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▽ 夜と夢と朝の物語 4




【ふるねじ】連載@ラタ編






















 ――ここは、どこだ?
 気がつくと、此処に居た。白くて明るい場所。ふわりと暖かい風が頬を撫でる。心地がいい。余り他を認識できない。白くて、明るい場所。それでもそっと歩を踏み出したのは、何かの香りがしたから。甘いような、かすかなような、けれど胸に残る香り。
 何の香りかは解らない。でも、気になる。
 足取りは安定してるけれど、地面がふわふわしているようで心もとない。なんだろう、この場所は。
 そう、視線を上げると、目の前に不思議な光景が広がっていた。
 白くて、明るい場所。大きな木の根元に、白いベッドがあって。

「――こんにちわ」

 女の人が、座っていた。膝の上で開いていた本を閉じて、女は笑って淡い色の雪の中で微笑んでみせる。優しくて、暖かい笑顔だ。

「……だ、れ」
「ふふ、私は貴方を知っているわ」

 黒くて綺麗な長い髪を僅かに払って、女は素足で歩み寄ってきた。綺麗な色の、瞳をしていた。

「覚えている? 自分自身がどうなったのか」
「俺、が?」

 そっと白い手が伸びてきて、俺の頬に触れた。冷たくて細い手だった。

「貴方は帰らないといけないわ。貴方を待っている人が居るから」
「ま、って?」
「覚えているはずよ。貴方の、とても大切な人」

 瞳を細めて、優しく諭すように女は囁く。

「あの人は、貴方のすべてなんでしょう?」
「俺の、すべて……」
「貴方の、こころなんでしょう?」

 俺の、総て。
 俺の、【世界(すべて)】。

「……よ、しの……」

 呟くと、女は至極嬉しそうに綺麗に微笑んだ。

「貴方は帰らなくちゃ、あの人の元に」

 桜の色をした吹雪が舞っている。大きな木に咲いて居るのは小さな小さな花達だ。ちらちらと舞い落ちて、降り積もっていく。

「……あんた、もしかして……」

 俺の言葉の続きを解っているのか、女は俺の頬から手を離してそっと微笑んだ。

「貴方は、大切な人の元に、帰らなきゃ」
「でも……ヨシノはまだアンタを、」

 そっと、唇に彼女の指が触れた。

「あの人には、貴方が居るでしょう?」
「……」
「私が出来なかった分も、あなたが、たくさん……たくさん」

 言葉に、詰まる。余りにも綺麗に優しく笑うから。余りにも自然に瞳から涙が零れ落ちたものだから。

「お願い、ね?」

 笑いながら、彼女は首を僅かに傾げて見せた。
 涙は、桜吹雪の中に消えてなくなる。
 彼女の手がまた俺の頬に伸びて、そうして俺の右目を覆い隠した。
 ああ、何て綺麗な人だろうか。何て悲しい人だろうか。

「じゃあね」

 優しい声音に、その言葉に、俺は瞼を降ろす。
 解るよ、今きっと、俺の頬を涙が伝ったはずだ。

「――ありがとう」

 最後の言葉は、貴女に届きましたか。
 ずっと、言いたかった言葉なんだ。



 続

▽ 夜と夢と朝の物語 3



【ふるねじ】連載@ラタ編




















「ちくしょう!!」

 叫んで、拳を叩きつける。痛みなんて今は感じない。
 配線は繋げた。壊れた部品は代用品に代えて、完璧とは言えなくとも、作動位するはずなのに。なのになんで。

「……っなんでだよ」

 ラタは、動かない。
 ぼろっちいベッドの上。顔半分は機械がむき出しのラタは、その瞳を閉じたままぴくりともしない。記憶装置、欠けてたからか? 高性能チップ、ヒビが入ってたからか。なぁ、何でもいい。何でもいいよそんなこと。

「目ぇ……覚ませよ……」

 拳を、今度は壁に打ち付ける。配線を変えても、他の部品を変えても、彼は起動しない。欠けていたとしても、ヒビが入っていたとしても、まだ作動くらいするはずなのに。記憶装置と高性能チップを代えてしまえば、彼は今までの事を忘れてしまうだろう。何もかも、変わってしまうだろう。
 部屋が暗いということに、俺は漸く気付いて顔を上げた。汗やら涙やら色んなもので顔はぐしゃぐしゃだ。袖口で雑に拭って、窓を振り返る。
 ダスト・ピアは宵闇に包まれていた。
 俺には、奇跡なんて起こせない。

