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SWEET&BITTER LIFE・7(拍手文)





ひとしきり笑った後、ユーリはズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、トレーを避けてテーブルに少し乗り出した。

まだ余韻が残ってるのか、口元をニヤけさせながら携帯を持つ手をふらふらさせている。
笑いすぎて薄く涙の張った瞳で僕を見上げるようにしているユーリを見て、可愛い、と思ってしまう。

普段はどちらかと言えば『美人』と言ったほうがいいような気がするぐらい、ユーリは整った顔立ちをしている。本人は嫌がるけど、そう思ってるのは絶対に僕だけじゃない。
カフェでユーリの噂をしていた女の子達も、そんな事を言っていた。

でも、今日ここへ僕を誘った時と言い今と言い、ユーリはたまにとても子供っぽい表情をする。それがとても可愛くて、同時に胸を締め付けられるような…そんな感覚に陥る。
…あの女の子達は、ユーリがこんな表情もするという事を知ってるんだろうか。
できれば知って欲しくない。
親しい人にだけ向けられる筈の表情。
きっと、そうに違いない。僕が勝手に思っただけだけど、どこか確信めいたものを感じている。

もっと親しくなりたい。
そうすれば、僕は…

「おーいフレン、どうしたあ?」


ユーリが僕の顔の前で掌をひらひらとさせている。
どうせまた、僕があさってのほうに行ってると思ってるんだろうな。

「どうもしないよ」

「嘘つけよ、またボケっとしやがって。おまえ、そのトリップ癖どうにかしたほうがいいんじゃねえの?」

ほら、やっぱり。
でも違うんだ。君といる時だけなんだよ、こんなにも思考がまとまらなくなってしまうのは。

「癖なんかじゃないよ」

「そうかあ?」

「…君は分からなくていい」

何なんだ、と言って怪訝そうにユーリが僕を見ている。変に思われたかもしれないけど、理由なんか言えない。言ったらもう…変、じゃ済まないだろう。

…君に惹かれてるから、なんて…言えない。今は、まだ。
僕だって、気付いたばかりなんだ。
本当の理由を…いつか言えたらいいと、思う。

「…またトリップ…」

「違うってば。ちゃんと君を見てるよ」

「は…はあ?」

ユーリがますます怪訝な顔で僕を見る。まずい、そろそろ話を戻さないと。

「ええと…番号、教えてくれるんだ?」

「だからさっきからケータイ出してんだろ。…全然見てねえじゃん。さっさとおまえのも出せよ」

「う、うん」

僕も鞄から携帯電話を取り出した。

「じゃあユーリ、番号教えてくれ。入力するから」

「通信したほうが早いんじゃねえの?」

「え?通信?」

「…おまえホントに雑誌記者か?」

ちょっと貸せ、と言って僕の携帯を奪い取ったユーリが、勝手に何か操作をしている。

「ち…ちょっと!何してるんだ!!」

「履歴見たりしてる訳じゃねえから心配すんな」

「別に見られて困る事は…って、そういう問題じゃ……!」

「ほら、準備出来たぜ」

ユーリから返された携帯を見ると、何だか見慣れない画面になっていた。

「…受信待ち?いや、まだアドレス知らな」

「おまえな…」

思い切り呆れた様子で、ユーリが携帯を持つ僕の手首を掴んでテーブルの上に下ろし、自分の携帯を持つ手をその前に置く。

「じゃ、送信開始、っと」

暫くすると僕の携帯の画面にユーリの携帯からデータが送信されて来る。画面から顔を上げると、すぐ近くにはユーリの前髪が揺れている。テーブルの真ん中に身体を乗り出して自分の携帯を見ているユーリは、またあの子供っぽい笑顔を浮かべていた。
掴まれたままの手首が熱い。

「ん?」

ユーリはテーブルに肘を突いたまま、上目遣いで僕を窺って…だから、そんな表情されたら落ち着かないんだって…!

