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純情少女

あれは小五の夏。
授業で水泳をしていて時の事。

私は水着を忘れて見学していた。
珍しく,見学のテントの中には
たくさん生徒がいた。それも,
何故かほとんどがうちのクラス。
その中に,当時好きだったT君は
いた。

この時ばかりは,自分のずぼらさ
に感謝しながら,1時間彼を近く
で見つめることが出来る喜びに
浸った。
(この頃から私は恋に消極的だ
った)

何分か経ち,クラスの1人の女子が
T君と何やら耳打ちし合っている
のが気になった。
(チッ………)
それが大変面白くない私が横目で
密かに睨み付けていると,その子
がこちらに寄ってきた。
女1「ねぇねぇ,T君の好きな人
教えちゃおか!?」

(………。はいイイイ……!???)

こちらには私を除き2人の同じ
クラスの女子(女2,女3)がいて,みな
興味津々に話しを聞いた。
女1「あのねぇ,1位が女2ちゃんで,
2位が女3ちゃんで,3位が○○
(私の名前)ちゃんやって!!」

(まっ…まじでぇ!???)

すっかり舞い上がった私は,自分
が3位であるにもかかわらず
喜んだ。
それからの日々,私は1位と2位の
子を蹴落とすために労力を費や
した。
呪いも色々試した。
しかし,ついに恋は実ることなく,
私は6年になり,新しい恋をした。
(この頃から私は変わり身が早か
った)


…そう,皆さんお気付きだろうが,
私は女1に,まんまと騙されていた。
常識で考えても,その場に偶然居合
わせた3人を揃いもそろって好きだ
なんて有り得ない。
ましてや,近くにいるT君が止めな
い訳がない。
しかし嘘とは言え,私が3人の中で
3位というのは悲しい。
きっと女1の独自の価値判断に準ず
るものだろう。なんとも悲しい。
それで喜んでいた自分が,更に悲し
い。

今でこそ騙されやすい私だが,あの
頃は更に酷かった。尋常ではなかっ
た。
その頃したためた日記を見ては,
涙がこぼれる。

「今は3位でもいつか必ず1位に
なってみせる!!」

「T君と同じ班になれた!!
(女3ちゃんも一緒やけど…)
これってチャンス!??」

「女2ちゃんと親しげに話して
いる…やっぱりまだまだや
なぁ……」


……痛い。
大変痛い。

本当に綺麗だったあの頃。
ただただ純情だった,若か
りし私。

この話しは,今まで誰にもして
いない。
もう時効だろう。


まぁ今ではいい笑い話である。



〜おまけ〜
しかしその後,T君と女3は両思い
であることが判明し,私はまた,
疑問にさいなまれるとともに,
深い人間不信に陥ったのであっ
た。




a nagging pain

あれは確か小三の冬。
春が訪れ始めた,暖かい頃。

一個上の友達とついでに私の
妹と,自宅で遊んでいた時の事。
他愛ないごっこ遊びに飽きてきた
私達は,トランプをすることにした。
ゲームの種類をそんなに知らない
ために,定番のばばぬきを繰り返
していた。
この日珍しく友達は弱かった。

私は昔から,運が何かしら作用する
ゲームは苦手だ。じゃんけんは
勿論のこと,トランプ,グリコ,すごろく,
など,大概いつも負ける。

そんな私に2回連続で負け,
目の前で同じジョーカーを2回も
選んだ友達に,つい,爆笑して
しまった。
今思えば,これが全ての
始まりだった。

人一倍プライドが高かった友達は,
ブチ切れて怒鳴った後,家を飛び
出していった。

(えー…………汗)

そんくらいで切れんでも……
という思いと,こんな些細な事
で切れられたことへの怒りと,
追いかけることへの面倒くささ
が勝った私は,放っておく事に
した。
何より,頑固だったのだ。

しかし,その事を後悔する時は
すぐに訪れた。
近々,その友達を含む近所の
仲良し4人で,遊びに行く約束を
していたからである。
その内容はというと,弁当は各自
持参でバスに乗って地元のテーマパーク
(とは言っても,あるのは遊具と,
子ども向けのアトラクション数個と,
小さな動物園くらいだが)
へ行く,というものだ。
当時,友達同士だけで遠出する
機会はめったになかったので,
相当楽しみにしていた。
だからといって私にはそこで
謝るという概念は毛頭ない。
なにしろ頑固だった。

そしたら数日後,友達から
手紙が来た。
「疲れたから行かない」
みたいに書いてあった。
(あ,そ。)
嘘がバレバレで,笑えた。

母親に予定がなしになった,と
伝えるのが,一番辛かったかも
しれない。
前々から計画を嬉々として話し
ていたからである。弁当も,作っ
てもらえるよう頼んでいた。
勿論,理由は告げなかった。

すると残念さが伝わったのか,
当日,母親と妹とテーマパークに
行くことになった。
喜んだには喜んだが,ぶっちゃけ
小三にもなると親同伴には少し
抵抗がある。しかし,優しさに
対してそんな事は言えるはずが
ない。
私は鬱憤を晴らすためにと,
3人で出掛けた。

着いてみると楽しくなってきて,
結局遊び回った。
遊具で散々遊びきったあと,
アトラクションの方へと向かった。
1つのアトラクションに,目が留まった。


いる。

ふと見たアトラクションに,一緒に
行くはずだった3人が,いる。

何とも楽しそうに。


私はそれを母親に悟られまいと,
必死に動物園の方へ誘った。
しかし,努力も虚しく,無神経な
母親は
「あら…?あれ,○○ちゃんらぁ
じゃない?」
と,事も無げに聞いてきた。
「えーあーそうみたいやね」
と適当に返しながら,今度は
3人に気付かれないようにと,
母親を動物園へ引っ張って
行った。
先頭を歩きながら,私は悔しさ
と寂しさに泣いた。

(どうして2人まで……
てか行かんっつったじゃん!!)

