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ただ一人のためだけに・7

『四日目・実家に帰らせていただきます?』






「…通いにして欲しい?」


思い切り怪訝そうな表情を浮かべて聞き返すヨーデルに、オレは力一杯頷いた。



城に来て…というか、連れて来られて早や五日目。
既に契約期間はそろそろ半分、折り返し地点だ。
正確に言えば最初の一日は契約期間外なので、『仕事』としては今日で四日目だ。だから折り返し、って訳だな。

で、オレはどうしてもヨーデルに言ってやりたい事があり、会わせてもらえるようフレンに頼んでいた。いくら顔見知りとは言え、さすがに皇帝陛下のところに一人で出向くわけにはいかないだろ。
それもまあ、この格好でなけりゃまだ、オレに好意的な奴が取り次いでくれたかもしれないが。一介のメイドがほいほい会わせてもらえる筈もない。

……自分で言ってて嫌になってきたな……一介の『メイド』、って…。

まあともかく。

こんなナリでフレンの世話を焼いてやってるオレだが、もちろん好きで着てるわけじゃない。
勤務時間が終わればいつもの服に着替えてるんだが、その途端フレンがベタベタ引っ付いて来るもんだから、正直うんざりしていた。


今回の依頼、依頼主はヨーデルってことになるんだろうが、直接的な『雇い主』はフレンだ。つまりオレはフレン専属の使用人として身の回りの世話やら仕事の手伝いやらをしている。
オレに対する仕事内容の指示が大雑把過ぎて困る…というより、何をするにもいちいち確認しなきゃならないんで最初は面倒で仕方なかったが、それなりに慣れては来た。

たまにフレンが独自の解釈で勝手な事をオレにやらせようとしたりするが、それにはある意味この仕事を依頼したヨーデルの、フレンに対する憐れみみたいなものが含まれている。オレに放ったらかされたフレンに、ある程度好きにさせてやりたいとか、そんなところか。
…オレの意思とか都合なんかは全く斟酌されてないあたり、非常に納得いかないものはあるが。
だからあまり細かい仕事内容が書いてないんだな、ヨーデルからの指示書きには。フレンの受け取り方次第で、何でそんな事まで…ってのもまああったりなかったりだ。

これだけ見るとヨーデルがフレンを大層気の毒に思ってるみたいだが、実はそればっかりじゃない。

ヨーデルはフレンに対しても条件を付けていた。それは普通に考えればごく当たり前のことなんだが、この依頼内容の性質と、オレとフレンの関係…フレンがオレをどう思っているか、という事を考えた場合、その事を知るヨーデルがなんでわざわざ、と言わざるを得ないもので。

いわく、『使用人には一切手を触れるな』というもので、実際フレンはこれに不満たらたらだった。

フレンが言うには『嫌がらせ』らしいんだな、ヨーデルからフレンへの。
三ヶ月間、フレンの仕事の不手際で色々と迷惑被った仕返し、といったところか?
…わざわざ『恋人』を呼び寄せて身近に置くようにしてやっといて『触るな』とか、悪趣味な気もしないでもないが…。オレは別に構わない。つか、むしろありがたい。

が、それでもフレンはあの手この手でなんとかしてオレに触れたがる。仕事の初日にはいきなりキスしてきやがった。『手』は触れてないとか言うが、拡大解釈にも程がある。
しかもその後、いつもの服を取り戻して仕事が終わってから着替えたら、またいきなり抱きつかれたもんだから堪らない。

いい加減我慢ならないんで、こうして直訴に来た、というわけだ。


「通い…というのは、どういった意味でしょうか」

「どうもこうもねえ。こいつの部屋で寝泊まりするのは疲れる。それだけだ」

ヨーデルの隣に立つフレンが、むっとしたような顔でオレを見ている。
そもそも、オレがヨーデルに会わせろと言った時からフレンの野郎はご機嫌斜めだ。…まあ、大体想像ついてたんだと思うが。

「疲れるというのはまた、何故ですか?」

「…あんた、さっきから聞き返してばかりだな」

いちいち言いたくないからぼかしてるんだが、絶対分かってて聞いてるな、こいつ。

「仕事が終わればあとはプライベートな時間です。しかもフレンと共に過ごす時間が、何故疲れるのか私にはわかりません」

「そのプライベートな時間を、一人でゆっくり過ごしたい、って言ってんだよオレは。城の使用人全員が住み込んでるわけじゃねえだろ。下町から通うんでも何の問題もないと思うんだけど?」

「それではフレンが気の毒ではありませんか」

「………なんで」

「愛する人には、常に傍にいて欲しいものでしょう」

にっこりと笑って言うヨーデルだが、オレは何とも嫌な感じがしていた。もしかしてこいつ、フレンの解釈に問題ないとか思ってるんじゃないか。


仕事を終えた途端、フレンがオレに触れてくる理由。それは、『勤務時間外は使用人じゃないから』というこれまた勝手な解釈によるものだった。

その理屈で言ったら、フレンだって時間外や休日は『騎士団長』じゃない、って事になる。立場が変わるわけじゃないんだし、そんなもん通る筈もない。
オレの場合はそこまで真剣に気にするものでもないが、『依頼』の内容的にはオレは契約期間中はフレンの使用人、という立場だ。
勤務時間外だろうがなんだろうが、契約内容は適用されるもんだと思ってる。