「あ、あの…ユーリ、今のは」

「赤外線通信しただけだろ。知らなかったのか?」

「…ああ…なるほど」

機能としては知っていたけど、使ったことはなかった。仕事で話をする相手といきなりこうやって携帯同士を付き合わせる事もないし、交換した名刺を見ながら後で直接入力する場合が多かった。
だからもう、こんな機能があった事なんかすっかり忘れてた。

「なんだおまえ、もしかして機械とかダメな人?」

ニヤニヤしながらユーリが手と身体を離して座り直す。僕もテーブルから離れて、溜め息を吐いた。

「そんな事ないよ。普段使わないから、完全に忘れてただけだ」

「ふうん?ま、そういう事にしといてやるよ」

「あのね…」

勝ち誇ったように笑うユーリにむっとしつつ、番号を登録しながら僕は逆にユーリに聞いてみた。

「そういうユーリはどうなんだ。機械とか、得意なのか?」

「いや、別に」

「………」

あっさり言われて閉口する。

「どっちかって言うと、そんな得意じゃないかもな。まあ、こんなもんは必要最低限の機能さえ使えりゃいいんだよ」

「まあそうなんだろうけど。じゃあなんで僕にはそんな事を言うんだ」

「ん〜?何となく。おまえ、からかい甲斐があるっていうかさ」

「…『面白い奴』って?」

「そうそう。ま、最初に会った時は『変な奴』だったからな。それに比べりゃマシだろ?」

「普通、そういうのってあまり本人には言わないんじゃないかな…」

「何だよ、怒ったのか?」

「…別に」

マシになった。
僕自身、そう思ってるから怒ったりはしてないけど、面と向かって言われると何だか切ないのは何故だろう…。

「んだよ…ほんと冗談の通じねえ奴だな」

「ち、違う!怒った訳じゃないよ!」

「…ま、オレもこないだ教えてもらったばっかなんだけどな」

「は?な、何が?」

「さっきの通信。オレも使った事なくてさ。つか、そういう機能そのものを知らなかった」

そういう意味じゃおまえ以下だな、なんて言いながら笑うユーリには、少しも悪びれたところがない。結構、酷いこと言ってないか?
…別にいいけど。

「じゃあ、教えてもらってからは僕が初めての通信相手なんだ?何だか嬉しいな」

「…やっぱ変な奴だよ、おまえは」

テーブルの端に寄せていたトレーを戻し、ユーリはまたケーキを食べ始めた。いつの間にかケーキは既に残り1/3程になっている。

…甘党の域、越えてないか?ユーリも変わってるんじゃ、なんて言ったら何を言われるか分からないから言わない。
確実に機嫌も損ねるだろうし、ケーキを食べるユーリの姿をこうやって見ているのは楽しいから、いいけど。

これが他の誰かだったら、見てるだけで胸やけして食欲なんか失くなってるところだ。

僕の視線に気付いたのか、ふとユーリが手を止めた。

「何だよ、ジロジロ見んな」

「いや、嬉しそうに食べるなあ、と思って」

「………」

「見てる僕まで何だか幸せな気分になってくるよ」

「どいつもこいつも…」

「ん、何?」

照れたんだろうか、僅かに頬を膨らませるとユーリは残りのケーキを凄い勢いで平らげていく。

「…エステルにも毎回言われる」

唐突に言われて、一瞬思考が止まる。

「ユーリは甘いものを食べてる時が一番幸せそうです〜ってさ、いっつも言われんだよ。自分じゃどんな顔してんだか分かんねえし、なんかヤなんだよなあ」

「…そう」

「なあ、そんなにオレ、ニヤけてんの?」

「いや、ニヤけてるとかそういうんじゃないんだけど」

「じゃあどんなんだよ」

「何て言うか…全身から幸せオーラが出てるとでも言えばいいのかな。満ち足りた感じというか」

「げ…」

何とも言えない表情でフォークを置いて、ユーリは僕から顔を逸らした。何やらぶつぶつ言ってるけど、よく聞こえない。
どうしたんだろう?

