どんな姿も好きだから・18

続きです。







夢を見ていた。

これは――まだ、ガキの頃の夢だ。

近所のおばさんが切ってくれた髪が気に入らなくて、フレンに八つ当たりしたんだっけ…。






『ユーリ、危ないよ。それに、自分でやったら変になっちゃうよ?』

『いーんだよ!オレは、フレンみたく短くしてって言ってるのに!』


そうそう、いっつもなんだよな。
髪が伸びたら切ってくれてたおばさん、勿体ないとかこっちのほうが可愛いとか言って、肩より短くしてくれないんだ。
邪魔だから切ってくれ、って言ってんのに、意味ないよな。長さが中途半端で一つに括れないし、それに何より………


『だめだよユーリ、それに、似合ってるよ?』

『それがイヤだって言ってんの!また女に間違われるじゃんか!!』

『せっかく可愛いのに』

『可愛くなくていい!!』


…なんか、進歩ねえな、オレら。今も大して会話の内容、変わってねえ気がする。

可愛いって言うなら、フレンだってそうだった。少し癖のある金髪がふわふわしてて、もし長く伸ばしてたらあいつだって女に間違われてたに違いない。
今は……どうだろう。見てみたいような気もするが…無理だろうな、多分。


『僕、ユーリの髪の毛、好きだよ』

『なんで?』

『まっすぐでさらさらで、さわったら気持ちいいから』

『フレンの髪だってふわふわしてて気持ちいいぞ?』

『そう?…ユーリがそれ以上短くしたらさわれなくなっちゃうから、切らないでほしいな…』


恥ずかしい会話だな……まあ、ガキだしな。
髪を切ろうとする度にこんな感じなもんだから、とうとう最後には面倒臭くなって、切る事そのものを諦めた。
おかげで今も時々女に間違われるわ、あげく女の格好させられるわで、ろくな事はない。
…やっぱ切っちまうか?


『ユーリ、髪の毛さわらせて?』

『…やだ』

『え…どうして』

『おまえもオレのこと、女みたいだって思ってんだろ』

『そんなことないよ』

『じゃあなんで、おばさんと同じこと言うんだよ!女みたいに長い髪がいいんだったら、女にさわらせてもらえばいいじゃんか!』


…違うだろ。あいつがオレに触れたがるのは、そんな理由じゃなかった筈だ。


『別に、他の子の髪はさわりたいと思わないよ』

『…なんで』

『僕はユーリの髪が好きなんだって言ったよね?』

『でも…』

『ユーリが女の子みたいとか思ってないし、そんなの関係ないよ』

『ほんとに?』

『うん。男の子でも女の子でも、僕はユーリがいいんだ』



そう言ってフレンの手がオレの髪に触れ、優しく撫でられるのが気持ち良かった。
…多分、フレン以外に同じようにされてもこうはならない。

今もこの感触が心地好くて、なんだか妙に落ち着く。

……今も?

今……誰か、オレに触れてるのか……?








「………ぅ……」

「ユーリ!!」

「…フレン…?」


目を開けると、すぐ傍らでフレンがオレの顔を覗き込んでいた。

泣きそうな表情が笑顔になったと思ったら、すぐに怒ったような顰めっ面になって見下ろしてくる。
何を一人で百面相してるんだ、と言おうとして、オレは初めて自分がベッドに寝かされていることに気がついた。
…しかもここ、フレンの部屋じゃねえか。
どうなってるんだ、一体…。


「…具合はどうだい?」

「具合?別にどこも……」

起き上がろうと力を入れたら、額の左上辺りが激しく痛んで思わず呻き声が漏れた。

「っ…痛ぇ…何だ?」

「銃弾が至近距離をかすめたせいで、裂傷と火傷になってる。君は、衝撃で脳震盪を起こして倒れたんだよ。…それだけで済んだのは、奇跡みたいなものだ」

「銃弾…」

淡々と説明するフレンの言葉を受けて、徐々に記憶がはっきりとしてくる。


あの時、女の手が伸びた先に見えたもの。

それはくすんだ鉛色をした、銃だった。
それほど一般的ではないその武器のことを、オレ達は良く知っている。
仲間に使い手がいたし、それをメインに扱う奴らとやり合った事もある。

その銃口が狙うのはフレンだと悟って、オレは咄嗟にフレンを突き飛ばした……というより、肩から体当たりした。その瞬間、激しい衝撃を受けたような気はするが、よく覚えていない。

それにしても、銃なんてそうそう簡単に手に入れられる物ではない筈だ。なんだってあんな物…


「…あいつ、なんで銃なんか持ってたんだ?」

「………」

「フレン?まだ何も聞いてないのか?」


オレの質問を無視して、フレンはじっとこちらを見ている。…睨みつけている、と言ったほうが正しいか。
何となく、その理由はわかる気がした。
これは……まずい、かな。


「あー…と、まあ…何だ。詳しい話は後でいいや。えーと、それよりオレ、なんでおまえのとこで寝てんの?普通、医務室とかオレの部屋、じゃねえのか?」

「…僕が連れて来たからに決まってるだろう」

「いや、だから…何で?」

「っ……!」


フレンの手が一瞬オレの首の辺りに伸びるが、すぐに引っ込められる。
オレが怪我人じゃなかったら、あのまま胸ぐら掴まれて引き起こされてる、多分。
震える肩の様子から、フレンの怒りが伝わってくる。


