『恋人たちを見守る10題』(泉→)
【09:泣きたいときは一緒に泣いてあげるから】
たとえるなら、今降っている雨みたいだ。
まわりの音を吸収して、ただ雨音が響くようなそんな静寂に似ている。
部屋の片隅にうずくまって泣いている姿なんて、初めて見たのに、初めて見た気がしなかった。そうするのが当り前みたいに、一人で泣いていた。
それは、これまでも、こうやって誰にも知られないように泣いてきたからなんだろう。
なにもかもを閉じ込めようするように、唇をかみ締めて、声を押し殺して。
ほとんど声を出さずに、はらはらと涙だけを零すようなそんな泣き方。
なんて静かに泣くんだろうと思った。
そして、なんて淋しいんだろうかと。
「ダメだよ、栄口」
栄口がゆっくりと顔を上げた。
涙は、空から降る雨のように、頬を伝って落ちる。
「そんなふうに泣いてたらダメだ」
その理由は聞かない。
その理由を聞くべきなのはオレじゃない。
底の見えない湖のように、その水面に波紋を描くように、深い悲しみが伝染してくる。
「なんで、泉が泣いてんの…?」
「おまえが、一人で泣くからだよ」
腕を伸ばし、頬に残る涙の痕を指先でなぞる。栄口が目を閉じたので、同じように目を閉じたら、音を立てて涙が落ちた。
「そんなふうに泣くなよ。一人で泣くな…泣きたいんだったら、一緒に泣いてやるから」
二人の間にはらはらと水滴が落ちる。
栄口は、「それ、水谷にも言われたことある」と、小さく笑い、オレの頬を拭った。
涙が止まるまで何度も、何度も。
「水谷は、バカだけど、かなり頼りねぇけど、あいつはいいやつだよ。だから、泣きたいことがあるんなら、あいつにも話してやればいい。泣くのはそれからじゃね?」
「うん」
幸せになりたいのなら、嬉しいことも、悲しいことも、誰かと分かち合うことだ。
その相手が誰なのかは、誰よりも自分が知っているだろう?
ドアをノックする音が静寂を砕く。
そうだよ。
あいつは、もう知ってるんだよ。
すべてを分け合いたいと思える人が誰かということを。
早く顔を上げて。
雨が上がる、境界線の先で待つ人のところへ、その足を踏み出すんだ。
2008.05.06
別に手を抜いてるわけではない、ですよ…?(言い訳)
お題お借りいたしました。
追憶の苑
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