「……なぁ……」

 ダスト・ピアの街は暗い。明りが殆どともらない廃ビル郡の上には、瞬く星空が広がっている。今日は、月が見えない。

「なぁ、ラタがアンタに何をした?」

 きらり、星が光る。拳を握り締め、俺は窓辺に近寄った。

「アンタがこいつに……誰よりも願うラタに与えなかったのが元凶だろうが!!」

 なぁ、なぁ?
 其処に居るなら答えて見せろよ。そこで見下ろしているのなら、星のひとつも落として見せろよ。俺にアンタの存在って奴を、その意味って奴を、今この場で示して見せろよ。
 なぁ――神様。

「アンタが本当に存在するってんなら、奇跡の一つくらい俺たちに起こしてくれよ!!」

 拳を、窓に叩きつける。絶望する。どうにもならないことだってある。失ってしまったものを、壊れてしまったものを、元通りに戻す事はとても難しい。
 そんな事は、知ってんだよ。解ってるんだ。大切にしたかった人を失ったあの日に、俺は全部悟ったんだよ。
 なぁ神様。アンタは何もしてくれない。あんたは誰も救わない。そうだろう。……それでも、解ってても、縋りたくなるんだ。どうしようもないことが起きれば、たとえ信心なんてもんが欠片も存在しない俺だって、アンタに願ったり、祈ったり、縋ったりするんだよ。助けちゃくれないと解ってても、願うんだよ。
 なあ、俺にアンタの存在って奴を、その意味って奴を、今この場で示して見せろよ。
 俺たちに、奇跡の一つくらい――ラタに、奇跡の一個くらい、与えてくれたって良いじゃないかよ。
 なぁ。

「……ちくしょう……」

 あの日のように、逃げて終わりにしたくなかったんだよ。



 続

▽ 夜と夢と朝の物語 2




【ふるねじ】連載@ラタ編




















 日差しが傾いてきた。
 ダスト・ピアとは言え、駅のごく近くであれば宿屋が見つけられた。仕事や調査、業者などが利用する宿屋らしく、何をしに来たのだろうと訝しげな顔をされたが、部屋は普通に借りられた。

「ダルク」
『……』
「いいよ。座りなよ」

 優しいスーロンの声に、私は静かにソファに腰掛ける。ダスト・ピアであるとはいえ、部屋は割と充実していた。
 スーロンは私の手を握ったまま、隣へ腰掛ける。

「……側に、ヨウが居た」
『……ヨウ?』
「俺の兄貴。腹違いの」

 私たちは視線を合わせない。私が、合わせられなかったとも言える。この子の瞳を見ることが、今はとても怖かった。

「ラタの側に居た」
『……』
「ダルクの最後の一撃を少しだけ外させたのは、ヨウだよ」

 おかしいとは、思ったの。でもずれたのはほんの数センチ。戦いの最中、ソレくらいのズレは生じるだろうと思っていたのに。

「影響を与えるくらい、まだ気持ちが残ってたんだな……」
『……わたし、は……』

 自分でも驚くくらいか細い声だった。その後が、何も出てこない。それでも何とか、何かを紡ぎたくて、何かを繋げたくて。まだ、繋がっていたくて。

『……私は、あの螺子は、誰かを不幸にするって……だから……』

 たくさんの――沢山の壊されてきた家族達を見てきた。沢山の、殺された人たちを見てきた。守れなかった。守りたかった。もう一度出会える事を夢見ていたから、だから。
 私は、家族を守りたかった。
 家族を、幸せにしたかった。

「……きっと、無駄な命なんて無いんだ。産まれて来た事は誰にも責められない。必ず意味があるんだ。……あの人が、ラタを必要だと言ったみたいに」

 少年独特のまだ幼さと高さを持った声音。あと少しで迎えるであろう変声期を過ぎれば、きっと更に大人びて見えるようになるだろう。彼は、大人になる。私には感じられない時の流れの中に、彼は居るのだ。

「だからやっぱり、悲しいけど、寂しいけど、やっぱり……」

 沢山の事を貴方は飲み込んできた。身体に似合わず心は先に大人になってしまった。離れてしまった家族の事、新しい兄の事、その体のこと。それを貴方は。

「やっぱり俺は、あいつにも幸せになって欲しいよ」

 それを貴方は、赦すというのね。
 私の手を握る指先に力が込められる。貴方は、ただ必死に私についてきてくれていた。私の側に、居てくれた。
 きっとラタは、何も見失ってなんか居なかった。……見失っていたのは、私。

『……甘い考えね。やっぱり貴方は優しすぎるわ』

 私は、一体何になったつもりで居たのだろう。裁きを下す権限なんて無かったのに、ただ、【家族達】の幸せを願っていただけなのに。何処で見失ってしまっていたんだろう?

