Total Care・中(※小スカ)

引き続きアブノーマルです。イタい描写が駄目な方は閲覧注意です!※小スカ有り、くれぐれも大丈夫な方だけどうぞ!








ベッドの背もたれに寄り掛かり、尻の下に枕とタオルを敷かれ、両足を投げ出した姿勢でユーリは己の股間に触れる男から必死で目を背けていた。

相変わらず足は全く動かすことができず、触れられても何も感じることができない。
それなのに、その中心の感覚だけは確かで、どうせならその部分も麻痺させて欲しかった、とユーリは思っていた。

触れられる度に吐き気がする。
怒り、羞恥、哀しみといった感情がごちゃ混ぜで、ユーリはそれら全てがひとつになって襲ってくる嫌悪感と戦っていた。
とにかく一刻も早く、この異常な行為が終わることを願い、唇を噛み締めて耐える。

だというのに、何故かフレンはユーリの性器を触り続けているのだ。
と、ふいにフレンの手が動きを止めた。
ユーリを見上げて心配そうな顔をする。

「ユーリ、もしかしてココにも薬、かかっちゃったか?」

質問の意味がわからなかったが、下手なことを言って刺激するよりも素直に答えてやり過ごすほうをユーリは選択した。

「……かかってない」

するとフレンは少し意外そうな表情でユーリを見つめた。

「本当に?…それじゃ君、不能なのか?」

「………な」

なんてことを言うのか。
あまりの言われようにユーリは怒りを新たにし、無言のまま肩を震わせた。
もちろんユーリは不能などではない。
だがフレンは何も答えないその態度を、「肯定」と受け止めたようだった。

「やっぱり…。こんなに触ってるのに全然反応がないからもしや、と思ったけど」

「んなっ……!!」

何がやっぱり、だ。
このような異常な状況で、しかも男に触れられるなど不快以外の何物でもない。
こんな事で勃たせるような変態じゃねえ、と言ってやりたかったが、怒りのあまりぱくぱくと口を動かすばかりで言葉が出てこなかった。

ユーリの心中など構わず、フレンは再びユーリの性器に触れる。

「大丈夫、それも僕がなんとかしてあげるから。…とりあえず、まずはこっちからだよね」


も、ってどういう意味だ。

そう思った瞬間、ユーリは自らの股間を襲った急激な冷たさに思わず悲鳴を上げた。

「あッ、ひぃっあ!?」

「消毒してるだけだよ、心配しなくていい」

アルコールのツンとする臭いがユーリの鼻先を掠める。
どうやら本当に消毒をしているようだ。
やけに丁寧な手つきがまたユーリの不安を煽る。
このような行為で、それこそ病気にでもなったら笑えない。
だが聞きかじりの知識による消毒に、どれ程の効果があるのか。
全く信用できなかった。


「うん、綺麗になったよ。じゃあ、次は…」

まだ何かするのか。
視線だけで窺うと、フレンは消毒液とは別の容器を手に取り、その中身をユーリの性器にかけようとしている。

(やる前に説明しろよ…!)

何も知らされないのが恐ろしくて、ユーリはたまらず声を上げていた。

「待てっ…!なに、す」

「ただの潤滑剤だよ。さすがに何もなしじゃ痛くて無理だろうから」

どろりとした透明なゼリー状の液体が、ユーリの性器に振りかけられる。

「つめっ…!んん、…っう」

またしても冷たい感触。しかも流れたゼリーが尻の間に溜まってゆくのが気持ち悪くてたまらず、ユーリは身をよじって呻いた。

フレンはゼリーを丁寧に塗りつけていく。
柔らかい本体に。
先端の丸みに。
そして、この「行為」を受け入れなければならない場所に。

「うっ…んくぅ…!」

孔の中に丹念に塗り込められる感触に、歯を食い縛って耐える。

しかし、喉の奥から漏れ出たその声は、フレンに勘違いをさせるのに充分だった。

「…あれ、もしかして感じてる?」

「っなワケ、あるっ…かぁ…!」

精一杯睨みつけても、あまり効果はないようだ。
むしろ嬉しそうに笑ったフレンが管の先を『入り口』に当てた瞬間を見てしまい、ユーリは全身から一気に血の気が引いてゆくのを感じた。

「…よかった。少しでも痛みが紛れるかな…」

フレンが指先に力を込めたのが分かったと同時に、ユーリは恐らく今まで誰も聞いたことがないであろう絶叫を放っていた。








「ヒぃっ、ぅああぁぁああっっ!!!」


「ん…やっぱり痛い…?」

「うあ、ぁ、い!った…あ、い、たい…ッッ!!」

あまりの激痛に何も考えられない。
涙が溢れて止まらないが、そんな事はどうでもよかった。
叫んでいないと我慢ができない。
ユーリは恥も外聞もなく泣き叫んでいた。

頭の中で何かがガンガンと煩く鳴り響き、脂汗が流れ落ちる。
身体はビクビクと痙攣し、開いた口の端からは涎が溢れて白い喉を流れていった。


「ぃやッ…!あァッ!やめ…ぇ、イっ、たいィッ!!」

「ユーリ…、もう少しだから我慢して」

「うァあ!や、ムリ…っっうっぐう!?」

急激な嘔吐感に耐えられず、ユーリは胃の中のものを吐き出して白いシーツを汚した。

一瞬、意識が飛んで視界が白く歪んだ気がしたが、最後の気力でなんとか『こちら側』に踏み止まり、震える奥歯を強く噛み締めた。
気絶して楽になるより、その間に身体を好きにされることのほうが我慢できなかった。




