それすらも愛しい日々 22







11月。


なにか用があるとかで、水谷は昼から一人で出かけていった。
どこに行くのか聞いてみようかと思ったけど、詮索しているみたいで嫌がられそうだからやめた。
いざというときは携帯がある…からよけい聞きにくい。

一人になってヒマだったので、ぼんやりとテレビを見ていた。
この間買ってきたコタツに寝転んで見ていたら眠くなって、そのままうたた寝していた。
目を閉じたまま、もうそろそろ起きようかなぁと頭の中で思っていたら、「さかえぐちー」と玄関から水谷の声がした。

水谷の帰って第一声が『ただいまー』じゃないことなど滅多になかった。「ただいま」がなければ、「おかえり」と返すことができない。「おかえり」じゃなかったら、なんて言うんだ?なんてことを寝ぼけた頭で考えていた。

そのうち「ちょっときてー」と呼ばれた。
オレはそこではっきり目が覚めて、つけっぱなしになっていたテレビを消してから玄関に向かった。
うちには玄関と呼ぶには広すぎる土間みたいなところがあって、水谷はそこに自転車を停めているところだった。

「なに?」
「あ、栄口!大家さんが来たよ」
「は?」
「なんかねー、門の前に立ってる人がいたから、うちに用ですか、って聞いたら、大家さんだって」
「え?…えぇ!?」
予想外の話に、とりあえず急いで外に出ると、門の傍に白髪混じりの男の人が立っていた。

オレと目が合うと「はじめまして、こんにちは」と深々と頭を下げた。オレも慌てて頭を下げた。

「突然お邪魔してしまってすいません。ちょうどこっちの方に用があったものですから」
確かにここを借りるときに電話で聞いた声だ。優しそうな声の人だと思っていたけど、あながち間違いじゃなかったみたいだ。

一応家に上がってくださいと勧めたのだけれど、どうやらいっしょに来ている息子さんと(息子さんといったってオレたちよりずいぶん年上のはずだ)待ち合わせをしているので、長居はしないからとやんわり断られた。
内心少しほっとしている自分に、ちょっと嫌気がさした。

「ここには二人で住んでいるんですか?」
他意はないとわかっていても、どきっとする。
オレが言葉に詰まっていると、横から「はい!」と水谷がやけに明るく答えた。なにも考えてないのか、考えてこの返事なのか、わからないけれど、場が和んだままでほっとする

「大学生の男の子が住むと聞いたときには、正直小汚い溜まり場にでもなるのかもしれないと思っていたんですが…今日ここに来てびっくりしました」
と大家さんは庭を見まわした。

「壊れていたところもちゃんと修理してもらっているし、なにより庭が綺麗なのに驚きました。ちゃんと面倒見てくれているんですねぇ」
と大家さんは笑った。

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