「…なんで、だって?どれだけ心配したと思ってるんだ!!!」


あまりの剣幕に身を固くするが、フレンの怒りは収まらない。

「どうして君は、無茶ばかりするんだ!?死んでもおかしくなかったんだぞ!!何でもっと、考えて行動しない!?」

「…考えるヒマなんか、なかったよ」

「だからって……!!君を失ったら、僕は……っ!」

顔だけをオレの胸に埋めたフレンの肩をさすってやる。
…泣いてる、のか。

「……心配かけたな。でも、大丈夫だ。ちゃんと生きてるだろ?」

わざと明るく言ってやったら、少しだけ顔を上げて恨めしそうに見上げてくる。
こういうのだけはガキの頃から変わんねえんだけどなあ…。


「そんなの…運が良かっただけだ」

「ならいいじゃねえか、それでも。な?いい歳した男が泣くなって。みっともねえぞ」

「…関係ないだろ。誰だって泣くよ…こんな思い、させられたら」

「……そうだな。悪かった。オレでも泣くかもな、確かに」

「ユーリ…?」


身体を起こしたフレンが、気遣わしげに頬に触れる。
…実際、泣きそうな顔をしてるのかもしれない。
もし逆の立場だったら、オレだってフレンに同じことを言っただろう。

「とにかく、もう大丈夫だから心配すんなって。…で?何でオレ、ここにいんの?」

「…そんなに気になるのか、それ」

「なる。オレがここにいるの、知ってる奴らもいるんじゃないのか」

「まあ…そうだね」

「まずいだろ、それ…。公私混同って言われても仕方ないぞ」

「………」

「フレン?」

オレの頬に触れていた手を離してフレンが俯く。
なんとか身体を起こしてその顔を覗き込むが、目を逸らされてしまう。
唇も固く引き結ばれたまま、何かを考えているようだった。
何だかここのところ、フレンにはこんな表情をさせてばかりな気がする。

原因が自分にあるんだろうとは、なんとなく感じていた。

ソディアに言われたこと、
あの女の『告白』。
そして、さっきの夢の中でのフレンの言葉…

今、フレンが気にしていることが何なのかわかれば、ちゃんと答えてやれる気がする。

沈黙に耐えられず口を開いたのは、意外にもフレンのほうだった。


「公私混同…か。君は冷静なんだな」

「そうか?…そうかもな」

「どうしてそんな、落ち着いていられるんだ。僕は…気が気じゃなかった。手当が済んだ時、医師はこのまま安静に、と言ったけど、もし僕がいない間に君に何かあったらと考えたら、我慢出来なかった。だから連れて来たんだ。体裁なんか気にしてる余裕はなかった」

「…少しは気にしてくれよ。立場ってもんがあるだろ、おまえには。またバカップル呼ばわりされたいのか?」

「それは……でも」

「なんか勘違いしてるみたいだし、この際だから言っとくが、オレは別に、その…『役』でやってるつもり、もうないからな。女の『フリ』はしてても」

「……え?」

「え、じゃねえよ。それぐらい、わかんだろ。ただの恋人役なら、他に誰もいないところで、好きでもない奴と、キ…」

あー…、やっぱ改めて言いたくねえなあ、こういうの…。

「…ユーリ、続きは?」

「……キスしたりとか、する必要、ねえだろ!演技だってんなら、それこそ見せなきゃ意味ねえんだからな」

「見せたいのか?だったら僕は別に」

「そんなわけあるか!!」

「意味がわからないんだけど…」

「……オレが気にしてるのは、一般論として見た場合にどうか、って話だ。…おまえには悪いが、オレは同性での恋愛が一般的だとは思ってない。だから、あえて他の奴らに知られたいとも思わない」

「別に…僕だって」

「だけどな、それが悪いとか言ってんじゃねえし、他にもそういう奴らだっているんだろ。…現に今日、思いっ切り告られたしな」

「ほんとに…余計なことばかりしてくれるよね…」


フレンは余計なことだと言うが、オレはさっきの夢を見たのはあの女のおかげなんじゃないかと思っていた。あの女には少々歪んだものを感じたが、夢の中…記憶の中の幼いフレンも、同じことを言っていた。

男か女かなんて関係ない。

オレという『個人』が好きなのだ、と。


それはオレだって同じだった。
オレは別に、男が好きなわけじゃない。ただ、フレンならいい。
…それだけだ。


「…余計なことか。でももう、関係ないだろ」

「どうして」

「どうして、って。あいつの気持ちには応えられねえからな」

「それは、『女同士』だから理解できない、ってことか?」

「違う。…もう、他にいるからな、好きな奴が」


少し前から、フレンの表情が目に見えて生き生きとしてきた。
…ほんと、腹立つな……。
でもオレも素直に言ってやるつもりはない。そんなこと言ったらこいつは絶対、調子に乗る。
これ以上、振り回されてたまるか。


「ユーリ、君の好きな人って誰?教えてよ」

…ほら来た。誰が言うか。

「さあ?誰だろうな。おまえまさか、わからねえのか?」

「…予想は外れてないとは思うけど」

「だったらそうなんだろ」

「…ユーリ…何のつもりだ…?」

「…目が怖い。怪我人相手に殺気立ててんじゃねえよ」

「君がそうさせてるんだろ!?」

「あーもー、うるせえな…ちょっと、こっち来い」

「…何?…………っ!!」



手招きに素直に応じたフレンの頭に左腕を回して引き寄せ、唇を重ねる。

オレのほうからキスするのは初めてだ。

フレンは最初驚いていたが、すぐに両腕をオレの背中に回してきつく抱き締めてきた。
身体が痛くて身を捩ると、少しだけ腕の力が緩み、髪を優しく撫でられるのが気持ち良くて、落ち着く。
きっと…オレが眠ってる間もずっと、撫でていたに違いない。