局部の激痛は幾らか和らいできた気がするが、異物を挿入されている感じは無くなっていない。
恐る恐る視線を下に向けて見れば、まだ管は少しずつ中に進められている。
真剣な様子で指先を動かすフレンが、酷く滑稽に見えた。


(はは、馬鹿じゃねえの、こいつ…)


呼吸が整わず歯の根も合わないので、ユーリは心の中で悪態をついた。
自分の姿も相当みっともないことになっているだろうと思ったが、今更どうしようもないので諦めた。

「ん、ちょっとひっかかる…そうか、ここが…」

何やらぶつぶつ言っているフレンをぼんやり眺めながら、ユーリはこの行為の目的を思い出していた。

自力で用を足せない人のため、と言っていたが、ユーリは尿意を感じていない。
人体の構造に明るくないユーリにとって、その瞬間がどうなのかなど想像もできなかった。

と、フレンの動きが止まった。身体を起こしてユーリの正面に向き直り、管の先に付いている袋状のものを掌に乗せてベッドから腕を少し下ろす。


「ほら、ユーリ。届いたよ」

「あ……?」


ユーリは自分の目に映る光景に絶句した。

そこには自分の意思とは関係なく、管の中を流れてゆく淡い色の液体。

「な、あ…ぁ、なんでっ…」

間違いなく己の体内から流れ出て行くその液体を正視できず、顔を背けたユーリの耳元に近づいてフレンが囁く。


「ユーリ、ほら…ちゃんと出てるよ」

「……ひ……」


身体に異常があるわけでもないのに無理矢理こんな事をされ、しかも排泄されるものを見せ付けられ、ユーリの自尊心は崩壊寸前だった。
あまりの恥辱に再び涙が溢れて止まらない。


「い…や、いやだぁッ!見るな、みるなあぁぁあ!!」

「ユーリ」

「う、ぁ…っ!ぃや、あ……!やだ、みる、なァッ!!」

「ユーリ…」

髪を振り乱していやいやをするように泣くユーリを、フレンが優しく抱き締める。

「泣かないでくれ、ユーリ…。大丈夫、僕だけだから…君のこんな姿を見るのは、ね…」

「ッひ………!」


甘い声音に、冷たい何かを感じる。
優しく背中を撫でる手つきが悍ましくて、ユーリは心臓が凍りつく思いだった。

もういいだろう。
早く離してくれ。


目的を達した筈なのに自分を解放しないフレンのことが気味悪くて、身体が小さく震え始めていた。



ようやく身体を離したフレンが、ユーリの頬を撫でる。

「ごめんねユーリ、痛い思いをさせて」

「っ…う」

やっと終わりか。

しかし次のフレンの言葉に、まだこの悪夢が終わらないことをユーリは思い知ることになった。






「…今から、気持ち良くしてあげるよ」





ーーーーー
続く
▼追記

Total Care・前(※小スカ)

フレンが変態のアブノーマル道具プレイです。ユーリはかなり酷い目に遭います。駄目な方は閲覧をお控え下さい!大丈夫な方だけどうぞ!











もしも、今まで生きてきた中で「最悪な日」を言え、と言われたなら。

間違いなく、「今日」だと答えるだろう。






「…何の真似だ」


紫水晶の瞳にはっきりと怒りの色を浮かべ、その青年は目の前に佇む男を睨みつけていた。

今は激しい怒りに歪んでいるが、すっきりと整った美しい顔立ち。
濡れ羽色の髪は腰まで届き、白い肌をより一層引き立てている。
その容姿は一見、女性と見間違うほどだが、今は彼の性別を見誤る者は皆無だろう。

彼は衣服を一切、身につけていなかった。

膨らみのない平坦な胸も、下腹部の茂みの下から覗く性器も、間違いなく男性のものだ。

彼は豪奢なベッドの上で上半身を起こしたまま身じろぎひとつせず、相変わらず視線を目の前の人物から外そうとしない。
できることなら今すぐにでも飛び掛かって殴ってやりたかったが、彼にはそれができなかった。
目の前の男が友人だから、ではない。

彼の両手首は、後ろ手にしっかりと縛られていた。

脚は拘束されていない。
だが圧倒的に不利な体勢で、しかも相手の考えが全く分からない以上、その暴力的衝動を抑えるしかなかった。


「そんな顔で睨まないでくれ、ユーリ」


彼―――ユーリの前に立つ青年は、少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せたが、すぐに普段通りの笑顔を見せ、ユーリに一歩近づく。


