレモンのムース…だったかな。どれも、甘さは控え目だった。

「…僕、チーズが好きとか言ったっけ?」

「いや?でも最初に渡したやつ、大丈夫だったんだろ。だったらまあ、いけるんじゃねえかと思ったんだが…もしかして、違ったか?」

「いや、別にチーズは嫌いじゃないよ。でも、なんでチーズケーキなんだ?」

「うちのチーズ系は割とどれも甘さを抑えてあるんだよ。だからとりあえずそれは入れとくか、と思ってさ」

「そうなんだ…」

「残ってんのは…結構濃いめのやつばっかだな。どうする?あ、でもこっちのタルトならいけるか?グレープフルーツだからあっさりしてるし」


…昼間、カフェで女の子達が言っていた。ちゃんと好みを聞いてから選んでくれる、と。
ユーリは、僕が日頃それほどケーキを食べないと言っていたのをちゃんと聞いていて、それを考えて選んでくれていたんだ。
やっぱり、こういうところが人を惹き付けるんだな…。

「…ありがとう。でもそんなに気にしてくれなくて大丈夫だよ。色々、食べてみたいし」

「そうか?まあ、確かに食ってみないと分かんねえしな」


じゃあ好きに選んでくれ、と言われていくつかのケーキを選ぶと、エステルさんが会計をして持ち帰りの用意をする間に、ユーリが話し掛けてきた。

「そういやおまえ、今日は休みだったのか?」

「休みなら明日だけど…どうして?」

「いや、単にこないだは休みの日に来たって言ってたからってだけだけど。だったら仕事終わってから来たのか」

「ああ。…それがどうかした?」

「なんか物凄い急いで来たろ。目当てのもんでもあったのか?」

「目当て…」

強いて言うならユーリと会いたかった、というか…ケーキより、そっちがメインだったような気がする。
でもこんな事を言ったら、絶対また変に思われる。たたでさえ、ちょっと引かれてしまったのに。

