気紛れ子猫の戯れ


2011/2/1 Tue 01:38
Memo

リュウさんから仕事のオファーが舞い込んできた。

長年続けてきたリュウさんのバンドメンバーが様々な理由で今後の活動を見合わせたいと言ってきているらしいと言う話は最近の週刊誌等で何度か記事を目にした事はあったが、まさかこの俺にそんな話が迷い込んでくるとは、相当本人は焦っているんだろうか?

たまたま、先日は気紛れで俺をステージに上げただけなんだと思っていたが、どうやらそれも、この話の助長だったらしい事をマネージャーから聞かされる。

何にせよ、ユエの状態があのまま二度と一緒に活動できないようであれば、俺も今後の身の振り方を考えなきゃいけないし、向こうが俺で、って言ってくれるなら別に断る理由もない。

とはいえ、俺1人で勝手に決めるわけにもいかんだろう、と、早々に帰ってユエの意見を聞くことにした。




日付が変わる前に家路にたどり着けるようになったのはユエが休業宣言をした翌日から。

一年先までびっしり埋まっていたスケジュールもユエがいないことだ大半がキャンセルとなり、ポッカリ穴が空いてしまった。

俺にとっては丁度いいペースなんだが、事務所としては頭を抱える事態らしい。

別に、今すぐにでも辞めてもいいとも思っている事なんだが、何故か辞められずにいる。

いつかまた、ユエと二人でやれる。そんな気持ちが心の何処か底にあって、俺を留まらせているのかもしれない。

僅かな希望、それも、この扉の向こうを覗けば儚く消え去ってしまうものを。




マンションのドアを開ける。

以前なら、まるで示し合わせたように出迎えに走ってくる姿も、今では全く見られる気配などない。

そこにいるのは魂の脱け殻となって人型を辛うじて保っているだけのユエの姿。

『ただいま…』

俺の声はユエには届かない。

閑散とした部屋に俺の声はこだまする事無く飽和して消えた。

窓辺で佇むユエは、何処を見ているのか、視線を外に流したまま惚けていた。

『ただいま!』

今度ははっきりとユエの耳に届くように声を張り上げた。

一瞬、ユエの体がビクリと動き、ゆっくりとこちらを振り向くと、無機質だった顔にうっすらと笑みを浮かべて俺を見返した。

『お帰り。今日はもう終わり?』

『ああ、終わったよ。あのさ、話があんだけど…』

特に急いで決める必要があった訳じゃないが、俺は沈黙を避けるように言葉を繋げる。

そんな俺を『彼女』は、ただ優しく微笑み返し、小さく頷いた。








※シークレットの覚え書きです。




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