サティスファクション時代のクロウとジャックがチームを去った後の遊京。暗め。
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サティスファクション時代のクロウとジャックがチームを去った後の遊京。暗め。
何が起きたのか、把握するのにひどく時間がかかった。
本当はほんの一瞬の出来事だったはずなのに、今朝から今までのいろんな言葉や出来事が一気に頭の中を逆流してきた。
それと同時にようやく、床に打ち付けた頭と背中に痛みが広がりだした。
俺は今、床に縫い留められているかのように突き倒された。
まるで標本の虫だ。
縫い留めているのはピンではなく鬼柳の手で、縫い留められているのは羽ではなく俺の手だ。
鬼柳の目的が見抜けないが、乱暴に床に突き倒してきた時点でその目的はろくでもないことなのは明白だった。
そこまでわかっているのならさっさと引き剥がすべきだった。
俺の手首を軽く押さえていたはずの鬼柳の手は、今や手首を折るつもりかと言いたくなるほどに、俺の手首をきつく床に押しつけている。
腹の上にまたがられているので力一杯暴れないと引き剥がすことは難しいかもしれない。
基地代わりに使っている廃ビルには俺と鬼柳以外はしばらく踏み入れていない。
誰かが止めに入ることもないだろう。
「お前は」
沈黙を割った鬼柳の声は震えていた。
「ジャックやクロウみたいに、いなくなったりしねぇよな」
薄暗くて表情はよく見えないが目元がわずかに光った気がした。
俺と鬼柳、そしてジャックとクロウはチームの仲間だった。
嬉しいときは共に喜び、悲しいときは共に励まし、ときには喧嘩をし、ときには悩みもした。
同時に、俺と鬼柳は、同性だということを除けば、どこにでもいる健やかな恋人同士だった。
いつかジャックとクロウにも打ち明けられたらと思っていたが、その前に二人はチームを離れてしまった。
二人が離れてしまった理由が分からないのは、おそらく鬼柳だけだろう。
それでも俺は、鬼柳のそばに居続けたいと思う。
だが、それが本当に出来るのだろうか。それを容易に言葉にしてよいものなのか、躊躇わずにはいられなかった。
「鬼柳、どいてくれ」
「……答えろよ」
声が震えている。温かい滴が俺の頬を濡らした。
「鬼柳」
「答えろっつってんだろ!」
怒鳴り散らす声にはいつものような覇気はなかった。
こんな弱々しい鬼柳を見たのは初めてだった。
俺達の知る鬼柳は強かった。
リーダーとして弱いところを見せようとしなかっただけなのに、鬼柳京介という人間に弱味がないかのように錯覚するほどにだ。
「頼むから、どいてくれ」
最後の通告だ。
これで離してくれなかったら無理にでも引き剥がすつもりだったが、鬼柳はおそるおそる手を離した。
名残惜しそうに腕を滑る指がくすぐったかった。
手を離した鬼柳が俺の上から退く前に、首に腕を絡め引き寄せた。
言葉にしてよいものなのか分からないとはいえ、愚直な行動だとは思う。
鬼柳は俺の肩口にしがみついて、何度か俺達の名を呟く。
「鬼柳……俺は、」
なんとか言葉をかけようとしたところで唇を乱暴に塞がれる。
無理矢理に咥内にねじ込まれた舌は熱く、俺の言葉ごと掻き回してしまう。
「んっ……ふ、っく」
弱味を見せようとしない鬼柳をもどかしく思っていたはずなのに、いざこうして弱味を見せられて、こんな弱い鬼柳を見たくなかったと心の隅で思ってしまう俺は、自分勝手だ。
それでも拒めない俺は、それこそ馬鹿みたいに鬼柳が好きなんだと再確認した。
そう思って鬼柳の髪を撫でると、びくりと震え、慌てたように俺の上から退ける。
一瞬だけ、その表情は何かに怯えてるように見えた。
「鬼柳」
声をかけると、ばつが悪そうに頭を掻きながら鬼柳は呟く。
「……わりぃ、どうかしてた」
「気にするな」
鬼柳は俺に背を向けてしまい、こちらから表情が読めなくなってしまう。
「こんなんだから、あいつらは離れちまうんだな」
鬼柳はいつもの調子で笑ったが、それが強がりであることを俺は知ってしまった。
鬼柳に常に強くあることを誰かが求めている訳ではないのに、無理に強くあろうとする今の姿は、まるで、何もない空っぽの城を守っているかのようだ。
「お前にまで愛想尽かされねえように、気をつけねえとな」
それならば俺だけでも、その空っぽな城の住人で居続けようと思う。
END