「寄るんじゃねえ。何の真似か、って聞いてんだ。…答えろ、フレン」

フレンと呼ばれた青年は、ふう、と小さく息を吐いて動きを止め、ユーリに答えた。

「新しい治療法を試すのに、君にも協力してもらおうと思って」

「治療法、だと?」

「ああ。魔導器が使えなくなって、治癒術士は大変なんだ。もう一度医療の勉強をしなおしたり、外科手術の技術を習得しなければならなかったり。僕も彼らと共に勉強してる」

手術、という単語にユーリは微かに戦慄した。こいつはさっき、自分に向かって「治療法」に協力しろ、と言わなかったか。

「…オレで人体実験しようってのか?はっ、なるほどな」

所詮自分は犯罪者だ。自分一人消したところでどうとでもごまかしがきく。ユーリはそう考えた。だが、

「人体実験だなんて、人聞きの悪いこと言わないでくれ。僕はただ、座学で得た知識を確認したいだけなんだ」

実験には変わりないじゃねえか、と心の中で悪態をつきながら、ユーリは忌々しげにフレンを睨んだ。

「ふん。切り刻もうってんじゃないなら、なんでオレは素っぱだかにされてんだ?」

「そりゃあ、服を着たままだと汚れてしまうからね」

「……何にだよ」

血でなければ何に汚れるというのか。
ユーリの疑問に答えず、フレンは傍らのテーブルに置かれた箱の中から何やら道具を取り出した。
半透明の細長い管のようなものがついている。

「ユーリ、これが何だか知ってるかい?」

もとより医学の知識などない。そのような道具も見たことはなかった。

「…さあな」

投げやりに答えたユーリに、フレンは丁寧に説明し始めた。

「これはね、一人で用を足すことが困難な人のための道具なんだ」

「は?用を…なに?」

予想外の答えに、ユーリは自らの心臓が騒ぎ出すのを感じていた。もはや嫌な予感しかしない。

「自分で歩くことができなかったり、力を入れることができなかったり…あとは、病気や怪我で絶対安静の人のトイレの介助に使うんだよ」

「おま、…まさかそれ、トイレ、って…」

細長い管を揺らしながら、フレンが微笑んだ。

「そう。この管を『入れて』、中に溜まったおしっこを抜いてあげるんだ。立派な医療行為の一環だよ」

「……………!!」

『どこに』『何を』されるのかを理解して、ユーリは全身に氷水を浴びたような感覚に陥った。


「な…、ふざけんな!なんでオレにそんなことする必要があんだよ!?」

両脚を固く閉じ、不自由な腕をよじって必死でベッドの上で後ずさる。
そのような行為をされる理由がない以上、ある意味身体を傷付けられるよりも恐怖を感じていた。
そんなユーリの様子には構わず、フレンは道具の入った箱をテーブルごと引き寄せた。ベッドの上からすぐに手が届くようにだろう。
と、次の瞬間フレンの手がユーリの足首を掴んで思いきり引いた。
ユーリは小さく悲鳴を上げてシーツの上に仰向けに転がされ、間髪入れずにフレンがその身体にのしかかる。
そのまま掌でユーリの頬をいとおしげに包み、鼻先が触れるか触れないかの距離まで顔が寄せられる。
切なげなため息がユーリの唇を撫でたが、それはユーリの全身を粟立たせただけだった。

「ユーリにもしものことがあった時のためだよ」

「…っ、な、…!?」

「ユーリの面倒を見るのは僕だけだ。他の誰かにこんなことをさせるなんて絶対に嫌だからね」

にっこりと笑うその瞳に、ユーリは僅かな狂気を感じて当惑した。
もし将来そういう事になって誰かの助けが必要になるとしても、今こんなことをされるいわれはない。

「あくまでも人助けだってんなら、実際に今それが必要なやつにしてやったらいいじゃねえか…!」

するとフレンは不快感もあらわに、ユーリの頬を包む掌に力を込めた。
ユーリの身体が小さく揺れる。

「僕は医者じゃないし、他人にこんな事はできないよ。ユーリ以外の誰かのものなんて、触りたくもない」

仄暗い光を宿した空色の瞳に見つめられながら、ユーリは心底憤っていた。

何が立派な医療行為だ。
患者の選り好みなど、言語道断だ。
人助けが聞いて呆れる。
土下座して医者に謝れ。

「オレだって所詮他人だろうが。そこまでしてもらう理由もねえな」

精一杯の拒絶だったのだが、フレンは少し目を細めただけだった。
しかしその身に纏う雰囲気にどす黒いものが増した気がして、ユーリは再び身を固くする。

「酷いな……僕はユーリを他人だなんて思ってない。とても大切な、僕の半身だ。だから…」

フレンの右手が頬を離れ、そのまま降りてユーリの性器に触れた。ユーリの腰が大袈裟に跳ねる。

「っひ……っ!!」

「何だって、してあげられるよ」






「やめろッ、この、離せってんだよ!!」

「ユーリ…大人しくしてくれないか」

冗談ではない。
フレンがやろうとしていることは、ユーリにとって到底受け入れられるものではなかった。
全力で脚を振り回し、激しく抵抗する。
と、ユーリの蹴りがフレンの頬を掠めた。
爪で切れたのか、その頬にうっすらと朱い線が浮かび上がる。

「ッ痛…」

一瞬、ユーリの脚を掴んでいた力が緩む。
ユーリはフレンの腕を振り払い、ベッドから逃れようとした。だが腕を縛られているせいで上手く動けず、すぐに再びフレンの腕に捕まった。
顔を乱暴にシーツに叩きつけられ、横を向いた身体にフレンが馬乗りになる。

