【ふるねじ】連載@閑話休題


※さぁ、これから何処まで行こうか。
 限りの有る、時間の中で。
















「え……妃真に、逢った?」
『うん』

 軽々しく彼はそう答えた。言葉の意味を理解できなくて俺は口へ運びかけたカップをそのままに思考回路も動作も停止させる。同じように珈琲が注がれたカップを口へ運んでいたラタは一度口をつけてから眉を顰めてカップから口を離した。熱かったのか、苦かったのか。感覚が戻ってからまだそう言う細かいところに戸惑いを見せる。舌を小さく出したところを見ると熱かったんだろうな。

『ヨシノ?』
「あ、いや……」
『綺麗な人だね。妃真って人。優しそうでもあったけど』
「あぁ、うん……」

 笑いながらそう言うラタに、俺は内心複雑な気持ちになる。

『長い黒髪でさー、青い瞳で。鼎のお姉さんなんでしょ? 確かに似てるかも』

 言葉は前よりも流暢になった。機械――ロボット独特の発音のズレや何かが極端に少なくなった。言葉の起伏が感じられる。感情が込められている。言葉遣いに伴って瞳も動作も柔らかくなった。初めての感覚に戸惑いを見せる。以前に比べれば何もかもが違って見える。
 それでも彼は、ラタなのだ。

『好きだった?』
「は?」
『妃真の事』
「……」
『今でも好き?』
「……聞いてどーする」
『別にどうも? 大体、どうも出来ないじゃん』

 不思議そうにラタがそう言葉を返してきた。確かに、それを聞いた所でラタにはどうすることも出来ないか。

「お前が好きだよ」
『……そう』
「何、その反応……照れてんの?」
『え、いや……わかんない……』

 言った後、そわそわとして顔を逸らしたラタに俺は意地悪くそう言ってやった。

「お前、本当に変わったなー」

 近寄ってカップに気を付けながらぎゅっと抱きしめる。ラタはされるがままだった。

『前の方が良い?』
「いや。どっちもお前だから良いよ」
『……』
「だから、照れてんの?」
『五月蝿いなぁ』

 俺に抱きしめられたまま、ラタはカップに口をつけた。一口飲んでやっぱり小さく舌を出す。……今度はココアでも買ってこようか。多分、苦いのが駄目なんだろうな。

『……あの時、予感がしたんだ』
「予感?」
『うん、何かが、終わる予感』
「……でも、終わらなかっただろう」
『……』

 ラタは俺をちらりと見る。その妙に神妙な面持ちに、俺はラタを抱きしめていた手を緩めた。ラタは窓の外を眺めている。鉛の色をした、少し低い空。

『まだ、それがしてる』
「……予感、が? 嫌な話は止せよ……」
『ううん、俺じゃない。だから、その終わる予感ってのは、たぶん、やっぱり、きっと……』

 言葉が小さくなっていく。不安そうに見える。空を見ていた視線を下げて、ラタは眉根を寄せた。誰かを、心配する顔。それに気付いて俺はラタの頭を自分の肩口へと導いてやった。綺麗な青を孕んだ銀色の髪を撫でてやる。
 ラタと同じ髪の色をした少年と、あの銀緑色の髪のロボットは、一体これから何処へ行くのだろうか。






「ダルク?」

 ふと何かが聞こえた気がして、私は足を止めていた。スーロンに呼ばれ、『何でもないわ』と言葉を返す。
 今朝方に情報屋がホテルの部屋を尋ねて来た。【ふるびたねじ】が関係しているかも知れない、と言う噂話。南西にある集落の一つへ向かうのだ。

「……気になる?」
『……いいえ。私に出来る事は、もう無いだろうから』

 スーロンの言葉にそう返して、私は彼に歩み寄る。スーロンは肩を撫で下ろしてまた歩き出した。此処からまた電車に乗らなければいけない。
 私は自分の手を見下ろして、そっとその手を握り締めた。
 私に残された時間が残り少ない事は、私自身が一番良く、解っている。




 了