ガキの頃から、好きなんだからな…。



「…ユーリは好きでもない奴に、キスなんかしない?」

「……そういうこと、だ」



自分から仕掛けておいて、恥ずかしくて死にそうだ。

顔が熱くて、額の傷も疼く。

今日の出来事のこととか、明日からどうするのかとか、フレンはどこで寝るつもりなんだとか考え出したら止まらない。



結局、振り回されてることに変わりはなかった。




ーーーーー
続く
▼追記

どんな姿も好きだから・17

続きです。







城の外へと向かう途中、ソディアと出会った。

もともとオレはこいつを探して座学が行われていた教室に向かっていたんだが、ソディアもオレを探していたらしい。
何処へ行っていたのかと軽く文句を言われた後、午後の訓練は予定通りに行うという確認をした。

…そういえば、こいつは嘆願書のことを知ってるんだろうか。

今は騎士団長となったフレンの副官でこそないが、フレンはこいつのことを信頼している。
今回の『仕事』についても、ソディアはある程度の事情を知らされていて、オレのフォローのような事を任されていた。
『事件』についてはどうなんだか知らないが。
…今更だが、その辺をフレンと話したこと、なかったな。

とりあえず嘆願書についてだけ聞いてみると、ソディアはあっさり「知っている」と答えた。


「それがどうかしましたか」

「ああ、いや…。誰があんなもん、フレンに渡したのかと思ってさ」

「あんなもん…?」

ソディアの表情が厳しくなる。

「…何だよ、何か気に障るようなこと、言ったか?」



オレは今でもこいつが苦手だ。

それはこいつのフレンに対する気持ち、というか想いを知ってるからだが、こいつはこいつでオレに妙な気の使い方をする。
それも仕方ないのは分かってるが……まあ、合わないんだろうな、色々と。

だからってわけじゃないが、こいつと話す時はどうにも構えてしまいがちだった。
黙っているソディアに、もう一度聞いてみる。


「おい?どうしたんだよ」

「…あなたは、彼女達の気持ちをどう思っているんですか」

「……何だ、いきなり」

「随分、彼女達に慕われているようですね」

「…そうみたいだな」

オレはさっきの、医務室前でのことを思い出していた。

「でしたら何故、彼女達の想いを『あんなもの』呼ばわりできるんですか」

「…迷惑だからな。オレはずっとここにいるつもりなんかない。ましてや、こんな格好したままで、なんて冗談じゃないぜ。あんただって、オレに残ってもらいたいわけじゃねえんだろう」

「私のことは関係ありません。あなたはもう少し、相手が自分をどう思っているかを考えてみたらどうなんですか」

一体なんだってんだ。
何でこいつに説教されなきゃなんねえんだよ。
説教なんて、あいつだけで充分だ。尊敬してる相手に態度まで似てくるってのか?

「どう思われてるかなんて関係ねえよ。気持ちはありがたいぜ、嫌われるよりはな。だが迷惑には変わりない。フレンだって困るだけだろうが」

「そうでしょうか」

「………何?」

「本当に、困るだけだとお思いですか」

「他に何かあるってのか」

「あなたがそう思っているだけでしょう」

マジで何なんだ。意味わかんねえぞ。

「いい加減にしろ。何が言いたいんだ」

「あなたが決め付けていることが、相手にとってもそうだとは限らないというだけです。……そんなことだから、団長は……」


呆れたような、怒ったような様子で息を吐くソディアを見ながら、オレは今、こいつに言われたことの意味を考えていた。

…オレが、決め付けている…?
それに、なんでそこでフレンが出て来るんだ。
そんなこと、って…何なんだ。


「…嘆願書を団長にお渡ししたのは私です」

「は、え?何?」

「あなたが聞いたんでしょう」

…いきなり話を戻されてついてけなかったんだっての。
なんだか、こんなところまでフレンに似てやがんな、こいつ。
なんか、面白くない。
それより…こいつが?

「あんた、いつフレンに渡した?」

「あなた方が手合わせをされた後に新人の一人から渡されて、その後団長が戻られた際に、ですが。それが何か」

「あんたは誰から受け取ったんだ」

「ですから、新人の」

「フレンの縁談相手か?」

オレの言葉にソディアは一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐに元の様子に戻ってはっきりと言った。

「違います。彼女ではありません」

名前を確かめると、それはやはり例の女ではなかった。

「…そうか。ちっとその辺り、知っときたかったんだ。悪かったな、引き留めて」

「何を気にしているのか知りませんが、これ以上団長に心配をさせないで下さい」

「心配?迷惑かけるな、の間違いじゃないのか」

「…………」

黙ってオレを見る視線が痛い。
全く…、マジでやりづらい。

「わかったよ、気をつける。じゃ、訓練あるから」


ソディアはまだ何か言いたげだったが、オレは彼女に背を向けると、今度こそ訓練のために練兵場へと向かった。









まだあちこちぬかるんだまま乾いていない土を踏み締めながら歩いていくと、練兵場のほうが何やら騒がしい。
誰かの怒鳴り声と、激しい水音。
急いで走り出した先の光景に、オレは目を疑った。


例の女が、仲間の一人に飛び掛かっていくところだった。
そのまま二人揃って地面に倒れ込み、馬乗りになって殴りつけようとするのを周りの奴らが慌てて止める。


「何やってんだ、おまえら!!やめろ!!」


駆け寄るオレの姿を全員が振り返って安堵の表情を見せるが、オレはそれには構わず素早く間合いを詰め、腰の剣を引き抜きざま払った。

高く渇いた金属音と共に弾き飛ばされた短剣が、大きな孤を描いてオレの背後の水溜まりへ落ち、僅かな飛沫を上げて沈黙する。


周りがオレに気を向けた瞬間、馬乗りになっていた女が短剣を取り出して振り上げていたのだった。


呆然としたまま動かない女の下から倒されている奴を引っ張り出し、そいつと状況を説明させる為に呼んだ一人以外は宿舎で待機するように言って帰らせた。
このままここにいたって、もう訓練どころの話じゃないからな。