「…昼間、お店の噂を耳にしたんだ。それで気になって。ほんとは明日、来ようと思ってたんだけど」

ユーリの噂、とは言えなかった。
簡単に話をしたら、ユーリは何だか複雑な表情をした。

「そんなの当たり前だと思うがな。それに、オレに彼女とかどうでもいいだろ…」

「女の子は気になるんだよ、そういうの。随分人気あるみたいだったよ?」

「はあ。大体、エステルは…」

その時、丁度エステルさんがケーキの箱を持って僕達の前に出てきた。

「すみません、お待たせしました!」

「あ、どうもありがとうございます」

「あの、ユーリ、わたし…」

エステルさんがレジの後ろの壁に掛かった時計をちらりと振り返ると、ユーリはああ、と頷いた。

「悪かったな、上がっていいぞ。気をつけて帰れよ」

「はい、ごめんなさい…。あの、フレンさん」

「はい」

「また来て下さいね。お待ちしてます」

「あ、はい。ありがとうございます」


ぱたぱたと軽い足音を立てて、エステルさんはレジ裏の扉の向こうへと急いで行ってしまった。
それを見送ってユーリが僕に説明してくれる。

「あいつ、明日ちょっと用事があって休みなんだ。今日も少し早めに上がらせてくれ、って言われててさ」

「あ…それなのに僕が来たから…」

「気にしなくていい。それより、明日は店も休みだから。良かったんじゃねえか、今日来て」

「え、そうなのか?」

「レジと接客できるの、エステルだけだからな。あいつがいないと、ちょっと厳しいんだ。まあどうせ、明後日あたり休みにするつもりだったから問題はねえけど」

「そうだったんだ」

明日は店休だったのか。まあもともと不定休だし、確かに今日来て良かったと思う。

「さて、オレはまだ少し片付けが残ってんだ。そろそろそっちに戻っていいか?」

「あ、ごめん…ほんと、迷惑かけてばかりだな」

「気にすんなっつったろ」

「でも…」

閉店ギリギリに来て、迷惑をかけたのは事実だ。なんだかここに来る度にこんな感じのような気がして、申し訳ないと思う。

するとユーリがため息を吐いて、俯く僕の顔を覗き込み、上目遣いで見上げてくる。
…少し悪戯っぽいその表情に、何故か胸が落ち着かない。

「ゆ、ユーリ?」

「…そんなに気になる?」

「え…な、何が」

「迷惑かけたなー、とか」

………そっちか。

「…まあ、それは」

だったらさ、と言ってユーリが離れる。

「明日、オレに付き合えよ」

「……はい?」

「おまえも休みなんだろ?」

「あ、ああ。でも付き合うって、何を…」

「行きたいとこがあんだけど、一人じゃちょっとな。だからさ、一緒に来てくれねえか。それで迷惑だなんだはチャラにしてやるよ。どうだ?」

「…どこに付き合わされるのかな」

「別に変なとこじゃねえよ。おまえじゃなかったらエステル連れてくしな」

あの子を連れて行けるようなところならまあ、大丈夫…かな。

「わかった。僕でよければ」

「マジ?やりぃ」


小さくガッツポーズをするユーリを見ながら、僕の胸には様々な感情がぐるぐると渦巻いていた。

ユーリに会えば、会って話しをすれば、何故こんなにユーリのことが気になるのか分かると思って来たけど、ますますわからなくなるばかりだ。

それにいきなり、自分の用事に付き合え、とか。



……とりあえず、どこに連れて行かれるんだろう、僕……





ーーーーー
続く

SWEET&BITTER LIFE・4(拍手文)

続きです







ユーリと和解できたあの日、帰る前に少しだけ話をすることができた。


店は不定休だから、僕が行った時にもしかしたら開いてないことがあるかもしれない、ということ。

週末や連休前は忙しいことが多いので、来ても相手をする暇がない、とも言われた。
それはつまり、僕が行ったら相手をしてくれるつもりだ、ということなんだろうか。

僕は危うく出入り禁止になる寸前から、やっと一人のお客として見てもらえるようになった、ぐらいに思ってて、それでもとても嬉しかったのに、わざわざ話をしてくれる…?

…いや、別にだからどうだってわけじゃないけど、どうしてこんなに嬉しいんだろう。
友人と呼べる間柄なんかじゃ、絶対ない。
たった二回会っただけで、はっきり言ってただの知り合いだ。
ユーリから見たら、単なるお客の一人だろうと思う。

そういえば、何故かあの後、ユーリは僕のことを「面白い奴」って言ってたな。まあ、おかしな態度を取ってしまったとは思うけど…あまり言われたことがないな、面白い、とは。
面白そうだから、相手をしてみようとか思ったんだろうか。
…なんでこんなに、気になるのかな…。

まあともかく、次の休みにでもまた行ってみよう。

僕はユーリが選んでくれたケーキの箱を大事に抱え、帰宅したのだった。












「…では、店内写真のレイアウトはこちらでよろしいですね。紹介記事の校正が上がったらFAXで送りますから、その時にまたお電話させて頂きます。…お忙しいところ、ありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ。…ところで」

「はい?」

「最近、何かいいことでもあったのかしら」


挨拶をして資料を片付けていると、今まで打ち合わせをさせてもらっていたこの店の店長に話し掛けられた。

今日は、何度か取材させてもらっているバーに来ている。勿論、仕事で、だ。
僕は普段、一人でこういうところには行かない。

このお店の店長は女性で、はっきり言って美人でスタイルがいい。背も結構高くて、そんな彼女が自らカウンターでシェーカーを振る姿はなかなか様になっている。

新しいドリンクやフードメニューの開発にもとても意欲的な人で、新作が完成する度に僕のところの雑誌で取り上げさせてもらっていた。
読者からのレスポンスもかなりいい。
ある意味、お得意様の取材先だ。

