夏色チェリー



10000Hit企画 アメ様リクエスト
『「君の好きなところ」の女の子世界のミズサカ』です
全員女の子ですので、ご注意願います。








【夏色チェリー】






目が眩むほど鮮明な光は、夕刻に向けて徐々に和らいだ色に変わっていく。
放課後を告げるチャイムとともに、教室はにわかにざわめき始めた。一斉に動き始めた生徒たちの中でも目立ってしまう、ぴょんぴょんと跳ねるような走り方。
スカートをふんわりと揺らして彼女は、教室に駆けてくる。

「業務連絡でーす」

わざとらしい敬礼をして、水谷がぴょこんと教室に飛び込んできた。
「なんかねー、今日は5時までグラウンド使えなくてー、監督も5時から来るって言ってたから−、それまで自主練でも遊んでてもいいって。花井が1組に言ってこいって言うから来ました〜」
どうする?と水谷は首をかしげた。

「私は練習に行くよ」
「わーさすが巣山」
「じゃあ私も行こうかな…」
席を立とうとする栄口を巣山は目で止めた。

「…ま、おやつでも食べてたら?その大きなカバンの中お菓子が詰まってんでしょ?」
と、巣山は水谷の肩にかかった大きなカバンを指差して笑った。
「えへへ、わかる〜?巣山はいらないの?」
「いらない。私あんまり甘いもの好きじゃないし。栄口はつきあってあげたら?放課後にひまなのも珍しいじゃない」
「うん…」
じゃあねと言って巣山は教室を出て行った。

栄口の前の席に座り、水谷はカバンの中からごそごそとお菓子を取り出して、机の上に並べ始めた。どれもこれも甘そうなものばかりだ。

「ホントに、水谷のカバンの中っていっつもお菓子が入ってんのね」
「エネルギー源?だから?」
「なんでこんなに食べてるのに太らないのかわかんない」
「なんでだろーねー?」
と、たいして考えてはいないふうに言いながら、栄口のも買って来たよ、と購買の自販機の紙パックのジュースも並べた。
栄口はグレープフルーツ、水谷はイチゴオレ。
なにやら鼻歌を歌いながらパリパリとパッケージを開けて、水谷はお菓子を食べ始めた。

栄口は机に両肘をついて顔を乗せ水谷を見つめた。
嬉しそうにお菓子を頬張っている水谷の顔は、幸せで溶けてしまいそうだ。
水谷は、もとから整った顔立ちをしているので、化粧とかにはあまり興味がなくて、いつもほとんどノーメイクだ。
それでもきっちりメイクした女の子たちより、よっぽど可愛い、と栄口は思う。

大きな黒目がちな目の中の、色の薄い瞳はなぜかいつも潤んで見える。表情を柔らかく見せる下がり気味の目元で、栗色の前髪がふわふわと風に揺れていた。
ぷるんとしたさくらんぼ色の唇は甘いものを食べるためだけにあるみたい。
そして、運動部とは思えない肌の色の白さはすごく羨ましい。

「水谷は、ホントに日に焼けないよね」
「ん?」
「同じように外で部活してるのに、なんで私だけこんなに真っ黒なんだろ?」
「えぇ?栄口全然黒くないよ?黒いってのは田島みたいなのをいうんだって」
「うーん。まぁ田島に比べれば、白いかもしれないけど…水谷と並ぶとやっぱり黒い…」
手出してと、栄口に言われて水谷は腕を伸ばした。その横に栄口が腕を並べる。

「ほら、私のほうが黒い」
「ま、まぁそうかもしれないけど…」
そんなことないよとは、言い難い違いに水谷の笑顔はひきつった。
「いいなぁ、水谷は」
また頬杖をついて、水谷を見た。

シフォンの緩やかな裾がふんわりと揺れる、胸元にサテンのリボンがついた淡いピンクのベビードールのワンピース。
この間一緒に買いものに行って、すごく似合うって言ったら、喜んで買ってたやつだ。
こんな色も服も、私には絶対似合わない。

「で、でも、わたし、日焼けしたら、真っ赤になって痛くて痛くてたいへんなんだよ」
「そういう人って、黒くならないんだよね」
はーっとため息をつく栄口を見て、水谷はわたわたと焦る。

