彩りの時を終え はらはらと落ちて行く楓の葉をベランダから見つめながら、キジバト達のことを思い出していた
キジバトというのは、キジの雌に羽の模様や色合いが似ている為にその名が付けられた
公園や駅のホームに群れているドバト(カワラバト) とは違い、群を形成せず 単独で生活し、番いで子育てをしている姿がよく観察される鳥だ
ヤマバトという別名を持つように、昔は山岳地帯に生息し 滅多に人前に姿を現さなかった鳥なのだが、警戒心は強いものの余り人間を恐れない為、現在では都市部の街路樹などにも巣を作り、人との距離を縮めている
スズメやツバメ等は昔から人間と共生している種で、いわゆるシナントロープと呼ばれるものだが、キジバトも近年 人間との共生を学び シナントロープ化を果たした鳥となった
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今年の秋、朝になるとベランダ近くで必ず鳴き始めるキジバトがいた
我が家のベランダのすぐ前にある楓の木がどうやら気に入ったらしく、そこに巣をかけようとしているのだなと思った
私は鋭い電子音で起きるのが嫌いな為、昔から我が家の目覚まし時計の音は鳥の鳴き声で‥ 現在住んでいるこの場所は周りに野鳥が多く、たまに どちらがどちらなのか分からなく成ってしまう時もあるのだけれど(笑)、それもまた風流だなと今でもそのままにしている
「デデッポッポー」というキジバトの特徴あるあの鳴き声は 私は元来あまり好きではなかった‥ 目覚ましに設定している鳴き声とは異質なものではあるものの、良く通るその鳴き声は、鳥の鳴き声で起きることに慣れてしまった私を叩き起こすのに充分な音だった
「毎朝これでは堪らないな」‥と思った私は、マンションへの糞害も心配して、キジバト達が鳴く度に彼等を威嚇し追い払った
一旦 ベランダ近くから飛び去るものの、暫くするとまた戻って来て鳴いている‥
根気強さでは負けない自信のある私と彼等の根比べは斯くして始まり 睨み合いは数日に渡り続いた (笑)
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或る日、「最近余り鳴かなくなったかな? 諦めたか」と思いながら楓の木を良く見てみると‥ 小枝でこしらえた巣らしきものが出来かけていて‥ そして二羽で交互に枝を運んで来ては その巣に挿している‥
「追い払っているこんな人間が近くにいるのに、そんなにこの楓の木が気に入ったのか‥」と その日から私は彼等を追い払う事を一切やめた
調べてみると、彼等は求愛や巣作りする場所を見つけるまでは縄張りの主張から良く鳴くものの、巣が出来た後は余り鳴かなくなるという‥ カラス等の外敵から巣を見つけられては困るのだから 確かにそれは理に敵っている
私は理解した
私は追い払ってはいるものの、キジバト達から見れば決してベランダからは出て来ないし、自分達に危害を加えることも無い‥ 加えて 時々ベランダに出てくる私の存在は カラス等の天敵を近付けない有益なものでもあったのだと‥
要するにこれも正にシナントロープなのだ
私は中学,高校の頃、鳥気違いと親に言われてしまう程 セキセイインコ,十姉妹,文鳥‥ と熱心に小鳥の飼育をしていた時期があり、繁殖させて殖えてしまった小鳥たちを行きつけの小鳥店にあげていて、お店の方に「本当にいいの?」と感謝されるそのやり取りは、最早どっちがお店なのか分からないようなものだった (笑)
実家に迷い込み 何故か異常に私に懐いたスズメの子を育てていた思い出もある
だから、元来 鳥好きな私は考え方を変える事にした
鳥カゴ無しに鳥の日常を鑑賞する事が出来、しかも餌やりも 糞の掃除もしなくていい‥ これは或る意味 パラダイスだなと思った