オレは剣を握る手を緩めないまま、傍らに立ち尽くしている奴に声をかけた。
以前、目の前の女に殴られた奴だ。

「何があった」

「彼女が…、なぜ、勝手に渡したんだと…それで、口論、に…」


要領を得ない。
渡した?何をだ?
怯えたような表情は、以前に殴られた時と変わらない。
…そうか、こいつもこんなふうにいきなり襲われたのか…。
確かに、このキレっぷりは異常、だ。

「…大丈夫か」

「あ、は…、はい…」

今さっき飛び掛かられたほうに声をかけるが、こいつも放心状態だ。話は聞けそうもない。
オレはもう一度、隣に立つ女に声をかける。
とにかく、このままこうしているのはまずい。早く知らせておかないと、また何を言われるか。

「そいつ、医務室に連れてってやれ。それで、フレンに知らせてくれ」

「だ、団長、に?」

「そうだ。できればすぐにでも、ここに呼んで来て欲しい」

「わ、わかりました!」


仲間を支えながらも早足で行くのを肩越しに見て、すぐに視線を前に戻す。
ぬかるみにへたり込む女に、油断なく剣先を向けながら質問をする。

「…何故こんなことになったのか、教えろ」

「………」

「おい?」

のろのろとこちらに向けた瞳は薄暗く、何処を見ているのか定かでない。
…気味が悪ぃな……嫌な感じだ。

「あの子が…勝手なことをしたから」

「…何をだ」

「あなたにずっといてもらうために…私じゃなきゃ、できないのに」

…嘆願書、か?
そういえば襲われてた奴は、ソディアの言ってたような名前だったか。じゃあ、あいつが渡したのか、嘆願書。

「おまえ、どういうつもりだ?どうしておまえだったらあの話を通せるなんて言えるんだ」

「…彼がやってくれるから」

「彼?」

「ええ…彼に頼めば、騎士団長の承認なんて、いらない…」

もしかしなくても、入団の手引きをした、あの男のことか。
こいつ…、やっぱり全部知ってたんだな…。





「…ユーリ」

「よう。…早かったな」

いつの間にか隣に立っていたフレンが小さく名を呼び、女とオレを交互に見る。
後ろでは騎士が数名、待機していた。

「大丈夫か?」

「ああ。…おい、何でこんなことしたんだ」

女が顔を上げ、フレンを見て眉を顰める。
…あからさまな嫌悪の表情だ。

「私は…あなたが好き、なの」

「な…に?」

「あなたの事が好きなの!ずっと一緒にいたいの!!だから……!!」

「何を、言って」

「あなたが男でも女でも関係ない…私は『あなた』が好きなの!!!」

「っ…」

なんだ、こいつ…。
これだけ嬉しくない愛の告白もない。
オレを好きだと言う女の様子に尋常でないものを感じて、思わず一歩引く。
そのかわり、庇うようにしてフレンが前に出た。

その様子に、女の表情が一変する。嫌悪と言うより、最早憎悪と言っていい。


「あなたは、邪魔、なの」

その時、女の右手が自分の左内股に伸びた。
真正面から見下ろすフレンには、その手の先にあるものが見えずに一瞬だけ反応が遅れる。


その一瞬で、オレはフレンを突き飛ばしていた。


「ユーリっっ!!!?」





……馬鹿かおまえ…思いっきり名前呼んでんじゃねえよ


―視界に微かな金色が映った気がした




ーーーーーー
続く
▼追記

どんな姿も好きだから・16







気分が重い。

身体も重い。

正直、午後の訓練なんかすっぽかしたくてしょうがない。

…だが、そんなわけにはいかない。
これは仕事だ。ギルドとして正式に依頼を受けた、立派な仕事なんだからな。
オレが勝手なことをして、首領に迷惑かけるわけにいかないだろ?

…違う。ほんとは分かってるんだ。
フレンのことが気になって仕方ない。
別に今更、あいつに対する気持ちがどうとか、そんなことじゃない。
ただ、さっきのあいつの態度が気になるだけだ。

フレンはオレに、自分に対する態度が『演技』なのか、と聞いた。…なんだか、今にも泣きそうな表情だった。
それなのに最後には、まだ『役』を続けるんだろう、これから先、何かあったらまた『演じて』くれ、とか言いやがった。

一体どういう意味なんだ。

…恋人『役』のままじゃ嫌だと言ったのはあいつだ。
オレは…それを受け入れたつもりだった。

『何かあったら』?
その必要が本当にあるんなら、またこうして女装だろうがなんだろうがやってやる。
嫌でたまらないのは変わらないが、一度こうして出入りしてるわけだし、正体がバレない限りは再びこの姿で活動することは可能だろう。

『役』を演じるのはその時だけか?それとも、依頼を終えても恋人を『演じる』のか?…誰に対して?

あいつの思考が理解できないのなんてしょっちゅうだが、もう、訳がわからなかった。

…なんだか、今頃になって右腕の痛みまで気になるような気すらしてきた。
しょうがねえな、さっさと医務室、行くか…。









医務室前で、見知った顔とばったり出会った。

そいつはオレが指導してる新人共のうちの一人で、先日の訓練中に怪我をした。
そう、例の女に殴られて、やけに怯えていた、あいつだ。そんなに酷い怪我だったのか…?


「あ、教官!お疲れ様です!」

意外に元気そうだ。今は特に怯えた様子もない。
左のこめかみに、小さな絆創膏が貼られていた。

「お疲れ。…怪我、大丈夫か?」

「はい!…ありがとうございます」

「いや、こっちがちゃんと見てなかったのが悪い。すまなかった」

「い…いいえ、そんな…」

何故か俯いてしまったその顔は、真っ赤になっている。


……なんでだ。
オレ、普通に話しただけだぞ。
まさか男だってバレて……いや、それもおかしい。それなら騒ぎになってもおかしくないし、相手が男だから赤くなるってのもなんか違うだろ。

まさか妙な話じゃないだろうとは思うが……普通に女だと思っててこの態度、なのか…?


