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 気が付いたら、点は知らないベッドで寝ていた。まっ白な天井に、鼻をつく薬品のにおい。初めは保健室のようだ、と思ったけれど、ふと思い出して飛び起きた。頭がずきんと痛む。点は病院にいた。
「起きたの?」
 声が聞こえてちらりとそちらを見ると、隣のベッドには鳥乃が横たわっていた。
「点が川の中で気を失ったから、救急車を呼んだの。そうしたらわたしも連れてこられたよ」
「鳥乃、手は」
「浅く切れただけ。あのガラス、少し丸くなっていたから」
「よかった…」
 安心して力が抜けた点は、後ろ向きにばたりとベッドに沈んだ。
「ちっともよくない」
 隣で、鳥乃が悔しげな声を出す。
「ここ、わたしの家の近所なんだ。あんなに必死で自転車をこいだ道のりも、車だとたったの二十分足らずだった。なんだかむなしい」
 鳥乃の言葉に、点は小さく笑った。寝ころんだまま横を向くと、鳥乃もこちらを見ていた。鳥乃と確かに視線が絡んで、点は安心した。
「鳥乃、ひとつきいてもいい?」
 点が問いかけると、鳥乃は「どうぞ」と返した。
「鳥乃は冬生まれ?」
「そうよ」
 鳥乃の答えに、点は苦笑いをした。以前夢で見た鳥乃は、どこまでが妄想で、どこまでが現実だったのだろう。
「ねえ、点」
 今度は鳥乃が小さく呟いて、点は「なあに」と返した。川の中で切れたのか、膝のあたりがちくりと痛んだ。
「もしもまたわたしが点を忘れたら、刺していいよ」
「いやだよ」
「だめ。刺して」
 目を見ようとすると、鳥乃は布団の中に隠れてしまった。点を忘れていたことなど、鳥乃は気にしてないかと思っていた。その事実すら、もしかしたら覚えていないのではないかと思っていた。けれど、彼女は覚えていた。そして誰よりもそのことを悲しんでいるのは、紛れもない鳥乃自身だった。
「鳥乃…」
 点は鳥乃の名前を呼んだ。今度は一度で鳥乃に届いた。布団の中で身じろぐ鳥乃に、点はゆっくりと話しかけた。
「鳥乃、笑ってよ。きっと忘れることは悪いことじゃない」
 自分だって、何かを忘れることくらいはしょっちゅうある。鳥乃は、ただそれが人より少し大げさなだけだ、と点は思った。
「忘れるたび思い出してよ。ずっと鳥乃といたいよ」
「……」
 鳥乃は答えなかった。けれど潜り込んだ布団の中で、鳥乃の肩が小さく震えている気がした。点は、自分の言ったことが唐突に恥ずかしくなって、鳥乃と同じように慌てて布団の中に顔を隠した。
 となりのベッドから切れ切れの嗚咽が聞こえてくるころ、点は眠ったふりをした。



090403






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