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ただ一人のためだけに・12

続きです。





「精霊魔術の研究が進んでるんだ」


その日の晩、食事を終えて部屋に戻って来たフレンに昼の事を尋ねるとこんな答えが返って来た。
まあ、ある程度は予想出来たことだ。


やけに広い部屋にあるにしては、控えめな大きさに感じるテーブルに向かい合って座る。隣の寝室にあるベッドはやたらでかいってのに、この違いは何なのかと思って聞いてみた事があるが、返って来た答えは『どうせ来客も殆どないし』だった。

私室だから、自分一人が使うのに不便がなければそれでいい、ってのはまあ、そうだよな。オレが来てからはこのテーブルで一緒にメシ食ったりしてっから、正直ちょっと狭いと感じる事もある。食器がさ、並びきらねえんだよ。
でもフレンは『これぐらいのほうが顔がちゃんと見える』とか何とか…そういう事を唐突に言う。すっかり調子と余裕を取り戻しやがって、また振り回されてる自分がいる。だいぶ慣れたつもりだったのに、やっぱり調子が狂うんだ。

そんなオレを見る度に嬉しそうに笑うフレンに、ますます複雑な気分になる。常に精神的優位に立たれてるような気がして、面白くない。
…仕方ないだろ。どういう関係になろうが、ヤなもんはヤなんだよ!こんな事を気にする自分が嫌なんだ。むしろ、こうなる前はいちいちそんな、気にしてなかったように思うんだが…。

そこへ来て、昼のアレだ。手合わせに勝って気分が良かったのなんか、吹っ飛んじまったよ。
…ほんと、なんでこんな事気にしてんだかな、オレ…


とりあえず、どうして精霊魔術なんてものを研究してるか、って話だ。

以前、オレ達は術技を使うために必要な魔導器…というより、魔核を全て精霊へと変化させた。必要なことだったんだ。その事自体は別に後悔してない。
派手な属性効果がなくたって、戦う事は出来る。そもそも、みんながみんな魔導器を持ってたわけじゃないからな。己の身一つで戦うやつならごまんといたさ。

不便は多くなったが、それなりになんとかなるもんだ。機械の動力なんかも少しずつ新しい技術が開発されてるみたいだ。いいことだと思うぜ。
だが、一つだけ…と言うとなんだが、使えなくなった影響が余りにも大きいものがある。

治癒術だ。

術士の力量にもよるが、怪我をすぐに治すことの出来る治癒術が使えないというのは、特にオレやフレンのように戦闘の機会がある人間にはかなり厳しい。怪我をしないように立ち回るったって、不測の事態ってのはどうしてもあるもんだ。

そう、ちょうど今日の昼の出来事みたいにな。

まさかいきなり魔神剣をかまされるとは思わなかったオレは、なんとか直撃は免れたもののそりゃあもう、いろんな意味で衝撃を受けた。フレンのやつ、いつの間にそんな鍛練してたんだか知らねえが…なんか悔しいだろ?
あの後、少しオレも刀を振るってみたが衝撃波を出す事は出来なかった。まあ…そりゃそうか。
更に、フレンは治癒術を使って見せた。
…どういう事なんだ、これ…


「…そんなに意外かな」

「いろんな意味でな。精霊魔術の研究してるのは知ってたが、まさか実用化されてるとは思ってなかったぜ」

「使えるようになった人間はまだごく少数なんだ。威力や効果も安定しないし、まだまだ実用的とは言えないよ。…いろんな意味、ってどういうことかな」

「いや、さすが騎士団長様は勉強熱心だと思ってさ。書類溜めまくってたくせにそういう事はしっかりやってんだなあと」

「そういう、って…」

「ま、体動かすほうが性に合ってるよなおまえも。書類仕事なんて後からどうとでもなるもんな、実際ソディアやらが処理してたわけだし?まさか一日中机に座ってボケッとしてたわけでもねえんだろ、だから」

「ちょっ…と、何言ってっていうか、どうして不機嫌になってるんだ」

「不機嫌?」


不機嫌そうに見えるのか。…不機嫌、なあ。

オレは元々、術のほうはさっぱりだ。素質がどうだか知らないが、勉強する気もなかった。使えればよかったと思う事はなくもないが、今でも改めて勉強し直したいとは思わない。…なんか、確実に昔より習得すんの難しそうだしな。

そんな事を考えながら、顔を上げてふとフレンを見る。それこそこちらの機嫌を伺うような表情でじっと見つめられて、何だか居心地が悪い。


「…なんだよ」

「それはこちらの台詞だよ。僕が魔神剣を使ったの、そんなに気に入らなかった?」

「べっ…!つに、そういうわけじゃねえよ!」

一瞬驚いた後、フレンは急ににやにやしだした。
やべ、悔しがってるのバレたか、これ…ったく!