「…あのさ」

「は、はい?」

「なんでそんな、赤くなったりするんだ?」

「ええっ!?」

「……いや、え、ってなあ…」

「あ、すみません!…あの、私、教官のこと、尊敬してます」

「…はあ。ありがとな」

「初めてお見掛けした時から、素敵な方だなあ、って思って…」

…これで普通にオレが『男』だったら、愛の告白でもされんのかと思うところだが。

「先日の、団長とのお手合わせもとても素敵で…」

素敵?…女の感性はよくわかんねえな。

「教官のような強い女性に、憧れるんです…!」

…喜ぶところなのか、これ……。

とりあえず、憧れの相手を目の前にして恥ずかしいから赤くなるのか。
まあ、フレンやらレイヴンやらを前にこうなる野郎もいる…ような。

恋愛感情じゃない…よな、多分。



「そ…そうか」

それだけ言うのが精一杯で、どうしたもんかと彼女を見下ろしていたら、急に不安そうな顔でオレを見上げてきた。

「あの…、フレン団長から、何かお話はありませんでしたか?」

「話?」

まさかさっきまでオレ達がしていた話のことを言っている筈もない。だとすれば例の嘆願書、か。

「…なんかフレンに渡したらしいな」

「あ、はい。…あの、それで…」

「悪いが、騎士団に残るつもりはない。訓練が終了するまでだ。それはフレンも理解してる。この話は却下、だな。他の連中にもそう伝えるつもりだ」

はっきり言ってやると、目の前の女はあからさまに残念な様子で、がっくりと肩を落とした。

「そう、ですか…」

「そもそも、お前達だけで隊を編成ってのが無理な話だ。訓練が終了したら、それぞれ他の隊に配属されることになってるんだからな」

「…そうですよね…やっぱり、無理ですよね」

やっぱり?…割と無茶な嘆願書出しといて、随分と聞き分けがいいな。

「…ちょっと聞きたいんだが」

「はい、なんでしょうか」

「なんでそんな、嘆願書なんか出そうって話になったんだ」

「それは…みんな、教官に残ってもらいたいと思ったから…」

「誰が言い出したんだ?」

「誰…そうですね、最終的に、中心になっていたのは……」


告げられた名前に少しばかり驚くと同時に、どこかで納得する。

普段大人しい……いや、それももう、本性なのかフリなのか分からないが…、とにかく、大人しく見えるくせして、随分と大胆な行動に出たもんだ。

そんなにオレのことが気に入ったか、あの女。

誰かって?…言うまでもない、試験を受けずに入団して、目の前のこいつを殴った張本人でもある、あいつだよ。



押し黙るオレの様子に、目の前のこいつは再び不安そうに見上げてきた。

「あの…どうかしましたか、教官」

「何でもない。…おまえ、嫌だと思わなかったのか?自分を殴ったような奴にそんな話、任せるの」

「それは…まあ…。でも彼女が、自分に任せてくれれば必ずこの話を通してみせる、と熱心に言うものですから」

「…どういう事だ、それは。通ってないだろ、結局」

「そう、ですね?ええと…すみません、私もよく分からないです」

「あの嘆願書、誰がフレンに渡したか分かるか?」

あの女が直接渡したわけじゃない筈だ。それなら必ず、フレンから名前が出て来るに違いない。
あいつは何も言ってなかった。

「すみません、それも私には…。おそらく、お手合わせの後で誰かがお渡ししたんだと思いますが」

フレンに直接手渡ししたとは限らないが、とりあえず誰が嘆願書を出したのか、確かめといたほうが良さそうだな。
必ず通す、というのが引っ掛かる。何故そんなことが言えたんだ、あの女は。




その時、時刻を告げる鐘の音が鳴り響いた。

…やば、これ午後一番の鐘じゃねえか。
少ししたらもう一度、鐘が鳴る。そしたら午後からの職務開始、つまりオレ達は訓練開始だ。

目の前のこいつは、午前中の座学を終えて休憩中に医務室に来たんだな。
そんなの考えてみりゃ当たり前なんだが、オレの方はまだ何の準備もできてない。


「教官、午後の訓練は…」

「悪い、まだ確認してない。…多分通常の訓練になるだろうから、すまないが他の連中にもそう伝えといてくれないか。確認次第すぐ行くから」

「分かりました。練兵場で待機でよろしいですか?」

「ああ、そうしてくれ」


一礼して去って行く姿を見送り、オレは今の話を頭の中でまとめる。

とにかく、あの女に直接話を聞く必要があるな。
あまり積極的に接触したくないが、そうも言ってられない。
こっちの都合は感づかれないようにしないと厄介な事になりそうだ。
どうやって話を持っていくかな…。



…そういや結局、自分の腕の治療、するヒマなかったな。
昼メシも食ってねえし、なんだかマジでくたびれてくる。
ここ何日か、一日のうちにあれこれありすぎなんだよ。

とりあえず、目の前のことから一つずつなんとかするしかないか。



オレは一つ深呼吸して気合いを入れ直すと、訓練内容の確認をする為にソディアの元へ向かうことにした。




ーーーーー
続く
▼追記

美しき魔物(※リクエスト・モブ)

6/1、20リクエストより
モブユーリで、ユーリが淫乱です。
裏ですので閲覧にはご注意下さい!









薄暗い廃墟の中、オレは手首を縛り上げられ、裸に剥かれて転がされていた。

やれやれ…この状況、何度目だろうか。






周りにいる男共は…四…いや、五人か。
全く、どいつもこいつもこのテの奴らは行動パターンが同じで笑っちまうぜ。


「…何笑ってやがんだてめえ、余裕だなあ?ああ!?」


…っ、痛ってえな!蹴るんじゃねえよ。
あー…また痣になるじゃねえか。言い訳すんの、大変なんだからな。わかってんのか?