『でも、それが貴方の強さなのよね、スーロン』

 私の、本当の願いを。



 続


▽ 夜と夢と朝の物語 1



【ふるねじ】連載@ラタ編

















『 ―― だ、った よ 』

 言葉は、確かに俺に届いた。
 ひび割れた紅い瞳から光が消えた。ロボットが停止する独特の機械音。其処にあるのは、俺の腕の中にあるのは、ただの、動かなくなった絡繰人形。

「……ラタ……?」

 光を失った瞳は何も映さない。ぱちぱちと爆ぜていた火花が小さくなって消えた。

「……おい、ラタ……おいっ!!」

 俺はまた、失うのか。また、大切な人の手を掴み損ねるのかよ!!

『……壊れたわね』
「うるせぇ出てけ!!」

 小さく呟かれた色の無い声に怒声を返した。睨みつければ驚いたように、怯えたように、女は一歩後ずさる。

「壊れたなんて言うな!! こいつには確かに心があったんだ!! そこらのロボットなんかと一緒にすんな!! 勝手に殺すな!!」

 確かに、確かすぎるほど確かに、ラタには心があったんだ。それをたった一言で無碍にするな。壊れたなんて、無粋な言葉でラタの心を否定すんな。
 ラタの心は、ラタの想いは、確かに此処に在ったんだ。

「さっさとでてけ!!」

 思い出したように銃を向ける。悔しさなのか悲しさなのか涙が零れて視界と照準が定まらない。知ったことか。

「ダルク!」

 少年の声がする。ラタと同じ色の髪を揺らして、少年は女の手を引いた。ぼやけた視界の向こうで影が揺れる。壊れたのはラタなのに、女の方が壊れたような顔をしていた。ぱたぱたと不揃いな二つの足音が消えてなくなる。何処へなりとも行っちまえ。そんな暴言も吐き出せなかった。
 人影も足音も消えて、俺は銃を床へ落とした。

「……ラタ……」

 リフレインする。俺を呼ぶ声。止めるといった。壊さないといった。殺さないと言った。約束、した。
 其処には多分、お前自身を含めて居なかっただろ?

「ラタ……」

 何で最後にあんなこと言った。
 なんで最後、あんな風に、人みたいに。
 優しく、笑った。

「……ラタ……」

 思考回路が作動しない。頭の中の何もかもが曖昧でない交ぜで滑稽にさえ思える。俺の総ては何処へ行った。
 見下ろしたラタの顔は、半壊の癖に酷く穏やかに見えた。満足げに見えた。ああ、お前、それで良いのか? お前、全部解ってたのか?
 ぽたり、ぽたり、涙が零れ落ちてラタの頬を滑り落ちる。

(――なおさなきゃ)

 頭のどこかで、懐かしい声がした。

(貴方が、助けなきゃ)

 聞いたことがある優しい声音。誰かを判断するよりも、ラタの頬に零れ落ちた滴を拭った。
 ああ、助けなきゃ、今度こそ。もう失いたくないんだ。もう切り捨てて終わりにしたくは無い。あの日のように、逃げ出して終わりになんてさせやしない。
 助けなきゃ。俺が、この手で。



 続


(こんどこそ、たすけなきゃ)


▽ かぜっぴきブチ 5




【ふるねじ】突発小話@風邪引きネタ


※ラスト〜楽しかった!!^^
















 日が傾いて来た。時計を見やると針同士が丁度真逆を指している。そんな事をぼんやりと考えながら渡辺さんが持って来てくれていた飲み物を口にしたところで、部屋のインターホンが鳴り響いた。

「俺が出よう」
「あ、すいません……」

 何から何まで申し訳ない。部屋の掃除に料理にお客様の相手まで。こうして世話を焼いてもらうとやっぱり、平君と似てるなぁって思ってしまう。平君の方がまぁ、確かに口は悪いし暴言ばっかりだし舌打ちばっかりだけど、なんだかんだでちゃんと手伝ってくれるしなぁ、部屋の掃除とか。
 部屋の掃除の最中にとんでくる罵詈雑言を思い出しながら笑ってしまった。口で言いながら手伝ってくれるから、平君を優しいと僕はやっぱり思うんだろう。

