続きです。
夢を見ていた。
これは――まだ、ガキの頃の夢だ。
近所のおばさんが切ってくれた髪が気に入らなくて、フレンに八つ当たりしたんだっけ…。
『ユーリ、危ないよ。それに、自分でやったら変になっちゃうよ?』
『いーんだよ!オレは、フレンみたく短くしてって言ってるのに!』
そうそう、いっつもなんだよな。
髪が伸びたら切ってくれてたおばさん、勿体ないとかこっちのほうが可愛いとか言って、肩より短くしてくれないんだ。
邪魔だから切ってくれ、って言ってんのに、意味ないよな。長さが中途半端で一つに括れないし、それに何より………
『だめだよユーリ、それに、似合ってるよ?』
『それがイヤだって言ってんの!また女に間違われるじゃんか!!』
『せっかく可愛いのに』
『可愛くなくていい!!』
…なんか、進歩ねえな、オレら。今も大して会話の内容、変わってねえ気がする。
可愛いって言うなら、フレンだってそうだった。少し癖のある金髪がふわふわしてて、もし長く伸ばしてたらあいつだって女に間違われてたに違いない。
今は……どうだろう。見てみたいような気もするが…無理だろうな、多分。
『僕、ユーリの髪の毛、好きだよ』
『なんで?』
『まっすぐでさらさらで、さわったら気持ちいいから』
『フレンの髪だってふわふわしてて気持ちいいぞ?』
『そう?…ユーリがそれ以上短くしたらさわれなくなっちゃうから、切らないでほしいな…』
恥ずかしい会話だな……まあ、ガキだしな。
髪を切ろうとする度にこんな感じなもんだから、とうとう最後には面倒臭くなって、切る事そのものを諦めた。
おかげで今も時々女に間違われるわ、あげく女の格好させられるわで、ろくな事はない。
…やっぱ切っちまうか?
『ユーリ、髪の毛さわらせて?』
『…やだ』
『え…どうして』
『おまえもオレのこと、女みたいだって思ってんだろ』
『そんなことないよ』
『じゃあなんで、おばさんと同じこと言うんだよ!女みたいに長い髪がいいんだったら、女にさわらせてもらえばいいじゃんか!』
…違うだろ。あいつがオレに触れたがるのは、そんな理由じゃなかった筈だ。
『別に、他の子の髪はさわりたいと思わないよ』
『…なんで』
『僕はユーリの髪が好きなんだって言ったよね?』
『でも…』
『ユーリが女の子みたいとか思ってないし、そんなの関係ないよ』
『ほんとに?』
『うん。男の子でも女の子でも、僕はユーリがいいんだ』
そう言ってフレンの手がオレの髪に触れ、優しく撫でられるのが気持ち良かった。
…多分、フレン以外に同じようにされてもこうはならない。
今もこの感触が心地好くて、なんだか妙に落ち着く。
……今も?
今……誰か、オレに触れてるのか……?