何度も取引させてもらってるからか、それとも彼女の人柄かはわからないけど、彼女は僕にも気さくに話し掛けてくる。
勿論それはお客さんに対しても同様で、彼女のファンはとても多かった。


「いいこと、ですか?」

「ええ。なんだか、この前のお仕事の時とは別人みたいよ」

「そう…でしょうか。よくわかりませんけど」


この前の仕事。

…そういえば、初めてユーリの店に行った日、帰社してから取材の段取りをしたのがこの店だったな。

あの日はなんだか仕事がはかどらなくて、帰宅するのが遅かった。
翌日、打ち合わせでこの店に来たんだけど、もしかしたら疲れが顔に出てしまっていたのかもしれない。


「ごめんなさい、そんなに悩まないで。特に深い意味はないのよ?そう見えたというだけで」

「あ、いえ。別に悩んだりしてないですよ。…そうですね、ずっと気にしていたことが解決した、というのはあるかもしれません」

「あらそう?よかったわね。…今のあなた、とても嬉しそうな顔してるわ」

「そ、そうですか」

「ええ。まるで、ケンカしていた恋人と仲直りでもしたみたい」

「こ、恋人!?」

現在、僕には恋人なんかいない。…いや、今までだって、いたといえるのかどうか。その程度のお付き合いしかしてない。
なのにいきなり、恋人とか…。

「違ったかしら」

からかうような微笑みを浮かべてこちらを見ている店長さんに曖昧に笑い返し、僕は挨拶もそこそこに店を出た。

…いい人なのは間違いないんだけど、なんだか鋭いというか、人の感情の機微に聡いというか、結構ずばずば言うんだよな、この人。
それに、自分が言いたくないことをはぐらかすのも上手だ。
仕事で話をしてても時々そう思うんだけど……まあ、それくらいじゃないと、この手の店でお客さんのあしらいなんかできないよな。


会社に帰社の連絡をして、僕は昼食を取るために手近な店に入った。よく利用するカフェだ。

カフェはそこら中にたくさんあるけど、この店は少し価格設定が高めの部類に入る。
そのせいか客層も、女子高生よりもその上の学生やOLが多い。僕の担当してる雑誌のメインの読者層だ。

この店の雰囲気やメニューも好きなんだけど、彼女達の会話を聞かせてもらうのも、この店に来る理由の一つだ。

…別に、若い女の子の会話を盗み聞きしたいんじゃない。こういうのも、立派なリサーチだ。

会話からは、今、何が彼女達にとって『旬』なのかがわかったりする。
強く興味を引かれる話題だったら、それこそ直接話を聞いたりすることもある。
勿論、ちゃんと名刺を渡して説明して、了承してもらえれば、の話だけど。
そうじゃなかったらただのナンパだ。