「にやけてんじゃねーよ」
「……幻聴かと思った……」

 脳内で再生されていたその声が、まさに聞こえてきたものだから僕は驚いてそう呟く。玄関とリビングの境目のその場所で仁王立ちしている平君は渋い顔に眉間の皺は三割り増しで其処に居た。

「熱は」
「だ、大分下がりました……」
「飯は……食ったな」
「はい……」

 え、何この居心地の悪さ。僕の目の前にある空になっている容器を見て平君は盛大に肩の力を抜いて溜息を吐き出した。

「ブチさん、お加減はどうですか?」
「香月さん! 香月さんも来てくれたんですか?」

 平君の後ろから顔を出したのは香月さん。

「大分良くなりました。すいません、今日……」
「良いんです。皆元さん達が手伝ってくださったお陰で、今日の遅れはありませんでしたので」

 慌てて立ち上がって歩み寄ると香月さんは片手に持っていた買い物袋を僕に手渡してきた。

「すいません、どれがいいのか良く解らなくて……。体調がよくなっているのなら、必要なかったですね」

 眉根を寄せるように笑った香月さん。袋の中身を見ると、スポーツ飲料や所謂バランス栄養食、ゼリーや熱さましのシートだった。

「いえ、ありがとうございます。迷惑掛けちゃって……。これはありがたく貰っておきます」
「そうですか?」

 言って頷くと、香月さんは表情を和らげて笑ってくれた。

「あ、ほんまや、元気そうやねぇ」
「み、皆元さん!?」

 香月さんの更に後ろから顔を出したのは皆元さんだった。帽子を取りながらにっこりと笑っている。

「あ、え!? す、すいませんわざわざ!」
「ええよええよ。具合どお?」
「渡辺さんの看病のお陰で大分良く……部屋まで掃除してもらっちゃって……」

 まさか皆元さんまで来るなんて……。親しみ易い人ではあるけれど上の人だし、本来なら僕みたいなのが早々お話できる相手ではないはずなんだ。まぁ……ちょくちょく居なくなったりしてるけど……平君の苛立ちがそのお陰で募ったりしてるんだけど……。優しい人だと思う気持ちは、変わらない。

「掃除て……渡辺君そんな押しかけ女房みたいな事したん?」
「看病も同じようなものでは……? 皆元さんが言い出した事ですし……」

 振り返り後ろに控えていた渡辺さんに皆元さんがそう問いかける。その言葉に香月さんがこそりと呟いた。まぁ、でも僕は有り難かったけどね?
 人が増えて部屋の中が騒がしくなってきた。一人で寝込んでいたときよりずっと暖かい気持ちになる。
 僕はそっと部屋の置き時計の隣にある写真立てを見やった。僕と、彼女達が写った写真。光の色に輝く季節をそのまま写し出した、暖かくて優しい思い出の写真だ。

「……おいブチ!」
「へ!? 何!?」

 一人ソファで勝手に寛いでいる平君が僕を呼ぶ。慌てて振り返ると平君は寝室を指差しながら口を開いた。

「鳴ってんぞ、ケータイ」
「え?」

 そう言えば、なんか鳴ってる。っていうか、この着信音……!!
 慌てて転びそうになりながら寝室へ駆け込んで、制服のポケットに放りっぱなしだった携帯電話を引っ張り出した。ディスプレイの表示が思ったとおり、【非通知】だ。

「も、もしもし!?」
『あ、燈羽? いま大丈夫? 仕事中かな?』
「う、ううん! 大丈夫!」

 優しい声。心細い時に聞きたくなる、愛しい子の声だ。
 鼎の、声だ。

『そう、良かった……でも燈羽、なんか声、へん』
「え? あ、ちょっと風邪引いちゃってて……」
『うそ、大丈夫なの?』
「うん、平気。熱も大分下がったし、食欲もあるし」

 心配する鼎の声が耳に届く。どうしようか、素直に凄い、嬉しい。多分今の僕の顔は相当、ゆるゆるになってるんだろうなぁ。でも良いんだ。幸せだし、いいんだ。
 そう思っていたら僕の手から携帯電話が消えた。

「おい、髪長女」
「ひ、平君!」

 僕の手から携帯を奪ったのは平君だった。何時の間に僕の背後に! っていうか幾ら平君でもこれは許せないよ! 僕から連絡できないから、何時も鼎からの電話待ちなのに!