「いいじゃないか、手合わせはユーリが勝ったんだから。ほんとは基礎ぐらい教えてあげたかったけど、必要なさそうだね」

「何笑ってんだ…必要になるかもしれない、って言ったのはどこのどいつだよ」

「あれ、教えて欲しいのかい?珍しいね、ユーリがこんなに勉強熱心だなんて」

「誰が術のほうだっつったよ。技のほうだ、技!実技!そっちならまあ、付き合ってやらないこともないぜ」

「だめだよ、前とは基礎理論体系が全く違うんだ。きちんとその辺りを理解してからじゃなきゃ無理だね」

「じゃあ別にいいわ。どうせ術は昔から使えなかったし、今更…」

「ユーリ」

「ん?何だよ…」


立ち上がってオレの横まで来たフレンに向き直る。少しの間そのままじっとオレを見下ろしていたフレンだったが、黙って手を伸ばすとそっとオレの前髪を掻き上げ、額に指で触れた。

…何故か『触るな』と言う気にはならなかった。


「痕が、残ってるね」

「わざわざそうやらなきゃ見えないぐらいの痕なんか、気にする必要ないだろ」

オレの言葉にフレンはふるふると首を振り、親指で傷痕に触れながら残りの指を髪に絡ませてきた。…やっぱり、触らせないほうが良かったかもしれない。何でって、何となくわかるだろ、この後のパターンがさ…はあ。

額の傷痕は、前にここで『仕事』をした時についたものだ。普段は前髪で隠れてるし、こうして見たところですぐには分からないぐらい小さい。オレは全く気にしていないし、誰かに気付かれた事もない。
気にしてるのはフレンぐらいだ。

気にするなと言っても無理なんだろうが、そう言うしかない。
何故なら…


「僕のせいで、君を危険な目に遭わせた」

「…あのなあ…」

予想通りの言葉に溜め息混じりで言うオレを見るフレンは真剣な様子で、何を言いたいのかは何となく分からないでもない。

「いつまでも気にされるほうが嫌なんだって言ってるだろ。おまえ、逆にオレがそういうのを会う度いちいち言ったらどうなんだよ」

「…申し訳ない気持ちにはなるね」

「だろ?わかってんなら言うな。それに、オレとしちゃもっと別の事を気にしてもらいたいね」

「別の事?」

「危険な目がどうこう言うんなら、そもそもオレがおまえを手伝わなきゃならないような状況を作んなきゃいいだろ。…前の時はともかく、今回はおまえのせいでオレはこんな事してるんだしな。それに、治せるんなら自分が怪我させてもいいってのか?なんか違うだろ、それ」

「………ごめん」

「う…ま、まあもういいけどな。だいたい、なんだって急に傷の話になるんだ。話の流れが全く分からねえんだけど。…いい加減手ぇ退けろよ」

「術を学ぶ学ばない、って話をしてたろう?あと、僕がいつそれを身につけたとか」


手を退けろ、というオレの言葉を無視し、額に触れたままフレンが身体を屈めた。
顔が近付いて反射的に身を引こうとしたが、テーブルに背中が当たって逃げられない。テーブルとフレンに挟まれるような格好だ。

…あー、ヤバいなこの体勢。
やっぱりこうなるのか…いや、でもここで流されたら負けだ。何が負けって言われると答えにくいが、とにかく負けなんだ!
フレンを押しのけようと腕を突っ張ると、手首を取られて余計に距離が縮まった。振りほどけない力の差に苛つく。腕力はフレンのほうが上な事ぐらい分かりきってるってのに、どうして…。


