大切なことは時に声に出して言うべきだ 3※阿栄








それからしばらく「栄口が喜びそうなもの」について考えていた。
あまりに思い浮かばなくて、もう誕生日のプレゼントなんてなかったことにしようかとも考えた。
水谷のアホはともかく、ふつう高校生の野郎同士が個人的に誕生日を祝うなんておかしい気もする。
そうは思っても、やめた、と割り切ることができなくて、オレはまたうんうん唸りながら考え始めた。

栄口とは同じ中学校だったといっても、初めて話をしたのは受験の日、会ってからまだ半年も経っていないのに、好みだのなんだのわかるわけがない。
部活関係と登下校以外で栄口と会うことなんてないから、野球の話以外はあまりしたことがないことに気がついた。というか、野球以外の話をされても適当に聞き流していた自分に気がついた。

栄口は「阿部は興味のないことは、ほんっとにカケラも興味ないよね」と呆れたように言ってはいたが、怒ってはいなかった。
そういうのをわかって許してくれるのは本当にありがたい。そして自分の身勝手さも少し反省した。
好きとかどうとかはさておき、栄口には日頃の感謝の意味も込めて誕生日のプレゼントは贈るべきだと思った。

その後3日間考えてみたが、結局なんにも思い浮かばなかった。誕生日のプレゼントなんだしあまり遅れるのもどうかと思って、とりあえず無駄や邪魔にならないものにしようと思った。
誰でも必要とするもの、個人的な嗜好に左右されないもの、ということで、「1週間ジュースをおごる契約」と言うのを提案してみた。そんなの色気も何もないにもほどがある。つまりは「現金」や「商品券」を贈っているのと同じことじゃないか。こんな誕生日プレゼントはないだろう。でもほかに思い浮かばなかったのだ。

帰りに自転車を漕ぎながら栄口にその話をした。オレが「どう?」と聞いたら栄口がくつくつと笑い始めた。バカにされるのかと身構えていたら、「いーね、それ。すげー阿部らしいよ」と笑いながら言った。
「なんだよ。それ褒めてんのか?嫌味言ってんのか?」
「褒めてんだよ。絶対当たり外れないし、ムダになんないもんね。値段もお手ごろだし。うわーやっぱ阿部っぽい」
思い出したように笑いが言葉尻に混じる。

「悪かったな。値段もお手ごろで」と、嫌味ったらしく言ったら、栄口がこっちを見て指を3本立てた。
「じゃあパンもつけてくんない?2日に1個、計3個分」
「は?」
「最近、練習きついじゃん。昼までに腹へって困ってんだよね。だから、パンもつけてよ」
「いい…けど…」
「やった」
片手で小さなガッツポーズ。予想外に喜ばれて、だんだん罪悪感すら覚えてきた。

「いいのか?そんなもんで」
「うん。すげー得した気分で嬉しいよ」
あっけらかんと笑う栄口を、お手軽なやつだなと思いながら見ていたら、栄口の方からふっと視線を合わされた。

「……なんて。ホントは、阿部が3日も考えてくれたんなら、それだけで十分なんだけどね」
そう静かに言われて、一気に鼓動が早くなるのがわかった。
なんてかわいいことを言うんだ、こいつ。こんなの絶対気があるようにしか聞こえねえだろ。
っていうか、こんなドキドキしてるオレもどうなんだよ。

まさか、まさか、と思いながら栄口を見ていたら、「ま。くれるもんは全部もらっとくけど」と、しれっと言った。
その一言にさっきまでのドキドキもぴたりと止まる。

『ケチ』とか『がめつい』とか言ってはいけない。
栄口曰く、こういうのは『経済観念がしっかりしている』というのだそうだ。
ものは言いようだが、栄口のそういうところ、実は結構気に入っていたりもする。







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