「ちょ、ちょっと平君、返してよ!」

 取り返そうとする僕を簡単に片手で押し返す平君。体力が低下している僕じゃ勝ち目ないよ。

「おい、お前近々来れねぇのか」
「え……」

 平君の口から紡がれた言葉に僕は驚いてしまった。平君の口から、なんか凄い言葉が聞こえた気がする。

「……あぁ? おめーが何処にいるかなんざ知ったこっちゃねえよ」

 電話口で相変らずの口調で居る平君は眉間に皺を寄せまくりながら少し苛突いた声音で続けた。

「っ、うっせえ! そんなんじゃねーわ!」
「え、うわぁっ! ……人の携帯投げないでよ平君……」
「死るかボケ!!」

 思い切り僕に向かって携帯を投げ返してきた平君は舌打ちをして寝室を出て行く。扉のところでは皆が寝室の様子を伺っていた。

『ちょっと、もしもし!?』
「え、あ、ごめん鼎!」
『燈羽? ……あいつは? 平田』
「平君? 何か怒ってあっち行っちゃった……何話したの?」
『……ううん、別に?』
「……」

 明らか過ぎるほどの誤魔化し方だ。

「鼎」
『……なに?』
「何話してたの?」
『いや……近々そっち来いって……それだけ。聞いてたでしょ?』
「まぁ……で? 来れないの?」
『……時間、出来たらちゃんと行く。その時はちゃんと連絡する』
「……解った」
『……あいつ、』
「ん?」
『あいつ、燈羽の事心配してるんだと思うよ、多分』
「え?」
『だから、私に来いとか言ったんだと思う。燈羽が、少しでも元気になるならって』
「……」
『そうじゃなきゃ、あいつが私を呼ぶ理由なんてないもん』
「……えへへ……」
『嬉しそうにしないでよー! それ、絶対私に対してじゃないじゃん!!』
「やきもちだー」
『っ……そーですよー! ……すごい、羨ましいもん』
「……」
『……ごめんね、側に居られなくて』

 ああ、なんかもうさぁ。
 全身から力が抜けたみたいに、僕は座り込んでベッドに体を預けた。やばい、いますごい幸せ。にやけちゃうの仕方ないよね、これ。

「今さ、平君と香月さんが来てるの」
『香月さんも来てるんだ?』
「うん、後ね、違う部署の人たちも居る。お見舞い来てくれたんだ」
『……そっか』
「すっごい嬉しくってさ、そしたら、ふっと思っちゃったんだよね」
『……なにを?』
「――ここに、鼎が居たらもっともっと幸せなんだろうなぁって」
『……』
「電話くれてすごい嬉しかった。声、すごい聞きたかったから」
『燈羽……』
「そう思ったときに電話掛けてきてくれたから、ちょっとの声の変化に気付いてくれたから、――この世界のどっかで繋がってるって、解ったから、僕、今すごい幸せだよ」
『……』
「ありがとうね、鼎」

 愛しい電話越しの彼女は多分、僕の知らない何処かで顔を赤くしているんだろう。知り合いに顔の紅さを問われても、大丈夫とか、何でもないとか、強気な事を言うんだろう。離れてても、解るんだ。君の事は、なんでも。

『……燈羽』
「なに?」
『時間、作るね』
「え?」
『あ、会いに、行くね……?』
「――うん、待ってる。その時はちゃんと治しとくよ、風邪」
『うん、そうして』

 優しい声、愛しいと思う子の声だ。
 それからニ、三の会話を交わして通話は終わった。僕はベッドに身体を預けたまま、携帯電話を握り締めて幸せに浸る。けど。

「風邪ぶり返すぞ」
「……はーい」

 渡辺さんの一言に小さく噴出してから立ち上がった。リビングへ戻れば平君はやっぱりソファでふんぞり返ってて、その隣には香月さんが座り込んでいて、皆元さんは台所で渡辺さんが作ってくれた粥が入った鍋の蓋を開けている。
 心配してくれる人が居るって、幸せだなぁ。ふとにやける自分の顔に気付くがもういいか。今日は別に。今は仕事の時間じゃないし、此処は僕の部屋だし。そんなしまりの無い僕の顔を見て渡辺さんが不思議そうな顔をしていた。

「ありがとうございました、渡辺さん」
「? いや……」

 熱が引いて居たら、明日にはちゃんと出勤しよう。大丈夫、頑張れる。
 僕の周りには、優しい人が沢山居るから。
 こんなに幸せな事は無いだろうから。



 了



次の日平君は風邪引くんだろ???知ってた!!!!!!!1
香月さんでもいいのよ…どっちにしてもブチは空気呼んでお見舞い行かないから……(笑)



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