【最初の山】

  僕が気功の世界に入って、最初にぶつかった課題、即ち、乗り越えなければならなかった山は、手のひら感覚と気のボールづくりであった。
  僕は、気功が気の訓練だということも知らずに気功の世界に入り、また、当時は、何らかの功法を覚え、それを続けて練習していくことが練功だと思っていたので、最初に林茂美先生から習った大雁功や林厚省師から習った太極気功18式などの功法を練習していた。
  しかし、それはラジオ体操や炭坑節の踊りを覚え、それを毎日しているのと同じことで、決して気功の練功とは呼べるものではなかったのだ。
  気の感覚のことを「気感」と言うが、気感の入り口である掌の感覚やその発展である気のボールを作ることも、具体的な練習方法は教えられることは無かった。
  掌を向かい合わせて、近づけたり遠ざけたりしながら掌に意識を向け、「感じよう、感じよう」としていたのだ。
 しかし、これは掌感覚や気のボールづくりとしては、何の理論もテクニックもない、意味のない作業だったのである。
 そんな時、当時発行されていた「気マガジン」という月刊誌の中に、気のボールを作る技の記事を見つけ、それをを見ながら気のボールづくりに取り組んだのだった。

  と同時に取り組んだことが二つある。
  一つは、器具を用いての脳波をα波にする訓練であり、もう一つは自律訓練法と言われる訓練法だった。