Wonderful LifeJ






『昼間のパパは男だぜ』









※前回よりも、ちょっと前。妊娠6〜7ヶ月くらい?
 ちなみに水谷はプラント系の会社の営業です。
 ……今設定しました(笑)










営業で外回りをしている途中、助手席から歩道をベビーカーを押して歩く人が見えた。
どうもベビーカーを押している人を見るとうきうきしてしまう。
まだもうちょっと先だけど、もうすぐオレたちもあんなふうにベビーカーを押して歩けるんだ、そう思うと嬉しくてしょうがない。

生まれてきたらいっぱい買ってあげたいものもあるし、いっぱい連れて行ってあげたいところもある。
そもそも家族が1人増えるのだ。なにをしなくてもお金は今より必要になる。
それにいくら節約は趣味だと栄口が言い張っても、たまにはおいしいものだって一緒に食べたいし、いつでも地味なりにおしゃれさんでいてほしい。そして、必要以上にお金のことで頭を悩ませてほしくない。
だから、しがないサラリーマンだけど、オレはがんばっちゃうよ。

「よーし!がんばるぞー!」と勢い余って手を振り上げてしまった。
「うわっ」

オレの振り上げた手に運転をしていた同僚の巣山が驚いた。思わず避けたらハンドルまで動かしてしまったらしく車がふらりと蛇行する。

「なんだよ、急に。びっくりするだろ」
「ゴメン。巣山」
「で。なに。なにをがんばるって?」
「え?オレもっと稼がないとなぁと思って」
「なんでいきなりそんな話が出て来るんだよっつーの。ホントに水谷の話は突拍子ねーなぁ」と巣山が苦笑いする。

「ごめんなさい」
「まぁ、そこまで聞けばわかるけど。水谷んとこ子供が生まれるんだもんな。そのことだろ?」
「そう!」
「子供生まれたら、けっこう金要るもんなぁ。なんつーか責任も重くなるしな」
巣山はすでに二人子供がいる。わかりきったことでも経験者の言葉はとても重たい。

「だよね」
「がんばれよ。父ちゃん」
と、左手をハンドルから離してぽんぽんと肩を叩いた。

「今日の契約とってこようね!」
「おう」

巣山と組んで営業に出るといつもより契約を取ってこれる確率が高い気がする。
それは巣山が優秀だからなのかな、と思っていたけど、前に巣山が「水谷と組むとなんか上手くいくよ」って言ってくれてたから、オレもなにかしら役に立ってるのかもしれない。
巣山となら、この大きな仕事も、契約まで持ち込める気がする。
そのために今日まで準備してきた。それにオレはもっともっとがんばれる。
だって働くのは自分一人のためじゃない。家族のために働いてるんだから。





相手先との約束は午後一。
それまでにお昼を済ませとこう、ということで適当に食べに入った。
親子丼を食べていたら携帯が着信を知らせた。バイブにしてるのは個人の携帯だ。
オレはもぐもぐと口を動かしながらポケットから携帯をだして見た。

あ。栄口からメールだ。
タイトルは『買ってみた』

なにを買ったんだろ?と、メールを開いてみる。
あいかわらず栄口のメールには絵文字もなければ、顔文字もない。モノクロのシンプルすぎる画面が広がる。でも、オレは栄口のそういうところも好き。

『今日さー、赤ちゃんの心音が聞けるっていう聴診器を買って聞いてみたんだけど、なんも聞こえなかったよ。残念〜。
やっぱ安物じゃダメなのかな?
帰ったら水谷もやってみて』

う……うわーうわー!なにこれ、なにこれー!
超かわいいんですけど!?

オレはもう一度メールを読み返した。
ソファに座ってお腹にぺたぺた聴診器を当てながら、「あれ?聞こえないや」って一人苦笑いしてる栄口が目に浮かんでくるみたいだ。

「ふおおおおぉぉぉ…!」
「…また急に。今度はなんだよ。変な声出して…」
牛丼を食べている箸を止めて巣山がこっちを見た。

「あのねあのね!栄口がね、今日ね、赤ちゃんの心臓の音が聞こえる聴診器買ったんだけど聞こえなかったんだって。一人で聴診器で聞いてたのかと思うとかわいくない!?」

「あははは。それ、うちも一人目のとき買ったよ。いい場所を探せばちゃんと聞こえんだぞ」
「そうなの?」

「うん。でな。あれさぁ父親的にはすっげぇ感動すんだよ。ほら、オレらは腹もでかくならないし、中で動くのもわかんないだろ?だからなかなか実感がもてないじゃん。でも音で聞くと、違う命がちゃんとそこに生きてるんだなってすごく感じるんだよ」
「そっかぁ…」

耳を澄ませたら栄口とは別の、ちっちゃい心臓の音が聞こえるのだろうか。
小さくても「ここにいるよー」って教えてくれているみたいな、とくんとくんって音を想像するとだんだん目頭が熱くなってきてしまった。
でもさすがにこんなところで泣くわけにはいかなくて、鼻をスンと鳴らして涙をこらえる。

「……こりゃ今日は早く帰んねーとだな。がっちり契約まとめて、ちゃっちゃと仕事さばいて帰ろうぜ」
にっと力強く笑ってくれた巣山にオレは大きくうなずいた。



親子丼の残りをかき込んで、支払いを済ませて店を出る。
今日の天気はとっても快晴。
きっと天気がいいから栄口は散歩がてら、てくてく歩いて買い物に行ったんだろうな。
きれいな青空の下、ちょっとうきうきしながら聴診器を買って帰った栄口を思うと、すごく愛しくて、今すぐ会いたくてたまらない。

でもオレは仕事をがんばるんだ。
天気がいいから、オレも気分よくプレゼンする。絶対契約もぎ取って気分よく会社に帰る。
そんで、栄口が待ってるうちに帰る!

「よし!」
オレは緩めていたネクタイをぎゅっと締めなおして車に乗り込んだ。

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