そう言って、オレはフレンを見た。

「…だから、触るな、っつってんのにこいつがベタベタしやがるから落ち着かないったらねえ。ゆっくり眠れもしないし、だから通いにしてくれ、って言ってんだよ」

そうですか、と言ってヨーデルもフレンを見る。

「…フレン、少しは控えないと嫌われますよ」

「へ、陛下!?ぼ…私は、別に何も……!!」

フレンは顔を真っ赤にして慌てているが、なんつうか…今さらな気もするな。
確かに『何も』してはないんだが、する気はあるんだからな、こいつ。

…ただの触れ合いだったら、オレだって嫌じゃない。
フレンに抱き締められて髪を撫でられるのは、むしろ心地好くて好きなくらいだ。

だが、それだけで済みそうにないから困る。
フレンの寝室にあるベッドは一つ。かなり広くてデカいベッドだから、オレとフレンが二人一緒に寝るのに問題はないが、ガキの頃ならともかく今となっては逆に照れ臭い。…オレは。
一緒に寝るなんて選択肢はそもそも存在しない。

だからソファーで寝るんだがフレンはそれにも反対で、毎晩どっちがどこで寝るかの攻防戦だ。
押し切られてベッドで寝た事もあるが、今のところ勝率はオレのが上だ。
ところが、朝目が覚めたらフレンが一緒にソファーで寝てたり、オレがベッドに引っ張り込まれたりしててあまり意味がない。不自然な体勢で寝たせいで身体が痛かったりでろくな事はないし、何て言うか……ずっと寝顔を見られてるってのが、毎回恥ずかしくて仕方ないんだ。
…いつもフレンのほうが、先に起きてるんだよ。


「確かに何もしてねえけど、触るな、ってルールの定義が曖昧すぎる。手じゃなきゃいいとか、時間外ならいいとか、屁理屈も大概にしろって話だ。あんた、その辺りどう思ってんだよ?…そもそも、傍にいろだ何だ言うんなら、なんだってわざわざ嫌がらせみたいな条件付けてんだ」

「嫌がらせ、ですか?触るななんて言って、やはりユーリさんもフレンに触れて欲しいんですね。…そんな素直じゃないところもまた、魅力の一つで」

「オレじゃねえ!!フレンに対して、って事だ!!」

「なんだ、そうなんですか。それはまあ、お察しの通りです。味を占められても困りますし、多少は我慢してもらわないと」

「……陛下……」

「…最高の主君だな」

マジもんの嫌がらせか。
少しだけ同情するな、フレンにも。

「で?解釈についてはどうなんだ」

「まあ…そういった解釈も出来ますが。…フレン」

名前を呼ばれたフレンが姿勢を正す。…心なしか落ち着かない様子に見えるのは何故だろう。

「何でしょうか、陛下」

「現在、様々な法の見直しや新規法案の成立に向けて、日々議会は紛糾しています」

「…はい」

新規法案、ねえ。…まあアレだけじゃねえんだろうけど。

「ここでしっかりと内容を吟味していかなければ、法の抜け道を見つけて悪事を働こうとする輩は減りませんね」

「は、はあ」

「……抜け道、な……」

「ですが、フレンならそのような心配は無用ですね。重箱の隅をつつき倒すかのような細やかさで、一分の隙もない草案を纏めてくれると信じていますよ」

「…お、恐れ多いお言葉、有難うございます…」

「『簡素化』した作業指示書の『アラ探し』に比べたら途方もなく大変な作業だと思いますが、頑張って下さい」

フレンが硬直する。

…なんだ、天然陛下も予想してなかったのか、これ。そこまで深く考えてなかった、のほうが正しいか?……本気の本気だったんだな、嫌がらせ……。
フレンは硬直したままだ。面倒なのでそのまま話を続ける事にした。


「…で、その重箱の隅をつつき倒すかのようなアラ探しの結果、何度も言うようにオレとしてはいまいち落ち着かない、って事だ。だから通いにしてもらいたいんだよ」

「ベッドをもう一つご用意いたしましょうか」

「いらねえよ!あと三日しかいないオレの為にわざわざそんなもん用意する必要ねえって」

「あと三日しかいないなら、もう少し我慢してみませんか」

「あのな…。我慢って何だ。だったらせめて隣の部屋で寝かせてくれ」

フレンの寝室で寝泊まりする、ってのも仕事の条件の一つだ。オレはこれも嫌がらせに入ってるんじゃないかと思ってる。

ヨーデルが小さく溜め息を吐いた。


「フレン」

「あ、は、はい!!」

「すみませんが、暫く席を外してもらえませんか」

「…陛下?」

「私がユーリさんを説得します。あなたがいると、ユーリさんも言いにくい事があるかもしれませんし」

フレンがどことなく不安そうな視線をオレに投げて寄越す。
だが、オレもヨーデルの真意がよく分からない。別にフレンに聞かれて困る事なんかないが……

聞かれて困る、か。…なるほど。


「…フレン、皇帝陛下の命令が聞けねえのか?」

「ユーリ…本当に、僕に聞かれたくない話、なのか…?」

「さあな」

「………」

もう一度ヨーデルが言う。

「フレン、お願いします。…大丈夫、必ず住み込みのまま働いてもらうようにしますから」

「あのなー…」

「……分かりました。ユーリ、くれぐれも失礼のないように」

今までのやり取り見といて何言ってんだか。

フレンは一礼して部屋を出て行った。恐らく扉のすぐ外で待機してるんだろう。




「…さて、聞かれて困る話、ってのは何なんだ?」

「さすが、察しが良いですね」


笑顔のヨーデルを横目に、オレはわざとらしく肩を落として息を吐いてみせた。

何だよもう……
あまり面倒臭い話じゃなきゃいいんだがな。
▼追記
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