よろこびの種E



「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

オレがそう切り出すと、「うん」と水谷が見るからに寂しそうに笑う。
そんな犬みたいな目で見ないでよ。
自分がすごくひどいことをしてるみたいだ。
でもオレが言わないといつまでたっても帰れない。水谷は終わりを切り出すのがとても苦手だ。

もらったチョコレートの箱をカバンに詰めていると、水谷がポケットから出したものを「これあげる」と、オレの手の上に乗っけた。
それは花井にもらっていたカイロ。まだほんのり温かい。
ぎゅうと水谷がカイロを載せたオレの手を両手で包み込む。やっぱり水谷の手は温かい。じんわりと伝わってくる体温で指先から溶けていくみたいだ。

「栄口って手が冷たいから、あげる」

水谷が手を離した。冷めていく手のぬくもりを繋ぎとめたくてカイロを握りしめた。それを見て水谷が目を細める。そんなふうに甘やかされるのに慣れてしまうのは少し怖いのだけれど。
抗えないのも本当だ。




「じゃあね」

絶対先に帰ろうとはしない水谷に手を振って、コンビニを後にする。
ここからは帰り道が反対。一人で帰らないと。
言い聞かせるみたいに一つ息をついて、ペダルを踏み込む。振り返るときっと水谷がこっちを見ていて、帰りづらくなるのがわかっているから振り向かない。




水谷から見えなくなったあたりから、いつになくゆっくりと自転車を漕いだ。早く帰らなきゃと思うのに、足が進まない。途中の歩道で自転車を止めてポケットから携帯を出して意味もなく開いてみた。
もうすぐ9時だ。今日は早めに帰れるよって言って来たんだけどな。その時急に鳴り始めてメールが届いたことを知らせた。オレは急いでメールを見た。

水谷からだ。







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