佐久→鬼前提の、鬼道さん雷門転入後の佐久間と源田。
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佐久→鬼前提の、鬼道さん雷門転入後の佐久間と源田。
リハビリは順調に進んでいた。
足の調子がいいから今日からは、階段を使ってリハビリ室から病室へ戻るように言われた。
杖を使って階段を昇るのはエレベーターの何倍も大変だったけど、怪我が治ってきた証拠だ。
佐久間くんが熱心にリハビリに取り組むから予定より早くサッカーに復帰できるはずだよ。
医者の言葉を思い出す。
予定より早く復帰できる――馬鹿らしいと思った。
そもそも自分にはこんな怪我をしてサッカーから離れる予定なんてなかったのだ。
それどころか、負ける予定すらなかった。
帝国学園が今まで誇っていたのは、四十年間の無敗だ。俺の生まれるずっと前から、文字通り敗けることが無かったのだ。
それを終わらせたのは俺達なんだ。
汚い手を使ってまで勝ちたくないと、影山を拒んだのは、汚い手を使わなくても勝てるからだ。
雷門に破れたものの、次は勝てると、そう信じていた。
手を伸ばせば届き、望めば降り注ぐ。
帝国学園にとって勝利とはそういうもので、俺達はそれに見合うだけの努力をしてきた。
そう信じていたのだ。
あの人のことが頭をよぎる。テレビに映る青いマントを見ても別段、驚きはしなかった。
雷門へ転校するということは、事前に俺達に話してくれたからだ。
でもそれは、相談されたのではなく、ただ報告されただけだ。それがあの人の決意だったからだ。
思い返すと心が重い。足も重い。身体中が重い。
階段を上るのが辛いからじゃない。あの人が、いなくなったからじゃない。
俺達を置いていったのだと、あの人のことを恨めしく思ってしまいそうだからだ。
あの人はそんな人じゃないと、頭ではわかっていても、すぐに気持ちがその通りに整理される訳じゃない。
あの人は弱い俺達を見捨てたんだ、そう考えそうになるのを必死にこらえている。
冷たい汗が背筋を伝った。
「ああ、こっちは順調だ」
階段を昇りきると源田の声が聞こえた。
誰かが見舞いにでも来ているのだろうか。声のする方へ向かうと、ナースステーションの隣の公衆電話で話している源田の後ろ姿が見えた。
「そうだな、わかった。佐久間は今、リハビリに行ってる。そっちはどうだ」
電話の相手に何やら相槌を打っているようだ。
源田の親しげな口調や俺の名前が出てくることから、相手はサッカー部かクラスの誰かに違いない。
誰と話しているのだろう、と足を向けた。
「……そうか、次は木戸川清修だな」
その言葉で、源田に歩み寄ろうとしていた足も、かけようとした言葉も、凍りついた。
次に木戸川清修とあたる学校で、源田とこんな風に親しく話す人間を、俺は一人しか知らない。
「その試合で勝てば世宇子か。俺達の分も、頼むぞ」
源田は俺に気付かないまま、話し続ける。
源田の、あの人の背を押す言葉が、胸に突き刺さる。
「じゃあ来週な」
このまま、気付かれないうちに病室に戻ろうと、一歩下がったところで通話を終えた源田と視線が合う。
何か言わなきゃと、唇を震わせながら、
「鬼道か」
と言葉を絞り出す。
「そうだ。来週、木戸川清修との準決勝までには見舞いに来るらしいぞ」
あの人が、来る。
きっと、あの人が転校しなければ、そもそも世宇子に負けていなければ、とても喜ばしいことだったろう。
いや、今も見舞いに来てくれることは嬉しく思う。
でも俺は、あの人に笑いかけることができるだろうか。
胸を張って、応援することができるだろうか。
涙を見せずに、見送ることができるだろうか。
源田も俺と同じ考えを持っているかもしれないが、それを表に出さないことができるだけでも、俺との違いは大きい。
「……会わない」
そう考えると、あの人に顔向けできないと思った。
源田は一瞬目を丸くして、困ったように笑い、俺の頭を撫でた。
「鬼道には、検査に行っているとでも伝えておこう」
「頼む」
源田にも見透かされている俺の考えなら、あの人にも見透かされているかもしれない。
それでも、俺は初めて、あの人を欺く。
後から思い返せば、これがあの人への忠誠の最初の綻びだったのだろう。
窓の外は雲ひとつない晴天だったけど、空の青さにまたあの人を思い出してしまい、なんだか悲しくなった。
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この頃の佐久間は尊敬と恋情とよくわからないどす黒い感情が渦巻いていたらいい。