「目障りなんだよ、チョロチョロしやがって。おかげで俺達の仕事、なくなっちまったよ。どう責任取ってくれんだ…?」


知るかよ、んなこと。てめぇらの腕が悪ぃだけだろうが。大体、五対一って時点で実力なんか知れてるわ。
…だから、髪引っ張んなよ!痛えだろうが!
全く、あいつが煩いんじゃなきゃ切ってるぜ、毎回毎回こんなんじゃ。


「なんだあ、その目はよ…?そんな格好で睨まれてもなあ…」

「へへ、全くだぜ。…ほんと、野郎にしとくにゃ惜しいツラしてやがんなあ」


ああもう…うるせえな。顔が良けりゃなんでもいいのかよ、てめえらは。
…そっちの野郎なんかオレより頭一つ分ぐらい小せえじゃねえか。
てめえよりガタイのいい野郎によくもまあ、発情できるもんだぜ。


「…なんだあ?何ため息なんか吐いてやがんだ!どんだけ余裕こいてんだこの野郎!!」

「そろそろ分からせてやるか?自分の立場、ってやつをよ…」

「楽しませてもらうからな、覚悟しとけよ!」


いい加減聞き飽きてんだよ、その台詞。ボキャブラリーが貧困すぎて可哀相になってくるぜ。
…まあいい。

愉しませてもらうとするか…










「っうお、たまんねーなコイツの中…!」

「おら、もっと気合い入れてしゃぶれよ!!」


ったく、気合いなんか入るかよ…。下手くそ過ぎてノってこねえぜ。

んっ…と、ほら、もっと奥まで突けってんだ。デカいのは図体だけか?全然イイとこに当たんねえんだよ…足りねえなぁ、そんなんじゃ…。
こっちももっと硬くしろよ。
口の中でフラフラすっからしゃぶりにくいんだっての……っふぅ、やっと…掴まえたぜ…これならどうだ?先っちょのとこ、イイ感じだろ…?


「くう…そうそう、なかなか上手だぜ!なんだコイツ、やっぱ慣れてやがんなあ」

「そりゃそうだろ、そこらの女よりよっぽどだぜ。てめえからケツ振ってよぉ、いい格好だぜ…後ろからだと女とヤってるみてえだな」


女がいいのか違うのか知らねえが、余計なこと考えてんじゃねえよ。
届いてねえっつうの。…ダメだなこいつ、さっさと代わってもらうか…。

…おら、キツいだろ?これやると、あいつもヨさそうだもんなぁ…っは、てめえなんか…一分持たねえな。

ほら…もう、イっちまえよ…!


「うおっ!?っくう…、締まる…!!」

「おい…そんなイイのか?」

「あ…あ、すっげえ、キツく…た、たまんねえ……出る、出すぞッッ!!」


………あー…この感触だけはどいつも変わらねえな……熱っつう…。なんか…やっぱイマイチ届いてねえけど。
短小早漏とか、救いがねえよ。

まだ後がつかえてるってのにさっさと中に出しちまって、一番手なんだから気ぃ使えっての。まあ、ろくに濡れてねえからオレにとっちゃ都合いいけどさ。
……っふ…もう一人のほうも…限界、だな。


「ううっ…、この…!ヤベえって、舌……っくそ、出すぞ!全部飲めよ…!!」

……っぇ、気持ち、悪ぅ…!
これだけはやっぱ慣れねえわ、こんな奴らの飲まされるとかさあ、最悪だぜ。
あいつのだったら何の抵抗もねえけど。

…っん……全く…どんだけ溜め込んで…量だけはいっちょ前だな、ったくよ……うぇ、こぼれた。あー…ベタベタすんだよ…。


「おい、さっさと替われよ!」

「そうだぜ、こっちはもう、待ちきれねえよ…!」

「想像以上だぜ、こいつ…。綺麗なツラして、とんだ好きモンだな」


人のこと言えんのかよ、この変態が。
…まあ、オレもか。
に、しても…あと三人か…なんかもう、面倒臭えな。今回はレベル低すぎだぜ…。

仕方ねえな…いっぺんに相手してやるか…。






「なあ……ちょっと、頼みがあるんだけど、さあ…」

上目遣いで目の前の男に声を掛ける。
オレのこの顔、だいぶクるらしいからな、あいつが言うには。
…やっぱそうなんだろうな、見てみろよ、この男の顔…。


「な…なんだ、今更やめろとか言うつもりか?」

アホかこいつ。
どうせ言ったってやめねえだろうが。

「違うよ…。これ、解いてくんねえかな…もう、痛くて仕方ねえんだ」

わざとらしく身体を捩って、縛られた手首を見せてやる。

「何言ってやがる、そんなわけにいくか」

「…なんで?」

「な…なんで、って…!」

はは、見ろよこの動揺っぷり。そんなにイイ顔してんのかなあ、オレ。
…面白いったらないぜ。

「このまんまじゃ、せいぜい二人までだろ…?解いてくれたら、三人、イケるぜ……?」

男共が顔を見合わせる。
ほんの少し後、その手が一斉に伸びてきた。

…そうそう、どうせ考えたって分からねえだろ?おまえら程度の頭じゃなあ。


さあ……ここからが本番、だ……











「……また派手にやったものだね」

「そうか?最終的に腹に一発くれてやっただけだぜ。その前に全員オチちまったからなあ…ったく、どいつもこいつも役に立たねえぜ」

「全く…。ほら、身体拭きなよ」

「お、サンキュー。…んじゃ、後始末、頼んだぜ」

「いい加減、噂のひとつでも流れそうなものだけどな」

「こんな奴らのことなんか、誰も気にしちゃいねえよ」

「噂が流れたほうが、君に手を出そうなんて輩は減りそうだけどね」

「そうなったらおまえが大変だぜ?体力もつのかよ」

「問題ないよ。…先に行っててくれ。すぐに戻るから」

「ああ。……満足させてくれるんだろ?」

「勿論だ」





まだ夜は長い。

…今度こそ、楽しませてもらえそうだ




ーーーーー
終わり
▼追記

好奇心とスリルの狭間で・2(※)

続きです。表現があるので微裏です、閲覧にはご注意下さい!








