8/7 06:13、08:43拍手コメントよりリクエスト
鈍感♀ユーリと女性経験有りのフレン。リク詳細は追記にて。







「もしかしておまえ、不能なの?」

友人の無遠慮な物言いに、僕は手にしたペンを握り潰していた。砕けた破片がバラバラと書類に散らばり、うお、と言いながら友人が大袈裟に身を引く。


「…今の話から、なんでそうなるんだ!!」

「何でも何も、なあ」

「ああ。そうじゃないんならこの一年、よく我慢できたな」

「……………」

作業をする気も失せて、僕はぐったりと机に突っ伏した。
やっぱりこんな話、他人にするんじゃなかった…。




ユーリと付き合い始めて、そろそろ一年になる。
付き合う…と言うと何だか違和感があるけど、それまでの僕らは『幼馴染みで親友』であり、間にあるものは『友情』であって『愛情』ではなかった。

でも、僕は子供の頃からずっと、異性としてユーリが好きだった。ユーリが僕をそういう目で見ていない事は分かっていたけど、それだけに辛かった。

一緒に旅が出来る事になったあの日、僕はとても嬉しかった。そして今度こそ、ユーリに本当の気持ちを伝えるんだと張り切っていたんだけど。


「…まさかあそこまでガードが固いなんて…」


机に突っ伏したまま呟いた独り言を、目の前の友人…アシェットとアグエロンは、何を今更、といったふうに聞き返した。

「ガードが固い、ってのとはちょっと違うだろ、あれは」

「そうそう。おまえだって分かってんだろ?無自覚って怖いよなあ」

僕は過去を回想して言ったんだけど、彼らは『現在』のユーリの事を言っている。

…つまり、僕とユーリの仲は恋人という関係になってからのこの一年、全く進展していなかった。





ユーリ達と旅をしていた当時、問題は山積みだった。恋愛にかまけている場合じゃないのは重々承知していたけど、でもだからこそ僕はユーリに想いを伝えて、彼女を守りたかった。例えフラれたとしても、その気持ちは変わらなかったと思う。

ところが。

実際にユーリ達と旅をしてみると、とにかくあちこちでトラブルに巻き込まれる。それは些細な事からそこそこの大事まで様々で、常に何か抱えているような状況だった。

星触みを打倒するための戦力を蓄えながら、立ち寄った場所ではほぼ必ず何かしらの頼み事をされる。ユーリはそれをギルドの依頼として引き受ける事で自分達のギルドを大きくしたいと思ってるようだったけど、きっとそれ以上に困っている人を見過ごせない、彼女の性格のせいなんだろう。

放っとけない病、とは言いえて妙で、でも彼女にぴったりだと思った。
元々はユーリがエステリーゼ様を指してそう言ったらしいけど、彼らは全員、この病気にかかっていると思う。

何度か想いを伝えようとしたけど、その度に誰かに気付かれてしまう。タイミングを図っていれば『何か考え事か』と聞かれ、人知れず溜め息を零せば『悩み事か』と聞かれる。思い切って、大事な話があるからユーリと二人にさせてくれ、と言ったら『今更二人だけで話すなんて水臭い』と、有り難くもお節介な言葉が返って来たりした。
厄介な病気もあったものだ。


…もしかしたら、わざとかもしれないな。みんな、ユーリの事が大好きだから。

そんなものだからその時はまだ、想いを告げることはしないでおこう、と思った。


とはいえ、好きな女性が身近にいて何の意識もしない筈がない。
…暫く会わないうちに、ユーリはとても綺麗になっていた。
外見的にも、内面から滲み出るものも、全て。
僕の想いに気付いていないのは、恐らくユーリ本人だけだった。



昔からそうではあったけど、ユーリは窮屈な事が嫌いだ。それは着るものについても同様で、常にどこか着崩していたりはだけていたりする。年頃になってからは胸元が見える度に注意して来たけど、一向に改めてくれる気配はない。

そのくせ、ふとした拍子に近くで見てしまったりすると、ユーリは耳まで真っ赤になって『見るな!!』と言って逃げたりして……これで我慢出来るほうが信じられない。

何が、って…男として…その、色々と。

どうも僕はそういった事に興味ないように見えるらしいけど、そんな事はない。
…威張って言う事でもないけど、人並みにそういった事に興味はあるし、性欲も…普通にある。

まだ想いも告げていないとは言え、親しい間柄ではある。だからユーリは僕に対して遠慮がないし、無防備だった。健康な成人男性として、これはなかなかにきつい。

見れば怒るくせに隠そうとしない胸なんて、はっきり言って凶器だ。
決して小さくない、むしろ大きいほうだと言ってもいい白い胸が戦闘の度に目に入って、慣れるまで大変だった。…今だって完全に慣れたとは言い難い。


ユウマンジュで、温泉に『みんなで入れば?』と軽く言われた時には本気で目眩がした。直接見える訳じゃないけど、あの仕切り板の向こうにユーリがいると思うだけで心臓が爆発しそうだった。しかも女湯からはユーリの肌が白くて綺麗だとか、胸の形がいいとか、あ…脚が引き締まってて羨ましいとか……男湯の僕達がどれだけ恥ずかしい気分だったか、彼女達は分かってるんだろうか。

入浴後のほのかに色付いた頬や、髪を上げているせいでさらされたうなじでとどめを刺されたようなものだった。


はけ口を求めようにも、一人になれる機会がない。そんな僕を見兼ねたのか、ある時レイヴンさんが僕をある場所へ誘った。
それはダングレストの酒場で、以前にも連れて行かれた事があった。二度と一緒に行く事はないと思っていたけど、その時は普段とどこか様子が違っていた。