「うっぐ…!っくそ、どきやがれ!!」

「聞き分けがないね…仕方ないな」

やれやれといった様子のフレンはユーリに跨がったまま傍らのテーブルに手を伸ばすと、箱の中から何やら茶色の小瓶を取り出し、片手で器用に蓋を開けた。
半分ほど液体の入ったそれを、ユーリの鼻先で揺らす。

「これは何だと思う?」

状況から考えれば、身体の自由が効かなくなる薬か何かだろう。
ユーリは怒りでどうにかなりそうだった。
こんなものまで使う気か。

「…薬を飲ませて大人しくさせるってか。どうしようもねえな。…最低だ、おまえ」

冷たく言い放つが、フレンは顔色ひとつ変えない。それどころかむしろ楽しげに言った。

「半分当たり。でもこれは飲み薬じゃない」

「ッ!冷てっ…!?」

フレンは瓶の液体をほんの数滴、ユーリの脚に垂らした。身体をずらして反対の脚にも垂らす。

さほど間を置くことなく、ユーリの身体に変化は訪れた。

「……あ…なん、だ、これ…。あし、が…!」

両足の感覚が全くない。動かすどころか力を入れることすらできず、視認できていなければ本当に足があるのかすら分からなかった。
今まで味わったことのない感覚に、ユーリはパニックになりそうな自分を必死で抑え付けてなんとか正気を保とうとするが、震える口からはカチカチと渇いた音が漏れた。
うまく喋ることができない。

「あ……、な、に…した…ん、だ……!?」

「魔導士と治癒術士が共同で研究して作った新しい麻酔…みたいなものかな。飲んだり注射したりするんじゃなくて、皮膚に塗るタイプなんだって。これならあまり患者の身体に負担もないし、素晴らしいと思うよ」

ユーリは己の太股を撫で摩るフレンに、本来の用途で使えばだろ、と言ってやりたかったが、それよりも次に目に映った光景に忘れかけていた恐怖を甦らせた。

例の細長い管のついた道具を手に、再びフレンがユーリの性器に触れたのだ。
恐怖で縮み上がっているそれは、触れられても何の反応も示さない。足と違って触れられる感触はあるが、今はひたすら不快なだけだった。
くにくにと捏ねられて形を変えるそれを、フレンはまるで愛しいものでも見るかのような眼差しで見つめている。
あまりにも異常なその光景に、ユーリは胃の中から込み上げるものを堪えるのに必死だった。
口を開けば吐いてしまう。
額に脂汗を浮かべ、蒼白になって震えるユーリにようやく気付いたのか、フレンが顔を上げた。

「大丈夫?ユーリ」

聞き方は子供の頃と変わらないが、やっていることはあの頃からはまるで想像できない。
何がこいつを変えてしまったのかと考えると、悲しくて涙が溢れた。

「心配しなくていいよ。…なるべく痛くないようにするから」

「!―――――ッ」



フレンが何やら用意するのを視界の端に捉えながら、ユーリは絶望のあまり、全身から力が弛緩していくのを感じていた。





ーーーーーー
続く
▼追記

想いの行き先・5

ジュディスが戻ったのはそれから二日後の昼過ぎだった。

普段の彼女からは感じることがあまりない、どこか張り詰めた様子に、ユーリは少し不安を感じていた。


「ジュディ、どうだったんだ?」

「ここでは、ちょっと…。長くなりそうだし、あなたのお友達にも一緒に聞いてもらいたいわ」

「…わかった」

報告を受けるために落ち合った市民街を後にし、二人は城へと向かった。





「いやー、正面から城に入るのは緊張すんなー」

案内された応接室の豪奢なソファにふん反り返りながらユーリが言う。
とても緊張しているようには見えない。

「あなた、いつもはどうしているの?」

「ん?まあ適当に抜け道通って、窓から直接フレンとこに」

「あきれたものね。あなたらしいけれど」


魔物の調査の件で、と告げると、二人はすぐに城内へと通された。どうやらフレンから話をされているらしい。
それでもさすがにいきなり私室には入れてもらえず、こうしてフレンがやって来るのを待っていたのだった。


「それで、お友達はいつ来てくれるのかしら?」

「一応、今日あたりに報告する、とは言っといたけど、またいきなり来ちまったからなあ…」

ちらりと窓の外を見れば既に太陽は傾き、良く手入れされた庭に植えられた木々が長い影を落としている。

「まあ、いつもなら仕事も終わる頃だ。そろそろ来るだろ」

「いつも、ね。あなたたち、本当に仲が良いわね」

「?そりゃ、長い付き合いだしな」

意味ありげに微笑むジュディスにユーリが何事か言おうとしたその時、漸く扉が開くと、二人の人物が表れた。

「ようフレン、遅かったな……っ、と…」

「…あら」

「待たせてすまない。でも、連絡もなしにいきなりやって来る君が悪いんだろう?」

穏やかな笑みを浮かべながら近づいて来るフレンの後ろから、もう一人。

「…お久しぶり、です。…ユーリ、ローウェル…殿」

「…ああ。あんたも元気そうで何よりだ。」



フレンが騎士団長になる以前から彼の副官として務めていたソディアは、今でも部下として信頼されている。
そのこと自体はユーリにとっても喜ばしいことだったが、個人的にはあまり得意ではない。
というより、ぶっちゃけ苦手と言っていい。
ユーリがフレンを訪ねる際に正式な手順を踏まないのは、ひとえに彼女と出会うのを避けるために他ならなかった。