「………ぅ……」
「ユーリ!!」
「…フレン…?」
目を開けると、すぐ傍らでフレンがオレの顔を覗き込んでいた。
泣きそうな表情が笑顔になったと思ったら、すぐに怒ったような顰めっ面になって見下ろしてくる。
何を一人で百面相してるんだ、と言おうとして、オレは初めて自分がベッドに寝かされていることに気がついた。
…しかもここ、フレンの部屋じゃねえか。
どうなってるんだ、一体…。
「…具合はどうだい?」
「具合?別にどこも……」
起き上がろうと力を入れたら、額の左上辺りが激しく痛んで思わず呻き声が漏れた。
「っ…痛ぇ…何だ?」
「銃弾が至近距離をかすめたせいで、裂傷と火傷になってる。君は、衝撃で脳震盪を起こして倒れたんだよ。…それだけで済んだのは、奇跡みたいなものだ」
「銃弾…」
淡々と説明するフレンの言葉を受けて、徐々に記憶がはっきりとしてくる。
あの時、女の手が伸びた先に見えたもの。
それはくすんだ鉛色をした、銃だった。
それほど一般的ではないその武器のことを、オレ達は良く知っている。
仲間に使い手がいたし、それをメインに扱う奴らとやり合った事もある。
その銃口が狙うのはフレンだと悟って、オレは咄嗟にフレンを突き飛ばした……というより、肩から体当たりした。その瞬間、激しい衝撃を受けたような気はするが、よく覚えていない。
それにしても、銃なんてそうそう簡単に手に入れられる物ではない筈だ。なんだってあんな物…
「…あいつ、なんで銃なんか持ってたんだ?」
「………」
「フレン?まだ何も聞いてないのか?」
オレの質問を無視して、フレンはじっとこちらを見ている。…睨みつけている、と言ったほうが正しいか。
何となく、その理由はわかる気がした。
これは……まずい、かな。
「あー…と、まあ…何だ。詳しい話は後でいいや。えーと、それよりオレ、なんでおまえのとこで寝てんの?普通、医務室とかオレの部屋、じゃねえのか?」
「…僕が連れて来たからに決まってるだろう」
「いや、だから…何で?」
「っ……!」
フレンの手が一瞬オレの首の辺りに伸びるが、すぐに引っ込められる。
オレが怪我人じゃなかったら、あのまま胸ぐら掴まれて引き起こされてる、多分。
震える肩の様子から、フレンの怒りが伝わってくる。
「…なんで、だって?どれだけ心配したと思ってるんだ!!!」
あまりの剣幕に身を固くするが、フレンの怒りは収まらない。
「どうして君は、無茶ばかりするんだ!?死んでもおかしくなかったんだぞ!!何でもっと、考えて行動しない!?」
「…考えるヒマなんか、なかったよ」
「だからって……!!君を失ったら、僕は……っ!」
顔だけをオレの胸に埋めたフレンの肩をさすってやる。
…泣いてる、のか。
「……心配かけたな。でも、大丈夫だ。ちゃんと生きてるだろ?」
わざと明るく言ってやったら、少しだけ顔を上げて恨めしそうに見上げてくる。
こういうのだけはガキの頃から変わんねえんだけどなあ…。
「そんなの…運が良かっただけだ」
「ならいいじゃねえか、それでも。な?いい歳した男が泣くなって。みっともねえぞ」
「…関係ないだろ。誰だって泣くよ…こんな思い、させられたら」
「……そうだな。悪かった。オレでも泣くかもな、確かに」
「ユーリ…?」
身体を起こしたフレンが、気遣わしげに頬に触れる。
…実際、泣きそうな顔をしてるのかもしれない。
もし逆の立場だったら、オレだってフレンに同じことを言っただろう。
「とにかく、もう大丈夫だから心配すんなって。…で?何でオレ、ここにいんの?」
「…そんなに気になるのか、それ」
「なる。オレがここにいるの、知ってる奴らもいるんじゃないのか」
「まあ…そうだね」
「まずいだろ、それ…。公私混同って言われても仕方ないぞ」
「………」
「フレン?」
オレの頬に触れていた手を離してフレンが俯く。
なんとか身体を起こしてその顔を覗き込むが、目を逸らされてしまう。
唇も固く引き結ばれたまま、何かを考えているようだった。
何だかここのところ、フレンにはこんな表情をさせてばかりな気がする。
原因が自分にあるんだろうとは、なんとなく感じていた。