生徒会室を出て、ユーリは一人、帰宅の途についた。

ただし、向かうのは自宅ではなく、フレンが一人暮らしをするアパートだ。

フレンとこういう関係になってから、ユーリはよくフレンの部屋へ行くようになっていた。

幼馴染みで友人だし、子供の頃にフレンがまだ家族と共に暮らしていた時は、家に遊びに行くことなど珍しくなかった。

だが、フレンが引っ越して行ってから高校の入学式で再会するまで、今思うと不思議なほど、やり取りがなかった。
手紙も最初の数回だった気がするし、電話に至ってはかけた覚えがない。
大体、引っ越して行った時期すら記憶は曖昧だった。

だというのに、一目でそれがフレンだとわかった。
明るい金髪も、晴れた日の青空みたいな瞳も、昔のままだと思った。
フレンのほうも同様だったらしく、ユーリの姿に驚きながらも、とても嬉しそうだったのを覚えている。

以来ずっと友人として付き合ってきて、今は『恋人』として『付き合って』いる。そのこと自体は構わないのだが、こういう関係になってから、ユーリはフレンの『嗜好』に驚かされるばかりだった。

普段の生真面目で品行方正な姿からは全く想像がつかないが、フレンは一度欲情すると歯止めがきかないらしく、する場所を選ばない。

立入禁止の屋上でサボっているのを見つかった時など、生徒会長としてはむしろユーリを連れ戻す立場にあるはずなのだが、そのまま行為に及んでしまうことが殆どだ。

他にもトイレや生徒会室など、校内でされてしまうことは少なくない。

フレンに抱かれるのはむしろ嬉しいが、ユーリはもっと落ち着ける場所がよかった。
いつ誰が来るかわからない状況で、周囲を窺いながらというのがどうにも抵抗があるのだ。

今日だって、さっさと生徒会室を出てしまわなければどうなっていたことか。
鍵を寄越せと言ったのも、そうすればフレンにわかってもらえると思ったからだった。
…まあ、意図は一応、伝わったようではあるが。

「なんだってあんな、がっつくかな…」

思わずため息を零して俯くと、足元のアスファルトに黒いシミがぽつぽつと落ちてきた。

「うわ、マジかよ」

振り仰いだ空はいつの間にか真っ暗で、一瞬のうちに大粒の雨がユーリの身体を叩きつけてきた。

フレンの家まではまだ距離がある。
とりあえず、雨を凌ぐ場所を探してユーリは辺りを見回した。

(確か、この先に公園が…)

鞄で頭を庇いながら、ユーリは記憶の中の公園へと走り出していた。









「うわ…すごいな、これは…」


ようやく作業を終えて窓を見ると、激しい雨がガラスを叩き、外の様子もわからないほどだ。

いつから降っていたのだろうか。作業に集中していて、全く気付かなかった。

「ユーリ、傘なんか持ってたか…?」

時計を見ると、あれから一時間以上経っている。
いくらなんでも、とっくに部屋に着いているだろう。フレンの部屋は、学校から歩いて15分ほどしかかからない。

(だから携帯持ってくれ、って言ってるのに…)

ユーリは携帯を持っていなかった。面倒臭いとかどうせ使わないとか言うが、フレンとしては何かあってもすぐに連絡を取れないことが、不満であり、不安だった。

今だって、携帯があればすぐにユーリに電話して、遅くなってごめん、と言えるのに。

とにかく、早く帰ろう。
フレンは手早く片付けを済ますと、鞄から折り畳み傘を取り出し、大急ぎで学校を飛び出した。










「え…?」

自宅に着いたフレンは、入り口で立ち尽くしていた。
いくらチャイムを鳴らしてドアを叩いても、何の反応も返ってこない。
鍵もかかったままだ。建物の外から自室の窓側に回ってみたが、電気も点いていない。

(なんで…?まだ、帰ってないのか?)

鍵はユーリが持っている。大家が一緒にいるアパートではないから、このままでは部屋に入れない。
だがそんなことより、ユーリは何故帰っていないのか。
どこで何をしているのか、まさか何かあったのか。

そう考えるとたまらなく不安になって、フレンは駆け出していた。

とにかく、辺りを捜してみよう。もしかしたら途中で雨に降られて、どこかで雨宿りでもしているのかもしれない。

そう思って近所の店先やコンビニ、たまに寄るファミレス等を覗いて回り、30分ほどかかってようやくその姿を見つけたのは、自宅から少し離れた場所にある公園だった。





「ユーリ!!」


東屋のベンチに腰掛けていたユーリが、フレンを振り返った。

「…おー。よくわかったな、ここ」

「わかったっていうか、捜したよ…!」

傘の水滴を払いながらユーリの隣に腰掛け、フレンは安堵のため息を吐いた。

ユーリは制服のブレザーを脱いでおり、生乾きのシャツから透ける素肌がなんとも言えず艶っぽく見える。
まとめていた髪も下ろされ、毛先はまだ濡れて束になっていた。


「いや、悪かったな。すぐ止むかと思ったんだけど」

「ずっとここにいたのか?」

「んー…一時間ぐらいだな。なんかもう、濡れても帰ったほうがよかったぜ…」

「一時間!?…あれ?学校出てすぐ…じゃないよな」

「あー、なんか考え事しながらだらだら歩いてたら降ってきてさ。この公園見つけるのにもちょっとかかったからな」

「考え事?」

「…大したことじゃねえよ」

フレンの性癖について考えていたなど、言いたくもない。
顔を逸らしたユーリだったが、フレンがそれを見逃すはずがなかった。
ユーリの肩を掴んで自分の方を向かせ、顔を覗き込んでくる。