「そちらの部下の方もいるとは聞いていないわ」

「おい、ジュディ…」

フレンの顔から笑みが消える。

「彼女は僕の、信頼に足る部下だ。それとも、彼女がいたら困る話でもあるのかな」

「いいえ。ただ私は、あなたほど彼女を信じていないもの」

ジュディスはどこか冷たい瞳でソディアを見ている。
と、ソディアがはっきりとした口調でフレンに告げた。

「団長、彼女の言うことはもっともです。私が同席することで、団長が彼らの信頼を損なうというのであれば、私はこの場を下がらせて頂きたく思います」

これにはユーリも目を丸くした。フレンも驚いているようだ。
以前の彼女であればジュディスに食ってかかり、険悪な雰囲気になっていただろう。

「別に構わねえだろ、ジュディ。オレ達、やましい話しに来たわけじゃねぇんだし」

「…そうね。優先順位がわかるようになっているみたいだし、あなたがいいなら私も構わないわ」

「オレは何も…」

フレンは二人のやり取りを黙って見ていたが、やがて一つ息を吐き、自分はユーリの向かいに座ると、ソディアにも隣に座るよう促した。

「いえ、私は」

「長くなりそうだからね。ではジュディス、話を聞かせてもらえるかな」

ジュディスは黙って頷き、ソディアが座ったのを見届けると、南の森の様子を話し始めた。





魔物は確かに増えていた。
いくつかの群れが確認できたが、それぞれに同じ種族同士で集まっているという訳ではなく、何故か統一性が見られない。

しかも不思議なことに、狂暴性もさほど感じられず、むしろ以前よりも大人しいように見えた。

エアルクレーネも安定しており、魔物が暴走するような理由もない。


「…よく、わかんねえな」

「ああ。数が増えてエサが足りなくなったからこちらを襲う、というのではないのか?」

「私にはそうは見えなかったわ。森の中で充分に生きていけているようだった。ただ…」

ジュディスの眉がひそめられる。

「本来なら補食するものとされるものの関係であるはずの魔物が同じ群れで生活していて、その群れのうちの一つが、急に姿を消したの」

「姿を消した?どういうことだよ」

「そのままよ。森に着いた日に確認したとある群れが、次の日にはいなかった。周囲を確認したけれど、森の外でも見つけられなかったわ」

ジュディスの話を受けて、フレンが神妙な顔で言う。

「この二日間、魔物による新たな被害の報告は受けていない。だとすればまだ、森の中にいるんじゃないか?」

「ごめんなさい、私も一人きりだし、あまり奥へは行っていないの。ユーリにも無茶するな、って釘を刺されてしまったし」

「…君が言うんだね、それを」

「あのな…。まあとりあえず、魔物が増えてるってのは確実なわけだ。だが…」

ユーリの視線を受けてフレンが頷く。

「ああ。その魔物が確実に被害を与えているものかわからない以上、やたらと討伐に動く訳にもいかない。森で大人しくしているなら、わざわざこちらから手を出すこともないんだけど」

「だよなあ。ってことは、街を襲ったりしてんのは別の魔物、ってことになるのか?」

「…僕としては、消えた群れ、というのが気になる」

その場にいる全員が頷いた。

「そうね。私が見つけられなかっただけで、何処かに潜んでいるのかもしれないわ」

「もしかしたら、そいつらは街を襲いに来る準備中かもしれない、ってことだな」

「ああ。…ソディア」

フレンに呼ばれ、それまで黙って話を聞いていたソディアが静かに立ち上がった。

「はい、団長」

「例の件、陛下に許可を頂く必要がある。話を進めておいてくれ」

「わかりました。では、私は失礼させて頂きます」


一礼して退室するソディアを見送って、ユーリが口を開いた。

「例の件?」

「討伐隊の編成について、だ。今回は騎士団とギルドの混成部隊を考えている。そのためにダングレストに赴いて、ユニオンと調整をしたいんだ。僕が直接、あちらへ行って話をしたいから、その許可を取ってきてもらう」

「ふうん…。ま、いいけど。おまえがわざわざ行く必要あんのか?」

「もちろん、ユーリにも協力してもらうよ。本格的な共同戦線になるかもしれないし、きちんと打ち合わせしたいからね。君達がいるとなれば、ユニオンも安心して話ができるだろうし」