「ちょ…離れろって!わけわかんねえよ!」

「君こそ、どうしてそんなに嫌がるんだ。恥ずかしいにしたっていつもこうだと、さすがに自信をなくすんだけど」

「自信?何の自信だ」

「君が僕の恋人で、ちゃんと僕を好きだって事に」

「は!?いや、だから何でそんな話に……っ!!」


フレンの顔が更に近付いて、思わず身体を固くしたオレの様子に苦笑したフレンの唇が、額の傷に触れた。

「……っ」

「…よく、『これぐらい、舐めときゃ治る』なんて言うけど」

「な…ん、く、擽ってえな!ほんとに舐めるなよ!」

「実際はそんな訳にいかない。あの時、本当に後悔したんだ。自分が治癒術を使えない事に…」

「………」

「だから、あの後で必死になって勉強し直したんだ。せめて初歩ぐらいは習得して、次に君が来たらこの傷を少しでも綺麗にしたいと思ってたのに」


そう言ってやっと顔を離した…と思ったらすぐに抱き締められて、もう怒る気も失せた。
同時に、何だかもやもやとしていた感情も収まっていくような、そんな感じがする。

溜め息を零したら、フレンの腕に少しだけ力が込められた。


「溜め息を吐きたいのはこっちだよ、全く…。そう思って待ってたのに君はちっとも来てくれないし、もう怪我そのものは完全に治ってしまっているから痕を消す事も出来ない」

「またその話かよ!もういいだろ、それに気にすんなって何べん言わせりゃ気が済むんだよおまえは。そんなにオレに謝らせたいのか?」

「まさか。謝らないといけないのは僕のほうだ。本当に…いろいろとごめん」

「だからもう…」

「だから、治癒術を身につけて技も取り戻したかった。君のためにも、自分自身のためにも」

「わかった、わかったよ!おまえの努力はわかった、何かあった時には頼りにしてっから…傷のことはもう、ほんとに気にすんな。どうせおまえにしか見られる事もねえしな」

「………え?」

唐突に身体を離したフレンがまじまじとオレを見る。
え、って…なんでこんな驚かれんのかわからねえな。

「だってさ、ここまで近くでよく見なきゃ気付かねえぐらいの傷なんだぜ。実際、誰にも言われた事、ないしな。だからおまえしか―――」


そこまで言って、ふと考えた。フレンはじっとオレを見たままだ。

「…あれ、やっぱなんかおかしいな。傷を見る度に罪悪感を覚えるならおまえにこそ見えないほうがいいんだよな…」

でもこんな至近距離でしかわからないようなもの、オレはほんとに気にしてない。そもそもここまで顔を近づける事がある相手なんてフレンしかいないんだから、余計に普段は忘れてんだよ。だからやっぱり、気にすんなとしか言いようがない。

「僕にしかわからない、か」

「あ?ああ、そうだろ?どうしても気になるってんなら、考え方を変えたらいいんじゃねえの」

「考え方…?」

「自分のせいで怪我させた、って思うんじゃなくて、この傷に命を救われた、って思うとかな。…ちょっと大袈裟か。別に感謝しろとか言うつもりもねえけど」

でもそれなら、少しは前向きにならないか?

そう言うとフレンはまたオレを抱き締めて、額に顔を擦り寄せた。擽ったくて逃げても、それを追うようにして何度も何度も…。
その間中ずっと髪を撫でられて、恥ずかしくて逃げ出したいのと…気持ち良くてこのままでいたいのとがごちゃ混ぜで、動くことが出来なかった。


「ありがとう、ユーリ。うん、そうだね…そう思う」

「そうそう、何事も前向きにだな…」

「本当に、君には敵わないよ」

「それはオレの台詞……」

「…ユーリ?」


そう、敵わない。敵わないんだよなあフレンには。そんなのは昔からわかってた事じゃないか。何をやっても勝てなかった。悔しかったが、どこか誇らしかったんだよ。

あの頃とは違う感情にいつまでも拘って、後ろ向きになってたのはオレのほうだ。
先を越されて、何だか余裕のある態度を見せつけられて少し焦ったのかもしれない。そんな必要、ないのにな…。


「敵わない、か。ま、そう思っとけ」

「…?僕はいつでもそう思ってるけど」

「ふうん…そんなことより、いい加減離れろ。調子乗ってんじゃねえよ」

渋々といった様子で身体を離したフレンに、笑いが堪えきれない。

オレの為に頑張ってくれるってんなら、それでいいと思う事にするか。守られてるとか、そう思うのが何となく嫌だった。
でもまあ、オレも考え方を切り替えたほうがよさそうだ。そのほうがきっと、自然に付き合える気がする。

付き合うってのは別にその、恋人だとかそう意味だけじゃないしな。


「…何笑ってるんだい、ユーリ」

「別に?」

まるでさっきまでのオレのように不機嫌な顔をするフレンを見て、結局オレ達は似た者同士なんだと改めて思う。


「…まあ、悪くないよな、こういうの」

「だから、何が」

「ダメならもう終わってるわけだしなあ」

「ユーリ!何の話だ!?」


自分だけあんな気持ちになったなんて癪だから、暫く放っとくか。

とにかく、あと一日だ。フレンが見た『不審者』の話も聞いておきたいし、適当なとこで機嫌取りでもしておかないとな。


どうやって機嫌取るのかって?

……色仕掛けでもしてみっかな……はは。




ーーーーー
続く
▼追記
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