しあわせをひとすくい  4 ※栄誕(end)





ケーキが出来上がるのを見計らったように玄関のベルが鳴った。
オレがバタバタと片付けていたので、母さんが玄関に迎えに行ってくれた。
キッチンのドアの向こうから「ちわー」とか「おじゃましまーす」とかいう栄口の声が聞こえてくる。

「ふみきー、栄口くん部屋に行ってもらうのー?」
オレの部屋―、とお願いをして片づけを急ぐ。ちゃんと片づけをしないと母さんが怒るし、ケーキの材料も買ってくれなくなるからだ。

片付けながら、ちらちらと出来上がったケーキを眺めていたら、思わず顔が緩んでしまう。
予想以上に上手くできた。
栄口喜んでくれるかな。おいしいって言ってくれるかな。
栄口のことだから絶対に言ってくれるのは間違いないのだけれど、どのくらい喜ばせられるだろう。

本気で喜んでいるときの栄口の声はいつもよりキーが上がる。トーンも変わる。目だってホントにキラキラして見える。
そうだといいなぁ、ともう一度ケーキを見つめた。

キッチンにもどってきた母さんに「なに一人で笑ってるの…」と呆れられたけど、「べつにー」と構わずにやけたまま片づけを続ける。
そのうち「もういいよ。あと母さんがやるから。栄口くん待たせたら悪いわよ」と、片づけを代わってくれた。

母さんはいい人。
大好きって言うと、思春期の男の子がお母さん大好きって平気で言えるのもどうかと思う、って難しい顔をするから言わないけど、オレは母さんが大好きだ。








栄口は不用意に人の部屋のものに触ったりしない。
一人でオレの部屋にいるときは、ほとんど動かずぽつんと座っている。
想像するとふくろうみたい。視線だけちらちらと動かしている、のだと思う。オレは見られないので本当のところはよくわからない。

今日も部屋に入ると、いつもの場所に肩身を狭そうにして座っていた。オレを見てほっとした表情でちょっと笑う。オレはそれの仕草が好きなので、嬉しくてえへへと笑う。それを見て栄口がまた笑う。その繰返し。とても幸せなサイクルだ。

「これ、オレから誕生日のプレゼント。お金がなくて手作りなんだけど」と、栄口の目の前にケーキを置く。
「えっ!?これ水谷が作ったの?」
「うん」
「お店に売ってるやつみたいだよ!うわーすっごいねー!」
ひゅんと栄口の声の色が変わる。あ、ホントに喜んでる、とオレは嬉しくなった。

「んふふふふ。でしょ〜。オレ結構上手いよね」
「うん。すごいすごい!」
栄口があっちからこっちから、ケーキを眺めている。
「ろうそくもね、買ってきてもらったんだ〜」
あんまり大きくないケーキに立てた17本のろうそくは竹やぶみたいにひしめいている。
火をつけると、栄口はちょっと照れくさそうにこっちを見た。
オレの「せーの」にあわせて吹き消す。

「遅ればせながら、誕生日おめでと〜!」
ぱちぱちと拍手をすると栄口もつられるみたいに拍手をした。
「食べてみて、食べてみて!」
用意していたナイフを栄口に渡すと、そのままついっと返されてしまった。

「オレ、ケーキ切るの苦手なんだよ。ぐちゃぐちゃにしちゃうから。水谷が切って」
「え〜。じゃあさ、そのまま食べちゃいなよ。ぜんぶ栄口のなんだから」
「それはまた大胆な…。でも、オレ丸いケーキにフォークはさせないよ。もったいないじゃん…」
と言って、栄口はなかなか手をつけようとしない。

「んーもう。しょうがないなぁ」
オレはフォークを手に取りグサッとケーキに突き刺した。隣で栄口が「あ。」と小さく言った。気にせず一口大のケーキをすくい取る。

「はい、あーん」
オレはすくいとったケーキを栄口の口元に運んだ。栄口は口を開けてぱくりとケーキを口に入れた。

「えっ」
オレは思わず驚いた声を上げてしまった。
「なに?」
口をむぐむぐと動かしながら栄口が聞いた。
「やっ、あのっ…えーっと……」
あーん、なんてノリというか勢いというか、その程度でやったこと。栄口はいつだってこの手のことは「恥ずかしい」と言ってしてくれない。だからまさか栄口がのってくるなんて思ってもいなかったのだ。小さいことだけど嬉しい。

「うわー、これすごくおいしい!」
と、栄口が言った。
それはそうだろう。だってオレは栄口のおいしいに合わせて作ったのだから。栄口の「おいしい」を想像するのは楽しかった。その思い描いたことを、オレはちゃんと形にできる。それも嬉しい。

オレはケーキを作るのが大好きで、それを大好きな人がおいしいねって言いながら食べてくれる。これも些細なことだけれどとても嬉しい。

「もう1回食べる?」
図々しいかな、と思いながらも、ケーキをすくい取り栄口の口元に運ぶ。
栄口はさっきと同じように「あーん」と口を開けた。
ぱくりとくわえるとフォークを持った指に力がくんとかかる。栄口の唇の力がフォークを伝ってきたみたいでドキドキした。

「ありがとう…」とオレが言うと、栄口は不思議そうに首をかしげた。
「…どうしたしまして?……なんで、水谷がお礼言ってんの?」
「いや…なんか、ちょっと嬉しくて……」
「変なの。お礼を言うのはオレのほうなのに」
「まぁそれはそうなんだけどぉ…」
その先はなにを言いたいのかわからなくて尻すぼみになる。栄口はおかしそうに笑った。

「ケーキ、作ってくれてありがと。手作りって、やっぱ嬉しいね」
そう、さも当たり前のように栄口が言うのを聞いたら、確かにこれは些細なことだけれど、とてつもなく大切なことだ、と思った。

誕生日だから「おめでとう」とオレが言い、栄口は「ありがとう」と言う。
でも、やっぱりオレは、「ありがとう」って言いたい。
こんなに嬉しいのは栄口がここにいてくれるから。栄口がここにいるのは生まれてきてくれたから。出会うことができたから。オレのことを好きになってくれたから。
たくさんの出来事が、今のオレを幸せにしてくれている。

「これすごくおいしいねー」と言いながらパクパク食べている栄口を見ていた。一度フォークがささってしまえば、ホールのまま食べるのも平気らしい。
よほどじっと見ていたのか、栄口が「水谷も食べる?」と、聞いてきた。

「うん」とうなずいて、あーんと口を開ける。
ケーキをひとすくい、口に入れてもらう。
栄口仕様に甘さを抑えたケーキのはずなのに、ものすごく甘い。
口の中だけじゃなくて、頭の先から足の先まで。
それは、オレが頭の先から足の先まで、栄口のことが好きだからだ。

「甘い…」
「そう?オレはおいしいと思うけどなぁ」
「栄口に食べさせてもらったから、甘い」
「なんで?ホントに?」
「ホントに」
ほら、と唇を重ねる。唇に残る生クリームの匂いが二人の間にたゆたう。唇を舐めた後食むようにキスをして、舌を絡める。
唇も口の中もオレとおんなじ味。甘い、甘い。

「ね。甘いでしょ」
「…わかんない」
栄口はふいっとオレから目を逸らしてケーキに視線を落とした。

「じゃあ、もう1回」
オレは口を開けて甘いケーキがくるのを待った。
ちらりと見た後、栄口が握ったフォークの先が白い生クリームに沈む。
そしてしあわせをひとすくい、すくいあげるのだ。






/end/



2010/06/08〜2010/06/26




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