ソディアに言われたこと、
あの女の『告白』。
そして、さっきの夢の中でのフレンの言葉…
今、フレンが気にしていることが何なのかわかれば、ちゃんと答えてやれる気がする。
沈黙に耐えられず口を開いたのは、意外にもフレンのほうだった。
「公私混同…か。君は冷静なんだな」
「そうか?…そうかもな」
「どうしてそんな、落ち着いていられるんだ。僕は…気が気じゃなかった。手当が済んだ時、医師はこのまま安静に、と言ったけど、もし僕がいない間に君に何かあったらと考えたら、我慢出来なかった。だから連れて来たんだ。体裁なんか気にしてる余裕はなかった」
「…少しは気にしてくれよ。立場ってもんがあるだろ、おまえには。またバカップル呼ばわりされたいのか?」
「それは……でも」
「なんか勘違いしてるみたいだし、この際だから言っとくが、オレは別に、その…『役』でやってるつもり、もうないからな。女の『フリ』はしてても」
「……え?」
「え、じゃねえよ。それぐらい、わかんだろ。ただの恋人役なら、他に誰もいないところで、好きでもない奴と、キ…」
あー…、やっぱ改めて言いたくねえなあ、こういうの…。
「…ユーリ、続きは?」
「……キスしたりとか、する必要、ねえだろ!演技だってんなら、それこそ見せなきゃ意味ねえんだからな」
「見せたいのか?だったら僕は別に」
「そんなわけあるか!!」
「意味がわからないんだけど…」
「……オレが気にしてるのは、一般論として見た場合にどうか、って話だ。…おまえには悪いが、オレは同性での恋愛が一般的だとは思ってない。だから、あえて他の奴らに知られたいとも思わない」
「別に…僕だって」
「だけどな、それが悪いとか言ってんじゃねえし、他にもそういう奴らだっているんだろ。…現に今日、思いっ切り告られたしな」
「ほんとに…余計なことばかりしてくれるよね…」
フレンは余計なことだと言うが、オレはさっきの夢を見たのはあの女のおかげなんじゃないかと思っていた。あの女には少々歪んだものを感じたが、夢の中…記憶の中の幼いフレンも、同じことを言っていた。
男か女かなんて関係ない。
オレという『個人』が好きなのだ、と。
それはオレだって同じだった。
オレは別に、男が好きなわけじゃない。ただ、フレンならいい。
…それだけだ。
「…余計なことか。でももう、関係ないだろ」
「どうして」
「どうして、って。あいつの気持ちには応えられねえからな」
「それは、『女同士』だから理解できない、ってことか?」
「違う。…もう、他にいるからな、好きな奴が」
少し前から、フレンの表情が目に見えて生き生きとしてきた。
…ほんと、腹立つな……。
でもオレも素直に言ってやるつもりはない。そんなこと言ったらこいつは絶対、調子に乗る。
これ以上、振り回されてたまるか。
「ユーリ、君の好きな人って誰?教えてよ」
…ほら来た。誰が言うか。
「さあ?誰だろうな。おまえまさか、わからねえのか?」
「…予想は外れてないとは思うけど」
「だったらそうなんだろ」
「…ユーリ…何のつもりだ…?」
「…目が怖い。怪我人相手に殺気立ててんじゃねえよ」
「君がそうさせてるんだろ!?」
「あーもー、うるせえな…ちょっと、こっち来い」
「…何?…………っ!!」
手招きに素直に応じたフレンの頭に左腕を回して引き寄せ、唇を重ねる。
オレのほうからキスするのは初めてだ。
フレンは最初驚いていたが、すぐに両腕をオレの背中に回してきつく抱き締めてきた。
身体が痛くて身を捩ると、少しだけ腕の力が緩み、髪を優しく撫でられるのが気持ち良くて、落ち着く。
きっと…オレが眠ってる間もずっと、撫でていたに違いない。
ガキの頃から、好きなんだからな…。
「…ユーリは好きでもない奴に、キスなんかしない?」
「……そういうこと、だ」
自分から仕掛けておいて、恥ずかしくて死にそうだ。
顔が熱くて、額の傷も疼く。
今日の出来事のこととか、明日からどうするのかとか、フレンはどこで寝るつもりなんだとか考え出したら止まらない。
結局、振り回されてることに変わりはなかった。
ーーーーー
続く