「そういうもんかね」

「…君はもう少し、自分が周りに与える影響力を自覚したほうがいいな」

「話がまとまったのなら、私は行くわ」

ジュディスが立ち上がる。

「ギルドの依頼として受けるのでしょう?私達の首領に話しておかないと」

「これは別に、オレ達のギルドだけの話じゃないだろ。帝国とユニオンの話だ。違うか?」

「いや、君達には僕から直接、依頼をしたい」

「はあ?」

「ギルド『凛々の明星』には、エステリーゼ様の護衛をお願いする」

フレンの言葉に、ユーリは若干渋い表情になった。
その討伐に、エステルも連れて行くつもりなのだと悟ったからだ。

「…そういうことかよ」

「そういうことね。では、私は先にハルルへエステルを迎えに行って来るわ。明日、また戻って来る、ということでいいかしら」

「ああ、頼むよ。もう外も暗い。ジュディスも気をつけてくれ」

「ありがとう。…あなたはごゆっくり、ね?」

「…………え」

フレンに向かってにっこりと笑って、ジュディスも部屋から出て行った。





広い応接室にはフレンとユーリの二人が取り残されていた。

フレンは先程から、何やら落ち着かない様子で黙りこんでしまっている。

「おい、フレン」

「あ、な、何だい?」

「いや、何って…。どうしたんだ、ボケっとして」


フレンは先程のジュディスの言葉の真意を計りかねていた。
彼女は間違いなく、自分に向かって「ごゆっくり」と言った。そして今、ここには自分とユーリしかいない。

(まさか、ね…)


冷や汗が流れる。
彼女はいろいろと鋭いから、もしかして。
いやでも、自分だってこの気持ちに気付いたのは最近だし、旅の最中にそんな素振りを見せた覚えもないし、いやでも知らず知らずのうちに…いや、まさか。


「どうしたんだよ、フレン!」

「うわぁ!」

いつの間にかユーリはフレンの真横に立ち、フレンを見下ろしていた。
心配している、というよりは不審者を見るような目つきだ。
ユーリの動きに全く気付かなかったフレンは、思わず大きな声を出してしまった。

「どうしたってんだ、マジで」

「あ、いや、何でもないよ」

「嘘くせえなあ…。まあ、いいけどさ。オレも帰るわ」

「え、もっとゆっくりしていけばいいのに」

「もう外、真っ暗じゃねえか。腹も減ったし」

「じゃあ、僕の部屋で食べて行かないか?」

「なんだよ、今日はやけにしつこいな。…まだ何か話でもあんの?」

少し考えて、フレンはユーリに頷いた。

「うん、まあそんなところかな。部屋まで誰かに案内させるから、先に行って待っててくれないか?」

「はあ…仕方ねえなあ」

ユーリは怠そうに言うと部屋の外に向かって歩き出した。

フレンは扉の外で待機していた騎士にユーリを案内するよう頼むと、再び部屋の中に戻り、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「何やってるんだ、僕は…」

引き止めてどうしようというのか。
話すことなどあっただろうか。

「…とりあえず、食事をどうするかな…」

フレンは暫し、その場から動けなかった。





ーーーーー
続く
▼追記

続・好奇心に勝てなくて・2(※)

続きです。裏ですので閲覧にはご注意下さい。








さして広くもない部屋の中に、やけに粘着質な水音が響く。
いや、それだけではない。

「う、く…っ、ん、ユー、リ…!」

「っふうっ、んぷぅ、ンむ……っ」


ユーリに咥えられて喘ぐフレンの声と、口いっぱいにフレンのものを頬張るユーリの息遣い。

それらが交ざり合い、この空間を満たしていた。

「んッ、フレン…、どうだ?」

フレン自身から口を離したユーリが尋ねる。
舌はそのまま棹に這わされ、搦め捕るかのように動き回り、常にフレンを刺激し続けていた。

顔にかかる髪を指に絡ませ、上目遣いにフレンを見る表情がいやらしいことこの上ない。

「あ、はぁっ…、ユーリ、それ、エロすぎる…」

フレンはかろうじて上体を起こし、ユーリの髪を撫でながら言うのが精一杯だ。

「…気持ち、いいかって…んっは、聞いて…るんだ、けど?」

「うあ…!」

ユーリの舌が動きを速めた。
先端を舐め回し、くびれに沿って舌先でつつき、先走りの溢れ出す元を抉る。

唾液で濡れた棹を掌で包んで上下に動かせば更に熱さを増してゆく様子に、ユーリは嘆息した。

「すげえな、おまえの…」

「っあ、何が…」

「オレのより、全然でけえ、って言ってんの」

ちゅう、っという音を立てて先の部分に吸い付き、ユーリは目を細めた。


「…こんなのが、オレの中に入ってたんだな…」

「…、ぅあ…!」

切なげに漏れた熱い吐息が自身にかかって、フレンは思わず腰を引いた。

「なんだよ…?」

「ユーリっ、もう…出そうだよ……」

「…だから?」

「口で…最後まで、してくれ」






股ぐらに顔を埋めたユーリの頭を両掌で抱えながら、フレンは片時もその様子から視線を外せなかった。
無理矢理させているわけではない。
ユーリは根元を手で刺激しながら激しく顔を上下させ、時折鬱陶しそうに髪を掻き上げ、フレンを見上げてきた。

その表情は一見苦しそうに見えるが、潤んだ瞳はどこか挑戦的な光を湛えている。

先程と同じことを聞きたいのだろう。

「あっ、は…っ、はぁ、ユーリ、…っ、すごく、気持ちいい、よ…」

桜色に染まったユーリの頬にかかる髪を掬い上げながら言うと、一瞬だけフレンを見上げる薄紫が揺れた。
と、次の瞬間には更に深く咥え込まれて速さを増した上下運動に、堪らず腰を突き上げてしまった。

