【ふるねじ】連載@ラタ編


















 目覚めた其処は見慣れていて、とても簡素だった。壁は打ちっ放しのコンクリート。むき出しで古臭くてひび割れてる。天井も古ぼけていて蛍光灯が一つ、切れていた。それでも部屋が明るいのは朝陽が差しているからだ。あの時転がったはずのソファが戻されている。床には銃痕が二つ。蹴破られた扉はサイズが合わないトタン板がはめられていた。

『……随分と、懐かしく感じるなぁ……」

 ぽつりと呟いて息を吐き出す。真似事でもこれは好きな行動だった。降ろした瞼を再度上げると、視界の横からぬっと何かが覗きこんで来た。

『……ヨシノ……』
「おせーんだよばーか」
『は?』

 口はそう言葉を漏らしたけれど、瞳は安堵の色をしていた。解る。解った。
 目の前に、ヨシノが居る。
 そう思ったのにヨシノが俺の視界からふっと消えるものだから、俺は慌てて身体を起こした。けれど。

『っ、!? い、てぇえ!!!』
「あ? あー、感覚……って言うか痛覚? 戻した。お前無茶しかしねぇし」
『は? 何これ。ずきずきするしどくどくするしいっそ怖い!』
「そーやって危険から回避すんだよ、生き物は」

 胸やら腕やら脚やら顔やらとりあえず至る所を不思議な感覚が走り抜ける。今までだって、少しは感覚あったよ。そりゃ、痛覚に通じるところは殆ど無かったけど。壊れても直せるんだし、別に良いじゃんって、思ってたんだよ。
 ふ、と気がついて自分の顔に触れた。確かにあの時、あの女の――ダルクの剣が顔を吹っ飛ばしたはず。俺の【ふるびたねじ】がある場所を、壊したはず。でも視界は良好。確かに、見えてる。
 確かに。

『……生きてる』

 俺は、生きながらえたのか。
 沢山の感覚が体中を駆け巡る。指先も、瞳も、足も、腕も、何もかも、俺は今ちゃんと総て、此処にある。
 此処に、ある。

『――ヨシノ』
「あ?」

 確かめるように俺を眺めていたヨシノを俺は呼んだ。そうだ、言わなくてはいけなかった。今更だけれど、言わなければいけなかったんだ。

『俺、ヨシノの事好きだ』

 多分、胸にはずっと抱いていた。言わなくてはいけなかった言葉は、漸く口から零れ落ちた。この言葉を、その意味を、彼に言えた事はとても嬉しかった。

『愛してる』

 囁くように告げると、ヨシノは驚いた顔からすっと表情を消して俺の目の前に立った。肩にヨシノの手が置かれてそのままヨシノの頭が降りてきて。

『いてっ!』

 そのまま頭突きされた。

『い、いった!! 何すんの!?』
「ばぁーか、ふざけんなよ」
『……ヨシノ?』

 じわりと、彼の瞳から涙がにじんだ。それから抱きしめられた。

「良かった……本当に、良かった……」

 腕が、声が、震えている。触れた場所が心地良い。心臓の音が俺に教えている。俺の世界が此処にあるって事を、教えている。
 ああ、俺は今嬉しいんだ。その上今凄く、泣き出したくなってる。ぎゅっとヨシノの背中に腕を回すと、もっと強く抱きしめられた。痛いけど、嫌じゃない。

『ねぇヨシノ。最後の言葉、訂正させてよ』
「訂正?」
『うん』

 窓の外の日差しが、柔らかさを持ったまま強くなる。一日が始るんだ。新しい、一日が。

『ヨシノ、俺、幸せだよ』

 『幸せだったよ』、なんて、過去形なんかじゃない。生きている。今此処に居る。俺の世界は此処にある。優しくて、嬉しくて、泣き出しそうなくらいに。ねぇ。
 俺は、幸せだよ。





『……嘘でしょう……』
「今目の前で起きた事を否定するのって、難しいよ」
『だって……』
「生まれ変わったんだよ」

 ぽつり、スーロンが呟くように囁いた。
 あの時、確かに彼の中の【ふるびたねじ】の光は消えた。私が砕いたんだもの、間違うはずなんて無い。
 けれど今、見上げているビルから見える光は確かに【ふるびたねじ】の光。マイナスのものではなく、プラスの螺子の輝き。

「ヨウがダルクの攻撃の軌道をずらした。ほんのちょっとだけ。あの攻撃は、確かにラタの螺子に触れていたんだ。傷をつけた」
『傷? ……まさか……』
「そう、そのまさか」

 隣でビルを見上げるスーロンは僅かに瞳を細める。

「マイナスに一つ傷がつけば、プラスになるだろ?」
『そんな……事が……』

 可能だというの? 在り得ると言うの? 信じられない。でも、けれど。
 私たちが見上げるビルから見える輝きは、確かに【ふるびたねじ】のもの。機械人形に【こころ】を与える、奇跡の産物の光。確かな、【家族】の輝き。

『……きっと、幸せ、よね?』
「本人がそう言ってたんだ。大丈夫だよ」
『……じゃあ、私が言う事は……私に出来ることなんて、何も無いわね……』

 色んな事を考えていた。犯してしまった罪と過ち。償えないことだと解っていたから。

「ダルク」

 そっと、スーロンの手が私に触れる。
 隣を見れば朝焼けの中、彼は酷く優しく笑っていた。
 まるで私の総てを赦してくれるように。



 了