「栄口は、本当は色白いんだから、大丈夫だよ!ほら!胸とか!きれーに真っ白…いたっ」
水谷の、なにやら丸いものを掴むような手を叩き落した。

「なに、その手は。なに掴んでんの?」
「女の子が胸の話するのはふつうでしょ。意識しすぎ〜」
「そんな手つきで話さないよ」
もう…と栄口はため息をついた。

「だって、可愛いんだもん。栄口のおっぱい」
「おっぱいって言わない!」
どちらかといえば貧相なその胸を、嬉しそうに撫でる水谷を思い出して、頬が熱くなる。

水谷のほうが、丸っこくって可愛らしい体つきをしてるのに、なんで私を見て、こんなに可愛い可愛いって言えるんだろう?
痩せてるといえば聞こえはいいけど、男の子みたいにメリハリのない体。私はあまり好きじゃない。
でも、水谷はそこがすごく好きって言ってくれるから、このごろはちょっとだけ好きになれた気がしている。

「もともとは白いんだからさ、冬になったら元に戻るし、大人になって日焼けしなくなったら真っ白だよ〜」
えへら〜と笑う水谷を見て、栄口も思わず笑ってしまった。せっかくの美人が台無しのこの笑顔だけれど、どんなにきれいな作った笑顔よりも可愛いと思う。
「そうだね」と栄口が言うと、水谷はほっとして、持っていたイチゴオレをずずっと吸った。

「色が白いといえばさ…前に水谷がみんなが男の子だった世界に行っちゃったことがあるでしょ」
「あーあれはびっくりしたぁ〜」
「あの時こっちには男の水谷がいたんだけど、今思えば、あの人も野球部員にしては色が白かったなぁと思って」
「ホント?男の栄口はどうだったかなぁ…真っ黒だったかも?いかにも高校球児って感じだったよ」
「やっぱり…」
とため息をつく栄口を見て、水谷は、また話を蒸し返してしまったと焦り始める。あわあわしている水谷を見て、栄口は「もう気にしてないからいーの」と言った。「ごめんね」と謝る水谷の頭を撫でる。

「男子って日焼け止めとか塗ったりしないじゃない?日焼けしたら、痛いとか言って騒いでるんだろうね」
鼻の頭を真っ赤にして、痛い痛いと大騒ぎしている、男の水谷を思い出して栄口は吹き出した。

「なに笑ってんの?」
「だって、男でも女でもあんまり変わりがないんだもん、水谷って」
目の前の水谷をひとまわり大きくした感じの彼は、野球部員にしては男くささのない人だった。見た目とか声とか、そういうのが。
目が合って、「水谷?」って呼んだら大きな瞳を潤ませながら抱きついてきた。そのとき、首筋の辺りから匂っていた、甘い香り。
なんで、あんな花みたいな香りが似合うんだろう?
でも、その中に混じる汗の匂いとか、抱きしめる腕の力とかは、やっぱり男の人なんだなぁと…
やばい、ちょっとドキドキしてしまった…。
栄口は胸を押さえて、大きく息をついた。

「あれ。ちょっと〜。なに赤くなってんの?もしかして水谷君かっこいー!とか思い出してんの?」
「ち、がうよ!だって、あの人、結局水谷なんでしょう?かっこいいとか…あ、ありえないし…」
「ひっどーい!かっこよかったでしょ!?」
「えー…」
「でしょ?」
「…うん、顔は、ちょっとかっこよかった、かも」
「よかった!せめて顔くらいはよくないと。中身がわたしと同じってことはバカってことだもんねー」
あははと水谷は笑ったが、ここは笑っていいところ?と栄口は苦笑した。

「みんなどうしてるのかなぁ」
と、水谷は遠くを見るような眼差しで言った。
男の子だったみんなを思い出しているんだろうと栄口は思った。自分は水谷しか知らないけれど。
「野球部なら、今は県予選が始まったところ、かな」
「わたしたちといっしょってことは、10人しか部員いないんだよねぇ?…強いのかな?」
「それも、私たちと一緒なんじゃない?」
自分たちもたった10人の一年生だけのチームだけど、ぜんぜん弱いなんて思ってない。きっと、向こうも同じなんだ。
二人は目を合わせて「私たちもがんばろうね」と、にっと笑った。
いつのまにか誰もいなくなって静まり返っていた教室に、遠くから聞こえる蝉の声が響いていた。


