【ふるねじ】@中篇


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「貴方だって、スノウのレプリカの癖に!」

 僕の瞳に写る彼女の瞳から、滴が零れ落ちた。
 言葉の意味と涙の意味、両方の処理が間に合わなくて。

「ただの、ロボットでしかないくせに!!」

 放たれた火の弾が、僕の脳天を穿つ。
 ――レプリカ……レプリカ? 誰が? ぼく、が?
 ……ぼく? 僕、とは、一体……誰だった?
 キリキリと空回る音がする。僕の処理落ちしそうな視界にはホールの天井が映っていて、僅かに視界を動かすと階段と踊り場、そして可愛らしい少女の肖像画が見えた。
 キリキリと空回る。視界がひび割れる。
 レプリカ、レプリカ。僕が、レプリカ。【スノウ】の、レプリカ。

(……あぁ、そうか。やっと)

 やっと、僕は思い出した。思い出すことができた。
 それはとても大切で、大事なことだった。











「初めまして。調子はどうだい? ……って、ロボットに聞くのは、可笑しいのかな?」

 初めての映像は、金色の髪を真ん中で分けた男の苦笑いだった。
 彼の名前はスノウ。少しツリ気味の瞳だが柔和な笑顔を浮かべる細顎の男で、生物学の研究者で、一児の父だった。妻は早くに亡くなり、忘れ形見の娘が一人、現在は病床に伏しているらしい。

「君には、僕が側に居られない代わりに娘の側に居てあげて欲しいんだ」

 スノウはそう言って彼の娘――ソフィーを紹介してくれた。
 蜂蜜色の髪に青空のような瞳。肌は白くて幼いながらにしっかりした彼女は、スノウと並んで立った僕を見て大層驚いていた。

「ソフィー。これでもう寂しくないだろう? 彼はずっと君の側に居てくれるからね」
「凄い……お父様にそっくりなのね……」
「そりゃあね。僕に似せて作らせたんだから。……これで寂しくないだろう? ソフィー」
「――えぇ。ありがとう! お父様!」

 ソフィーはそう笑ってスノウに抱きついた。
 ソフィーは奇病にかかっていたそうだ。僕には良く解らないが、年々と身体の自由が奪われているらしい。
 少しずつ、指先も動かなくなってきているの。五感も鈍ってきてるのよ。ソフィーは柔らかい声で僕にそう教えてくれた。

『――怖い? ソフィー』
「……ふふ、ロボットに怖い、って言って、解るのかしら……うん、怖いよ。死ぬのが怖い」
『ソフィー……』
「良いのよ。きっとお父様が私の病気をやっつける薬を造ってくれるから。大丈夫」

 ソフィーはそう言って笑った。彼女は、誰よりもスノウの事を信じていた。

「でも不思議。こうしていると貴方が二人目のお父様見たいなんだもの」
『僕が?』
「えぇ。そっくりだもん。……ありがとう。私の側に居てくれて」
『ソフィーが……ソフィーとスノウが笑ってくれるのなら、僕は良いよ。二人が笑っていてくれることが、とても嬉しいんだ』

 とても、嬉しいんだ。
 ……そう、僕には感情があった。この鉄の身体には、不思議な何かが宿っていたんだ。僕は優しいスノウが大好きで、可愛いソフィーの事を娘のように愛していて、だから二人が幸せになってくれるのであれば、僕の事なんてどうでも良かったんだ。



 そう思っていた、そう思っていたけれど、僕の意思とは関係が無い何か黒いものが、僕の思考を支配しようとしている。
 目の前にあるもの総て壊してしまえと、囁きかけてくるようだった。
 ほら、今もこうして無防備に背を向けて、僕の目の前でカルテに眼を通しているスノウの首をへし折ってしまえと、黒い何かは僕に言う。

「やっぱり、進行が進んでるな……」
『……そっか……ソフィーは……どうなるの?』
「……どうにもならないさ。必ず助ける」

 無防備な白い項を掴んで、力の限り締め上げてしまえと、何かが言う。
 手を伸ばせば直ぐ其処にあるじゃないか。
 力を入れれば簡単にへし折れるだろう?
 そう、黒い何かが僕に囁いてくる。それに誘われるように、僕はそっと、その白い首に手を伸ばした。
 伸ばす、けれど。

「でも本当、君が居てくれて良かったよ」
『……え?』
「ありがとう。何時も僕を支えてくれて」

 振り返り、スノウは笑った。柔らかくて、優しい笑顔。
 そう笑ってくれたスノウが、僕はだいすきだったから。
 だからその衝動を封じ込めたんだ。絶対に、その黒い囁きに耳を傾けるものかと。二人の笑顔を守る為ならば、僕は何でもしよう。そう決めたんだ。
 大好きな二人のために。大切な家族のために。





「二人はとっても仲良しよね。何か羨ましい」

 ある日、ソフィーが僕とスノウを見てそう言った。たとえロボットであろうとも、僕が友達として彼をちゃんと支えているということをソフィーが認めてくれたようで、僕はとても嬉しかった。
 けれど、それと同時にソフィーの事を考えると悲しくもなった。彼女は病気がちで、友達と言える子が一人も居ない。僕にはスノウが居るが、彼女にはいないのだ。
 何か良い手は無いのだろうか。そう考えた。
 けれどその心配はすぐさま消える事になる。僕の悩みはスノウの悩み。僕はスノウのレプリカだから、考える事はつまり、同じなんだろう。
 ソフィーのそんな言葉から数日後、何日か振りに仕事から帰ってきたスノウは一人の女の子を連れていた。

『……す、スノウ? その子は……』
「ソフィーの友達に、と思ってね。身寄りの無い子なんだ。此処で一緒に住もうと思う」
『此処で?』

 その女の子は、ソフィーに良く似ていた。蜂蜜色の甘い色合いの髪の毛に可愛らしい顔立ち。瞳の色こそ夜の空のようで違うけれど、背丈も年頃も同じくらいなのだろう。怯えたように戸惑うように、彼女はスノウの後ろに隠れている。

『初めまして』
「……は、じめまして……よろしく、お願いします」

 僕がそう言って笑いかけると、彼女はたどたどしくお辞儀をした。
 彼女とソフィーは直ぐに打ち解けあった。彼女は世間知らずと言うよりは、何処か別世界に隔離されていたように世界の事を余りにも知らなかった。
 スノウが仕事でいないとき、ソフィーと僕は彼女に色んな事を教えた。時にはソフィーが一番物知りで、ソフィーから色々な事を教えてもらった。
 ソフィーと彼女は、とても仲が良い姉妹のように見える、唯一無二の友達になったんだ。

「僕に君が居るように、ソフィー、お前にも彼女が居る」

 スノウが柔らかい優しい声でそう言った。
 そうして今度は、僕を見る。

「そしてね、僕にソフィーが居るように、君には彼女が居るんだよ」

 僕に、彼女が居る。
 スノウは微笑みながらソフィーの金糸を撫でた。父と子の、無二の繋がり。
 そう、僕はスノウのレプリカで、彼の悩みは僕の悩み、彼の喜びは僕の喜びだった。スノウにはソフィーと言う娘が居て、僕には今、血の繋がりなど無いけれど、彼女が居る。
 僕を見上げる黒い瞳が優しく笑ったから、僕は彼女の蜂蜜色の髪を撫ぜた。彼女は瞳を閉じて笑う。
 幸せだった。ぼくは幸せだった。
 こんな日々がずっと、ずっと続けば良いと、思っていた。



 続





僕と、スノウと、ソフィーと、彼女。
暖かくて幸せだった日々。