それすらも愛しい日々 24





そうやってお茶を飲んでいたら、大家さんの携帯が鳴り、聞こえてくる会話から、息子さんがタクシーでこちらに迎えに来ている途中、のようだった。
門の外で待つと言うので、オレたちもいっしょに見送りに出た。

車はあまり通らないけれど、人や自転車が時々通り過ぎていく。その中にリトルリーグの練習がおわったのか、自転車を勢いよく漕いでいるユニフォーム姿の男の子がいた。懐かしいなぁと思って見ていたら、水谷も同じ子を目で追っていた。

「なんか、懐かしいね」と水谷が言った。
「うん」
高校を卒業してからはキャッチボールすらもしていないけれど、やっぱり野球は好きなのだ。オレも水谷も。

その様子を見ていて大家さんが「君たちは野球をしていたのですか?」と尋ねた。
「オレたちは、高校の野球部で一緒だったんですよ」
と水谷が言った。

「それは長い付き合いですね。私も大学時代の友達とは、今でもよく会いますよ。つきあいだけなら妻よりも長いですから」と大家さんは笑った。

「彼がいなければ、今の仕事はしていないでしょうし、北海道にとどまることはなかったでしょうね。今の私はなかったわけです。気の合う人がいれば毎日が楽しいでしょう。大切な人との出会いは、それ自体が人生そのものですから、大事にしてください」

大家さんの話は、たぶん、友達だけとは限らないんだ。
一番大切なのは、好きな人と同じ時間を過ごしていくということ。
そのために、誰かを好きだという気持ちに、愛だの恋だの友情だの、無理に名前をつける必要はないのだろうと思う。


遠くにタクシーが来るのが見えた。「あれかな」と大家さんは言って、オレたちを見た。
「こんな古ぼけた家ですが、できれば、君たちがこの街にいる間は住んでもらえませんか」
「こっちこそ嬉しいです!オレ、この家すごく好きですから!」
水谷が満面の笑みで言う。こんな顔で言われたら、誰だって嫌な気はしないだろうと思う。
「オレも、この家に住むことができて、ホントによかったと思ってます」

水谷と二人で暮らしていく幸せも切なさも、この家で知った。
どんなことも穏やかに考えられたのは、長い年月を過ごしてきたこの家の雰囲気のおかげなのかもしれない。

「私も、最後にこの家に住んでくれたのが君達のような人で嬉しいです。役目を終えるときまで、ちゃんと人に愛してもらえそうでよかった。きっとこの家も喜んでくれているでしょう」
と、オレたちの肩越しに家を見つめた。
「今日は、ここにきてよかった」

最後に「ありがとう」と言って、大家さんはやって来たタクシーに乗り込んだ。ガラス越しに息子さんがお辞儀をした。よくは見えなかったけれど、面差しが似ていて優しそうな人だった。
水谷とオレはタクシーが見えなくなるまで、門の前で見送った。しばらくして「帰ろうか」と、二人で顔を見合わせた。




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