そして ベランダの中までは入って来ないため、マンションへのダメージともならなかった
こうしてキジバト達とそれを見守る私の生活は始まった
或る時から 彼等が巣でうずくまるようになった‥ 卵を産んだのである
キジバトは1度に2個の卵を産み、不思議なことに孵化する雛は♂と♀だと言われている
昼は雄,夜は雌と 決まった時間に交代し 抱卵するとの情報があって、ほんまかいな?と思いながら観察していると‥ 確かに 我が家の前の彼等は、午前8時位になると雄が巣に戻って来て 雌と入れ替り、夕方4時頃になると雌が戻って来て一晩中 卵を抱いていた
デデッポッポーという あの特徴的な鳴き声は雄のもので、雌はそういう鳴き方はせず しかも殆んど鳴かない
雄が戻って来ると、その雄は一鳴きし、雌がまず飛び去った後に 周りに外敵が居ないことを確認して雄は巣に入る
外敵に巣の位置を見つけられないようにする為に彼等の動きは実に慎重だった
雌が巣に戻って来ると、雄がまた一鳴きし 巣から飛び立って行く
二羽でイチャイチャするでもなく その交代の様は淡々としたものだったが、その一鳴きが 私の耳には「戻って来たよ♪」,「じゃあ、後はよろしくね♪」‥ と聴こえて 実に微笑ましかった
巣に入る前に彼等が周りの様子を伺う場所は 我が家のベランダの手摺りで、それが私には嬉しかったし、用心深く様子を伺うそのすぐ後ろ,手を伸ばせば触れられるくらいの場所に私が立って見ていることに彼等が気が付いていないかと思うと とても可笑しかった
キジバトの卵は15日ほどで孵化するが、彼等が卵を抱き始めた頃、天候は秋雨ばかりで‥ ここ関東でも記録を作っていた程だった
実際、彼等の抱卵期間に晴れた日は2日程しかなく、何て天気に恵まれて居ない番いなんだろうと不憫に思いながら 空を見上げて雨を恨んだ
しかも、その間 週末毎に 台風21号「LAN」(ラン),22号 「SAOLA」(サオラー)と直撃した時があり、夜の闇にシルエットで浮かぶ 大揺れに揺れる楓の木を見る度に、巣ごと落ちるかもしれない,駄目かもしれないと‥ 私はただ心配しながら彼等を見守るしかなかった
そして朝になっていつもと変わらず巣にうずくまっている姿を確認すると 心底安堵し喜ぶ私がいた
台風22号が過ぎ去った日、巣に目をやると、巣にいる親鳥の腰が浮き気味で、明らかにいつもと違う‥
雛が生まれたのである!
15日の間、雨と暴風の中で卵を抱き続けてくれていた事をその雛たちが知ろう筈もないけれど、間違いなくこの二羽は「台風の子」だった
キジバトの雛は これから15日程で巣立ちをする
15日?‥ 私が昔育てていた鳥たちより明らかに短い‥
キジバトは小鳥などと比べれば体も大きいのだから、この短い巣立ち情報には 私は懐疑的だった
しかし、毎日の観察で私が驚いた事の一つに 雛鳥たちの成長の早さがある‥ 決して大袈裟に言うのではなく、本当に一日経つと 一回り大きく成っているという感じで‥ 表現は悪いが、ちょっと化け物を見ているようだった
かつて鳥店にあげる程に小鳥たちを繁殖させていた私の目にそう見えたのだから、キジバトの雛の成長具合いは間違いなく異常に早いと言えるだろう
その成長速度の早さの秘密は、親が雛に与えるピジョンミルクと呼ばれるミルク状の栄養価の高い餌にある
雛鳥は親鳥の口に頭を突っ込み その餌をもらう
雛がある程度大きくなって 親鳥の口に二羽の雛が両側から口を突っ込みピジョンミルクを摂取する様は、ちょっと親鳥を食っているんじゃないかと見える程に激しいものだった (笑)
更には カラス等の外敵から巣を見つけられないようにする為だろう‥ 雛たちまでもが 結局 巣立ちまで鳴き声をあげる事はなかったのだ‥ 雛鳥といえばピヨピヨと餌をねだるのが相場の筈だが、このキジバトは違っていた
誰に教わった訳でもないだろうに 凄い知恵を受け継いでいるのだなと思った