何とかその場をしのいだ私は,
帰り着くと自分の部屋で
また泣いた。
3人でバスに乗り,弁当を食べ,
楽しく遊んだのかと思うと,
やり切れない妬ましさに襲わ
れた。

それからどうしたのか,実は
よく覚えていない。
しかし確か,「お前ら見たぞ」的な
手紙を送りつけた気がする。
多分それで,こんな手紙が来た
のだろう。
「〜略〜
負けたのを言われたのが,
すっごい嫌やったが。
3人で遊びに行った事は
本当にごめん。
やけど,もう言わないでね。」
それに仲良し4人を描いたイラスト
が同封されてあった。

私は,許すつもりはなかった。
この頃には既に,今の頑固さと
嫉妬深さが備わっていた。
それにこの出来事は,私の
人間不信と団体恐怖症と他人の
目恐怖症の核を作ったに違い
ないと,正直今でも考える。

しかし仕方がない事だ。
あの鋼鉄のプライドを持つ人が
謝ってきたわけだし,何より
自分にも多少なりとも非が
あることは,認めざるを得な
い。
(と言うより,明らかに半分は
自分のせいなのであるが,それ
を容易に認められる程,人間が
出来ていなかったのである)

その後,仲直りした私達は,また
遊ぶようになった。
友達は何ともなくその時の話しを
口にした。
3人で笑いあった話,楽しい記憶。
まったく,母親並みの無神経さで
ある。
勿論,悪気はないというのは承知
の上だが,悪気のなさが逆に冷た
く突き刺さった。


現在,私達は普通に"友達"をして
いる。
あの日の出来事を忘れるわけで
はないが,もう恨んではいない。
ただ,思い返すたびに,今でも
少し,心が痛む。


いつか,笑い話になればいい,
そう願う。


Too bitter love

あれは確か小二の春。
まだ保育園時代が抜け切れてない,
そんな頃。

私はよく1個上の友達と,
冒険ごっこなるものをしていた。
冒険とはいっても,近所のせいぜい
3q四方を,少しの食べ物と飲み物を
かばんに詰めて練り歩くだけの
至極単純なものだ。

時に知らない家でトイレを借り,
時にまた別の家でお茶をもらい,
時に遅くまで帰らずに父親には殴られ
母親には泣かれ,と色々しでかした。

ある日,私達はいつものようにまた
冒険に出掛けた。
近所には"上の公園"と"下の公園"と
呼ばれる2つの公園があり,
その日は下の公園を通って行くことに
した。
団地から下の公園へ抜ける階段を
下ると,高いコンクリート塀の上方に
上の公園が垣間見える。
つまり,上の公園と下の公園は,実際
上下の位置関係にある。
だからそう呼ばれているのだ。

私達が下の公園へ向かっていると,
上の公園から変な歌が聞こえてきた。
小学生が思い付くような,下品な
替え歌である。
それを聞いた私達は,上の公園に
向かって思いっきり叫んだ。
「ばーかばーかぁ!!!!」
そして笑いながら走って下の公園へ
急いだ。

着くや否や,そんな事はころっと
忘れてブランコや滑り台で遊ぶことに
いそしんでいると,公園の階段上方に,
年上だと思われる男子が数名,
こちらをうかがっているのに気付いた。
少し,嫌な予感がした。

そいつらは,ゆっくりとこちらに
近づいてきた。5,6人はいた。
一人が噛み付くように言った。
男1「おい,さっき馬鹿とか言ったの
お前らかや?」
友「はぁ?」
男2「だからお前らか!?」
私「変な歌うたいゆうきやろーが!!」
そこからはもう,リンチである。
砂場に追い込まれた私達は,
男子達に囲まれ,サッカーボールを
蹴り付けられた。
大泣きしながら,反撃しようとするも,
手も足も出なかった。
それでも度胸が人一倍強い友達は,
必死にかばってくれ,叫んでくれた。
友「やめろやコラア!!いい加減に
しろやぁ!!!」
その時である。
男3「あっ……」
男1「ん?どーした?」
男3「こいつ…同じ保育園。」
そいつは私を指差しながらぽつりと
言った。
(はっ………!!)
私は遅くも気付いた。
そいつは紛れもなくK君だった。
私と同じ保育園であり,私の初恋の人
でもある,K君だった。
因みに,男1はK君の兄貴だった。

(ま…まじでぇぇ……!???)

久々の再開にも関わらず,醜態を
晒した私は,さらに大泣きした。

それを聞いてか,少し落ち着いた
らしい彼らは,今度は保育園時代の
事を聞きだそうとしてきた。
しかし,泣きじゃくり,もはや言葉に
なってない私達に,一言
「もー言うんじゃねぇぞぉ!!」
と睨みをきかせて去っていった。

後に残った私達は,一言も言葉を
交わすことなく,静かに泣きながら
それぞれの家に帰った。

勿論こんな恥ずかしい話,家族には
出来ない。友達に話したのも,つい
最近のことだ。

こうして,私の淡くも苦い初恋は
終わった。


まぁ今ではいい笑い話である。
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