【ふるねじ】@中篇


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 同じ日々は二度と巡らない。同じような日に見えて、平凡な毎日に見えて、本当は同じ日など無いという事を、僕は改めて思い知った。



 ソフィーの視力が著しく低下を見せた。
 殆ど見えないという状況にスノウは手を尽くすが回復の兆しは無い。
 尽力を尽くし、総ての希望が打ち砕かれた時、スノウが彼女に言った。

「……君の、君の左目をソフィーにくれないか」
『っ!? スノウ!?』
「移植ならまだ間に合うかもしれない!! 彼女の細胞の質ならきっと拒否反応も起きないはずなんだ! もうっ、もう眼球が腐り落ちるかも知れないんだ! 側の物から腐っていくのなら、すぐさま脳も壊死してしまうかも知れないっ……ソフィーが……ソフィーが死んでしまう……」

 スノウが、涙を見せた。
 優しい微笑が涙に消える。柔らかい声が悲痛な喘ぎに摩り替わる。

「もう……時間が無いんだ……」

 肩を震わせる。
 悲しみが、苦しみが、彼を痛めつける。
 僕には、無いものだった。僕は所詮【絡繰】でしかない。【機械】でしかない。僕で良いのならば、目玉だろうが心臓だろうがあげたって構わなかった。ソフィーが生きて、スノウが涙なんて流さなくて済むのならば、僕の総てをくれてやっても良い。
 でも、僕は何も上げられない。瞳もただの硝子球。心臓なんて呼べる場所も無い。こんなにも苦しく切なく思うのに、零す滴だって存在しない。
 僕は所詮、人間に似せて作られた、レプリカでしか無いんだ。





『……? どうしたの?』

 スノウを自室で休ませた後に部屋に戻ると、彼女は僕の服の裾をぎゅっと掴んだ。黒い夜色の瞳が僕を映している。
 綺麗な色だと、僕は何時も思っていた。

「ソフィー、死んじゃうの?」
『……』
「私の目があれば、大丈夫なの?」
『!!』

 僕は言葉が出なかった。

「ソフィーが居なくなったら、私は悲しい。スノウも悲しむ」

 何かが言葉を出すことを拒んでいる。
 胸の奥で、詰まっている。

「あなたも、かなしむ」

 黒い瞳が、涙に揺れる。
 僕には存在しない、滴。
 僕は力をなくしたようにずるずると座り込んだ。零れるはずも無い涙、乱れるはずも無い息。
 それでも僕の【こころ】は泣いていたし、感情は乱れて言葉が出ない。

『間違って、る……こんなの、間違ってる、んだ……でもっ……でもっ』

 何故僕には何も無い。何故僕ではなく他の誰かなんだ。
 何故僕ではなく、僕の大切な娘が。僕の大切な、大事にしたい君が。
 言いたくは無い。言葉になんてしたくない。残酷すぎる。悲しすぎる。形の無い心が引き裂かれる。でも、でも。
 スノウが、ソフィーが、それで笑ってくれるなら。

『ソフィーを……助けてくれないか……』

 それでまた、四人で笑い合えるなら。

『……っ、君の……目を、ソフィーにくれないか……』

 こんな幼い子供に、大切な子に、大事にしたい家族に。
 僕は頼み込む。
 僕は持っていないもの総て、欲しいと思うもの総て、君は持っている。
 羨ましいと思う。悲しいとも思う。
 代われるのなら代わってあげたい。でもダメなんだ。僕ではダメなんだ。
 機械でしかない僕では、ソフィーは救えない。
 機械でしかない僕では、スノウの悲しみを拭えない。

「いいよ」
『!』

 彼女は涙を零しながら、優しく優しく、笑った。

「私の目でソフィーが助かるなら」

 柔らかい声で、告げる。

「それで、スノウが笑うなら」

 夜色の綺麗な瞳から、滴が零れ落ちる。

「それで貴方が泣きやむなら、いいよ」

 僕は、彼女の小さな身体を抱きしめた。
 こんな小さな子供が、誰かのために身体をあげると言う。こんな幼い子供が、身体を震わせているのに、涙を流しているのに、笑ってくれた。
 僕の心に、気付いてくれた。
 僕の悲しみに、僕の苦しみに、気付いてくれた。

『ごめっ……ごめん……ごめんねっ……』

 何故僕ではなかった。
 何故病気になったのがソフィーだったんだ。
 何故スノウの娘だったんだ。
 何故彼女しか居ないんだ。
 何で、僕には何も無いんだ。




 後日、彼女の左目は摘出されて、ソフィーへの移植の手術が始った。
 そして。



 そしてソフィーは、死んでしまった。



 続




世界は、残酷だ。