「ンぐ、っう!!」

苦しげに呻くユーリの声にすら興奮を掻き立てられる。
加減をする余裕はなかった。


「んん、ッぐぅ、んっ、む、グぅっっ!!」

「ふ、っあ、はあ、はっ、あぁ、…っい、あうっ…!」

顔を真っ赤にして苦悶の表情を浮かべるユーリの頭を激しく揺さぶりながら、フレンは絶頂が近づくのを感じていた。
そろそろ限界だ。


「あ、ユーリっ、も、出る、っあ、ぅああぁぁっ!!」

「っっ!!んぐ、っん――――ッ!!?」

フレンの脚を抑えつけていた腕に力が込められ、ユーリが身体を離そうとしたが、フレンはそれを許さなかった。
股の間に抱えた頭を押しつけると、フレンはユーリの口内に己の精を吐き出した。

「……飲んで」

涙目で見上げるユーリの表情には少しばかりの怒りの色が窺えたが、それでもユーリはフレンから吐き出されたものを飲み下した。
唇の端から僅かに白いものが溢れ、喉が上下するさまに、フレンは気が遠くなるほどの快感を覚えていた。






「うぁー…、まじぃ…しかも生温ったけーし…」

不快感を隠さないユーリの様子に、フレンも少しばかりむっとして言い返す。

「ちゃんと、最後まで口でしてって言ったよね、僕」

「いきなり飲ますか普通…。すっげー苦しかったんだぞ!?」

「ユーリがあんまり上手だから我慢できなかったんだよ」

「ったく…。今回はオレがするつもりだったのに」

「は?してくれたじゃないか」

「違えよ」

ユーリはフレンの上に乗り上げ、先程精を放ったばかりのフレン自身の更に奥に指を這わせた。

「うぅわ!?」

「オレが、こっちに、ってこと。口ですんのはとりあえず盛り上げるためだったのによ…」

残念そうなユーリの言葉に、フレンは引き攣った笑いを浮かべる。

「…悪いけど、僕はそっち側は御免だから」

「なんでだよ。それじゃオレ、童貞のまんまじゃんか!」

「………一生、童貞でいてくれ」


あまりにもムードのない会話を終わらせるため、フレンはユーリの唇を自分のそれで塞ぎ、その身体をベッドに押し倒した。

「君をまだ満足させてないからね」

「…おまえ、まだいけんの?」

呆れたようにユーリが言う。

「試してみるかい?」

「そうだな…、期待してるぜ?」


再びキスをすると、ユーリも応えてフレンを抱きしめた。






ーーーーー
終わり
▼追記

SWEET&BITTER LIFE(拍手文)

元・拍手お礼文
現代パロで、ユーリがパティシエ、フレンが雑誌編集部員のお話。連載中です。




大学を卒業し、今の会社に就職して一年。僕は今日、初めて訪れた店を後にして、頭を抱えていた。


僕の会社は、様々な情報誌を発行している出版社だ。取り扱ってる内容は様々だけど、僕はその中でも地域密着型情報誌を発行している部署に所属している。

仕事内容は営業。といっても別に、自分のところの雑誌を売り歩いてる訳じゃない。
その雑誌に載せるためのお店なんかを取材して、相手先のスタッフさんや店長さんから色々な話を聞かせてもらったり、時には企画に参加してもらえないか持ち掛けたり、まあそういう感じだ。

ちなみに、取材した店舗の紹介記事も自分で書く。あんまり得意じゃないけど。
今日は取材のため、日頃あまり行った事のない住宅街の一角にある洋菓子店へ来ている。

半年前にオープンしたらしい二階建ての小さな店はその地域じゃちょっと有名らしくて、さっきから見ていても客足が途切れる事がない。
若い女性だけじゃなく男性客も結構いて、幅広い支持を得ているのが窺える。

で、その様子を少し離れた路上で見ているわけなんだけど。
なんでさっさと取材に行かないのかと言われると、今回はアポを取ってないからだ。

別にアポなしで取材するのは珍しい事じゃないけど、忙しかったら邪魔する訳にはいかない。相手先の機嫌を損ねたら仕事にならないし。
この店は電話番号を非公開にしているため、こうして直接やって来て、タイミングを計っているという状況だ。

しばらくすると、ようやく客足が一段落したようだ。店内にも人影は見当たらない。

「よし、行くか」

僕はその店に向かって歩いて行った。




「いらっしゃいませ!」


入口の扉に取り付けられた鐘が来客を告げると同時に、店員の女の子の軽やかな挨拶が僕を迎えてくれる。
明るい笑顔の、感じのいい子だ。男性客の目当てはこれかな。

「あの、お忙しいところすみません。僕はこういう者なんですが」

女の子に名刺を渡す。

「…えと、雑誌社の方、です?」

小首を傾げる様子が可愛らしい。

「はい。こちらの評判を聞いて、是非お話をお伺いしたいと思いまして…。もしお手すきでしたら、責任者の方にご挨拶させて頂けたら、と」

「は、はあ。あの、少しお待ち頂けます?ちょっと、聞いてみますから」

女の子がカウンター裏に姿を消し、僕は店内を見渡した。
少し小さめのショーケースに並ぶケーキ類は、見た目の派手さはそうでもないが、比較的安めの価格で、まだ昼過ぎだというのに残りわずかしかない。
人気のほどがよくわかる。シンプルなディスプレイの棚には可愛らしくラッピングされた焼き菓子が並び、奥には喫茶スペースだろうか、テーブルが二席ある。
小さいけど、なんか暖かい感じがしていいな。