…まあ、たまに間違われるけど。

今日は何か収穫があるかな。ないことのほうが多いけどね。




オーダーしたコーヒーとサンドイッチを受け取って、座る場所を探していたその時、あるお客さんの会話が耳に飛び込んできた。



「……で、ちっちゃいけど可愛いお店で、結構安いんだよね」

「そうそう!あたしもこないだ行った!そしたら丁度あのイケメンの人、外に出ててさ!!」

「うそ、マジ?いーなぁ、カッコイイよねあの人!」

女子大生だろうか、どこかのお店の話で盛り上がってるみたいだ。
隣の席が空いていたので、そこに座る。…隣じゃなくても筒抜けなぐらい、声は大きい。


「なんかさあ、最初は女の人かと思わなかった?」

「あーわかる!!髪長いもんね〜。」

「えー、そう?確かにちょっとキレイ系だけど、声とかめっちゃ男らしくてカッコイイんだって!」



…なんか、すごい思い当たるというか。
もしかしなくても、ユーリのことじゃないのか、これ。
いやでも、他にもそういう人はいるだろうし…。



「なに、あんたあの人と喋ったことあんの?何で!?」

「たまたま補充してたみたいなんだけど、オススメなんですか、って聞いたら『何系が好きなのか教えてくんない?』とかさ、もうすごい優しいの!マジヤバいよあの人!」

「えー、いいなあ。あたしなんか一回ちょこっと見掛けただけだよー。いつも女の子しかいないじゃん」

「あー、いるいる。でもあの子もすっごい感じいいよねー」

「わかるー。ケーキは美味しいし店員は可愛いしいいよね〜」



ケーキ。
やっぱりユーリの店のことみたいだ。
口コミであれだけお客さんが来るだけのことはあるな。
…ていうか、話題の殆どがユーリのことなんだけど…。



「彼女とかいるのかなあ、あの人」

「そりゃいるんじゃない?てかいないんだったらマジ通う!」

「何それ、通ってどうすんのよ〜!どうせ覚えてないって!」

「あれじゃない?あの女の子が彼女とか!」

「えー、それってどうなの〜?…」





……………。

なんというか、リサーチにはならないな、これじゃ。
ユーリが人気ある、っていうのはわかったけど…。そんなこと知っても、な…。

…でもなんだか意外だな、女の子には優しいんだ。
ちゃんと好みを聞いてから選んであげるんだなあ。
…いや、当たり前か。お客さんなんだし。
人気出るよな、そりゃ…。

彼女かあ。…いるのかな、彼女。
そういえば、あのエステルって女の子とは随分仲が良さそうだったな。
なんか普通に知り合いっていうか、そんな感じだったし……ほんとに付き合ってたり、するのかな………。
でも、いきなりそんなこと聞いてまた怒らせたら嫌だし…。

……なんでそんなことを聞こうと思ったんだ、僕は。

ユーリに彼女がいようがいまいが、関係ないじゃないか。
大体、たった二回会っただけなのに、そんなこと気にしてどうするんだ?
…二回?何か関係あるのか、回数とか。
たった……って、どういうことだ?

僕は…どうしたいんだ…?





食事を終えて店を出てから、スケジュールを確認してみた。
今日はこのあと一旦会社に戻ったら、もう予定はない。
急いで行ったら、閉店にはギリギリ間に合うはずだ。
本当は明日、仕事が休みだから行くつもりだったけど……なんだか、落ち着かない。



…彼に、会いたい。




ーーーーー
続く

SWEET&BITTER LIFE・3(拍手文)

SWEET&BITTER LIFE
第三話








住宅街に佇む、小さな洋菓子店。
口コミで話題になっているその店へ取材に行った僕は、チーフパティシエである彼…ユーリを、大変怒らせてしまった。

立派な成人男性である彼を、あろうことか女性と間違えたんだ。
でも、それも無理ないんじゃないかと思うほど、彼は綺麗だった。

容姿に反して低い声と、僕と同じぐらいの背の高ささえなければ、今だに彼が男性だとは信じられなかったかもしれない。

もちろんそれは彼にとって大変に不本意な事だったらしく、何とか話をすることはできたけどろくに聞いてはもらえず、終始不機嫌な様子を隠すこともなかった。

当然の事ながら、取材の話も断られてしまった。

それなのに、何故か彼は帰り際に自分の店のケーキを僕にくれた。
土産だ、と言って渡されたそのケーキはどれもとても美味しくて、その日からずっと僕は、どうしても再び彼に会って話がしたいという思いに駈られていた。

そうしてやっと今日、僕はまた彼の店を訪れることができた。
あの大失敗から、早くも一週間が経ってしまっていた。






「いらっしゃいま―…」

せ、を言うことなく、その人は僕を見るなり眉を顰めてしまった。

…そんなに嫌そうな顔、しなくても…
て言うか、なんで彼が表に?
まあいい、とりあえず挨拶を…

「あの、この前は」

「おーいエステル、客だぞー」

僕の言葉を遮るようにして彼が背後に声をかけると、前回接客をしていた女の子が作業場から顔を覗かせた。

「もう、ユーリ、お客様に失礼ですよ!もう少し待って下さい!」

「いいからさっさと戻って来いよ。そのお客様がお待ちだぞ」

…なんか仲良さそうだな。もともと知り合いとかなんだろうか。

それにしても、彼は全く僕を見ようとしない。
この様子だと、前回のことはしっかり覚えてるんだろうし、とにかく早く謝りたい。
今にも作業場に戻ろうとする彼を、僕は慌てて引き留めていた。


「ちょ、ちょっと待って下さい!!」

「…何?」

冷ややかな視線に心が折れそうになる。
いや、ここで帰るわけにはいかない。頑張れ僕!


