わかりにくいですが学パロです。追記で説明的なことをちょろっと。









「なあ…キス、しようぜ?」

したい、とは言ってやらない。

甘えたような声でそう強請れば断られることなんてない、とわかっていた。上目遣いで切なげに見上げるとフレンが息を飲んだ。いつになったら慣れるのか…いや、せっかく誘っているのに無反応ではつまらない。こいつはこのままでいい、と口端を僅かに吊り上げ、笑う。そうするとフレンは『仕方ないね』と言ってユーリを引き寄せ、顔を傾け瞳を閉じて――
そこで必ず、はたと動きを止める。ユーリとのキスを邪魔する、あるものの存在に気付くのはいつもここだ。本当はすぐにでもユーリの唇を塞いでその形を、柔らかさを確かめ、キスの雨を降らせてユーリが形ばかりの抵抗をする姿を見たいのだ。誘いを掛けたユーリが余裕をなくすまで何度も、何度も……。

フレンの手が自らの目元に伸び、キスを邪魔するもの――眼鏡を外し、ふるり、と軽く頭を振った。陽光を思わせる柔らかそうな金色が揺れ、澄んだ蒼が輝いている。レンズ越しに見るのとは違う、鮮やかな色彩。それが自分だけのものだと感じるこの瞬間が好きで、ユーリは目を細めた。背筋を駆け昇る感覚に小さく震える。感覚の正体は『優越感』。今この時だけは確実に目の前の蒼を独占している、と思うと嬉しくてたまらなかった。

「眼鏡、なんで外すんだ?」

キスの度に訊ねるユーリに、フレンもまた同じ言葉を返すのが決まりだ。しょうがないな、と前置きしながらも唇は笑みを浮かべていた。
この唇が、今から自分のものになる。
待ち切れず伸ばした腕をフレンの首に絡ませると、フレンの腕がユーリの腰を強く引き寄せながら耳元に囁いた。

「もっと近くで、君を見ていたいから」

だったら最初から外しとけば?
心にもないことを言ってみる。わざとらしく吐き出された吐息が前髪を揺らし、目を閉じた隙に唇が重ねられた。
澄んだ蒼が自分だけのものだと思える、その瞬間こそがユーリにとっての喜びだった。

――ある日からその喜びが半減したことに、フレンは気付いているのだろうか?
二人だけの…自分の前でだけ見せる姿を独占したいと思う気持ちは、きっと同じはずなのに…



「ユーリ…キス、してもいい?」

返事を待つことはしなかった。
フレンの腕に抱かれて顔を上げたユーリが、じっと見つめ返す。近くで見れば薄く紫の挿す虹彩に、吸い込まれそうな瞳とはこういうのを言うんだろう、と思う。
本当の色を知ることができるのは自分だけだ。
他の誰も、こんなにすぐ傍でユーリの瞳を見ることなど出来ない。
レンズ越しに見る瞳はそれでも鮮やかで、心惹かれてやまない。だから『それ』の存在を――キスを邪魔する眼鏡を、外すことを忘れてしまう。深く深く唇を合わせ、頬を寄せるには少しの距離すらもどかしい。逸る気持ちを悟られないよう眼鏡を外すといつもユーリは満足そうに笑って、それから待ちわびたようにフレンの首に腕を絡めて鼻先をすり寄せ…唇が触れるその瞬間まで、フレンの瞳から視線を外すことはなかった。


今、キスを邪魔するものは何もない。
…そう、何も。
それなのに、目の前のユーリはフレンからすい、と眼を逸らしてつまらなそうにしている。甘えたように腕を伸ばすことも、満足そうに微笑むこともない。その理由は――いや、これは本人から聞き出さなくては。

「…どうしたんだい?」

覗きこむようにしてみればやはりフレンの瞳を見つめ返すが、いつものような笑みを浮かべるでもなくただ黙っている様子に首を傾げると、黙ったままでユーリが瞳を閉じた。キスの前触れとでも思ったのだろうか。

「………」

「ユーリ」

そのまま遠慮なく頂いてしまってもよかったが、唇が触れる寸前でもう一度名前を呼んでみる。ゆっくりと開かれた瞳に映り込む自分の顔は、どうしてだろう…笑っているように見えた。

「…なんだよ。キス、しねえの?」

「君が不満に感じていることの理由を教えてくれないか」

「不満?別に…」

「あるんだろう?」

息がかかるほど近く、その距離は変えずに尋ねる声はとても穏やかだ。ユーリが答える気になるのを静かに待っていると、やがて諦めたように小さく零された吐息がフレンの唇をくすぐった。

「…眼鏡、なんで外したんだ」

子供のように唇を尖らせ、拗ねたようにユーリが言う。しょうがないなあ、と呟くとユーリはますます眉を寄せ、不機嫌を隠そうともせずにきつめの視線をフレンに投げ掛ける。僅かに細められた瞳の中で、やはりフレンは笑っていた。

「もっと近くで、君を見ていたいから」

お約束の言葉を返す。
最初から外しておけばいいと言ったのはユーリだろう?とついでに付け足すとユーリはいよいよ憮然として、やや乱暴にフレンの髪に指を潜り込ませると力を込め、よりいっそう顔を近づけて言った。

「そういうのは、オレの前だけでいいんだよ」

フレンが思わず吹き出す。その息にくすぐられて一瞬だけ閉じられた瞼に軽く口付け、唇が離れると同時に開いた瞳をまっすぐに見つめた。そのままユーリの唇と自分のそれとを重ね、ユーリが瞳を閉じるのを見届けてからフレンもゆっくりと目を閉じた。


やっと慣れてきたコンタクトレンズは早くもお役御免のようだ。
綺麗な瞳を見るための手間が省けてよかったのにとうそぶくフレンを横目に、その手間があるからこそだろ、と言ってユーリはいつも通りの笑みを口元に浮かべるのだった。
▼追記