怖いもの、ですか。
僕は天井が怖いですねえ。ええ、天井です。
おかしいですか? だってあれ、凄い怖いじゃないですか。
突然天井が崩れてきたらどうしよう、何かが天井から漏れてきたらどうしよう、そういうことをいつも考えちゃうんです。どうしても。

知ってますか。地震等で崩れた天井に潰されて、死に至ることだってあるんですよ。初めてその話を聞いた時ぞっとしましたね。僕を雨風から守ってくれるはずの天井が、僕に危害を加えるんです。これはもう裏切りです。一種の反乱です。ああおそろしい。
それに普段、天井を見上げることってないと思うんですよ。え、無いですよね?
そうそう、人間は前見て生きるもんです。前見て、左右見て、けど真上を見ていたら前に歩けないでしょう。だから、自分の上ってのは無防備なところなんです。ほら、言葉は悪いですけど、てっぺんハゲだって自分では気づけないでしょう。他の人が見つけて、くすくす笑って、それでようやく気づくはずです。だからね、真上ってのは無防備なところなんです。
その無防備なところをいつでも襲撃できる位置にあるのが天井です。僕は僕の一番弱いところを常に天井に監視されているんです。ねえ、これって凄く怖いでしょう。

それでね、まあ僕も、天井が怖いだなんて言うのは情けないと自覚はあるんです。そこで克服のために、二・三時間ほど天井を見つめ続けたことがあります。ええ、何もせず見つめるだけです。アパートの天井を。灰色なんですけどね、それほど綺麗なわけでもなくて、ちょっとシミとか汚れとかがあるわけです。そういうのをつぶさに観察しながら眺めるんです。
ずっと見ているとね、次第に頭がぼうっとしてくるんですよ。距離感もよくわからなくなって、もちろん首も痛むし、視界にぐにぐにと変な模様が浮き出てくるし。それでもう駄目だと思いましたね。
僕は気づいてしまったんですよ。
天井ってのは麻薬物質を持っているんです。ええ、僕は確信しました。見つめているとどんどん脳が侵されていくんです。そのせいで頭はぼうっとするし、妙に恐ろしくなるんです。
その日以来、僕はますます天井が怖くなってしまいまして。屋内にはいられません。野宿は辛いですが、仕方がありませんから。
ああ、はい。そうです。だからこうして、公園でお話ししているわけです。お手数おかけしてすみません。でもやはり、恐怖ってのはどうしようもないものでしてね。

おや、もういいんですか?
はい。もう大体のことは言い終わりました。どれだけ天井が怖いものか、僕が感じているほどではないにせよ、少しは伝わっただろうと思います。
ああ、わかって頂けますか。嬉しい。……うれしいなあ。
僕ね、何を言っても理解されなかったんですよ。こんなに怖いのに、皆わかってくれない。まるでキチガイをみるような目で僕を見る。それが何よりも悲しかった。
でも。あなたという理解者ができましたから、もう大丈夫です。
相変わらず天井は怖いままですが、ね。ははは。

じゃあ、どうもありがとうございました。