たまには何もかも忘れて発散しろ、と言われて、それが単に酒の事だけを指してるんじゃないと理解出来てしまった。冗談じゃない、と思ったが、レイヴンさんは真面目な顔で僕に言った。

『好きな女性を気持ち良くさせるのも、男の甲斐性の一つだ』

どうせまだした事ないんでしょ、と言われて顔から火の出る思いだったけど、それは事実だった。
でも僕は、ユーリ以外の女性を抱きたいなんて思わない。
そう言うと、なら何もしなくていいから相手の言う事だけを聞いておけ、と言われて、結局酒場の二階にある一室に連れ込まれ、初めて会った女性と一夜を共にした。

その人は、女性がどうされると気持ちが良いのか、という事を教えてくれた。僕はユーリへの罪悪感もあって全く気分が乗らなかったし、正直申し訳ないとさえ思った。
同時に、そんな心境なのに身体はしっかり反応してしまうのが情けなかったが、僕も色んな意味で限界だった。だから強く拒否する事も出来ず、流れでそのまま…。

その後も何度かその場所へ行くうちに、そういった事の技術や知識は確かに身についた。だけどそうなるとますますユーリが欲しくなるばかりで、ユーリ以外の女性と身体を重ねる事が苦痛になっていった。
彼女達は割り切っているのだろうが、僕はやはり完全には割り切る事が出来なかったんだ。
この時はまだユーリと付き合っていた訳じゃないけど、僕は今でもユーリにこの事は言えずにいる。


ある時を境に、僕はあの場所へは行っていない。

ユーリが僕の想いを受け入れてくれた以上、それは必要もないし今となっては不誠実な行為だ。
さすがにいきなりそういう事をするのはどうかと思ったので、機会を見て、と考えていたんだけど……。




「ガードがどうって言うか、相手されてないんじゃねえの?」

「そーそー。存在が近すぎて意識してもらえてない、とか」

「……慰めたいのかさらに落ち込ませたいのか、どっちなんだ」

机から僅かに顔を上げて睨みつけると、二人は慌てて明後日のほうを向いた。
…わざとらしすぎる。


騎士団長としての僕の仕事は、城の中だけに留まらない。時にはこうして他の街へ赴いて、そこで住民の話を聞いたり、ギルドとの連携を話し合ったりしている。

今回はオルニオンにやって来ていた。この街は誕生の経緯が特殊で、それこそ街の自治をどうするかといった事から物資の流通経路の確定、治安や警備の体制など、早急に片付けなければならない問題だらけだった。
あれから一年が経ち、最近漸く落ち着いて来たところだ。
駐留している騎士から現状の報告を求めたら、やって来たのがアシェットとアグエロンの二人だった。

二人共、僕とユーリの共通の友人だ。早くに騎士団を辞めたユーリとも仲が良く、彼女の性格もよく知っている。僕が騎士団長という立場になっても、こうして昔と変わらず接してくれる彼らはとても大切な友人で、だからこそつい、気が緩んで余計な事を話してしまい僕は後悔していた。

僕がユーリと付き合っていると聞いても、二人は特に驚かなかった。
それどころか『やっとかよ!』なんて言われ、どうやって会ってるんだとかデートしたりするのかと質問攻めだ。

で、当然最終的にはこの質問に行き着く事になる。

つまり、『どこまでいったのか』と。

正直に、まだ何もしていない…というかさせてもらえない、と言ったところ、僕が不能なんじゃないかとかとんでもない事を言われてしまったというわけだ。


「にしても、おまえ、そんなに奥手だったか?」

「…そうでもないんじゃないかな」

アシェットの質問に面倒臭さそうに答える僕を見て、アグエロンも言う。

「じゃあユーリのほうか。でもあいつは奥手というか、意外に照れ屋だからな。もっと押してみたらいいんじゃないか?」

「……結構押してるつもりなんだけど……」


ユーリは時折、僕の部屋へとやって来る。ギルドの仕事を終えて下町に戻って来た時なんかには必ず僕のところへ寄ってくれた。

窓から降りたユーリを抱き締める。ここまではいい。でも、そのままキスしようとすると必ず身体を離されてしまう。
…一度、無理矢理顎を取って唇を重ねようとしたら、本気で抵抗された。恥ずかしいにしても激しい抵抗に、僕もそれ以上何も出来なかった。

お互いに様々な話をする時間はとても穏やかで幸せだけど、僕はもっとその先に踏み込みたい。何度かいい雰囲気になった事だってある。
それなのにユーリはそういう雰囲気を察すると必ず逃げるように部屋を出て行ってしまうので、僕も最近では自信がなくなっていた。

ユーリは本当に、恋愛対象として…つまり、恋人として僕を見てくれているのか。


僕は、はっきりとユーリに「好きだ」と言った。

付き合って欲しい、と言ったらユーリはちゃんと頷いてくれたんだ。
だけど、僕の気持ちを知っていながら一年近く何もさせてくれないというのはさすがにどうなんだろう、と思ってしまう。アシェットとアグエロンにこんな話をしたのも、誰かに愚痴を言いたかったからなのかもしれない。


「とにかく、これ以上話す事は何もないよ。久し振りだからつい話し込んでしまったけど、君達も仕事に戻ってくれないか」

「何だよー、もうちょっとぐらいいいじゃんか」

「…アシェット、そもそも何で君がここにいるんだ」

「人手が足りないからってこっちに配属になったんだよ!把握しとけよ騎士団長!!」

「それは悪かったね」

「まあまあ…。邪魔して悪かったな、フレン。…頑張れよ、色々と」

「……ありがとう……」



まだぶつぶつ言っているアシェットを引っ張ってアグエロンも出て行き、静かになった部屋の中で僕は大きな溜め息を吐いて天井を仰いでいた。




ーーーーー
続く
▼追記