「この前は、大変失礼しました!」

「ホントにな」

「……………ぅ」

深々と頭を下げた僕に、彼の容赦ない言葉が突き刺さる。なんか…、前回の帰り際より怒ってないか…?

「…あの」

「何か用?」

「この前は本当にすみま」

「さっき聞いた」

「…………」

「…………」

冷や汗が止まらない。絶対、この前より怒ってる。
どうしたらいいかわからず固まる僕の様子に、彼は深々とため息を吐いた。

「何しに来たんだよ、今更」

「え…?」

「一週間ぐらい経ったか?もう来ないもんだと思ってたんだけどな」

「どういう、意味ですか…?」

「あんた、オレの店を自分とこの雑誌に載せたかったんじゃないのか?」

「そうですけど、でもそれは…」

はっきりと断られたはずだ。僕は、ここの連絡先ももらえなかった。

「ああ、載せる気ないけど。いきなり来て、しかも何も知らないやつに店の紹介なんか出来るわけないからな」

「…すみません…」

「でもあんたは真面目に仕事してそうだったから、とりあえずうちの商品を食べてもらってからでもいいかな、って思ったんだけど」

「それは…!」

僕の考えは正しかったらしい。やっぱり彼はそのために、わざわざ僕に定番のケーキばかり渡したんだ。

でも、それなら何故あの時に言ってくれなかったんだ?そうしたら、すぐにでも僕はまたこの店に来て………まさか、彼はそれで怒ってるのか?

僕が来るのを、待ってた…?


「でもオレの思い違いだったみたいだな。結局何の音沙汰もねえし、取材の締め切りとか終わってんじゃねぇの?だから今更何しに来たのかっつってんだよ。言っとくけど、もう仕事の話は聞かないからな」

やっぱりそうだ。
彼は僕を待っててくれたんだ。
それなのに、僕は…。


「ちょっ、聞いてくれ!!」

どうしても話がしたくて、思わず大きな声を出してしまった。

自分でも驚いてるけど、目の前の彼も口を開けてぽかんとしている。
が、すぐにまたさっき同様に不機嫌そうな様子になって、僕を睨みつけてきた。

「…聞かねえっつってんだろ。人の話、聞いてたか」

「そうじゃなくて!…僕は今日、仕事の話をしに来たわけじゃないんだ」

「じゃあ何なんだよ」

「もう一度、ちゃんと謝りたくて。…あと、ケーキのお礼も。とても美味しかったよ」

「…そりゃどうも」

「もっと早く来たかったんだけど、仕事でどうしても時間が作れなくて…今日やっと休みが取れたんだけど、そんなの関係ないよな……本当に、申し訳ないと思ってる…」

「…………」

「ここのケーキを食べて、人気があるのがわかった気がするよ。なんだか、もっと食べたい、って思ってしまうんだ。僕はそんなに甘いものが得意なわけじゃないけど、また別のものも食べてみたいと思った」