「ユーリ?考え事って何?」

「だから、何でもねえって。何でもかんでもおまえに言わなきゃいけねえのか、オレ」

「…どうしても言いたくないなら、仕方ないけど…」

そのまま胸元に抱き寄せられて、ユーリは狼狽した。

「ちょっ、やめろって!!」

「どうして?…心配したんだよ」

「ガキじゃねえんだから……そんなことより、離せよ!」

「…なんで」

「何で、って、こんなとこ誰かに見られたらどうすんだよ!!」

フレンは辺りを見渡してみた。

相変わらず雨は激しく降り続いており、東屋の屋根を叩く音もかなりのものだ。
その東屋は公園の中央から少し寄ったところにあり、道路からは離れているため中はよく見えないと思われた。
何より東屋そのものも1メートルほどの高さの壁で囲まれている。


「…大丈夫、多分見えないよ」

「多分、じゃねえよ!なあ…もう帰ろうぜ。迎えに来てくれたんだろ?」

「ユーリ、今日は随分と僕の部屋に来たがるね。どうかしたの?」

「っ…」

まずい、とユーリは思った。
そもそも今日は、フレンの部屋で『ゆっくり』したかったのだ。
だが今それを言ったら、確実に自分の望まない状況になることは容易に想像できた。
恐る恐るフレンの表情を窺うと、爽やかな笑顔が自分を見下ろしていた。

「…わかってんだろおまえ…!だからもう、帰っ……!!」

さらに強く抱き締められてキスをされ、あっという間にユーリはベンチに押し倒されていた。


「んン、んーッッ!!」

フレンの背中をバシバシと叩くが、フレンは全く動じない。
唇を離すと不機嫌そうな瞳で見下ろしてくる。

「…痛い。少しは加減しなよ」

「うるせえ!加減ってんなら、そっちこそちったあ抑えろ!!」

「抑える?…何を?」

言いながらズボンのベルトに手をかける気配に、ユーリの顔から血の気が引く。

「やめっっ…!おまえまさか、マジでこんなとこでヤる気かよ!?」

「だってユーリ、そのつもりだったんだろう?」

「だから、帰っ……!」

「だいぶ待たせたみたいだし……そんないやらしい格好見せられたら、我慢できない」

シャツの上から胸を撫で回され、ユーリが身を捩る。

「んッ…!やらしっ…て、なに、が……ッ」

「……透けてる」

「はあ!?…っちょ、やめ…!」

「そういえば…外でしたこと、ないよね。『アオカン』って言うんだっけ?こういうの」

「……………!!」

爽やかな笑顔でとんでもない単語を口走るフレンの姿に、ユーリはさっさと帰らなかったことを激しく後悔した。











「……信じらんねー…マジで最後までヤりやがって……!!」

固い木のベンチに擦られた背中と、処理もままならない後ろがヒリヒリと痛い。
結局ユーリはフレンにされるがままに犯されてしまい、あまりの倦怠感にぐったりとうなだれていた。

未だ激しく雨は降り続いており、誰かに見られた可能性は殆どないだろう。
それでも最中は気が気でなく、声を抑えるのに必死で、身体にも余計な力がかかりっぱなしだった。

精神的にも肉体的にも、異常に疲れていた。

対してフレンは非常に満ち足りた笑顔をユーリに向けていて、その様子に心底腹が立ったユーリは、気が付くと鞄でフレンの頭を力一杯はたき倒していた。





「痛あ!?何するんだいきなり!!」

涙目で睨みつけてくるフレンの頬をさらにつねって引っ張る。

「いっ……!!」

「なんでおまえはそうなんだよ!?あっちこっちで盛ってんじゃねえ!!」

フレンはユーリの手首を掴んで引き剥がし、つねられた頬をさすりながら拗ねたように唇を尖らせる。

「なんでって…そんなの、決まってるよ」

「…なんだよ」

「ユーリが可愛いから」

「もういっぺん殴られたいか…?」

「それは嫌だな」

掴んだ手首を引いて、フレンはユーリの身体を抱き寄せると、しっかりと腕の中に閉じ込めてしまった。
ユーリが動きを止めて固まり、赤くなった耳が髪の隙間から覗く。

「だから、やめろって…!」

「部屋での君も好きだけど…他のところだとすごく恥ずかしがるから、それが可愛いんだ」

「っ…の、……!!」

「ほら、それが可愛い」

「るせえ!可愛い可愛い連呼すんな!!オレは部屋のがいいんだよ!!」

「…ふうん?」

何やら不穏な空気を感じて、ユーリの身体がなお一層固くなる。

「じゃあ、早く帰って続き、しようか。…あ、その前にシャワー浴びないとね。身体、だいぶ冷えてしまったし」

「続き、って……」

「ほら、早く行こう?鍵は君が持ってるんだし、一緒に来てくれないと僕も困る」

「い…いや、オレもう、今日は疲れて」

「部屋がいいんだろう?あ、傘は一つしかないからもっとくっつかないと」

「おい……!」

立ち上がったフレンがユーリの手を引き、その腰に腕を回す。

「そういえば、相合い傘も初めてだね」

「…もう、勘弁してくれ…!!」



肩を半分ずつ雨に濡らしながら、ぴったりくっついて歩く姿が周りにどう映るのか。

フレンの部屋に着くまで、知り合いに見つからないことを祈るしかないユーリだった。




ーーーーー
終わり
▼追記
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