お菓子を食べ終わると、ちょうど部活に向かう時間になった。
「じゃあ、栄口、髪くくってあげる」
最近、水谷は部活の前に栄口の髪を結うのが日課になっている。
「わたしとおんなじ、おだんごにする?」
今日の水谷は、肩にかかるくらいの髪を二つに分けて耳の下辺りで小さくおだんごにしていて、あまった毛先がくるんと巻いている。
「んーなんかそれ動くと崩れそうだし…私、自分じゃ直せないから。三つ編みでいいよ」
「わかった。んふふ〜。ただの三つ編みでも、栄口がすると可愛いんだよねぇ」
と手にしたブラシで、栄口の細い髪を梳かしていく。細いけれどしっとりとして芯のある髪は絡まらず、滑らかにブラシが通り、少しくせのある毛先は緩やかな曲線を作った。
水谷は旋毛から指先で器用に二つに分けて、その片側をクリップで留め、残りを手早く編んでいった。髪の先に首筋をくすぐられて肩を竦めると水谷がくすくすと笑う。あっという間に片方が終わり。クリップで留めていたほうを編みこんでいく。

こういうことだけは、すごく手際がいいんだよね、と栄口は小さく笑った。
水谷は化粧にはあまり興味がないけれど、髪をいじるのがとても好きだ。7組は阿部も花井も髪が長いから、水谷はいつも2人の髪をつついている。花井は、気にとめることもなく、ひまな時は好きなようにやらせている。
阿部は人に髪を触られるのがあまり好きではないのか、不機嫌そうな顔でしかたなく触らせているけれど、出来上がりは結構気に入っているらしくて、嬉しそうな顔をして鏡を見ているのを栄口は知っていた。

阿部も可愛いところあるよね、と思っている間に「でーきた!」と水谷が言った。
栄口は目にかかっていた少し長めの前髪を耳にかけた。それを水谷はブラシで整えて、カバンのポケットから取り出したピンで留めた。

「このおでこ!きゃー!かわいい!たまんない!」
水谷は座ったままの栄口をぎゅーっと抱きしめ、丸やかな額にキスをした。
「!」
おでこを押さえて固まった栄口の顔を覗き込んで、今度は唇にキスを落とす。
水谷の唇はさっきまで飲んできたイチゴオレの匂いがした。
誰もいない教室、人気のない廊下、外からの視線を遮るように立つ水谷の身体。
少しならいいか、と栄口は肩の力を抜いた。それを感じ取って、水谷は薄く開いた唇から舌を入れて絡める。グレープフルーツの苦味と、イチゴオレの甘さが混ざって変な味、と思いながらも、自分とは違う人の体温は気持ちがよくて、栄口は目を閉じた。何度もキスを繰り返した後、ちゅっと音を立てて唇を離し、栄口の顔をうっとりと見つめた。

「これ、やっぱり似合う。こないだ見つけて栄口に似合いそうだなって思って買ったの。あげるね」
栄口は留められたピンにそっと触れた。鏡を見ていないからわからないけれど、指先に触れる感触は小さな飾りがついているようだ。
「…ありがと」
と上目に見ると、水谷は立ったまま「どういたしまして」と、にっこりと微笑んだ。



そろそろ行こうか、と促されて栄口は立ち上がった。ガラガラという椅子の音が、静まり返った教室に響いて聞こえた。

「あ、そうだ。阿部がねぇ、今日は生理痛で、ものすご〜く機嫌悪いから、気をつけたほうがいいよ!」
「そんな情報いらないし…いつも怒られてるのは水谷だけでしょ」
「そっか」
と笑いながら教室を出た。
遠くから話し声は聞こえてくるけれど、廊下には誰もいないので、二人は手を繋いで歩いた。
長い時間繋いでいられるように、いつもよりもゆっくりと。


廊下の窓から見える、少しだけ日差しが和らいだ夕方の空。

でも、暑い暑い夏は、まだ、はじまったばかりだ。








2008.04.26












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