そんなことを考えていると、さっきの女の子が戻って来た。
そして、後ろにもう一人。

その人の姿に、僕は釘付けになっていた。


白いコックコートに映える、黒髪。後ろでひとつに結ばれた長い髪は、僕が知っているどの女性よりも美しく、艶やかだ。

整った鼻筋、意志の強そうな薄紫の瞳。こちらを見るその顔から、目を離せなかった。


「おい?」

美人だなあ。この人が店長さんなのかな。

「おい、ってば」

背も高いなあ。モデルさんみたいだ。いや、下手なモデルより断然、綺麗だ。

「………」

男性客の目当てはこの人のほうなのかな。彼氏とかいるのかな。いるよなあ、こんな美人、男ならほっとかないよな。

「おい!!!」

「は、え、はいっっ!?」


目の前の美人に見とれていた僕は、男性の怒鳴り声で現実に引き戻された。
思わずきょろきょろと辺りを見るが、この場にいる男は僕一人だ。

「あ、あれ?」

目の前の女性二人が、まるで不審者を見るかのような目つきで僕をじっとりと睨みつけている。
と、黒髪の綺麗な人がおもむろに口を開いた。

「大丈夫か?あんた。用があんならさっさとしてくんないかな。オレ、忙しいんだけど」


……え。
目の前の「女性」から発せられた、顔に似合わず低い声に、自分の耳を疑う。

まさか。

「あ、の」

「どっか具合でも悪いのか?なんか顔色、良くねえけど」

間違いない。これは、女性の声じゃない。
そう思った瞬間、僕は思わず大きな声を出してしまっていた。


「お、男っっ!!?」

「…………帰れ」


地の底から響いてくるような凄みのある声に、僕は冷や汗を流しながら先程までとは別の意味で固まった。




僕に背を向けた「彼」に土下座して謝り倒し、なんとか話を聞いてもらおうと必死の姿を哀れに思ったのか、最初に迎えてくれた店員の女の子がとりなしてくれたおかげで、とりあえず時間を割いてもらえることになった。


「フレン、ね」


喫茶スペースのひとつに案内されて向かい合わせに座る僕の名刺をいじりながら、彼は全く僕と目を合わせてくれなかった。
そりゃそうだ。女性に間違われたことに、相当腹を立てていたから。

「オレはユーリだ。んで?いきなり何の用?」

ユーリ、か。名前の響きも綺麗だなあ。

「…おまえマジで大丈夫か?」

「はっ!?あ、すすすいません!!」

「…………」


僕は今日、ここへ来た理由を簡単に説明した。
僕の話を彼は黙って聞いていたけど、相変わらず目は合わせないままだ。
うう、完全に嫌われたかな、これは。


「…という訳で、是非紹介させて頂きたいんですけど…」

「却下」

「え、そんないきなり!」

「そっちこそいきなりだろ。オレは別に、うちの店を雑誌とかに載せる気ないって言ってんの」

取材を断られることは珍しくない。でも僕は、何故かこのまま引き下がることができなかった。
普段だったらまた日を改めて、とか言って帰る状況なのに。

「今回の特集は若い女性向けで、掲載すれば必ず集客に効果があります!お店をたくさんの人に知ってもらう絶好の機会だと、自信を持ってご案内できます!」

必死で説明する僕のことを、ここに座ってから初めて彼が正面から見据えた。
でもその表情は相変わらず厳しいままで、僕の話を好意的に受け取っていないことが分かる。


「集客、か」

「はい!」

「…あんたさ、うち来るの初めてだろ」

「え?はい、最近になってこちらの評判を耳にして」

「そんなことはどうでもいいんだよ」

「え?…あ、ちょっと待って下さい!!」

いきなり席を立った彼を、慌てて追いかける。
彼はショーケースからいくつかケーキを取り出して僕に渡すと、腕組みをして何事か考えている。

「あのっ、」

「とりあえず、土産やるから今日はもう帰れ。オレは今からまだ作業が残ってるし、はっきり言って邪魔だ」

「………!」

邪魔、と言われて、何故か僕は胸が締め付けられるように苦しかった。
でも確かに、これ以上は迷惑になる。いや、今までだって迷惑だったんだろう。

「…すみません、ご迷惑おかけしました。失礼、します」

「…………」

お辞儀をした僕に、彼は何も言わなかった。




「はああぁー…」

僕は盛大にため息を吐いていた。頭を抱えていたのはこういう事情があるからだ。
アポなしだったというのもあるが、何より自分の失礼な態度のせいでろくに話を聞いてもらえなかったのがツラい。
それなのにお土産までもらってしまって。


「どうしよう、かな…」


とりあえず会社に戻ってから考えよう。

僕はとにかく落ち込んでいた。






ーーーーーーーー
続く




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