キジバトは雄と雌の外見上での差違が分からないが、面白かったのは、彼等の内、雄は私のいるベランダの方を見ながら抱卵し,雌は 私に背を向けて卵を抱いていた事だ (笑)
雛鳥に餌をやる段階になると、雄と雌の交代時間は不定期に成ったから、本来なら 今どっちの親が巣にいるのか分からない筈だが、私の方を向いているか 私に背を向けているかで それがどちらなのか私には分かった
「さすが、女性には人気ねぇな こんちくしょう♪」と笑えた
随分と親鳥の羽の感じに似て来て、そろそろ巣立ちの準備をするのだろうと 私はその巣立ちの練習の様子を楽しみにしていた
だが‥
その巣立ちの時は不意に訪れた
確かに羽をバタつかせるように成ってはいたけれど、何度か巣から出たり入ったりを繰り返しながら さよならの時がくると思っていた私は すっかり油断していたのだ
或る日、巣にも何処にも誰も居ない‥
「え"ーーーっ マジかーー!?」
待てど暮らせど彼等は還って来ない‥
なんか悲しかった
雛鳥がすくすくと育っていた頃、丁度このマンションの植栽の剪定のお知らせが来て‥ 巣が落ちるかもしれないと不安に感じた私は、その植栽会社に電話をし、事情を説明して「あと数日で巣立つと思いますから この楓の剪定をもう少し待って貰えませんか」と頼み込む程 私はすっかりキジバト達の親の様な気持ちに成っていた
そんな有様で見守る日々を過ごしていただけに、あっけない終了劇に茫然とし、「まったく‥ 世話に成りましたの礼の一言もないのかよ‥」と自嘲するしかなかった
私がそう思ったその次の日
ベランダ側からキジバトの鳴き声がする‥
窓から覗くと、あの雄親がベランダの手摺りにとまっていた♪
私と目が合うと その雄は近くの樹に飛び移り、「デデッポッポー」と 私を視界に入れながら のんびりと何度か鳴いて、暫くまったりとした時間が過ぎた
そして、ベランダから3mほどしか離れていない楓の木と 私の間をサッと通って飛び去って行った‥
その時は 雛鳥の巣立ちの練習でまだ近くにいたのかもと考えたが、しかし‥ それを最後にそのキジバトが我が家に姿を現す事は全く無くなった‥
私は今でも思っている
あの雄親は、私に最後の挨拶をしに来たのだと‥
「無事に子供達は巣立ちましたから♪」と‥
すっかり親バカとなった私は そう確信するのである
彼等が最初に姿を現した時、あんなに追い払っていた私がこの変わりよう
彼等はいつも通り淡々と子育てをしただけだったかもしれないけれど、連日の雨に打たれながら,嵐の中でも じっと堪えて無言で巣を守り続けた その姿は、本当に素晴らしいものだった
何か大切なものを見せて貰ったと私は思っている
彼等が巣立った後、この楓の木は紅葉の時を迎え、例年以上に美しい彩りを魅せてくれた
そして今、その紅葉も過ぎ、日々 葉を落としながら 枝だけの姿に変わろうとしている
彼等が巣を作った頃、豊かに繁る緑の葉に隠れて 見ることが難しかったあの巣に
今、楓の落ち葉が溜まって その巣が存在感を増しているのだ
全ての葉が落ちるまで、私はあの巣を見続けるだろう
春が来て、楓の木に その語源ともなった蛙の手のような小さな緑の新芽が開く頃
あのキジバトたちは再び戻って来てくれるだろうか‥
モーリス・メーテルリンクの童話『青い鳥』でチルチルとミチルが見出だすあの青い鳥が キジバトである事は良く知られているが‥
我が家に訪れたあのキジバトたちは、間違いなく 私にとっての「青い鳥」となった
窓から月を見上げると、その楓は必ず私の視界に入るのだ‥
好きではなかったあの声が、今ではとっても懐かしい
私は今‥
キジバト ロス‥ なのである
(我が家に訪れたキジバト)
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