「ユーリ?」

「おまえにまで言われるんなら、そうなんだろうなあ…」

「…どういうこと?」

「さっきおまえが言った事も、やっぱりエステルに言われた」

「…………」

「しかもさあ、毎回だぜ。来る度に言われるから、もうスルーしてたんだけどな。あいつ、ちょっと天然だし」

「…へえ」

「だけど初めてのおまえにもそう見えるんだろ?…やっぱこれからは一人で来るかな…」

いやでもさすがにそれは、とか何とか言っているユーリをよそに、それこそ僕は全く違う事を考えていた。

毎回、いつも。
そんなに頻繁に、あの子とこういう所に来てるんだろうか。今日はたまたま彼女に用事があったみたいだけど、休日の度に彼女を誘ってたのか?
そういえば、いつもはユーリとエステルさんで半分ずつケーキを取って来る、って言ってたな。冷静に考えて、結構恥ずかしいって言うか…余程仲が良くないと出来ない行動じゃないか?
現に僕は、それに付き合う勇気がなかった。

唐突に、昨日の女の子達の会話が思い出される。
どうしてその事が気になるのか、もう何となく分かっていた。
だから、聞かずにいられなかったんだ。
関係ない、と言われるよりも、知らないでいるほうが嫌だった。


「ユーリ、あの子と付き合ってるのか?」


顔をこちらに向け、驚いたように目を見開くユーリを見つめて、更に聞く。

「エステルさんが、君の彼女?」

「は…はあ!?何でそうなるんだよ」

「だって、しょっちゅう二人でこういう所に来てるんだろう?デート以外の何ものでもないじゃないか。店でも随分親しげだし、ただの従業員に対する態度には見えなかったな」

「…何言ってんだ、馬鹿じゃねえの。大体おまえ、店に来たのなんてほんの何回かじゃねえか。そんなとこ見てたのか?意外だな」

「意外?」

僕の言葉には答えずにユーリが続ける。

「確かにあいつにはこういう場所に来るのに『付き合って』もらってたけどな、別に彼女とか、そういう意味で付き合ってる訳じゃねえよ」

「本当に?」

「おまえに嘘つく理由なんかねえだろ。なんでそんな事気にすんだ」

「…昨日…そういう話を聞いたからかな。何となく、だよ」

ユーリは何事か考えていたけど、次に言われた言葉に、今度こそ僕は固まってしまった。


「…おまえ、まさかエステルに気があるのか」


「…………」

「フレン?」

「な…」

「おい、ちょっと」

「何でそうなるんだ!!!」


テーブルに両手を叩き付けて思わず立ち上がってしまった僕は、ユーリだけじゃなく周り中からこれでもかという程凝視されて、大慌てで椅子に座り直して縮こまるばかりだった。


「…何やってんだ、おまえ…」

ユーリは呆れ顔だ。

「ご、ごめん。あまりに予想外の事だったから」

「で、どうなんだ」

「…何が」

「エステルの事、気になんのか?」

「違うって言ってるだろ!?大体、聞いてたのは僕のほうじゃないか!!」

気になるのは確かなんだけど、意味が違う。僕が彼女に対して、何か思うところがあるわけじゃないんだ。

「気になるんなら紹介してやらないでもないぜ」

「いい加減にしてくれないかな…」

「わかったわかった!ま、紹介するにしても一足遅かったな。あいつ、最近彼氏が出来たんだよ」

「知ってて僕をからかってたのか!?」


ああそうだよ、なんて言ってユーリは笑ってるけど、とんでもない勘違いをされるところだ。
でも、あの子に彼氏がいると言うなら、別にユーリとは何でもない、ってことなのかな。…気にする方向が何だか違うような気もするけど、それはもういい。

「彼女が今日、休みなのって…」

「ん〜…ま、色々あんだよ、あいつにも。何にしても、これからはここに付き合わすわけにもいかなくなっちまったよな。誰かさんみたく『デート』だなんて勘違いする奴がいるかもしれねえしなあ?」

「勘違いって言うか、そう見えるだろ、ってだけだよ」

「同じだよ。マジで次からどうすっかなあ…」


すっかり食べ尽くされたトレーの上で、ユーリはくるくると器用にフォークを玩んでいる。その細く長い指を眺めつつ、僕はごく自然に、ある提案を口にしていた。


「これからは、僕が付き合ってあげるよ」

「…は?」

「さすがに一人じゃ来たくないんだろう?」

「いや、でも」



休みが合わないとか野郎同士でとか、今更な事をユーリが言うけど、もう決めた。
手帳を取り出してスケジュールの確認を始めた僕を、ユーリは黙って見ていた。



ーーーーー
続く
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