キャッチボール   ※栄口くん小学一年 (memoから)










白いボールをコンクリートの壁に向かって投げる。

買ってもらったばかりのグローブはまだまだ手になじまなくて、取りこぼしてしまうけれど、繰り返すとミスが減っていくのが嬉しかった。
栄口は一人で壁を相手にキャッチボールを繰り返す。
パシンと音をたててボールは跳ね返り、バウンドしてグローブに収まる。
キャッチしたボールを右手でぎゅっと握って空を見上げる。
いつのまにか陽が傾きかけていて、空に薄い茜色が混じり始めていた。




一年生の授業参観。
チャイムが鳴っても、教室の中はざわざわと落ち着きがない。

「はい、静かにしてください」
先生の言葉にさっと子供たちは動きを止める。
それを確認した先生はくるりと背を向け、黒板に大きく字を書き始めた。
「みんなの夢はなんですか?」
先生は黒板に書いたそのままを生徒達に尋ねた。

子供たちは、手を上げてそれぞれに夢を口にしていく。
「サッカー選手!」
「パティシエ!」
ひとしきり言った後、少し遅れて栄口が手を上げた。

「はい栄口くん。栄口くんの夢はなんですか?」

先生に尋ねられて、栄口は立ち上がった。ガラガラと椅子が音を立て、引き寄せられるように子供たちの視線が集まる。

緊張をほぐすように少し息をついて、栄口は話し始めた。

「キャッチボールです」
「キャッチボール?野球の選手になりたいのかな?」
栄口はふるふると首を振った。
「ううん。キャッチボール」
えーとクラスメイト達は口々に言った。それでも栄口は満足そうに笑って着席した。
間違っていない自信があった。
彼の夢は、ビデオで録画されていたかのように、鮮明に描かれたものだったのだから。






学校からの帰り。
みんなと別れたところから、栄口は一気に走り始めた。
大きなランドセルが上下に揺れて、中で筆箱がカタンカタンと音をたてた。
下りの坂道では転びそうになるのを持ちこたえながら、それでも走る足は止めない。
バクバクと心臓が飛び出しそうになっても、気管がヒリヒリし始めても、必死で走り続けた。
走って走ってやっとたどりついたのは、真っ白な病院だった。

肩で息をしながら自動ドアをくぐると、今度は静かに歩く。
いろいろな患者たちが順番を待つロビーを抜け、入院病棟へ向かった。
途中、廊下で顔なじみになった看護師さんに会った。
「勇人くん、一人で行ける?」
「うん。大丈夫」
「えらいわねぇ。さすが!」
頭を撫でてくれた看護師さんに手を振って階段を上がる。
病室の場所はもう覚えた。
看護師さんに聞かなくても一人で行けるのだ。


たどりついた病室はドアが開け放たれ、栄口がひょこりと顔を出して、中を伺った。開けられた奥の窓から風が吹き抜けてくる。

「おかえり、勇人」
「お母さん!ただいま!」
栄口は静かに、でも小走りにベットに駆け寄った。
母親は自分のベッドのそばの小さなベッドに顔を寄せた。
「ほら、お兄ちゃんがきたよ」
「あのね、今日は、これもってきたの」
栄口は床にランドセルを置いて、中からまだ使っていない野球ボールを取り出した。
「あら、よかったわね」
栄口は大切な白いボールを、小さな小さな弟の小さな小さな握りこぶしのそばにそっと置いた。







僕の夢はキャッチボール。
弟とキャッチボールをするのが僕の夢です。





おわり














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第一生命のCMパロです。
こんな妄想をあのCMを見るたびに思うのでした。





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