僕の話を、ユーリは黙って聞いていた。
いつの間にか、エステルと呼ばれていた女の子も心配そうな様子でこちらを覗いている。

「…それで?」

「え?」

「話はそんだけ?」

ユーリに言われて僕は戸惑った。

謝罪とお礼。

伝わったかどうかわからないけど、僕が今日、ここに来た目的はこの二つ。
だったらもう、用件は済んだはずだ。
なのに何故、こんなにも帰り難いんだろう。

「え、と…だから、その」

理由を探して焦る僕を見るユーリが、徐々に焦れて来るのがわかる。

「用が済んだなら帰れよ。もうこれ以上、礼とかいらねえから」

嫌だ。
こんな状態で帰ったら、さすがにまたここへ来るのは気まずい。
僕は…

「僕は、またここのケーキが食べたい」

「…はあ」

「この前くれたケーキ、ここの定番ばかりなんだろう?」

「まあそうだな。なんだ、さすがに気付いたか」

ユーリの言葉に、僕は首を横に振る。

「いや、気付いたのは僕じゃない。後輩の女の子に言われて、そういうものだと知ったんだ」

「へえ…」

ユーリが少し驚いた顔をする。
…当たり前か、僕が何も分かってなさすぎだよな。

「さっきも言ったけど、僕はそんなにケーキとか食べるほうじゃないんだ。でもホントにどれも美味しくて、すぐに全部食べてしまったから…」

「だからまた寄越せっての?」

なんてことを言うんだ。それじゃただのたかりじゃないか。

「そんなわけないだろ!!だからその、お客として、これからもここに来たいから…ええと」

「何なんだよ…ハッキリ言え」

「…あんまり…邪険に扱わないで欲しい、って言うか、普通に話したい、っていうか…」


ユーリとエステルさんが一瞬顔を見合わせ、それからまじまじと僕を見つめてくる。

我ながら頭の悪いというか、子供みたいな言い方になってしまった。
何でこんなことを言ってしまったんだろう。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

実際、真っ赤になってるんだろうけど。



「…ぷっ…あはははは!!」

突然ユーリが笑い出して、僕は俯いていた顔を上げた。

「あ、あの?」

「ははっ、何なんだおまえ、変なやつだな!邪険に扱うなって、そりゃしょうがねーだろ、オトモダチじゃねえんだからよ!ましてや客でもねえしな」

「うっ…」

「ユ、ユーリ!失礼ですってば!!」

相変わらずユーリは笑い続けている。

「それに普通に話せって……おまえもう、完全にタメ口じゃねーか、さっきから」

「あ…!」

そうだ。話を聞いてもらうのに必死すぎて、敬語を使うのを忘れてた!

「す、すみません!!」

「別にいいって。むしろ敬語なんか使うなよ。見たとこ、大して歳も違わないだろ、オレら」

「は、はあ…」

あー笑かすわ、とか言いながらユーリが涙を拭う。
なんだかその仕種が妙にかわいらしい。
…確実に、また怒られるだろうな、こんなこと思ったのがバレたら。

「まあいいや。せっかくうちの商品を気に入ったって言ってくれるやつに、二度と来るなとは言えねえよな」

「え、それじゃ…!」

「客として来たけりゃ好きにしたらいいだろ、そんなのオレがどうこう言うことじゃねえよ」

「あ、ありがとう!!」

「礼言われることじゃねえと思うけど…それじゃあさっそくだけど、何か買ってくか?」


その時、初めてユーリが僕に笑いかけてくれた。
今まで失礼なことばかりして怒らせっぱなしだったけど、許してもらえたと思っていいんだろうか。

「どうした、フレン。何にするんだよ?」


………え。

「今、僕の名前…」

「こないだ名刺くれただろ。…あれ?違ったか?」

僕は物凄い勢いで首を横に振った。

「ううん、違わないよ!」

「そ、そうか。…ほんと変わったやつだな、おまえ…」

「そうかな?」

「…まあいいけど。ほら、さっさと決めろよ」

「ユーリにお任せしてもいいかな?正直、よくわからないんだ」



なんだそりゃ、と言いながらも僕のためにケーキを選んでくれる姿を見て、本当に嬉しかった。

とにかく、二度と来られなくなるのは回避できたし、ユーリとも少しだけ親しくなれたと思う。

これからの生活に楽しみができて、僕はとても晴れ晴れとした気持ちになっていた。






ーーーーーー
続く
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